第8話
「どちらでもいいので片方の手を前に出してください」
レクスは素直に掌を上にして左手を出した。サラは両手でそっと包み込む。
「最初は辛いと思います。無理だったらすぐに止めますから我慢せずに言ってください」
安心させるようにレクスは微笑む。サラは表情を引き締め、視線を掌に戻した。
「見えぬ枷よ。悪しき鎖よ。影に潜むその姿を今示せ」
歌うように紡がれる呪文に反応するように、レクスの身体に禍々しい呪術の文字が赤く浮き出てきた。
レクスに触れるサラの手にも、呪術反応の痛みが戻ってくる。
レクスの身体に強ばりを感じ、見ると眉間に深い皺を寄せていた。
身体の奥深く潜んでいる呪いを浮かび上がらせるこの瞬間が一番辛くて苦しい、と呪術に掛かった人は口を揃えて言う。真っ赤に焼けた杭を身体のあちこち一斉に打たれているようだ、と表現した人もいた。
一つの呪術でさえそれほどの苦痛を強いられるのに、三つも掛けられていればどうなってしまうのか。それでも悲鳴一つ上げずに耐えるレクスに、サラは『破魔』の効果で少しでも楽になれば、と彼との距離を詰めた。
******
レクスはさり気なく自分の左腕に寄り添ってきたサラの行動の意図を理解した。
彼女に触れている間だけは鉛のように重い身体が楽になった。今も全身を切り刻まれるような鋭い痛みと心臓を鷲掴みにされたような息苦しさが和らいでいくのがわかる。でもそれは『破魔』の作用だけではないことも知っている。
隣で寄り添うサラは術に集中しているのか顔を上げる気配はない。栗毛色の髪にそっと唇を落とした。
今はこれでいい。まだ抑えがきくうちは。
自制心はあると自負しているがそれも限界はある。その時、どうしたらこの優しくて愛しい人を傷つけずに、壊さずにいられるか。そのことに思いを巡らせていた。
*******
サラは解術に集中していた。レクスの肌に浮かんだ三つの帯状の文字列のうち、一つだけに人差し指で触れる。
「我が名は解放、我が血は楔。この呪縛を断ち切る者なり」
触れた文字列の帯だけがレクスの身体を離れ宙に浮いた。
サラはそれを確認するとレクスから手を離した。身体に赤く浮かび上がっていた呪術の文字がすっと消え、同時に二人の身体からも痛みも引いていく。
「大丈夫ですか?」
一息ついて隣のレクスに声を掛ける。それまで宙に浮く文字を不思議そうに見ていたレクスはサラに柔らかく微笑みながら頷いた。無事を確認し、サラも安堵して微笑み返した。
「これからこの留置置封印術を解きますので、レクスさんは部屋で休んでいてもいいですよ」
休む気配のないレクスにサラは苦笑して説明を補足した。
「これくらいの量だと時間が掛かると思いますから。多分、半日くらいでしょうか」
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