017 何処で、誰と、何を?
「今日は一緒に帰れなさそう」
朝、篠風家玄関先、宗介が申し訳なそうに頭を下げる。
馬鹿野郎。下げたいのはお前の頭じゃなくて、私の眉だ。
そう叫びたい気持ちをぐっと飲み込み、私はいつも通りな顔を作る。
ねぇ、正確には今日もでしょ?
「マジか。じゃあ、適当に帰るわ」
「ん。綾ちゃん一人じゃ危ないから早く帰るんだよ」
「いつも不審者と一緒に帰ってるから、一人の方が安全では?」
「いや、いつも守ってくれる彼氏さんと一緒でしょ!?そこは!」
「デュエリストとエンカウントした事ないんで、わかんないないですね。その事実。戦ったことも、守られたこともないんで」
いつも通りの朝。
三者面談もなんとか終わり、夏服と共に少しずつ夏の匂いがして来た朝。
少しずつ、いつも違ってくる、朝。
今日も私は一人で家路に着くのか。
「篠風さん、おはよう」
「おはよう、鳴子君」
夏服に身を包んだ鳴子君が、爽やかに今日も私を女子トイレの前で呼び止める。
いつも思うが、この人私以上に他人からの視線に興味ない人だよな……。
「今日は何の用だった?」
「え?篠風さんよく僕に用事があるって分かったね」
爽やかに笑われても。
私に用事がないのに女子トイレ前で待ってる方が驚くって。
「そう言うのいいから。何?」
「じゃあ、単刀直入で。今日、僕の家にこない?」
鳴子君の一言に、思わず私は額を抑えて下を向く。
いやいやいやいや。単刀直入過ぎだろ。
まず、暇かも聞かれてないのに、本件過ぎる。
いや、予定ないし、今日はゲームも出来ないだろうから、別にいいけども。
問題はそこではない。
「家は不味くない?親御さんいらっしゃるんじゃない?」
指摘しようと顔をあげると、鳴子君はまたも笑顔を崩さず、顔の横でオッケーマークを右手で作る。
「今日は二人とも帰ってこないから大丈夫」
どうやら、今日の鳴子家は両親不在らしい。
「へぇ、珍しいね。でも、鳴子君の家に連れ込まれて、すんなり無傷で帰れた試しがないから断るね」
まあ、両親がいようがいまいが、行かないんだけどね。
苦い経験しかしてないから。
「篠風さんってそういう所があるよねぇー」
「当たり前でしょ?別に付き合えるけど、鳴子君の家には無理」
行ったところでどうなるかは予想がつく。と言うか、予想しか付かない。
私は不器用な人間だから、彼にとって有益な事は何もないと言うのに。
「じゃあ、こうしよう。カラオケ行こうか」
何、この譲ってやってる感。
こっちは譲る気なんて更々ないけどな。
「諦めると言う言葉は?」
「ないなぁ」
「無理って言っても?」
私が呆れた顔で言えば、鳴子君はニコニコと笑ったまま、携帯を取り出す。
「鹿山宗介って知ってる?」
「……け、結構知ってる」
何を、何をする気だ?こいつは。
「鹿山君ね、可愛い彼女がいるの知ってる?」
「か、可愛くはないけど、あ、頭が良くて優しくて、尚且つ大賢者な彼女がいるのは知ってる……」
自分ぐらいは自分を褒めてもいいかなって!
「……虚しくない?」
「す、少し虚しいかな……」
なんで急に素に戻るんだよ。
少し可哀想な顔を、いや、そこは放っておいてよ。兎に角、可哀想な顔をしながら、彼は小さくこほんと咳払いをする。
「取り敢えず、すっごく可愛い彼女がいるんだよ」
「いや、その下りまだやるの?」
もう、要らなくない?
「でね、その彼女がもっと可愛くバニ……」
「何か今日、私、鳴子君とカラオケ行かないと死ぬ気がしてきた!」
「そう?それは是非とも行かないとね!」
だから、誰が彼を人畜無害だと言い出したのか。
「……はぁ。なんで、こんな人に引っかかってしまったんだろう……」
一体、私が何をしたと言うのか。
「ありがとう!篠風さんは話が早くて大好きだよ」
「……脅しって知ってる?」
「知らないなぁ」
そう言って、彼は春風のように爽やかに笑った。
ねぇ、爽やかって意味、知ってる?
