006 嵐の前の静けさが

「あ、本屋行かなきゃ」

 結局、あの後水族館を周り尽くした後、私達は遅めの昼飯を取る為、外に出た。しかしながら、休日なわけで、案の定、回転寿司は混んでいた。悪いが並びたくはないし、歩き回ったおかげで腹は減っている。ここは魚類系のラーメンで水族館の魚たちを思いながらラーメンをすするらないかと言う私の提案により、私達は速やかに、駅の方向へと足を向け、水族館では会う事の出来なかったアサリラーメンをすすり、特に水族館を思い出すこともなく完食した。アサリは流石にいなかったなぁ……。

「綾ちゃん忘れてたの?」

 水族館近くの駅で電車を待ちながら、宗介の呆れた声が降ってくる。

「この後のゲームを考えてたら、つい……」

「俺とのデートもっと楽しんで!?」

「うっさい。でも、水族館も楽しかったよ。宗介とこんな遠出とか久々だし」

「ちょっと高校生っぽいよね。二人だけで遠出なんてさ」

 ふにゃっとだらしない宗介の笑顔を見て、私も同じ事を思っていた事を言われて、私も小さく笑う。

「高校生っぽいって言うか、高校生じゃん」

「そうなんだけどさ。実感なくない?」

「宗介だけだし。私はあるよ」

「何処?」

「友達いないところかな……」

 結局、四月の成果は皆無である。

「俺的には安心ですけどね」

「私的には大層不安ですけどね」

 これから何かとクラス内のイベントの度に一人っきりって絶望しかないじゃないか。

「本当に無理だったら、何時でも俺の所にこればいいじゃん」

 そう言って、宗介は私の手を握る。

 ……。

「すっごく嫌そうな顔やめて!?流石に俺傷付くから!」

「ボッチでいいやって決心が今し方ついたわ」

「そこ迄!?」

「逆にボッチでいても平気だなって思わせてくれた事にお礼を言いたいぐらい感謝したいと思う」

「そこは感謝しないで!?」

「照れんなよ」

「照れてなくて悲しんでんだよ!」

 宗介はそう言って騒いでくるが、これを学校でもやられたらと思うと、友達が居ない方が何かとマシだなと心の底から思わなくもない。

「学校で綾ちゃんと手繋げないのストレスなんだよねー」

「そのストレスで禿げろ」

 小学生でもないのに、何が悲しくて学校でも宗介と手を繋がなきゃいけないんだ。

「禿げても綾ちゃんが愛してくれるなら」

 電車が来る音楽が流れる。

「はっ、禿げぐらい余裕だろ」

 何年付き合ってると思ってるんだ。

 電車の止まる音、降りる人の足音。人が入れ替わる。

「綾ちゃんカッコいい!」

「うっせぇ。電車来たから乗るよ」

「あーい」

 朝とは違い、電車の中はある程度混んでいた。座れる椅子はなく、2人でドアの近くに立つ。

「でも、凄くたまには学校でも手繋ぎたい」

「はぁ?」

 何をいきなり女々しい事を。

「と言うか、綾ちゃんと喋りたい時が無性にある」

「学校終わったら会うのに?」

「会うのに」

 何だそりゃ。

「今の見た?とか、凄く下らない話をしたくなる時がある」

 ……んー。

「分からなくもないかも。私も少し、そういう時あるし」

 いつも隣にいたわけなのだから、自分のその時の感動は直ぐに宗介に伝えられていた。しかし、今は違う。

「だよね!?」

「先生のズラ、ズレてるとか、めっちゃ宗介に無性に教えたくなる」

「あー。俺以上にどうでもいいこと過ぎだな。それ」

「どうでもいいことって言ったのそっちじゃん。気持ちはわかると同意してやったのにその態度」

 失礼な奴だな。

「随分と上からだな」

「いつも頭が高いのは宗介の方だけどな?」

 身長178センチVS155センチだから、明らかに頭が高いのは宗介である。

「高い方がいいでしょ?彼氏が身長高いの嬉しいでしょ?」

「いや、別に。全然。邪魔ぐらいしか思わねぇ」

 立ってたらいいんだけど、横になればなる程邪魔だし、すっごく邪魔だし、本当邪魔だと思う。

「うそ!?そう女の子の雑誌に書いてあったもん!」

「知るかよ。雑誌はジャンプとサンデーとマガジンとチャンピオンしか読まないんで、話題合わせるなら格闘技とか野球の話にしてくれ」

「……はっ。確かに、綾ちゃんが女の子の雑誌読んでる所見たこと無い!」

「読まないもん」

 さして興味なんてないし。

「今日買ってあげようか?」

 可哀想な顔して宗介が言ってくる。

「云い方まで頭が高くなって来たな。知らない人に何か買ってもらうの駄目だと学校で習ったんで結構です」

「いや、彼氏だし、生まれてこの方、一番綾ちゃんを知ってるし、知られてる自信あるんだけど」

 ……残念ながら私にもその自信あるんだよな……。

「要らないし読まないし。そんなものより自分の参考書とか買ったら?」

「それこそ、要らないし読まないし」

「いや、そこは要るし読めよ」

 学生の本分とは?

