020 ねぇ、それは本当なの?
桃山多香子は美少女である。
顔立ちが整っており、スタイルが良い。身長も高く、噂に聞いた異国の血に垣間見る美しさにミステリアスを覚える。
彼女こそが完璧な美少女と言ってもいいだろう。
ただのアイドルだなんて比べ物にならない。
彼女の美しさの前にはそんな陳腐な物など到底及ばない程の美があるのだ。
なのに彼女は気取らない。
内面すら、彼女には美しさがある。
彼女は美しい迄に、自由を奔放に使いこなす。
人によって差別はしない。見かけで人を判断しない。人によって接し方を変えない。自分と同等の美しさを持つ男にも女にも、屈することなく、彼女は毅然とした態度で接する。
誰にでも媚びることが無い高貴なほどの美しさだ。
自分でも疑ったさ。本当にこんな美しさが存在し得るのか。現存するものかと。
試しにとあるこの学校で騒がれている程のイケメンと呼ばれる男と彼女を掛け合わせてみた。
謂わばそれは実験みたいなものだ。いや。実験だと言うのには些か言葉が合わない。
本当に、彼女が本物であるかどうかを確かめる、神聖な儀式だ。実験と言うには余りにも無粋で、彼女を汚して仕舞うだろう。
その儀式で、彼女は間違いなく内側も外側も美少女であると言う事が判明したのだ。
彼女は完璧だ。
そこら辺の勘違い女とは違う。
でも、一つだけ彼女にはどうしても落とさなきゃいけない汚れが付いていた。
彼女を見つけてから、必死に、寝る間も惜しんで調べたさ。なんたって、彼女のためだから。
だから見つけられたのだ。
彼女には、似合わない程の汚れを一つ。
このペンが作る、黒い汚い染みの様な汚れが。
「補講って何の罰だよ……っ!! 天罰か何かなの!? 前世の罪なの!?」
「赤点取った罰だよ」
多香ちゃんが一体何を言い出すのかと思えば、補講を前世のせいにするとかレベル高いな。
「私赤点取ってない!」
「だから、任意の補講になってるじゃん」
期末テスト前に開催される補講者リストの任意枠に多香ちゃんは自分の名前があるのが不満らしい。
「任意ってなに? 忍者?」
どっから忍者が出て来た。
「自分で参加するかどうか決めればいいよって事。でも、私は行く事をお勧めする」
赤点ギリギリだったし。
「えー。あ、もしかして、あーやも参加するとか?」
「え? しないよ。三位だもん」
「あーやのそう言うところどうかと思う」
「多香ちゃんのためを思った助言だと言うのに。期末テスト、赤点取ったら夏休みなくなるよ? 部活行けないじゃん」
「そもそもその制度が問題なのでは?」
お、何か言い出したぞ。
「それって、平等性に欠けると私は思いますね。人の上に人を作る行為だと思うんですよ」
いきなりデカイのブッ込んできたな。
「大統領も言ってたでしょ!?」
「大統領言ってたかなぁ……」
「え? 違うの? じゃあ、偉い人が言ってた!」
「ざっくりな表現で妥協して来たな」
自信ないんかい。
「夏休みって夏に休みを取る義務だと思うの」
「義務は責任だから、義務を果たすためにテスト赤点とならない様にしないとね」
「……既に人間である事で私は義務を果たしていると思うのですよ」
「敬語になってますよ、多香子さん」
どんだけだよ。
「夏休み、遊びに行ける様に今頑張るのも悪くないと、私は思うんだけどなぁ」
「常に全力投球なんだけど」
「投げてどうすんの。今年の夏休み、多香ちゃんとプール行く約束してたんだけど、赤点取ったら無理だよね」
「あーや……! そんなにも私とのプール楽しみにしてくれてたんだ……っ! 大丈夫!! 補講休んででも行くから安心して!」
「いや、待て、安心出来る要素が一つないから」
落ち着け。
明かに選択ミスしてることに気付いて。
「赤点取らない様に頑張りましょうって話なんだけど。補講に出たり、一緒に勉強したりして、赤点取らずに夏休みいっぱい遊ぼうよ。去年みたいにさ」
「……あーやがそう言うのなら……。出るぅ。参加プリント先生に出して来るぅ」
「うん。賢い選択だ」
「あれ?」
多香ちゃんの声に私は顔を上げる。
「……どうしたの?」
「あれー? ペン落としたかな? あーやペン持ってる? 貸して貰っていい?」
私は多香ちゃんに気づかれぬ様に周りを見渡すが、私達を見ている人は居ない。
「あーや?」
「あ、ごめん。はい、どうぞ」
「ありがとー。昨日使った後、何処置いたかな?」
昨日まではあった物が無くなっている。
やっぱり、昨日、誰が居たんだ。
あの時、この場所に。
疑惑が、確信に変わっていく。
と、言っても。
だからどうするとは、また別の話である。
学校からの帰り道、私はため息をつきながら、昨日とは打って違う太陽輝く明るい道を歩きながら悩んでいた。
一回、多香ちゃんの教室に放課後隠れてみる?
でも、相手がいつくるのかも分からない中、鳴子君が言う様に、確かに懐中電灯を用意して他のものを用意していない保証はないのに。
確かにそんなものは、悪手の悪手だろう。
誰かに相談してみる?
