第86話 ミシェル先生の補習講義

 日を改めて謝りに来たサラに、ミシェルは窓が壊れたことよりも窓が壊れた過程を、さりげなく且つ強引に尋ねてきた。最初は何となく誤魔化していたサラも最後はほとんど白状していた。


 あの男はどうやら淫魔だったようだ。淫魔は赤い瞳を持ち、男女共に中性的な見た目らしい。


「淫魔ねぇ、ヤりやすいようにその相手の想い人の姿に変化するの」


 やりやすいって――。淫魔だから、多分、そういうことなんだろうな。

 サラは美味しい紅茶を口に含んで、その思考と一緒に飲み込んだ。


「無理強いしないってのが淫魔の固持だから、その気になってもらえるように誘惑するのよねぇ」


 どういう経緯であのランタンが部屋にあったのかはわからない。でも呪われた品は様々な手段を用いて、破魔の魔力に引き寄せられやって来る。

 ランタンに封じ込められていた淫魔は、破魔の魔力を持つサラに触れられたことで自由の身になったようだ。「助けてもらった」とか「お返し」という言葉はそう言う意味だろう。

 おかげで望んでもいないお返しを危うくもらうところだった。しかもほんの少しだけその気になりかけた、とは誰にも言えない。恥ずかしさと情けなさでサラは落ち込んだ。

 ふと、あの淫魔がどうしてセイアッドの姿になったのか気になった。


「想い人って、どうしたらわかるんでしょう?」

「淫魔は触れたり目が合ったりするだけでそういうのがわかるらしいわ」

  

 サラはランタンに直接触ったので淫魔はセイアッドの姿になった。

 そしてセイアッドと目が合った淫魔はサラの姿になった。

 

「きっと魔王さんなら知っているはずよ」


 お互いの気持ちはすでに知っている。けれど、改めてああいう形で現されると気恥ずかしい。

 

 どんな顔でこれからセイアッドさんと会えば良いのか。

 

 サラの顔が一気に熱くなる。

「その魔王さんは、今日も魔獣狩り?」

 まるで心の中を読まれたようで、サラが慌てて頷くとミシェルは呆れたように肩を竦めた。

「娼館にも行かず女の誘いにも乗らず――健全というか逆に不健全というか」

 そこで言葉を句切ると、妖艶な笑みを浮かべてサラを見つめた。

「お預けが長いと反動がすごいわよ?」


 それがどういう意味がわかってしまったサラは、火照る顔をミシェルに見られないよう温くなった紅茶を飲み干した。

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