「宗介ただでさえゲームと運動神経以外良くないんだから、頑張れよ」

「いい所流石に少な過ぎだし、もっと頑張れたでしょ!?何でそこで諦めちゃったの!?」

「二個上がっただけでも自分を褒めてあげたいと思うのに。連休開けたらテストですよ?宗介さん大丈夫ですか?」

「いきなり現実投げてくるな」

「赤点取ったら宗介がゲーム出来なくなるじゃん」

 鹿山家のルールでそう決められている。それで一番困るのはゲームを一緒にやってる私だ。

「多分大丈夫だと思う。俺は自分を信じてる」

「その自信が一体どこから湧いて出てくるのか、私は知りたい」

 私が宗介だったら絶望の淵にいるレベルだけども。

「綾ちゃんが勉強教えてくれるから」

 そう言って、宗介は笑う。

 他力本願かよ。

「教えてあげても、いつも邪魔するじゃん」

 そう言って、いつも勉強に飽きたとシャーペンを放り投げるのは宗介の方である。

「可愛い彼女がですよ?隣でですよ?俺ではなく教科書やらなんやらをずっと見てるんですよ?妬きません?」

「ははは。毛根ではなく頭の細胞が死んでるとは」

「両方死んでないから!だって、学校でも別々なんだよ!?家ぐらいさぁ」

「学校で勉強して来いよ。宗介いつも授業中遊び過ぎなんだよ。真面目にノート取ってる時なんてほぼ見ないし」

「何?綾ちゃんそんなに俺の事見てくれてるの?好きなの?」

「好きだよ。何か問題でもあるの?」

「……綾ちゃんのそう言うところ好き……」

「私は宗介のアホな所は如何かと思う」

 人として。

「……何で俺こんなに怒られてるんだっけ?」

「アホだからだよ」

「違う違う。そうじゃなくて」

 アホな事は否定しないんだ。

「そう、学校で綾ちゃんと少し話したいって話!」

「ああ、そんな話してたね」

「少しぐらい許可を下さいよ」

「無理です。認可降りません」

「綾ちゃんだって話したいって言ったじゃん。何?それ嘘なの?俺の事騙したの?酷くない?俺とは遊びだったの?」

「彼女か」

 いつもの流れである。

 しかしながら下手に許可なんかしてしまったら、宗介の思う壺だ。そこからズルズルと色々な事を許して結局中学校の頃と変わらなくなってしまう。

 それは避けたい。

 でも、確かに私も宗介に何かを伝えたい不便を感じる時はある。

「私だって、たまには、宗介とご飯一緒に食べたいと思う時もある」

 お弁当の秘密もバレたし、食べたくないと言う理由は無くなったわけだから。

「おぉっ?」

「でも、話しかけて欲しくないし仲間だと思われたくはない」

 それは嫌だ。

「綾ちゃんの中で俺はどんな位置づけなんですかね……?」

「知らない人でいたいじゃん?」

「彼氏でいたいです!」

「うっせぇー。でも、お昼は多香ちゃんと約束もあるし、宗介だって友達と食べてるし、無理だよね」

「無理じゃない。二人で俺だって食べたい」

「物理的に無理じゃない?何処も人いるし」

「いない所探したらいいの!?」

「検討はする。あ、でも話したい時ってのと微妙に話ズレてない?」

「それはそれ、これはこれ。思ったんだけど、綾ちゃん携帯持たないの?」

 携帯?

「友達いないのに?」

 何だ?嫌味か?喧嘩か?お?やるのか?