当事者である多香ちゃんは駄目だ。下手に気付かせて不安に……、いや、ならないな。彼女はならないな。うん。
しかし、伝えるのは駄目だと言う概念は変わらない。多香ちゃんの行動力を舐めてはいけない。私よりも無鉄砲に輪を書いて尚且つ胡座を書いてる人物である。
伝えたら間違いなく怒りのあまり突っ込むのが彼女である。だから、駄目。
鳴子君……は、論外。彼は私が首を突っ込む事を良しとはしてないのは火を見るよりも明らかだ。
考えも明確になってないのに動いてる事が分かってしまったらこれ以上ないぐらいに罵られるだろう。
至って真人間の凡人の為、そんな趣味なんてあるはずもない。普通に心を痛めるだけで終わるので、是非ともご遠慮したいと思う。
じゃあ、宗介?
宗介は……。
駄目だ。
絶対に嫌だ。
他に誰か……は、いないな。うん。
振り返っても相談できる知人が少ない事に、我ながら驚きを隠せない。これが現実と言うものか。
さてさて、どうしたものかな。
帰り道にウンウン唸っていると、急に首筋に冷たい感覚が刺さってくる。
「うぉっ!?」
何? 雹でも降って来た?
「うぉって。お帰り、綾ちゃん」
「宗介……」
振り返ってみれば、昨日の様に宗介が立っているではないか。違うところといえば、アイス棒を咥えているぐらいである。
「今日は一緒に帰れるのに、綾ちゃん駅で待たずに歩いてくなんてハクジョーじゃないっすか?」
「あ、ごめん。考え事してて」
私は宗介から首に当てられた私用のアイス棒を受け取りながら自分の非を謝る。
「考え事? 何?」
実は。
そう言いかけた口が、違う言葉を紡いでいく。
「期末テストのこと。宗介も多香ちゃんと一緒で補講任意組だっけ?」
「任意だから断るけどね!」
「いや、お前は受けろよ」
何で、嘘を付くんだろう。
期末テストなんて考えてもしなかったのに。
「綾ちゃんも補講来る?」
「多香ちゃんと同じ発想なの、何なの? 三位様に聞く事?」
「綾ちゃんのそう言うところどうかと思う」
「その下りもやったって」
言えばいいじゃないか。
いつだって、宗介とは一緒だった。どんな事をするにも、隣にいて、騒いで、笑って、喧嘩して。それでも、私は……。
「期末テストまで二週間もあるのに、綾ちゃん真面目すぎない? 未来の事考え過ぎじゃない?」
「未来て。未来て。二週間が未来て。宗介の脳そみヤバイな」
「まだ、二週間もある。一週間が二回あるってわけですよ?」
「考えて? 一週間が二回しかないんだよ?24時間かけることの14日だよ? 答えわかる?」
「え? 無限大?」
「あー。脳みそ死んでますね。これは」
冷たいアイスが私の中に広がっていく。
「この前3日で何とかなったじゃないですか」
「何とかしてやったのは、誰か思い出せよ」
「綾ちゃん様」
「お座なり過ぎるよいしょだな。大賢者綾子様がいつでも味方と思うなよ」
いつも、何かあれば二人で解決して来た。埋め合う様に違いの足りない所を補って。
私と宗介はずっと、ずっと……。
「行成の裏切り!? いや、マジで俺は綾子が居れば怖いものなしだと思ってるから」
宗介の言葉に、思わず顔が歪む。
居ないのに?
隣にいないのに?
「綾子が勉強教えてくれるから、俺は……」
「先輩に教えてもらったら?」
アイス棒が、溶けて来るほど暑いはずなのに、私の喉元は何故にこんなにも、氷の様に冷たいのか。
「……え?」
宗介の声に、はっと顔を上げる。
何で、何でそんな顔を宗介がするの? 何で、そんな顔で私を見るの?
氷が溶けそうになる。気を抜いてしまえば、何かが垂れ落ちる様に。
おいおい。ちょっと待て。何かなんて、カマトトぶるなよ。
これは、嫉妬だ。
私は今、醜く嫉妬の炎を燃やしてしいるのだ。あの、先輩に対して。
こんな無様な様など見せられるかと私は氷を飲み込んだ。二度と喉元に這い上がってこれない様に、確実に。
「いや、考えてみなよ。先輩の方が私に教えを乞うよりも効率的だと思わない?一年の時に同じテストやって来たわけだし、大体ここが出そうとか、知ってるじゃん?」
「あー、でも」
「それに、私も今回の期末テストは頑張らなきゃいけないしね。範囲広いし、中間で良くてもここで落ちたら意味ないし、宗介の面倒見る余裕ないかも」
「え。待って。綾ちゃんがそんなにヤバイの?」
「宗介授業の時に範囲聞いてた? 結構広いよ。期末だし、総集編みたいなもんでしょ」
「俺もっとヤバイじゃん!」
「自覚遅いな。状態異常でも掛けられてるの?」
「嫌なデバフだな!」
畳み込むような言い訳の嵐に冷や汗をかく。
やめてくれ。
止まってくれ。
醜態を晒さないでくれ。
崩さないでくれ。
私は嫉妬なんかしない。
私達の信頼はそれ程脆くない。
私は宗介の事を信じている。
私が一番宗介の事を分かっているし、宗介も私の事を一番分かって……。
ねぇ、それは本当なの?
氷の様に冷たい声が、自分の喉元から這いずり上がって来る。
棒からアイスが溶け落ちる様に、私の中で確かに何かが崩れる音がした。
彼女彼氏ですけど 富升針清 @crlss
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