「え?今日鳴子と帰るの?」
「そう。捕まった……」
お弁当を突きながら、多香ちゃんに思わず愚痴を零してしまう。
「あれ、何か喧嘩した?」
いつも鳴子君と予定がある時の、普通の私に対し、今の私は何故そんなに眉間にしわを寄せているのか多香ちゃんの中では不思議でしかないだろう。
気持ち話はわかる。
私は普段、鳴子君を良き趣味友だと思っている。
勉強も出来るし、本の趣味もある。二人で勉強会をしている時は、常に私が生徒だ。此処ぞとばかりに質問を彼にぶつけは教えてもらう。
趣味は読書。元々二人とも読書部、いや、一応文芸部に入っていた。二人とも本が好きで仕方がない本の虫だ。
鳴子君とは特に好みが似ていたこともあり、二人でオススメの本があれば持ち寄り、勧める。
これだけ聞いていれば、仲の良い友である。
いや、仲のいい友なんだよ。普通は。
でも、この時期は話が別だ。
出来れば捕まりたくはないと心底思う期間なのである。
「私、たまに鳴子君の強引さに付いてけない」
あの強引さ加減に、何度負けて何度勝てないと思えばいいのか。
「意外だね。あーやの方がジャイアンっぽいのに」
「多香ちゃんは本当に言葉を選ぶチョイスに悪意はないのか。まあ、私も大概だけど、鳴子君はそれ以上だよね」
何の躊躇もなく脅すし。
「ふーん。私の中でさ、鳴子って謎なんだよ。中学一緒だったけど、そんなに関わりないし、頭いいって噂では聞くけど、本人の事なんて余り聞かないし。と言うか、あーやと部活同じだったってことも、この前初めて知ったし!」
確かに、この二人の接点は余りない。
お互い違うベクトルの有名人だけどね。
「今クラス一緒だけど、強引さなんて全然ないし、喉越しが柔らかい的な感じで、誰にでも優しいし、爽やかってイメージしかないから、あーやの言ってる鳴子が想像付かないんだよね」
あー……。
「……多香ちゃん、多分それ言いたいのは、喉越しじゃなくて、物腰……」
「……喉越しのほうが優しいっぽさが溢れてると思うの」
あー。思っちゃったかー。
思っちゃっても仕方がないんだけどね?うん。
「それでも物腰ね。で、まあ、分からなくもない。確かに彼は優しくて爽やかだろうけど、いつも同じじゃないんだよなー」
「あーやが愚痴るって、余程だよね」
「まあ、今回の脅され方すれば、やさぐれたくもなる」
「どんな脅され方したの?」
「後ろから拳銃当てられながら、この崖から飛び降りるか、この拳銃で肩を撃ち抜かれ崖から足を踏み外し死ぬか、選べって女子トイレの前で言われた」
「うちの学校の女子トイレの前に崖あったけ?」
「人生の崖があったんだよ」
流石に多香ちゃんと言えども、あの話だけは出来ない。
「でも、そんなに前から仲よかったけ?」
「鳴子君と?」
私が問いかけると、多香ちゃんはコクリと頷いた。
「うーん。今みたいに遠慮がなくなったのは、多分中学校の三年からな気がする」
「なんかあったの?」
「……」
何か。
何かって。
「あーや?」
「いや、思い出しても何にもないと思って」
「何それ?」
多香ちゃんにはまたしても言えない。
何か?勿論あったとも。
でも、悪いが、それは二人だけの秘密なのだ。他の誰もまだ言えない。
「でも、ストーカー、鳴子と二人でもよく怒らないね」
「まあ、鳴子君だし」
「人畜無害男だからか」
「結構、有害糞野郎だよ」
「あーや、鳴子にも意外に容赦ないね……。でも、こっちも以外。私がストーカーなら、滅茶苦茶怒るけどなぁ。鳴子には勝てないし。あーやと鳴子の間には入れないし、二人が付き合ってるとなるとどうにも出来ないじゃん?」
また随分と突飛なことを言う彼女だ。
私と、鳴子君ねぇ。
宗介と付き合ってるのにそれはないし、何より……。
「ないない。私と鳴子君なんてあり得ない」
私がそう笑うと、多香ちゃんもだよねと笑う。
そう、何かあるはあるが、二人で何かになれるわけがない。
私と鳴子君は、そう言う関係なのだ。
「そうなると、今日もあーや一人で帰るの?」
「鳴子君と帰るってば」
「違う違う。だって鳴子、私達と乗る駅違うじゃん。家まで一人って事」
あぁ、鳴子君と別れた後の話か。
「うん。今日もそうだね」
「いくら日が長くなったからって、余り遅くなっちゃ駄目だよ?」
「多香ちゃんまで何を心配しているんだか……」
こっちはもう高校生だってば。と言うか、同い年だし。
「最近ストーカー、何してんの?」
多香ちゃんが興味なさそうに、パンを齧る。
最近、そうだね。
最近だね。
今回に限った話じゃないし、一回や二回でもない。
「さぁ?私には関係ないこと、かな?」
そう言って、私も箸を動かす。
宗介がいない理由は、今日もまだ、私は知らない。
その後、またプリントを無くして先生に怒られたと言う愚痴を、多香ちゃんから聴きながら、私は相槌を打つ。
最近多いね。
もう、これは呪いかも?とか。
最早呪いと言っても過言ではないぐらい実害が出ているのは確かである。
そんないつも通りで、いつもとは違うお昼休みを過ごしながら、私の時間は過ぎていく。
午後の授業を終え、気の進まない、放課後の教室。
鞄に教科書を詰めながら、私はこっそり宗介を見る。
既に鞄は手に、教室の扉に向かっている。
用事は学校ではないのか。
宗介の事は、気にならないわけじゃない。
しかし、私が気にしてはいけない事だと思っている。
本人が敢えて私に言わないことを、無理やり暴いて良い結果など何処にもない事は分かっている。
だから、気にしないようにしなければならない。
意識を向けると、嫌でも考える。
そりゃそうだ、知りたくて知りたくて仕方がないのだから。
何処で、誰と、何をしているのか。
知りたいよ。
でも、知ってどうすると言うのだろうか。
何処で。
誰と。
何を。
もし、その事実が私の望まない真実だったら?
私の教科書を運ぶ手が止まる。
「宗介君!」
廊下から聞こえる、女の子の声。
見た子はない。私が知らない女の子の声。
「先輩、また来たんっすか?」
「もう、そんな嫌な顔しないでよ!毎日迎えに行くって言ったじゃん!」
「頼んでないっす」
「また嫌そうな顔するぅー!私、先輩だよー!?」
遠ざかる、声と足音。
私は小さなため息を吐き、また教科書を運ぶ手を動かしていく。
今日も私は、一人の家路を帰るのだ。
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