思惑から願うこと


某所


「九条」


名前を呼ばれ、目を通していた資料から目線をそらして顔を上げる。


「まだ上がらないの?」


声をかけたのは同じ課の先輩。


「片付けたら上がります」

「そう。じゃあお疲れ」

「お疲れ様です」


淡々と言葉を交わして再び資料に目線を戻す。


「お疲れ。くーちゃん」

「…お疲れ様です」


戻したはいいが読む間も無く、別の先輩に声を掛けられる。


「片付けたら上がるんじゃないの?」

「気になることがあって」

「そっか…勉強熱心だね」

「ありがとうございます」


適度にあしらおうと、深入りしない程度に言葉を返す。


「気になることといえばさ……課長代理だよね」


先輩の言葉にふと動きを止める。

近頃、合間の時間を費やして、課長達が別室に籠って話しているのを何度か見掛けていたのを思い出す。


「全くこっちに話が来ないけど、どうなってるんだろ」

「……もう決まってるんじゃないですかね」

「なんか聞いてる?」

「何も。ただ課長達が別室に籠ることも最近は少なくなりましたし、代理のことに関してあまり言わなくなったので」


誰から聞いたわけでもない。

だから確かなことはない。

それでも代理の人物の選定は済んでいるであろうと。

だが提案者であろう朝霧以外の課長の表情を見ると不満が見え隠れしている。


--高月課長は不満というより、不安というニュアンスのが近いかな。

--代理の人が誰かは分からないけど、経験の乏しい人なんだろう。恐らく若い。と言っても俺よりは年上だろうけど。

--まぁどうでも良いことか。


「課長達の反応を見る限り、不安要素はあるんでしょう。と言っても、一課の課長代理ですし、誰になろうが二課の俺には関係ないですけど」

「そんなもの?」

「はい」

「勿体無い。ひょっとしたら運命の出会いだったりするかもよ」


運命の出会い。

とても夢のある言葉ではあるのだろうが、同時に無責任とも思う。

結局、判断するのは自分なのだから。

運命なんてものに、左右されるなんて馬鹿馬鹿しい。


それなのに。

何故だろう。

どことなく。

妙に引っかかるような感覚がある。

役割をただ与えられただけに過ぎない、会ったこともない存在に、惹かれるものがあるのだろうか。


「どんな人かな…」

「さぁ。運命かどうかはさておき、理解ある人であれば良いですね」


どんな人物かは知らないが、それだけは切に願う。


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