003 お弁当だって思っている
「はい、お弁当」
玄関を出てすぐ、私は持っていた袋を差し出す。
「綾ちゃん、いつもありがとう」
玄関前で待っていた宗介は袋を受け取ると、にっこりと笑う。
高校に入って早、二週間。毎日自分の分のお弁当を作るついでに宗介の分のお弁当を作る事になって早、一週間。
早起きにも慣れ、作るペースも慣れてきて、そろそろ効率化を図るぐらいに進化しつつある。
「いいよ。一つ作るのも二つ作るのも変わらないし、きっと豚肉も鶏肉も野菜も宗介に食べられる方が本望だと思うし」
「いや、其処までは……」
「せめて私がイケメンとか美女に産まれていたら、もっと豚肉も鶏肉も野菜も満足させてやれたのに……」
「ちょ!どうしたの!?綾ちゃんはカッコよくて、可愛いよ!!豚肉さんも鶏肉さんも野菜さんも満足してるよ!」
「はぁ?宗介に豚肉や鶏肉や野菜の何がわかんの?」
「あ、綾ちゃんだってそれは一緒でしょっ」
「うっさい」
馬鹿め。
残念だながら、私には分かるのだ。
「あーや、その小さいハンバーグ一個ちょうだい?」
「良いけど、少し焦げてるよ?」
「いいよー。私のパン、一口食べる?」
「林檎パン?食べる」
多香ちゃんのクラスでご飯を食べる事になってからも、早一週間。中学校は給食で、お弁当ではなかったら好きな場所でご飯が食べらるのはとても新鮮味がある。
「ハンバーグ美味しい」
「本当?ありがと」
「これ、あーやママが作ってんの?」
「いや、あーや自身が作ってる」
「え?あーやの手作り!?」
「うん。うち、お母さんがお弁当作るの大変そうだから自分で作ってる」
毎日夜遅く帰ってくる母や父に頼むのも悪いと思い、高校入学を皮切りに自分で料理をし始めたのだ。
まあ、下手だけど。
「凄いじゃん!あーや、私のいいお嫁さんになるよ!」
……何故そこに多香ちゃんのが入るんだ。
ま、いいや。面倒くさいし、聞かなかったふりをしよ。
「いや、そうでもない。形もバラバラでさ、上手く行かないし、焦げるし、彩り足りないし」
「えー?そう?」
「そうそう。もっと私が多香ちゃんみたいに可愛かったり美人なら良かったんだけど」
「……え?そこで何で美人って話が出てくるの?後、私よりあーやの方が断然可愛いよ」
……それこそ、なんで私の話が最後についてくるんだ。
「いや、ま、豚肉、鶏肉、野菜の気持ちになってみて、思っただけだけど?」
「何それ?」
「料理してるとそういう気持ちになるんだってば」
豚肉、鶏肉、野菜の気持ちに。
私はとても不器用である。
細い事に向いていないのは性格ゆえかなんなのか。
小学生、中学生時代共に、家庭科の時間に1人放課後残されて、裁縫に格闘していた時間は記憶に新しい。
しかし、裁縫は壊滅的だが、料理ぐらいはなんとかなる。
残念ながら均等に切ったり、上手く巻けなかったりと散々ではあるが、それでも煮たり焼いたりすれば食べれる物は出来るわけで。
上手くは出来ないが、それ相応の結果は導き出せる。
でも、その中でも飛び切り上手くいく場合もあるのだ。
綺麗に切れた、焦げなかった、黒くない。
豚肉、鶏肉、野菜が最後の自分の晴れ姿に喜んでくれている気さえしてくる。しかしながら、私にはご飯を食べる友達は多香ちゃん1人しかいないわけで、その素敵な晴れ姿を見るのは、私と彼女だけになるわけだ。
それはもう、美しい姿で己を飾った豚肉、鶏肉、野菜だってがっかりである。
せめて私が可愛かったり美人だったりしたら、彼らも相応しいと喜ぶかもしれないが、地味で冴えない事に特化したこの容姿である。そりゃ、彼らも不服だろう。
だから私は秘策を考えることとなったわけで。
形がバラバラなハンバーグをつつきながら、そう思うのだ。
クラスに戻ると、相変わらず動物園のパンダの周りには人集りが出来ていた。
「鹿山君のお母さん、料理上手いんだね!」
「毎日お弁当綺麗だよね」
なんだ。まだ食べてるのか。
「うん!料理上手なんだよね!」
……宗介、お前が私の人生初の芸術品であるダークマターホットケーキを泣きながら食べてたじゃん……。
