幕間 ―魔術師シルヴィア=オーウェンのある日の日記より―

○月○日


今日は魔術学院を卒業して初めての同窓会だったのに、急な仕事のせいでかなり遅れていく羽目になった。

途中参加は何となく気が引けるから行くのを止めようかとも考えた。

けれど今では行って良かったと思っている。


サンドラ=アマディは四年ぶりに会ってもやっぱり嫌な女だった。

相変わらず派手で、五月蠅くて、下品だ。下級の癖に貴族風を吹かせて女王様気取りなところもちっとも変わらない。

ちなみに魔術師としての腕前も全く変わらない。相変わらず最低ランクに留まり続けている。でも魔術師で食べていこうと思っていない『貴族様』だから当然か。

努力して魔術師になった私とは最初から話も性格も合うわけがない。

化粧の濃さと振りまく香水の匂いには磨きがかかっていた。二十二歳でもうあんな感じなら、十年後にはどうなっているのだろう。逆に見てみたい気がする。


同じく仕事で遅れてきたサラ=アシュリーは久しぶりに会っても、見た目も中身もちっとも変わっていなかった。

小さいし、化粧薄いし、地味だし、よく転ぶし、生真面目だし、そして相変わらずちょっとズレていた。

でも少し明るくなって、少し綺麗になった気がする。

昔から思っていたけどサラは可愛い。むしろあれだけの薄化粧でもちゃんと見られる顔立ちって、世間一般では「綺麗」の部類に入ると思う。(私なんてどれだけ化粧に時間をかけているか!)

ただ残念なのは、小柄で可愛らしさが勝ってしまうため、美人とは少し違う感じになることと、本人が自分の良さに気付いていないことだ。

顔を分厚く塗りたくって山のように盛りまくったサンドラより、何も手を加えていないサラの方が数倍美人だと私は思う。


サンドラは昔からサラを目の敵にしていた。噂によると学生時代に好きだった男がサラを好きだったらしく見事に振られたらしい。以来、何かに付けてはサラに一言言ったり突っかかったりしていたけれど、昔からちょっとずれていた彼女は全く気にならないようで普通に話していた。

天と地ほどの温度差に、私はあの当時、いつも笑いを堪えていたのを思い出した。


久し振りの再会にカウンターの端っこで楽しく飲んでいたのに、あの香水女は目ざとくサラを見つけると、わざわざ寄ってきて唐突に「彼氏はいるのか」と聞いてきた。

この女はサラが男性に対して一定の距離を取っていたことを知っている。知っていて、あえて聞いている。

性格の悪さは大人になっても変わらないらしい。最低だ。

その言葉で俯いたサラはてっきり落ち込んでいるのかと思ったら、何故か耳が真っ赤になっていることに気を取られて、文句を言う機会を失ってしまった。


空気の読めないサンドラは聞いてもいないのに声高に自分の婚約者の話を始めた。相手の家柄だの、容姿だのさり気なく自慢してくる。

偶然相手の男を知っていたけれど、サンドラが言うほど家柄も高くないし(アマディ家よりは上だけど)顔も普通だ。でもいちいち相手にするのも馬鹿らしいので、サラを見習って聞き流すことにした。

会の終了を叫ぶ幹事の声で、あの女は「アシュリーさんにも素敵な彼氏ができたら、是非教えて頂戴」とか何とかほざいてようやく離れていった。

何から何までムカつくけど、当の本人が「彼氏ができたらサンドラに教えなきゃダメなのかな?」と真剣に悩んでいたから、今日もやっぱり笑ってしまった。

相変わらずサラは面白い。


最初に外に出たグロリアが真っ赤な顔をして戻ってきたから、何事かと思ったら「ものすごく格好良い男の人がいるの! 誰かを待っているみたいで、誰?」と興奮を抑えきれない様子で叫びだした。

その言葉に男達は鼻息荒く、女達は目を輝かせて外に出て行く。

私も気になったけれど、サラがお手洗いから戻ってくるまで待っていた。だって、ちょっと場を離れて戻ってきた時に誰もいなかったらヘコむよね?

案の定、あっと言う間に誰もいなくなった店内に戻ってきたサラはびっくりしていた。


外にいたのは魔族の男性だった。

魔術師という仕事柄、魔族とは会ったことも話したこともある。種族特性なのか魔族は本当に驚くほど美男美女ばかりだ。

でもその人はその中でも飛び抜けていて、両腕を組み店の壁に凭れて立つ姿は自然体なのに、どことなく色気すら感じてしまう。彼氏いない歴が長いからって、欲求不満じゃ無いと思う・・・けど。

肩を落とす人、強がりを漏らす人、色めき立つ人、黄色い声を上げる人。

渦中の人はそれらに関心を示すことなく、喧噪の中で一人落ち着いていた。端整で完璧な顔立ちと静かすぎる佇まいに近寄りがたい雰囲気を感じる。

でも空気の読めないサンドラだけは最高の笑顔を作って猫なで声で話しかけていた。

「誰かを待っているの?」とか「お名前は?」とか、ついさっきまで婚約者の自慢をしていたのはどこのどいつだ?


彼は私達の姿を見つけると、目の前のサンドラを無視してこちらに歩いてきた。しかもそれまで怖いくらいに無表情だった顔が嬉しそうに微笑みながら。

久しぶりに心臓が高鳴った。でもその微笑みは、私じゃなくて隣で驚いているサラへ向けられていた。


とにかく色々と驚いた。

本当に良い男は声も良いとか、今まで何にも興味を示さなかったその男がサラの頭を嬉しそうに撫でたとか、それを首を竦めて真っ赤になりながらも受け入れているサラとか。


彼が自発的にサラを迎えに来て、店内に入ると邪魔になると思い外で待っていたらしい。

でもこれだけ格好良ければどこにいても目立つと思うけど、どうやらこの人はあまりそういうことを気にしないらしい。

ま、それくらいがサラには丁度良いかもしれないけど。


相変わらず生真面目なサラは真っ赤になりながらもお礼を言って、嬉しそうに笑った。

完璧すぎて怖いくらいの彼もサラを優しく見つめて嬉しそうに笑う。

それだけなのに何故かすごくお似合いだと思った。

隣で話を聞いているだけでこの二人がどれだけお互いを想い合っているかがわかってしまい、途中から砂を吐いていた。


もう何が何だか。

お互い術師に成り立ての頃に別々で護衛詐欺に騙されて愚痴りあった日を、つい昨日のことのように思っていたのに、四年ていう月日を改めて感じたよ。


「彼氏なの?」と聞くとサラは彼を見上げ、少し恥ずかしそうにでもしっかりと頷いた。

だからすごく嬉しくなって、「サラの恋人なんだね!」とわざとらしく大声で叫んでやった。

ほろ酔いで大声を出したせいか、皆やサンドラの驚く顔を見られたせいか、ものすごくスッキリした。

だってさっき、彼氏が出来たら教えて欲しいって言っていたから、絶対に自慢しないサラの代わりに私が教えてあげました。


真っ赤な顔したサラにはちょっと怒られてしまったけれど、でもね、私はサラがこんなに良い男を捕まえたことを、自慢したかったんだよ。

ごめんね、サラ。ざまみろ、サンドラ。


別れ際、次に会う時は家族が増えているんじゃない、と冗談半分で耳打ちしたら、茹でられたみたいに全身真っ赤になっていた。

そういうところも相変わらずだ。


サラ、いつまでも幸せでいてね。

私も負けずに素敵な彼氏を見つけるからさ。

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