彼女彼氏ですけど

富升針清

001 ルールを決めましょう

「あのさ、綾子」

「何?」

 中学校、最後の教室。卒業式も終わり、クラスメイトは思い思いに中学生生活最後の思い出にと、写真を撮りあっている。

 そうやって、私も最後の中学生活を楽しんでいるというのに、無粋にも、一人の男から声がかかった。

 同じクラスメートの鹿山宗介である。

「ちょっと話があるんだけど」

 ぐいっと、前のめりに来られて、ため息をつく。

 どうせ、ろくな事じゃない。

「綾っち、写真入るー?」

 丁度いいタイミングで、お声がかかったのをいいことに、私は椅子から立ち上がり、声を掛けてくれたクラスメートの方を見る。

「あ、行く。宗介、退いて」

「綾ちゃん!ちょっと待ってよ!俺、今から、すげぇ大事な事言うから!!」

 がばっと、両手で肩を抑えられ、私は椅子に逆戻り。

 お陰で目の前にはボタンが一つもない学ランがだらしなく開いており、これまただらしなく出した白いシャツが見える。

「ちゃんとシャツしまいなよ。だらしない」

「後でしまうから!ちょっと、黙って俺の話聞いて!?」

 耳元でギャンギャンうるさい。それこそ、大声出さなくても聞こえる。

「何?早く言って。みんな待ってる」

「あの、綾子、俺と……」

 ゴクリと、何故だから私たちの周りの皆んなが生唾を飲む音が聞こえる。

「お、俺と、一緒のお墓に入ってくださいっ!!」

 ほらみろ。

「今から?無理」

 死んでないし。生き埋めとか勘弁願いたい。

「今からなら結婚して!」

「無理。まだ15歳でしょ。お互い」

 法律上不可能である。

「じゃあ、じゃあ、高校でもずっと一緒にいてよ!!今まで通り、手繋いで学校一緒に行ったり、一緒にご飯食べたり、一緒に……むぐっ」

 私は彼の両頬を掴んで、吐き捨てるようにこう言った。


「それが一番、絶対無理っ!」


 鹿山宗介。春からも私と同じ高校に入学する、幼馴染兼私の彼氏である。

 



 事の起こりは、卒業式前夜。

 無事お互いに志望校への合格を果たし、いつも通りに宗介の部屋にいる時から話は始まる。

「ねえ、宗介。ルールを決めましょう?」

 私が口を開くと、私の膝の上の頭が上を向く。

「……新婚のルールを!?」

「誰と誰との?それとも一人で結婚するの?おめでとう」

 私は辞書を引きながら、彼の戯言をいつも通りに流した。

 宗介との付き合いは、赤子の頃まで遡る。

 我が、篠風家と宗介の鹿山家はお隣同士であり、同時期にお互いに別の土地から引っ越して来たこともあり、母親同士とても仲が良い。

 お陰で、同い年の私たち二人は幼稚園前から今日に至るまで、ずっと一緒にいるわけである。

 そして、目出度くこの度、同じ高校に入学も果たすわけだ。

「やだ!綾ちゃんと結婚する!!」

 がしっと腰を全力で掴まれ、思わず持っていた辞書を彼の顔に落とした。

「痛い!」

「それは良かった。で、話戻していい?」

 見てわかるように、私と宗介は付き合っている。

 それも、幼稚園に入る前から。お陰で今はどこへ行っても二人一組でカウントされ、親にも周りにも公認の仲である。

「もっと俺の心配してよ!で、何のルール決めんの?」

「四月からお互い同じ高校にはいるじゃない」

「うん。綾ちゃんと一緒の高校行きたくて頑張った」

 確かに、宗介は高校受験を受ける為に必死で頑張っていたことを私は知っているし、私も手伝ったし。

「そうね。本当に頑張ったと思う」

 良々と頭を撫ぜれば、宗介は嬉しそうに目を細める。

 犬みたい。

「でね、高校でのルールを決めたいの。高校はここから遠いし、うちの中学校から行く子は私達二人を除いて多香ちゃんと鳴子君だけじゃない。ほぼ周り皆んな知らない子達なわけでしょ?」

「そうだね。不安だね。でも、二人なら大丈夫だし、俺は綾ちゃんを……」

「待て」

 私は宗介の言葉を止める。

「それ」

「……へ?」

「それ、止めよう」

「……どれ?」

「私にべったりするな」

「……はぁ!?」

 勢いよく、宗介が飛び起きる。

 彼にとっては青天の霹靂であるだろう。

「何で!?」

「煩い。決めたの。高校ではベタベタしない」

「る、ルールを決めましょうって言ったの、綾ちゃんじゃん!もう、ルール決まってるじゃん!」

 うるせー。

「煩いってば」

「何で!?何で!?浮気!?」

 こちらの話も聞かずに、ガクガクと馬鹿みたいな力で肩を揺らしてくる。

 だから……。

「うっさい!!高校まで一緒に入れたのなんてはっきり言って、奇跡なんだから!ここからは、大学、就職迄私達一緒じゃないのっ!わかる!?もう、いい加減私離れの練習しないと、その、宗介の事が心配で、わ、私が不安で勉強とか出来ないでしょう……?」

「綾ちゃん……」

「宗介にだって、ちゃんと高校の友達も作って欲しいし、その、宗介とは家で会えるわけだし、えっと、さっき宗介が言ったみたいに結婚した時の予行練習しておきたいじゃない……?」

