005 クラゲの水槽前にて

 四月も終わり、ドキドキの高校生活、初めての祝日。

「あ、綾ちゃんごめん。起こした?」

「……いや、丁度目が覚めただけ。おはよ」

 隣で既に起きていた宗介に挨拶をして、思わず、顔を伏せた。

「……また、私途中で……」

 痛む身体を起こして、何とか起き上がる。

「綾ちゃん昨日どこ迄覚えてる……?最後ほぼ意識なかったよね?」

「ごめん。飛んでた。次こそ、ちゃんと最後まで付き合うから……」

「いや、俺の方こそ無理させてゴメンね」

「謝らないで。二人で決めたことでしょ?」

 宗介は悪くない。

 寧ろ、これは私が悪い。

「二人でちゃんと最後まで行くって」

「綾ちゃん……」

「で、マジでどこ迄行ったの?70階層のボスの攻撃避けてる所までは思い出せるんだけど」

 徹夜でゲームをやっていると、絶対私が途中で寝落ちしてしまうのだ。

 お陰で床で寝て体の節々が痛い。痛すぎる。

 珍しく、宗介がこのダンジョンクエスト二人で最後までクリアーしたいと言ってくれたのに、なんとも相棒として不甲斐ない結果を招いてしまった。

「そこ!?83階層まで起きてると思ってた!めっちゃ普通に薬草使ってた!弱点武器選んできてた!」

「83階層まで?マジで?全然記憶ないんだけど。あと17階層じゃん。こりゃ、今日で終わるんじゃない?」

「いや、終わらないけど?」

「え?余裕でしょ?」

 二人で首を傾げ合う。

「綾ちゃん、今日は何の日でしょう?」

「昭和の日」

「真面目か」

 だから真面目で何が悪いんだってば。

「違うでしょ?今日は、水族館の日でしょ?」

「……ああ」

 そう言えば。

「忘れてた顔してる」

「してない。全くしてない。宗介だってアホそうな顔してる」

「まさかの飛び火!?」

「うっせぇー。ほら、用意しようよ。久々のデートなんだから」

 忘れてた私が言うことではないかもだけど。

 別に、楽しみではないわけではないんだから。




「このまま電車に一時間揺られるのかぁ」

「中学校の時、行った以来だよね」

 休日の朝、いつもの通学の時とは違い、電車の中に人は疎らである。

「ああ、行ったかも。グループに別れてってたやつだよね?」

「すげぇ楽しみだったの覚えてる」

「楽しみ過ぎて寝れない宗介に、朝方まさかの部屋の窓を叩かれ起きる体験したの覚えてる」

 あれは実に驚いた。

 ちなみに私の部屋は二階にある。

「いや、流石に玄関あいてないかなって思って」

「そこは、流石に私が寝てるとも思えよ」

「綾ちゃんも楽しみで寝れないかと思ってさ。そう言えば、俺行事毎に朝方綾ちゃんを起こしに行ってる……?え?これ、漫画でよくある幼馴染っぽくない?」

「一度も頼んでない事実をよく考えて恥ずかしがってくれる?それに幼馴染よりも、朝起きたらゴリラが窓叩いてる風にしか感じないから。恐怖だから」

「彼氏に向かってゴリラって酷くない?!」

「はっはっはっ。落ち着きたまえ、森の賢者よ」

「森の賢者がお前の彼氏だけどいいの?」

「いいよ。ゴリラ強いし、賢い……、あ、ごめん。宗介よりゴリラの方が良いところいっぱいあるや……」

