第3話
夜の
「解術というのは、術を文字通り解いていくことです」
サラはいつも依頼主に説明する内容を口にした。
魔術や治癒術、呪術などは全て術式を経て発動に至る。
術式は術の数だけ存在する。解術とは使用された術式を解読し、適切に解術を行使しなくてはいけない。術が発動した経緯を逆の手順で辿る必要があるため、解術師は魔術や治癒術、呪術の全ての術式を覚える必要がある。解術師という職業が人気のない理由の1つになっている。
「でも掛けられた術式が判れば、解術はそれほど難しくないのですが――」
呪術は対象にその術式が現れるため、それを見て解術すれば良い。
「レクスさんの場合はそう簡単にいかないのです」
レクスに掛けられた呪術は一つではなかった。
サラは呪術による痛みを感じながらもレクスの右手を取った。先ほど街道でしたように自分の手をかざす。するとレクスの右手にまた古代文字の羅列が浮かび上がってきた。何度見ても気分の良いものではない。サラは会ったこともない呪術者に怒りを覚えた。
「わかりますか、ここ」
サラが指さす箇所を見るためか、レクスが少し俯く。
レクスの右手に浮かぶ文字は幾重にも重なり、黒く潰れて判別できなくなっている。
「これと、これと、これは別の術式です。今わかる範囲では三つの術式を掛けられているようです。術式が上書きではなく絡まっている状態なので、同時に掛けられたものだと思われます」
これが厄介で面倒だけど、とサラは心の中で呟いた。
「このような場合は順序良く解いていかないと余計に絡まって、却って苦しくなります」
同じ対象に向けて多方向から投げた糸が
『呪術は他者を不幸にするだけの忌むべき術です』
魔道院の先生は初めての授業で開口一番にそう言った。サラはその言葉の意味を改めて思い知った。
「やはり無理か」
険しい表情になっていたのか、レクスの呟きにサラは顔を上げた。表情はわからないが滑らかでさほど落胆していない声音に、掛ける言葉を失った。これと同じ台詞を過去に何度呟いたのだろう。
結論からすれば無理ではない。けれど解くためには数か月から年単位の時間が必要で、その前に対象の、レクスの命が尽きる。だから他の解術師は断ったのだろう。
できないと答えるのは間違ってはいない。対象が救えないということは解術できないことを意味する。でも安易にそう判断するのは嫌だったし、同情で下手な希望を持たせることはもっと嫌だった。
言葉を探している間、サラはレクスの右手を掴んでいた。ピリピリとした痛みは続いていたけれど、この手は離したくなかった。
そしてレクスも、サラの手を振り払わなかった。
サラは足元の大小さまざまな石に視線を落とし打開策を必死に考えていた。
今のままではレクスの行き着く先は消滅しかない。強い呪術のせいで彼の身体は限界で、その証拠に彼自身の存在は解術師以外には認識されていない。しかも顔や左手は解術師であるサラですら見えなくなっている。
レクスは自分の状態を知っている。それなのに落ち込むでも怒るでもなく、それが何だかサラには酷く悲しかった。淡々とした抑揚のない声と感情を感じさせない佇まいの中には諦めという名の絶望が潜んでいる。
現状を打破できる最善策がきっとあるはずだ。何とかしたい。どうして自分がこんな目に遭っているのか思い出せないまま、誰にも知られないまま消えて欲しくない。
この人にそんな最後を迎えて欲しくない。
ふと、足元脇に置いた鞄の中の土産が目に付いた。どんなにどんなに断っても自分の手から離れなかった、その菓子箱を恨めしそうに見遣る。
これも呪われている、とか?
『あなたの魔力はすごい! いやぁ、こんなに可愛らしいのに大した御方だ』
村長の、今思い出しても鳥肌が立つくらいの大袈裟な世辞を思い出すと同時に、サラの頭にある方法が思いついた。
「あっ! あー、あぁ、無理かなぁ――」
背筋を伸ばして喜んだのも束の間、致命的な欠点にも気付き、背中を丸め意気消沈する。
一人で一喜一憂しているサラをレクスは相変わらず黙って眺めていた。その視線に気付いたサラは、我に返ると再び背筋を伸ばした。そして意を決し、彼の見えない顔を見上げた。
「とりあえず聞いてくれますか?」
レクスは大きく頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます