第8話 悟の部屋には


掃除は比較的楽だ。

なぜなら悟は、俺が悟の部屋に入ることを極端に嫌うからだ。

2人きりで暮らすようになってから、多分一回も入っていないんじゃないか。


そんな悟の身勝手な要求を律儀に守っている俺もどうかと思うが・・・


そうだよな!なんで律儀にそんなこと守ってんだよ!

・・・傷つけたくないからだよな。そんなのはわかっている。


とりあえず普通に掃除しよう。話はそれからだ。


居間に散乱している悟の服をカゴに入れる。

うちでは使っていない柔軟剤の匂いが充満するたびに腹が立つ。

居間に散乱している悟の日用品を片付ける。

俺が買ってきたものではないものを使っているのを見るたびに腹が立つ。


・・・・・・これじゃあ俺はまるで、浮気調査している主婦みたいだ。みっともない。


右手にコードレススイーパー、左手にスマートフォンというながらスタイルが俺の主流だ。

掃除なんか俺は趣味じゃない。でもしなくちゃならないから大変だ。


1時間程かけて、片付け、掃除機掛けを終え、ソファに寝転んだ。


「悟は今頃何してるんだろうか。」

ボソッと呟く自分に、嫌気がさした。なぜ俺はこんなにも悟のことしか考えられないのか。

掃除をしていても、食事をしていても、風呂に入っていても、いつも頭にあるのは悟だけ。

この状態は正直、ヤバイ。

このままだと何にも手がつかなくなってしまう。

せめて同居していなければ、諦めることも、カミングアウトすることも楽なのにさ。

ここで俺が悟にカミングアウトしちゃったら、さらに家に寄り付かなくなるだろう。


・・・逆にだ。悟が家に帰ってこなくなったら、楽になるのか?

絶望的だとわかっていても、期待を持ててしまうこの状況だから、悪いんだ。

いっそのこと盛大に嫌われてしまえばいい。そうすれば、本当に諦めがつくはず。


悟は今日は家には帰ってこないよな。

心臓の鼓動が早くなるのを感じた。俺は初めて、悟との約束を破ろうとしている。


ゆっくりと階段を登る。悟の部屋を目指して。


一歩一歩時間をかけて歩いていく。俺の頭の中は罪悪感でいっぱいだ。


どうせ入ったところでバレるようなことじゃないし、多少恥ずかしいものが部屋に置いてあったとしても俺は驚かないぞ。


心配しすぎなんだよ、悟は。


そんなことを考えつつ、ドアノブに手をかけた。

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