成り行きかな
某所
「僕は大学卒業したら、調停局に行きたくて」
不意に聞こえた会話に耳を傾ける。
「この前の進路相談で、直江ちゃんに軽く話したんだ。そしたら、枠が空いてるから行ってきたらどうかって」
「そうだったのか。俺は担任に言われたというか頼まれた。瀬々と仲が良いお前なら、問題ないだろうと」
「なにそれ。瀬々くんと友達なら、癖のある人達でもやり過ごせるってこと?」
楽しげに話す少年達。
彼らのすぐ後ろを歩く少女は、綺麗に切り揃え整えられた腰まである焦茶色の髪を風に靡かせ、彼らの会話を黙したまま聞いていた。
「不破先輩は、どうしてこの職業体験に?」
深い面識はないが、後輩とも呼べる少年の問い掛けに
、彫刻の人形のように整った顔立ちで、薄い花弁のように儚い雰囲気を持つ少女――
――――――――――――
――――――――
――――……
「不破。本当にこれで良いのか」
どこか遠くに拡散し始めていた意識が、呼び戻されていくような問い掛けに、ぼやけていた視界は鮮明になる。
ここは職員室。
クラスメートを伝って、担任に呼び出されて向かった場所。
目の前にいるのは、癖のある特徴ある髪型が印象的な担任――新城だ。
ついて早々、こちらの真意を確かめるように第一声を放った。
「駄目なら書き直します」
「そうじゃない。お前が自分で選んで結論付けたことなら問題ない。だが俺は担任として、この進路に疑問を感じる」
新城は顰めた表情で、先日提出した用紙を見つめている。
穏やかに続いた高校生活も、最後の一年となれば、自分の将来について、思い描いておかなければならなくなる。
これから先、自分は何をしたいのか。
何を標として日々を過ごして行くのか。
そんな事を考えなければならないことを容認してはいるものの、その意識を強く持ち将来へと進んでいけるかは、また別の話である。
新城が今もなお見つめているそれは、先日提出を促された進路希望の用紙だ。
「家庭的に厳しいわけでも、成績が壊滅的というほどでもない。何かやりたいことがあるのか?」
「…ないです」
新城の顰めた表情に、険しさが増す。
「ないですけど、だからと言ってその……それを探すために進学というのも、疑問を感じて」
「得られるものだってあるだろう」
「ないかも知れない……分からないです」
何気なく過ごしているよりかは、勤めてある程度の自立をしていくなかで、将来を考えた方が障害があっても乗り越えることができるだろうと、咲耶は自分なりに結論付けていた。
「何か考えているのか?」
険しさを未だ残したままだが、なおこちらの真意を掴もうと新城は問い掛ける。
担任としての責務を果たそうとしているのだろうと、咲耶は他人事のように感じた。
「働くなら、関われる仕事がいいと……その、異能者に」
答えるつもりもなかったが、目の前にいるその人はあくまで真剣で、適当にはぐらかすわけにもいかない。
咲耶は抑揚のない声色で答えるが、そこに嘘はない。
異能者。それは普通の人間とは異なる存在。
空を飛んだり、唐突に違う場所へ移動することができるなど、特殊な力を持った者達を指す。
それ以外は普通の人間と何ら変わりないが、見方によってはそれは異質で、忌避する人も少なくない。
普通の人間でさえ、分かり合える人もいれば分かり合えない人だっている。
異能者であるからという理由だけでも十分忌避する対象でも仕方ない。
だが自分には、親族や友人等に異能者がいることからそこまで異質には見えず、むしろ馴染みがある。
一般人の中でも、彼らに対して理解はある方ではないかと考え、客観的に判断するなら、それはある意味利点であると認識している。
「そうか。なら、これはどうだ?」
新城は一枚の書類を差し出す。
「体験生……職業体験ですか?」
「ああ。ここなら、お前の言う異能者と関わりが持てる場所だろう。三学年は既に応募は終了して選考中だが、お前が本当に就職を希望するなら、今からでも優先的に考慮するように掛け合うが……どうする?」
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――――――――
――――……
「……成り行きかな」
新城が咲耶の意見を聞いて、導き出した答えは就業体験で、その疑問を持っても、あくまで彼女の意見を尊重した提案をした。
体験先である調停局は、一般人と異能者の間に立つ謂わば仲介役のような立ち位置であり、異能者と関わりを持ちたいという点でも理に適ってはいた。
――良い先生ではあるみたい。
仏頂面の担任を思い浮かべながら、先を歩く後輩達に続いて、調停局へと足を進めた。
「こんにちは!」
咲耶達が調停局に着くと、一人の女性が笑顔で出迎えた。
「三人とも大徳生徒で合ってるかな。初めまして、調停局総務部の伊藤です。よろしくね」
「「宜しくお願いします」」
「…よろしくお願い致します」
二人に遅れて、咲耶も会釈をする。
「三週間と少し長いけど、困ったことがあったら何でも言ってね!きちんとサポートするから」
――優しそうな人みたい。三週間なんとかやっていけそう。
明るい笑顔の伊藤を見て、咲耶は安堵する。
「それじゃあ葉風くんは推進部で、三橋くんは一般対策部だから、二階と三階ね。案内するわ」
歩き出そうと伊藤だが、何かに気付いたように振り向く。
「不破さんはここにいてね。総務部はこの階だから。二人を案内したら戻ってくるから、一緒に行きましょう」
「分かりました。二人共、頑張ってね」
「ありがとうございます」
「不破先輩も頑張って下さい。あとでお話し聞かせて下さいね」
「うん」
「さて、行きましょうか」
伊藤に連れられ二人は共に歩き出す。
彼らが角を曲がったところまで見送ると、咲耶は近くにあった施設案内へ視線を移す。
調停局はこの7階建てのビルに全部署が入っており、それぞれの階の詳細が書かれていた。
――ネットで調べたら、7階の食堂はとっても美味しいみたい。
――ほとんど昼過ぎに行くから難しいかもだけど、行ってみたいな……。
「やぁ。待たせたね」
頭上から聞こえた声に顔を上げると、灰色がかった髪色の見知らぬ男性と目が合った。
――誰?
「大徳高校の生徒さんだよね。職業体験生で間違いないかな」
「はい…」
肯定すると、男は小さく笑みを零した。
「良かった。遅くなってごめんね。えっと……名前なんだったっけ?」
「……不破咲耶です」
「ああ、そうだ!不破さんだ!」
間を開けて答えた名前を聞いて思い出したように、男は掌を叩く。
飄々として掴み所のない言動に、咲耶は訝しげに様子を伺う。
「時間も時間だし、早速だけど行こうか」
「え」
いつの間にか手を引かれ、歩き出そうとする男に驚いて思わず声を漏らす。
「あ、あの、私、ここで――」
「大丈夫。伊藤さんにはあとで話すから」
待たなければいけない。と告げる隙を与えない男は、押し切るように咲耶の話を遮り、踵を返す。
――どうしよう。
穏やかながらも垣間見える強引さと得体の知れない圧力に、咲耶は戸惑う。
何処かへ誘おうとしているこの男は何者なのか。
そもそも名前すら知らない人物と行動できる人などいるのだろうか。
咲耶は思考を繰り広げて沈黙し、未だ微動だにしない。
「あ、そういえばまだ言ってなかったね。僕は
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