「中学校の時の友達とかいるじゃん」

「宗介の携帯で事足りるじゃん」

 それに、パソコンは持っている。メールならばそれで事が足りるのだ。

 わざわざ携帯を買おうと言う気持ちもない。

「携帯持とうよ。俺とメールしようよー」

「お前とかよ」

 それこそ要らないだろ。

「おばさんも綾ちゃんが携帯持たないって愚痴ってた」

「……そっちの方が世間一般的には喜ぶべきじゃないの?親として」

 確かに、高校進学の時に母親は煩いほど携帯電話を勧めてきた記憶はまだ新しい。

「そろそろ持とうよ。で、俺と学校でメールしようよ」

「だから勉強しろよ。学校で」

「一緒に帰れないし、俺の事待ってる間何かあったら心配だから持って欲しい」

 何もないだろ。人もいる時間だし。私可愛くもないですし。

 しかし、宗介が心配してくれるのも無碍にするわけにはいかないし、多分母親も同じ理由で私に携帯を持って欲しいのだろう。

「……検討する」

「検討多くない?」

「うっせぇ」

 人のジョブのステータスにケチ付けるな。

「前向きに検討すんの。だから文句言うな。お母さんも宗介も私の心配してくれてるのはわかるけど、携帯持ってもなぁって気持ちが拭えないんだよ」

 それ程使用目的もないのに、それで月に何千円も親に払って貰うのも、自分でその為に時間を裂いてバイトをするのも何だか違う気がする。

「ゲーム出来るよ?」

「ネドゲーとアプリゲームはちょっとなぁ。目紛しく変わる環境に対応しなくちゃいけないじゃん?自分のペースで進めれないゲームは性に合わないんだ」

 ゲームは好きだけど、それで何かを犠牲にする気は毛頭ない。私は今勉強が必要だし、テスト週間に入ればゲームをピタリと止めなければならない。

 私の中では、勉強、ゲームの順位付けなのだから。

 だからこそ、イベントのタイミングが自分の都合と合わせられないゲームは何かと敬遠したいと思っているのだ。

「そんなに携帯のセールスしなくても、ちゃんと前向きに検討するって」

「俺とお揃いの機種にする?」

「何で買う前提で話進めてんの?」

 人の話聞けよ。




 あれから何故か宗介と同じ機種の携帯を買う前提で話が進み、何故か携帯を契約する際には宗介が付いて行くと言う話にまでなった。

 いや、まだ買うって決まってないし!

 後半、最早買うのが決定していると錯覚しそうになったが、そう言えばまだ決定はしたないないことに気付き、ギリギリの所で事無きを得ることが出来た。何故だか宗介は人を流す能力に長けている気がする。

 そんなこんなで、話し込んでいたらいつの間にか目的の駅についてしまった。

 電車を降りて改札を出て、駅と併合している目的の本屋へ向かう。

「私小説見たいから向こうにいるね」

「ん。漫画探したらそっち行くから」

 そうして、私と宗介は一旦店内で別れてお互いの獲物を探しに行く。

 さて、話は変わるが突然の告白を聞いて欲しい。今私は大層金持ちである。

 何故かと言うと、進学祝いに親戚のおばさんから二万円相当の図書カードを貰ったからだ。

 こんな大金どうしようと戸惑っていたら、親は図書カードは貯金出来ないし、自分で好きに使いなさいとそのままダイレクトで私の手元に渡って来たわけで。

 私はその大金を握り締めながらキョロキョロと目を動かす。

 さて、何を買うか……。

 私は手当たり次第に本を見ながら、アレでもない、これでもないと検討を進めていく。

 三冊は、既に購入する本を買うと決めていたが、図書館で気に入った本、図書館に置いてない本、それらの購入検討をする。

 いくら大金とは言え、限られた資金だ。欲望が赴くままに買えば直ぐに枯れてしまう。それに、全て今日中に使うつもりもない。検討に検討を重ね八冊程購入する予定だ。

 私は真剣に本を睨み紹介文を読む。

 他の事など目にも入らぬぐらい。

 だからこそ、隣に宗介がいた事も気付かなかったし、誰かが遠くから私を見ている事すら気付かなった。

 そう、誰かに、見られていただなんて。

「よしっ」

 八冊目の本を手に取って横を向けば、ニヤニヤと笑っていた宗介と目が合う。

「わっ!」

「やっと気付いた」

 八冊目の本を要約決めたのが一時間半後。漫画一冊取りに行っていた宗介の事なんて正直忘れていたぐらいだ。

「え?いつから隣に居たの?」

「三冊目の本を取った後ぐらいから。綾ちゃん全然気づかないもん」

「声かけろよ。びっくりしたじゃん」

「いつ気付くかなぁと思って。同じ本とか取って読んでたんだけど、全然意味わかんなかった」

「……それはそれで問題だと思うんだけもども」

「綾ちゃんが取りそうな本に手を伸ばしても一度たりも当たらなかった」

 そんな遊びをしてたのか。寂しい奴め。

「本それだけでいいの?」

「うん。レジ並ぼう」

「おー」

 私の本を持ってくれた宗介と共にレジに並ぶ。

「あ、宗介の漫画一緒に買ってあげるよ」

「え、別にいいよ」

「安心しろ、カード支払いだ」

 そう言って、シャキーンと宗介にカードを見せる。

「図書カードかよ」

 図書カードを馬鹿にすんなよ。本が買える魔法のカードだぞ。

「文句言うな。ほら本出して」

「はいはい」

 この時、私は久々のデートに大変満足していた。水族館は楽しかったし、ラーメンは美味しかったし、欲しい本は手に入ったし、この後、宗介の部屋で二人でゲームをして、終わったら買った本を読む。

 最高の休日だと、信じて疑わないのも決まっている。

 しかし、これは全て嵐の前の静けさだと私は知らない。

 宗介の横で本を真剣に選んでいた姿を、まさか、同じ学校の人に見られていただなんて、夢にも思わないに決まっている。

 だって、楽しかったんだもん!!

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