「俺の方がいい所あるから!めっちゃあるから!そこで諦めないで!?」

 二人でくだらない事を話しながら電車に揺られる。

 ……。

「今、綾ちゃんゲーム機持ってこればよかったと思ってるでしょ?」

「……一時間なげぇーよ」

 一時間あれば、85階層まではいけると思う。

「いいじゃん。たまには俺とのんびり話して電車乗るのも」

 そう言って、宗介は笑う。

 通学の電車は車両が違う。駅までは一緒だけど、そこから私達はただのクラスメイトになるのだ。

「いや、家で十分話してるじゃん」

「そこ、マジ顔なのね……」

「と言うかさ、宗介と話さない時間の方が短くない?私達少なくとも、一年の360日ぐらいは一緒にいる気がする……」

「……わかる」

「学校でも同じクラスでさ、家でも一緒でしょ?飽きない?」

「飽きない。全然飽きない。綾ちゃんは飽きるの?」

「……それがなぁ、何でかなぁ、全然飽きないわ」

「えへへへ、それ俺と一緒」

 ヘラっと宗介がだらし無く笑う。

 宗介と一緒にいて飽きた事などない。喧嘩したり、顔を見たくないと思った時も多々あるが、結局玄関を開ければ、泣きながら怒ってる宗介を呼びに行く。

 昔からそうなのだ。

「ゲームも宗介いると楽だし」

「そこは頼りになるとか言い方をもっと変えてよ」

「ゲーム以外で頼りにならない」

「だから、言い方!」

 変えてやったのに不服とか。

「綾ちゃんだって、ゲーム以外でも何でも頼りになる!」

「普通に褒めてくれてありがとう」

「し、仕返しが出来ねぇ……」

 ま、悪い気はしないかな。

「水族館ってイルカのショーとかあるの?」

 ふと、電車に貼られていた広告を見て、私は口を開ける。

 そこには水族館名物、イルカとアシカのショーと書かれていたが、普通水族館の花形はどこもショーだと思うんだが。

「あるみたいだね。綾ちゃん見たいの?」

「いや、全然」

 特に興味はない。

「今日一番楽しみなのは、蟹かなぁ……」

「シャチは!?アレだけ褒めてたシャチは!?」

「シャチは、食べれないから」

「蟹、食べる気なの!?」

「今日回転寿司行こうか。そう言うのに想いを馳せながら寿司が食いたい」

「残酷か」

 生前の蟹の事考えながら、カニカマ食べたいじゃないか。

 因みにかにかまは蟹などは入っていない。

 そこから、また下らない話やら学校の話などをしながら、私達は電車に揺られた。時間が過ぎ行くといつの間にか見える景色も変わって行く。

 漸く水族館につけば、流石は休日、人が多い。

「人、多いなぁ」

「休みだからなぁ」

 二人して、惚けた顔で手を繋ぎ、水族館の入り口を見る。

「取り敢えず入ろうか」

「んー」

 宗介に手を引かれ、水族館の中に入る。中は薄暗く、大きな水槽の窓の光が揺れている。

 宗介の言った通り、中学校以来かもしれない。

「魚だ」

 入り口の近くにあった、大小様々な魚が入っている水槽に目を奪われる。

「綾子さん、ここ水族館ですよ」

「知ってますけど?」

 だから魚がいるんだと思うけども?

