第4話
治癒術師になりたかった。
母が治癒術師だから勉強すれば自分もなれる、と勝手に思いこんでいた。
魔道院入学後の魔力適正検査で、検査官は驚いていた。
「君、すごいよ! おめでとう!」
憧れだった治癒術師になれる。自分が母に助けられたように、傷つき苦しむ人を助けてあげられる。
サラが喜びを噛みしめようとした矢先、検査官の言葉は信じられないものだった。
「最高の解術師だよ!」
昔から周りに妙なものが集まるという自覚はあった。けれどそれが自分の魔力の特性だとは思いもしなかった。
「どうして集まるのか、最高の解術師なのかは理由があって――」
呆然とするサラに検査官は興奮した面持ちで説明を続けた。
それは、最悪の宣告だった。
******
「私の
レクスの身体が強張った――気がする。辿ることのできない彼の視線はサラに釘付けのようだ。
サラはしばらくして自分の発した言葉に別の意味があることに気が付き、慌てた。
「あ、いや、その、そういうつもりではなくて――」
火照る頬を手で押さえながらしどろもどろで否定する。
そっと上目遣いでレクスを見ると、彼は小さく頷いてくれた。相変わらず無口だが雰囲気がどこか楽しそうなのは気のせいだろうか。レクスが不快に思わなかったことに安堵し、サラは表情を引き締めた。
「私の魔力は術を緩和する作用があります」
魔力を持つ者は常にそれを身に纏っている。サラの魔力は術の効果を弱める『破魔』という特性を持っていた。呪術に掛かったものは、まるで溺れる者が藁をも掴むようにその苦しみを和らげるべく自然とサラに吸い寄せられてくる。呪術の程度によってはサラが触れるだけで解けてしまうこともあった。
しかも破魔の魔力を持つ者は呪術に触れると痛みを感じる。つまり触れただけで呪術に掛けられているかがわかる。解術師にとっては是非とも手に入れたいスキルの一つだが、魔力性質は先天性のため己の力では手に入れることも消すこともできない。
例えそれが望まないものであっても。
破魔は全ての術に有効となる。自ら施した術の効力も弱めてしまうため、この魔力を持つ人は治癒術師になれない。傷を癒さなければいけないのに魔力のせいで治癒術の効果が弱くなる。それは治癒術師として致命的だった。
サラは治癒術師を諦めるしかなかった。おかげで解術師としては順調だが、家の中は怪しいもので溢れている。
買った荷物の中に紛れ込んでいたり、事情を知らない人から好意で贈られたものだったりと、とにかくあらゆる方法で手元にやってくる。ハングシャーで一人暮らしをしている理由の一つは、いつのまにか集まってくる呪われた品の影響が家族に及ばないようにするためでもあった。
「そばにいるだけで呪術を緩和させられるし、一時的にでも呪術の進行は止められるはずです。その間に術を解いていきます」
魔道具を使えば魔力を強制的にわけることができるので、もっと楽になりますよ、と忘れずに説明した。
「だけど問題は常に私の近くにいないといけないので、できれば術が解けるまで一緒にいて頂けないかと――」
自分でも無茶なことを言っているのは重々承知だ。しかしサラにはこれしか方法はない。
辺りを包む静寂がサラの不安を煽る。この提案を却下されれば打つ手がなくなる。旅立つレクスを黙って見送るしかない。
祈るような気持ちで返事を待った。こんなに緊張するのは魔道院の入学発表以来だった。
「――大丈夫か?」
ようやく聞こえた言葉が否定ではないことに気付くと、サラは自然と笑顔になった。
「解術自体はそれほど難しくないので時間さえあれば――」
「そうではない」
レクスの言葉の意図がわからずサラは首を傾げた。
「見ず知らずの男を家に上げることについてだ。解術までにはどの程度かかるかわからないのだろう? 問題はないのか?」
今度はサラが無言でレクスを見上げる番だった。
「どうかしたか?」
長身なレクスが心配そうに少し屈んでサラの顔を覗き込む。当の本人は今まで短い言葉しか口に出さなかったレクスが饒舌で、古風で誠実だということがわかり少しずれた方向で感激していただけだった。