もう、綾ちゃんが料理作らなくていい様な世界にするって、勇者みたいなこと泣きながら言ってたじゃん……。
料理上手だなんて露ほど思ってないだろ。絶対に。
しかしながら、この状況は吝かでもないは確かである。
「いつも美味しそうだよね」
皆んなが、私の作った最高傑作の豚肉、鶏肉、野菜を見ているのだ。
彼らも美しく着飾った自分を沢山の人に見られて本望だろう。
そう。私の苦肉の策というのは、美しく出来たものは、全て宗介の弁当に詰め込むという、実に単純明白な策である。
宗介の周りには人が集まり、弁当の中身を見られることが多い。それを見越してのこの作戦、本当完璧じゃん。私。
自分のは不揃いだけども。それはそれで別にいい。
人間腹に入れば皆同じである。
「綾ちゃん!お待たせ!」
「ん、お帰り」
いつものバス停で、待っていると、漸く宗介が駅から出てきた。
「お弁当おいしかったよ」
「でしょうね」
当たり前だ。みんな喜んで褒められている所はしっかりと見たわけだし。
「明日は何作るの?」
「さぁ?何も考えてないや」
「今日家来る?」
「課題終わってご飯食べたら行く」
「課題一緒にやろうよ!」
「ヤダよ。自分の力でやらないと、覚えないよ」
宗介とやると、途中から飽きたやらなんやらと騒がしいし。一人でやった方が十分集中出来る。
「真面目かよ!」
「真面目だよ」
何だ、真面目で悪いのか?文句あんのか?
「終わったらこの前の続きね」
「またあのクエストすんの?」
「今月中にはあの装備作りたいし。嫌ならいい。宗介以外に頼む」
「それって絶対、ひらっちにだよね!?浮気だよね!?」
「うっせぇー」
いつもの戯言を流しながら、明日は唐揚げかなぁと、クリアーするクエストの怪鳥を思い浮かべながら何となくそう思ってみたり。
「あ」
「お?」
思わず、弁当箱の蓋を開けて声が出る。
「わぁ。今日はいつもと違って綺麗じゃん!」
多香ちゃんはたまに一言多いし、とても素直に思ったことを言う。
やっぱり、いつも見た目悪いと思ってたんだろうなぁ。正しいけれども。
「しまったぁ……。入れる袋間違えた……」
しかし、何という凡ミス……。
「あー……。昨日寝るの遅かったし、寝ぼけてたかも……」
「どうしたの?」
「お弁当箱間違えた。これ、私のじゃなくて、あっちの」
「え?ストーカー相手にもお弁当作ってんの?」
「作ってるよ。一つ作っても二つ作ってもそう変わらないからさ。あー。今日の唐揚げ上手くできたと思ったのに……」
綺麗に大きさも揃っている唐揚げを見て溜息をつく。
「昨日さ、ひらっち呼んで三人でゲームしてて寝るの遅かったんだよねー。ひらっち上手くてさ、どんどんクエスト終わってくから調子に乗ってさ」
「いや、待って。あーや、待って。ちょっと待って」
「何?」
「……いつも綺麗に出来たのストーカーにあげてるの?」
多香ちゃんの眉間にシワが寄る。
「うん。そうだよ」
「いつものあーやのお弁当って……」
「失敗した所とか、端とか、大きさおかしかったりとかしてるところ」
「はぁ!?何で!?」
「何でって……」
そりゃ、豚肉や鶏肉や野菜がそっちの方が喜んでくれると思うし、腹に入ればどうせ皆んな同じだし……。
「宗介もそっちの方が嬉しいかなって思って」
本当に嬉しいかは知らないけど。
「……何それー!あいつだけ、めっちゃあーやに愛されててズルいー!!」
「え?いきなりどうしたの?よく分かんないけど、上手くできたから多香ちゃんも唐揚げ食べてよ。そう言えばね、昨日ひらっちがね……」
「……あ」
「あ?」
突然、言葉を遮られて首を捻る。
しかし、直ぐに何かあるのかをわかりやすく多香ちゃんは顔で教えてくれた。
すっごく嫌そうな顔してる。
折角の美人なのに……。
「桃山、鳴子知らね?」
案の定、宗介の声がする。
「知らない。話しかけるな。折角のあーやの唐揚げが不味くなる」
うちの唐揚げの成分は宗介が話し掛けると味が落ちる物で出来ているらしい。
「篠風は鳴子知らない?」
「……私も鳴子君、見てない、かな」
振り返る事もなく、ただ、美しくできた唐揚げを見つめながら、私が言う。
話、なんでふってきた!?