「取り敢えず順番通りに見て回る?」

「ん。そうする。宗介何か見たいものあるの?」

「え?綾ちゃんかな。綾ちゃんも俺みたいでしょ?」

「おいおい、宗介さん。ここは水族館で動物園じゃないんですけど。今日はゴリラはいいよ」

「そのネタまた引きずるの!?」

 そう言われると、そろそろゴリラに失礼な気もしてきた。

 色々な水槽を見て、実にくだらない事を言い合い、ふざけ合ったり、笑ったり。

「私さ中学生の時、ここ怖いって思ってたんだよね」

「え?綾ちゃん水族館嫌い?」

「嫌いじゃないよ。ただ、ほら、薄暗いじゃん?魚も何かちょっと不気味な所あるしさ。特に深海魚とかのゾーンは怖かったなぁと思って」

「ああ。確かに薄暗いよね。シーラカンスの近くは確かに怖いよな」

「あそこもね。あの時は、宗介がいてくれて少し助かったかも。ずっと今日みたいに手繋いでくれてたよね」

「繋いでたね。痛いぐらいに」

「いざとなったら宗介を生贄に一人だけ生き延びようと決意を固めてたからね」

「今日はどこ迄落としにかかってんの?俺なんかした?」

「何もしてないって。ほらほら、くらげくらげ」

 笑いながら私が指を指す。

 その時だ。

「あれ?綾っちと鹿山?」

 後ろから名前を呼ばれ、2人で振り返る。

「あっ、のっち」

 そのには、中学生の時のクラスメイトである、のっちがいた。

 因みにだか、のっちは多香ちゃんと同じ女子バレー部に所属していて、ベリーショートが似合う爽やかイケメン女子である。

「わぁ、卒業式ぶりー」

「久々だね」

「野並、お前また背が高くなったの?」

「あははは、鹿山と視線が段々追いついて来たな。二人はデート?」

「うん。そう」

「野並は?」

「私?私もデート中だよ」

 ニコッとのっちが笑う。

「彼氏?野並に?彼女じゃなくて?」

「鹿山は、喧嘩の売り方本当に上手いよね。何で彼女なのさ」

「のっちイケメンだからじゃない?中学生のころ、女の子はべらかしてたし」

「そんな事ないし。鹿山に比べたら全然マシだし」

 ……五十歩百歩な気がするけどなぁ。

「彼氏って高校の人?」

「うん。高校の人でもあるかな」

 のっちは照れた様に頬をかく。

 ……と言うことは。

「もう、隠してても仕方がないしね」

「……えっ?マジで!?いつから!?」

 のっちの相手に皆目見当がつきた私はのっちに詰め寄る。

 全然気付かなかった!

「えへへへ。中二から」

「マジか!そっか。良かったね、受験頑張って」

「うん。ありがとう。綾っちもその節はお世話になりました」

 私は知っている。のっちが自分の偏差値よりも少し高い高校を受けていた事を。そして、受かる為に一生懸命勉強をしていた事を。

 なぜ知っているかというと、何度かのっちから勉強を教えて欲しいと頼まれていたからだ。

 あの時は深く考えなかったけど、成る程。あの学校にどうしても行きたいと言う意味は十分伝わった。

「え?綾ちゃん、何がどうしてそうなるの?」

「鹿山は鈍いな」

「宗介は鈍いな」

「何だよ、二人して!」

「あれ。鹿山と篠風じゃん」

 宗介が頬を膨らませていると、よく知る声がする。

「梅やんも久々だね」

「梅里、遅いぞ」

 そこにいたのは、宗介やのっちよりも少しばかり背の低い、同じ中学校だった梅里こと、梅やん。

 のっちと同じ学校に進学した元野球部の男の子。

「梅里じゃん。なんでお前もこんな所にいんの?」

「鹿山こそなんでいんの?」

「綾ちゃんとデートに決まってんじゃん。お前は?」

 いや、別に決まってないけども。

「俺?俺は……」

 梅やんはチラリとのっちをみる。

 うん。全然本当に気がつかなった。

 まさか、二人が付き合っているだなんて。

「私とデートだよ。じゃあ、またね綾っち」

「うん、またねのっち」

 私とのっちは手を振って各自彼の腕を持つ。

「え?えっ?ええ?」

 まだ状態が飲み込めていない男二人が何度も振り返るが、そういうことである。

「ほら、クラゲ」

「ちょっと、綾ちゃんどういう事?なんで、野並と梅里が?」

「中二から付き合ってるんだって」

 学校で二人がしゃべっていた処を私は見た記憶があまりない。

「梅里と野並が?え?マジで!?」

「うん。全然気付かなったよね」

「俺、二年の時に結構梅里と仲良かったけど、知らない」

「私も一緒だから」

 私は笑う。

「人間、やればあそこまで完璧に隠せれるって事でしょ?凄くない?」

 そのスキル、実に我々には必要なスキルである。

「……いや、あそこまで完璧に隠す必要あんの?それ」

「あるだろ。もっと宗介は私の苦労を知るといい」

「何かあったら俺が守るのに」

「ん。水槽が割れたら期待してる」

「あそれはちょっと……」

「大丈夫。盾にはなるさ」

 期待しているよ。

「……俺はさ、正直、そんなに納得してないわけよ。学校では普通のクラスメイトとして過ごすってヤツ。綾ちゃんがしたいからしてるわけでさ」

「だろうね」

 無理やり、私が押し通した形で宗介が従っているのは十分わかってる。

 今迄散々、嫌だと度々抵抗もしてきたが、宗介は約束を破る事は一度もなかった。

「でもさ、本当に、私達、これから何時まで一緒にいられるかわからないじゃん」

「何それ。別れる予定でもあんの?」

「まさか。更々ないだろ。それは」

 小さなクラゲは紫色にライトアップされた水槽をただ、上へ行ったり、下に行ったり。彼等はこの水槽できっと、そうやって一生を過ごすのだろう。

 でも、私達は違う。

「来年は?大学は?仕事は?きっと別々だよ」

 横を向けば宗介がいる。そんな当たり前の毎日には終わりが来て、私達は違う水槽で上に行ったり、下に行ったり。

「多分、私、宗介が思ってる程、それ、平気じゃないんだ」

「綾ちゃん……」

 きっと、それは宗介よりも。

「だからね、少しずつ慣れなきゃ」

 違う水槽で泳ぐ事に。

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