002 寂しくはないけれど

「綾ちゃんはさ、俺と離れて平気なの?」

「はぁ?」

 思わずゲーム機から顔を上げ、恨みがましい、宗介の声に心底うんざりした声が出る。

 またその話か。

「男が一回承諾した事覆すつもりなわけ?」

 後ろにいる宗介を見ることもせずに、私は口を開く。

「……覆さないし、綾ちゃんが俺との未来を思って決めた事なのは納得したし、頑張るよ」

 いつもとは違い、随分としおらしい声が後ろから聞こえた。

 珍しい。今日の朝まで、まるで近所の子供のようにダダをこねていたというのに。

「じゃあ、何でそんな事を聞くの?」

「綾ちゃんは寂しくないのかなって」

「んー……」

 寂しく、ねぇ……。

 正直、ない。

 まったくない。だって、ほぼ私達は四六時中一緒にいる。

 今日だって、朝起きてから寝るまで一緒にいるわけだし、そしてそれは昔からである。

 両親共働きの我が家は幼い頃から良く、鹿山家へ預けられた。大きくなるにつれ、それは少しずつ減るかと思っていたのだが、なんたって幼稚園前から宗介と付き合っている私は、最早この家の子とカウントされている状態だ。

 また逆も然りだけど。

 そのお陰で24時間宗介と一緒。遊びたい放題。今だって、二人で一緒にゲームをしながらダラけきった休日の1日を送ってしまっている。

 正直、学校ぐらい別々で丁度いいのでは思っていないこともない。

 幼稚園、小学校、中学校と、どれも友達は一緒。

 遊びに行くのも呼ばれるのも一緒。

 今まではこれが普通でこういうものなのかと思っていたが、やっとこれがおかしいことに、私は気づいたのだ。

「別に思わない」

 きっぱりと言えば、ゲーム機の画面で宗介のキャラが死んでいるではないか。

「あっ!バカ!死ぬなら回復剤置いていってよ!私一人でここキツイって!」

「綾ちゃんのバカ!今、俺の方が心の回復剤が欲しいよ!!」

「だから最初に宗介が3つ取ったじゃん!」

「綾ちゃん壁役じゃないから一個でいいでしょ」

「その壁役が死んだくせに何言ってんの?私の防御、紙なんだけど!あー!早く戻ってきてよ!私も死ぬ!!」

「ヤダ。寂しくないんでしょ?」

 ムッとした声に振り返ると、頬を膨らませている宗介が目に入る。

 ……なんとまあ、面倒くさい奴なんだ。

「もう、いい。宗介なんて知らない。一人でクリアーする」

「無理っしょ。綾ちゃんの装備、炎耐性ないじゃん。俺いなきゃ勝てないし」

「そう思うなら戻ってこいよ!宗介が炎耐性で来るから攻撃特化で来たんだから!」

「綾ちゃんは寂しくないの?」

 もう一度同じ質問が返ってくる。

 今度は、さっきよりも真剣な声で。

「……家で一緒じゃん」

「それで足りる?」

「……これからも一緒じゃん」

「一緒だけど、さ。今も一緒がいいと思わない?」

「……だって」

 宗介の言う通り、敵の吐いた炎が避けきれず、私のキャラが地面に倒れる。

「……クラスも同じじゃん」

 絶望的な声を出せば、何故か宗介が嬉しそうに抱きついてくる。

 そう、クラスを決めた先生は何を思ったか、高校にあがった今でも、私達は同じクラスなのである。

「そう!それ!高校でもクラス一緒なんて本当運命じゃん!神様がいちゃいちゃしろって言ってる様なもんじゃん!」

「ヤダよ!その神様絶対頭おかしいし!」

 幼稚園からずっと同じクラスにする必要はこれっぽっちもない。

「じゃあ、俺以外の人見ないで!話さないで!優しくしないで!」

「お前は彼女か」

 彼女は私だ。

「彼氏だけど、ヤダヤダヤダー!!」

「うぜぇ!本当馬鹿じゃないの?誰とも話してないし、仲良くしてないし」

「そうやって、無防備な所が……むぐっ」

 私はゲーム機を放り投げて宗介の頬を掴む。

「無防備も何も、私、本当に高校初日から今日まで誰とも喋ってないんだけど」

 地味系女子をなめんなよ。




 そうなのだ。今まで友達なんて自分から作りはしなかったツケがこんな所に回ってきたのである。

 いつも宗介と一緒で、宗介の友達が友達だった。

 しかし、自分で課したルールにより、今年からはその効果は無効となる。

 比較的一人でも平気な方だし、友達なんて無理して作る事もないかなと諦め半分、強がり半分。

 最低限の会話はしている。プリントを渡す際に、はい、とか。有難うとか。

 それでも、それ以上会話は続かず、いや、続くタイミングじゃないんだから当たり前だけど、交友だって深めない。

 それに引き換え……。

「鹿山くーん!」

「鹿山ー!」

 常に宗介の机には絶えず人が集まっている。

 ……何あれ。

 彼女ではなく、幼馴染として、同じ人間として、本当何あれ……。

 一体何処でこんなに差がついたというのか。

 顔か、顔かなぁ……。

 そこはどうしようもないか。

 しかし、これと言って確かに困ってる事もないし、いいかっ。

「あーや」

 ふと、名前を呼ばれて顔を上げる。

「あ、多香ちゃん」

 教室の入り口で、女の子が一人手を振ってる。

「あーや、御免!教科書貸してー!!」

 多香ちゃんの名前は桃山多香子。同じ小学校、中学校で私の友達である。

 凄く美人で、細くて背も高くてモデルさんみたいな容姿をしている。私の自慢の友達だ。

「入学一週間目から忘れ物って……」

「学校に置いてあると思ったらなかったんだよね」

 そして、かなり独特な、いや、いい性格をしている。

「多香ちゃんらしいよ。いいよ、ちょっと待ってて」

 そそくさと席に戻って教科書を探していると、クラスの中がざわついた。

 なんだろ?多香ちゃんが来たからか?顔をあげれば、多香ちゃんの側に宗介が立っているではないか。

 あー……。

「あのぉ。ここC組なんですけどぉ。英語も読めないんですかぁ?」

「はぁ?何処かの馬鹿と一緒にしないでくれますかぁ?」

 宗介と多香ちゃんの仲は限りなく悪い。いや、喧嘩するほど仲はいいと言うのだから、仲はいいのか?

 並んでれば美男美女でお似合いカップルの様だと言われていたが、口を開けば小学生みたいな喧嘩ばかり。

 その姿にお似合いだと騒いでいた周りも段々と口を閉ざして離れた方がお互いのためだよとまで言いだすレベルだ。

「私は親友に教科書を借りに来たの。馬鹿には用事なんでさっさとどっかに行ってもらえますかぁ?」

「親友だと思ってるのは其方だけですからぁ。付きまとわれてこっちは迷惑してるんですぅ。ストーカーですかぁ?」

 何なんだ。その喋り方は。

「アンタの方がストーカーでしょ?キモいんですけどぉ」

「お前の方がキモいんですけどぉ」

 相変わらずレベルが低い。

 そして、間に入りにくい。

 彼処に近寄りたくないなぁ。

「多香ちゃん、教科書あった」

 苦肉の策で多香ちゃんに呼びかければ、2人とも一斉に此方を向く。

 宗介、お前は呼んでない。

「あーや!ありがとー!」

「いいよ。別に。今度から忘れないように気を付けてね」

「お礼に今日、学校終わったら遊びに行こう?アイス奢るから」

「別にいいけど……」

 用事もないし。そう続けようと思ったら、私と多香ちゃんの前に突然何処からともなく教科書が現れる。

 私が出した教科書はまだ机の上のはずだ。なのに、何故。

「え」

 思わず声を出し、見上げれば、宗介の顔がある。

「桃山、俺が教科書貸してやるよ」

 ……いきなりなんで?さっきまで喧嘩してたのに?

「はぁ?私はあーやから……」

「お礼はいいから、ほら、ほら、ほら!」

 宗介は教科書を多香ちゃんに無理やり押し付けて、教室の外へと連れて行く。

 ……何だあれ。

「何あれ……」

「あの二人、同じ中学校なんでしょ?付き合ってるのかなぁ……?」

 クラスの女子の会話が耳に入り、思わず窓を開けて廊下を覗けば、2人がいつも通り言い合いってる姿が見える。

「付き合っては、ないかなぁ……」

 そんな風には周りから見えるのか。

 考えたこともなかった。

 自分の彼氏と親友だもん。

 折角出した教科書を見ながら、私は笑う。


 確かに。少しだけ、これは寂しいかもしれないかな……。



 ま、でも。

「だから何でアンタの汚い教科書借りなきゃいけないわけ!?」

「お前、本当にふざけんなよ!俺がどれだけ我慢してると思ってんだよ!何だよ!親友って!俺は認めてねぇからな!」

「何でアンタに認められなきゃいけないわけ!?ウザい!本当、ウザい!!キモい!!」

「お前の方がキメぇよ!鏡見ろや!」

 この二人だけはあり得ないかなぁ……。

 後、すっごく煩い。

 あの二人、どっから声出してるんだろ?腹から?部活かよ。




「あーや」

「あ、多香ちゃん」

 一人、下駄箱で靴を出していると、多香ちゃんが私を呼ぶ。

「今から帰るの?」

「うん。そう。多香ちゃんは?」

「私も。駅まで一緒に帰ろ?」

 多香ちゃんは中学校から変わらない短いスカートを揺らしながら、私に腕を絡ませる。

「いいよ」

「アレは?」

「アレ?」

「あーやのストーカー」

 友達の彼氏に向かって何て事を。

 まあ、その彼氏も親友である多香ちゃんの事をストーカーと呼んでいるからお互い様なのかもしれないが。

「女の子達に囲まれてた」

「何それ。キモいんですけど」

「毎年恒例行事じゃん。動物園の珍獣みたいな位置にいるし」

「あーやは常に飼育員だったもんね。本当、迷惑だよねー」 

「まあ、今年から解放されるから別に」

 今よければ、文句はない。

「ねぇ、あーやはさ、寂しくない?」

「え?」

 昨日、宗介から聞かれた言葉を多香ちゃんが言う。

「……それって」

 宗介の事を……。

「友達、出来た?」

「へ?」

 予想外の続きに少しだけドキリとする。

 ……今一番の私の課題じゃないか……。

「あーや、友達出来た?」

「え、えーっと……」

 それは、その、あの、その……。

「私は、出来てないよ」

「えっ?」

 突然の親友の告白に思わず顔を上げる。

「私さ、あーやと三年の時もクラス離れて、折角頑張って一緒の学校入ったのに、またクラス違ってさ、何か、クラスで友達作る気もなくてさ……。本当は、今日、教科書借りるつもりはなかったの。ただ、あーやに会いたくて、口実だったんだ」

 多香ちゃん……。

「そんな、口実なんていらないのに。ごめんね、気付いてあげられなくて。私も友達全然出来てないよ」

 それはもう面白いぐらいに。

「本当に?」

 ……何でそこは真顔なの?

「う、うん」

「良かったー!じゃあ、これから一緒にお弁当食べよ?一人で食べるの、私寂しくて……」

「別にいいよ。私も一人だし」

「本当?嬉しい!じゃあ、私が明日からあーやの教室に……」

 それは酷く面倒だと私は思う。

 なんせうちの教室には、宗介がいるからだ。

「いや、待って。多香ちゃんに毎回足を運ばせるのは悪いから、私から行くよ。多香ちゃんは動かず待っててくれればいいから」

 あと、ついでに騒がずに。

「あーやが私にそんなに会いたがってくれるの嬉しい!」

 ん?一緒にお弁当食べる約束が何故そうなるんだ?

「当たり前じゃん」

 ま、いいか。

 多香ちゃんも友達がいなくて寂しいんだろう。

「これで、あーやも友達要らないね!私がいるから!」

「え、あ、うん」

 ……うん?

 ま、いいか。出来る気なんてさらさらしないし

「そう言えば、多香ちゃん部活何入る?中学校の時と一緒でバレー?」

「え?んー。あんまり入る気ないかなぁ」

「そっか、残念だね。多香ちゃんの試合応援に行くの楽しかったし、多香ちゃんがピョーンって飛ぶのカッコよかったのに」

「え?」

「ん?」

「あーや、私の部活の大会見てたの?」

「うん。いつも応援に居たよ?」

「何それ知らない!」

「声かけなかったしね。試合終わったら帰ってたし」

「何それ!声掛けてよ!」

「あははは。最後の試合、カッコよかったよー?」

 私は運動神経がお世辞にも良いとは言えないので、親友が部活で頑張る姿はとてもカッコよく映った。特に、負けてもキャプテンとして、凛とコートでお辞儀をした彼女は、本当に素敵だったし、カッコよかった。

「……やっぱり部活やろうかなぁ」

「やりなよ。また応援に行くよ?」

「本当に?ちゃんと声掛けてくれる?」

「掛ける、掛けるって」

 それにしても、多香ちゃんにも友達が出来てないのか……。

 これは、顔の差ではないって事?




「じゃあ、また明日学校でねー!」

「うん。また明日ー」

 地元の駅で多香ちゃん別れて、私は一人、バス停のベンチに座り本を開く。

 夕暮れ時、帰り道に行き交う人達は急ぎ足だったり、ゆっくりだったり。

 少しだけ、まだ寒い春。

 日が落ちかけた頃には、手は冷たく、行き交う人影も少なくなっていた。

「さむっ」

 冷たい風が頬を撫ぜ、思わず肩をすくませる。そろそろ帰ろうかな。

 今日は中々忙しいらしい。

 ……私以外の人に。

「綾ちゃんっ」

 その時だ。待ち人がやっと来たのは。

「宗介、お帰り」

「ごめん、待たせたよね?大丈夫?寒くない?」

「ん、手が冷たい。早く帰ってご飯食べよ」

「うわっ、本当に冷たいじゃん!」

 繋いだ手はいつもより少しだけあったかい。

 走ってここまで来たんだろう。

 学校では別々で、付き合ってるのは内緒だけども、ここなら別に問題はない。

「いいよ。手、繋いでたらあったかくなるでしょ?」

 私がそう笑えば、宗介も笑う。

 別に寂しくはないのだけど、少しだけ寒くはあるかな。





「で、何であのストーカー女と一緒に帰ってたの?手繋いでたよね?俺とは帰ってくれないくせに、何で?浮気?浮気なの?」

「だから、彼女か」

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