と言うか、絶対お弁当の中身見てるよね?ヤバい。今日失敗作しかはいってない事、気付いた!?気付かれた……?
って言うか、いつからそこに居たんだよ。
聞かれて、た……?さっきの会話……。
「そっか。いたら俺が呼んでたこと言ってよ」
「ヤダ」
「……うん」
早くクラスに帰れ!宗介、ハウス!
全力で目の前にあるお弁当を隠したい衝動に駆られる。
「あ、篠風」
なのに、なんで話しかけてくるだ……!こいつは!
「な、何?」
「いつも弁当、綺麗だね」
……は?
思わずその発言に固まる。
「じゃ、桃山頼んだから」
……。
「ヤダ。絶対ヤダ」
……。
「何あいつ、キモい。ね、あーや……、あーや??ちょっと、どうしたの?顔真っ赤だけど……!」
「……もう、本当に埋まりたい……」
少しぐらい、見栄を張りたい気持ちがなかったわけではない。
小学生の頃、私のダークマターホットケーキを泣きながら食べて世界を変える決意をした勇者に、少しぐらい見直して欲し買ったわけがないわけではない。
少しだけ、出来る彼女だなと思われたくないわけではない。
様はいい格好しぃが暴露たという事。本当に死ぬ程恥ずかしいし!
あー。もー。今日は全体的に失敗した事にしておこうと思ったのに!
「もう、本当、自分の馬鹿……」
やっぱり、三クエストぐらいに止めておけば良かった……!!
「あーや、大丈夫?ストーカーに声掛けられてびっくりしちゃった?帰る?今日もう帰る?」
「いや、もうそれ以上私の傷増やさないで……」
そのストーカーの為に朝五時起きしてるから。
「ねぇ」
その時だ、私達二人に向かって声がかかったのは。
顔をあげれば、多香ちゃんのクラスの女子達が私達を囲っていた。
あ、これ、囲まれた、逃げられないって奴だ……。
「桃山さんと篠風さんって、鹿山君と仲良いの?」
「え?」
思いもかけない質問に、思わず固まる。
「さっき話してたでしょ?」
「仲良くないし、知らない人だけど?」
……多香ちゃんのこういうところ、凄いと思う。そして、凄く好き。
「えー。名前呼ばれてたじゃん!」
「鹿山君の番号とか知らないの?」
「彼女いるの?」
ワイワイと彼女たちは私達の態度など御構い無しに質問を投げつけてくる。
「だから知らないし!仲良くないし、興味ないし!!」
多香ちゃん、怒ってるなぁ……。宗介と仲良いと言われると、多香ちゃんは割と直ぐに怒るのだ。
「えー。じゃあさ、篠風さんは?」
まさかこっちに風向きが変わるとは思わず顔を上げる。
「篠風さん鹿山君の番号とか知ってる?」
「いや、私なんか、全然知らないです。何も。本当に。仲良くもないので」
携帯とか、持ってないし。私。
「えー。篠風さんも鹿山君好きなら知ってると思ったのに……」
「え」
……え?
女子の言葉に思わず止まる。
「はぁ!?あーやがアレ好きなわけないし!」
私の代わりに、多香ちゃんが声を荒げて否定してくれるが、ちょっと待って。
何で?
何で知ってんの?何処で暴露たの?
「そんなことないよ。篠風さんが鹿山君の事好きってみんな知ってるし」
「はいっ!?」
今度は私が立ち上がる番である。
何で!?
「何でって、だって私達見たもん」
まさか……。
顔面蒼白になりながら、思わず座り込んでしまう。
これは、最早鶏肉の呪いなのか、なんなのか。
折角、上手くできた唐揚げを見ながら、呆然と私はそう思った。
やっぱり、最後の姿ぐらい、めいいっぱい人に見られたいと思ってるのだろうか?
すっげえいい迷惑である。
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