 ここで、突然だが、私には夢がある。

「綾ちゃん!!」

 がばっと名前を叫ばれ抱きつかれる。

「わかった!綾ちゃんがそこまで俺の事考えてくれてるなんて、全然思わなかったよ……。いいよ!する!新婚生活の予行練習する!!」

「宗介……。わかってくれて嬉しい……」

 そして、本当凄くチョロくて、逆にそれを心配するわ……。

 正直に話すのならば、私は言ったことは全くの嘘ではない。

 だがしかし、いろいろと建前が入っている。

 私は、夢がある。それは、弁護士になると言うもの。

 弁護士になる為に、沢山勉強をし、いい大学に入り、がっつり稼ぐ。その為に、あの高校を選び、入る大学さえ今の時点で決まっているのだ。

 悪いが、宗介なんかに邪魔をされたくはない。小学校、中学校と、何度邪魔されてきたことか……。

 私はその反省を生かして、この様なルールを改定したわけである。

 そして、序でに学校が変わる毎に女子のやっかみを浴びるも回避したいし、頭の悪い男子が私達をからかって喧嘩をおっぱじめる宗介を止めるのも面倒くさいし、尚且つ、先生達に宗介係として扱われるのは、御免だ。

 そう、全ては居心地良い高校生活のために!!

「たった三年間我慢すればいいだけだもんね。宗介なら、出来るよね?」

 出来ないとしばき倒すぞ?

「綾ちゃんの為に頑張る!!」

「わぁー。嬉しい」

 気合い入れて行けよ、本当に。




 などと誓った矢先にこれである。

「高校大丈夫なの?」

 スンスン鼻を鳴らしながら腰にひっついてる宗介を引きずりながら、女子達と写真を撮っていると、クラスメイトの女の子が見兼ねて声をかけてくれた。

「やらなきゃ怒る」

 事情を十分に知っているクラスメイト達から哀れみの視線が注がれている。

「綾っち、もう怒ってるじゃん」

 彼女にも、入学時には随分とお世話になったものだ。

「ってか、よく付き合ってられるよね?私だったら無理だわ」

「あれ?よっちゃんって宗介の事、好きじゃなかった?」

「あー。うちの学校の女子、最初は誰でも鹿山の事好きになるでしょ。顔めっちゃいいし、背高いし、運動神経いいし」

「分かる。私も最初、鹿山君好きだったー」

 他の女子が手を挙げる。

「私もー。だから綾っちの事凄く嫌いだったー」

「いい迷惑だったー」

 私は中学に上がったばかりの頃、このクラスの女子を始め、多くのこの学校にいる女子に酷いやっかみを受けていた。

「だって、鹿山君カッコよかったしね!皆んな憧れてたよね」

「そうそう。だけど、彼女がいるし、それが綾っちでしょ?なんでー?ってなるじゃん」

 うんうんとみんなが頷く。

 しかし、私にだってこれに異論はないし、失礼だとも思わない。

 こう言われても仕方がないぐらい、私と宗介は所謂イケメンと地味女である。

 私は兎に角地味だ。身長も高い方ではないし、顔も普通。髪だって、短いし、軽く跳ねている。声だって大きくないし、可愛くないし、何か楽しい話題だって振れない。

 何処にでもいる地味目な女子。

 かたや、宗介は真逆である。

 みんなが言ってるように、誰もが認める容姿を持っており、背も高い。運動神経も良くて、常にクラスの中心にいるタイプだ。女子からも男子からも人気である。

 そんな私達が付き合っているのだから、私以上の女子は確かに納得いかないだろうと自分のことながら冷静に分析出来る。

 それに、見てわかるように宗介は私にべったりだ。それは学校だろうが家だろうが出先だろうが変わらない。

「……はぁ?綾ちゃんが一番可愛いし」

 腰元で地獄の底から唸る声がする。

「はいはい。そうですねー。綾っちは鹿山よりも頼りになるしぃ」

「本当、宗介顔だけだし。綾っちの方が漢気溢れてめっちゃカッコいいし」

「頭もいいし!!」

「そんな事ないよ。皆んな褒めすぎだし……。普通なだけだし……」

「褒めると恥ずかしがる所が、めっちゃ可愛いー!!」

「わかるー!!」

「篠風さんの方が好きー!!」

 ぎゃいのぎゃいのクラスメイト達が抱きしめてくる。

 皆んな優しくていい子で、嫌がらせなんて一年の前半で終わり、今やこれ程迄に仲良くしてもらってる。

「俺の綾ちゃんに触んなよ!」

「鹿山が邪魔だし」

「女子だけで写真撮るから、綾っちから離れてよ」

「ヤダね!綾ちゃんが写るなら俺も映らなきゃおかしいだろ!」

「空気読めよ!こっちは綾っちと高校別々なんだけど!家も遠いし!お前はずっと一緒にいんだろうが!」

「はぁ!?こっちは高校では手さえ繋いで貰えないんだぞ!彼氏だぞ!ざけんな!」

「いや、いい加減離れてよ。邪魔」

 ぺしっと宗介の手を叩く。

「綾ちゃぁぁぁんっ」

「私だって皆んなと思い出残しておきたいもん。皆んなと会えなくなるの、寂しいもん」

「綾っち!いい子すぎ!!」

「皆んなで綾っち囲もう!3の1女子集合!!鹿山本当邪魔!」

「ヤダ!もう、クラス皆んなで撮ればいいじゃん!男子だけはばにすんな!」

「わかったって!男子も集合!先生写真撮ってー!!」

 私はこの日の終わりに、最後に撮った写真はそっと壁紙にした。本当に楽しかったし、いいクラスだったと思う。

 私たちは今日、目出度く卒業した。

 この、学び舎を。


 四月から、期待と不安が詰まる高校生活が始まるのだーー。

 

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