「レクスさんが良ければ私は大丈夫です」
普通は不安に思うだろう。サラも二十二歳の女性であり、誰に対してもこんな提案をするわけでない。顔が見えないからなのかそれとも淡々とした感情のない口調や雰囲気のせいなのか、何故かレクスに対して不安や恐怖は感じなかった。解術師としての自分を頼ってきた人を放っておけなかったのかも知れないが、大丈夫、と確証のない確信を持っていた。
レクスには大丈夫と言ったが、実は一つだけ問題がある。サラはそれをどうしようかと密かに頭を痛めていた。
レクスは考え込んでいるのか少し俯き口を閉ざしてしまった。サラは自分の問題をとりあえず保留にし、レクスを説得することに傾注した。
「レクスさんが善人か悪人かは正直分かりませんが、私を騙しても何の得もないでしょう?」
着古した外套を身に纏う解術師に、騙してまで奪うほどの金品があるとは思えない。万が一身体目当てだとしても顔を埋めたくなるような胸も括れた腰もなく、化粧気のない地味顔の幼児体型にそれほどの需要はない、とサラは喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない結論に達している。
「家の隣には大家さんもいますし一人暮らしだから誰にも遠慮は要りません。それに部屋はちゃんと別々ですから」
それでも遠慮しているのかレクスは動かない。
「これは仕事として請けるのではありません。私個人が解術したいと思って勝手にやっているだけなので、解術費用とかその他の諸々のお金も不要ですよ」
貰ったら解術師をクビになるので止めて下さいね、と笑って付け加えた。
「その代わり、時々護衛として仕事に付いてきてもらえると助かります」
「護衛?」
レクスが不思議そうに見下ろしている、と何となくわかった。
サラは先ほど見せてもらった長剣や体つきから、レクスが剣の扱いに長けていると感じていた。
「護衛って雇うと結構高いし、それこそ見ず知らずの人でしょう?」
一度だけ山賊に襲われたことがあった。その時はたまたま前日に話しかけてきた女性の魔術師を護衛として雇っていたため無事に逃げられた。帰還後、危険手当として当初の定額よりも三割増しで請求されたが、元々契約事項に含まれていたため気にも留めなかった。その後しばらくして山賊達は捕まり、そしてサラの護衛だった女も捕まった。
狙った人物に声を掛けてうまく護衛の契約をすると、人気のないところで仲間の山賊達に襲わせ、助けたふりで金をだまし取っていたらしい。
友人に至っては人気のないところで護衛に襲われた。幸い彼女は優秀な魔術師だったため再起不能になるまで返り討ちにしたらしいが、それ以来、人を騙す悪人は自分の事を善人のように振る舞うことを学んだ。
「仕事でもないのに、何故そこまでする?」
レクスは相変わらず淡々とした口調だが、その声音にはやはり戸惑いが含まれている。
「何故って――」
小さい頃からの夢でも憧れでも何でもない。成り行きで解術師になったに過ぎない。自分を犠牲にしても誰かを救いたい、という高尚な理由でもない。
でもこの仕事は意外に嫌いじゃない。贅沢はできないが生活していくには充分だ。
ふと幼い頃からずっと両親や祖父母から聞かされている言葉が蘇る。
『迷ったら自分に正直でいなさい。自分で決めたことは例え後悔しても、誰も恨まずに済むからね』
「レクスさんにこのまま消えてほしくないんです。それに――」
サラは一人で納得した後、レクスを見上げた。
「私、レクスさんの表情が見たいんです。驚いた顔とか笑った顔とか――今は想像できないから」
レクスは相変わらず動かない。でもサラには今の彼の状態がわかった。
「もしかして今、困ってます?」
小さく、でも素直に頷いたレクスにサラは笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます