013 いつもど通りな訳がない

 ――篠風綾子さんってどんな子かしら?

「篠風さん?知らない。喋った事ないし」

「篠風?あぁ、性格悪いって聞いたよ」

「いつも一人でいる子だよね?喋ってるの見たことない」

「いつも表情変わらなくない?」

「暗くてさ、ずっと一人じゃん。ああ言うのがオタクって言うんだよね?キモくない?」

「ね。隣のクラスに友達いるらしいけど、その子しかいないんじゃない?友達って。クラスでは一言も喋らないし」

「あぁ、知ってる鹿山君のストーカーって噂聞いた事ある」

「鹿山君も困ってるんだって。最悪だね」

「よくドラマであるよね。ああ言う大人しそうなの子がさ」

「そうそう勝手に暴走してさ」



「うん。ヤっちゃうんだよね。ブスっと、さ――」




 時計は既に、週末の午後四時を告げている。

「勇者宗介よ」

 本をぱたりと閉じで、私は口を開いた。

「……突然のRPG?と言うか、何キャラ?」

「大賢者綾子様。様までちゃんと付けろよ、愚民」

「ネーミングセンスの酷さもだけど、雑に取って付けたかのような設定を覆す発言は如何な者かと思います。俺が勇者なのか愚民なのかはっきりして欲しい」

「じゃ、愚民で」

「そっち選んじゃうかー。最初に上げて落とす方かー。身分が天地以上に覆っちゃったかー」

「そんな愚民宗介に今から、とても素晴らしい叡智をこの大賢者綾子様が与えてやろう」

「えっち?マジで?綾ちゃんから?」

「おいコラ。足掴むな。叡智だってば。私の今からの発言で、宗介は地面に額擦りつけながら感謝の言葉を泣きながら永さなきゃいけないっつーのに、なめた真似していいの?」

「舐めて欲しいの?」

「……うぜぇ。しかも、きめぇ」

「ガチの顔辞めてあげてよ」

「私の話最後まで聞いてから地面でも床でも舐めてろ。ねぇ宗介、時間いいの?」

 私はもう一度時計を見る。

 だから、今は午後の四時。

「……時間?」

 キョトンと首を横にする宗介を見て、ため息を吐く。

 ……はぁ。

「優しい彼女かつ、賢い大賢者様で良かったね。今日の十七時からご予定があるんじゃないですかね?うちの勇者様は」

「……あぁっ!」

 私の言葉に、宗介は大きく口を開く。

「場所、学校の近くでしょ?今から出てギリギリ間に合うぐらいじゃない?」

「うわぁぁっ!」

「そしていい加減足から手を離せ」

 普通に片足持ち上げられてるの辛いし、攣りそうだし。

「忘れてたっ!」

「だろうな」

 その様子を見れば、一目瞭然だ。

「今から行ってくるっ!帰り遅くなるかもっ」

 宗介は上着と財布、そして珍しく鞄を持って慌ただしく、部屋のドアを開ける。

「あいあい。遅い時間になったら勝手に帰るから早く行きなよ」

「じゃっ、行ってきますっ!」

「はーい。明日、地面に額擦りつけながら私に感謝しろよ?」

「喜んでっ!」

 え、喜ぶの?それ。キモイな。

 騒がしく駅まで走っていく宗介を窓から見送りながら、また本を開く。

 用事があって出掛ける、か。

 学校の近くと言っていたし、学校の友達と会うのだろうか。

 一人で宗介の部屋にいる事だって珍しくないのだが、何処か少し居心地が今日は悪い。

 きっと、その用事の内容を珍しく宗介が言わなかったからだろう。

 状況は刻一刻と変化していく、か。

 本の一文を読みながら私は自分の唇に触る。

 人は進む、止まらない。時間が止まらない過ぎり、それは誰も変わらないのだ。

 寂しいような、嬉しいよな、それでいて酷く、怖いような。

 ふと、宗介の部屋に飾られていた中学校の卒業式の時に撮った写真が目に入る。

 皆で笑っている集合写真。当たり前の様に、私の隣には宗介がいる居る。

 私はあの時から、何か変われたのだろうか?




 結局昨日は宗介は直ぐ帰って来たのだが、私に用事の事を話す事はなかった。

 一体、何の用事だったかは今尚、私は知らない。

 聞いても微妙にはぐらかさされるし、そんなに隠したいならば無理には聞かない方がいいだろう。何かあれば勝手に騒いで知る事になるわけだし。

 気になるは私の勝手だ。いくら彼女であろうと、幼馴染であろうと、何処でも勝手に土足で上がりこんでいいわけじゃない。

 それ程、信用がない相手でもないし。

「篠風さん」

 私は名前を呼ばれ、移動教室に向かう廊下で立ち止る。

 後ろを振り向けば、担任の相川先生が立っていた。

「はい」

 返事をすれば、先生は私に近寄ってくる。

 一体、何の用だろうか?

「あの、何かありましたか?」

 先生に呼び取られるなど、小学校、中学校合わせて宗介の事以外でほぼない。

 あ、多香ちゃんの事も多少あるけど。

 あの二人は歩く問題児だったし、先生方も苦労されていたのは知っているので特に文句もないのだが、高校に入ってはあの二人も流石に大分落ち着いてきた事もあり、そんなに困る事なんてないはずたげとな?

 ……と、言うか、今の環境では宗介と私には何一つ関係なんてないわけだし。

 自分でもすっかり忘れている程、習慣と言うものは怖いものがある。

「うん。篠風さんは部活動には入っていないのよね?」

「はい」

「今日の放課後、時間あるかしら。三者面談の前にちょっと先生とお話しましょう?」

「はい。わかりました」

「ホームルーム終わったら、視聴覚準備室に来てくれる?」

「わかりました」

「じゃあ、よろくね」

「はい」

 それだけ伝え終えると、先生は私に背を向ける。

 へー。高校では三者面談の前に個人面談的な事をやるものなのかもしれない。初めて知った。

 それにしても都合がよかった。

 三者面談、時間変更して貰えないか先生に相談するつもりだったし。

 結局、両親は都合がつかず次の機会に出席する事となった。

 今回は、私が完全に伝えるのを忘れてた事もあり、突然の話である。仕方がない結果だ。

 次回からは気を付けよ。気が抜けていたのかな。

 その為、三者面談の出席者はいつも通り、おばさんである。

 両親にもおばさんにも伝えてあるが、皆一様に明るくオッケーと返してくれた。恵まれていると言えば、恵まれ過ぎている環境である。こんな事で文句言ったらきっと罰が当たるだろう。

 どうせ同じ日なので、最後に続けてとお願いできないか先生に打診する予定だったのだ。

 タイミングが丁度いい。

 昨日は碌に本の内容が頭に入ってこなかったのに。

 何か、今日、すっごくいい日な気がする……!

 その予感は見事的中する。

 音楽の時間は一度も歌わなくて済んだし、最後の問題に自信がなかった化学の抜き打ちは満点だった。図書館に寄れば、ずっと借りられてて読めなかった本があったし、試しにと多香ちゃんが買った新作は、食べたら当たりだった。

 これは、何か、今日絶対凄い事が起きる気がする!って気持ちになるのも仕方がないだろうに。

「……前から思ってたけど、篠風さんって結構単純だよね」

 辞書を鳴子君に貸した時、今日は機嫌がいいねと言われ、私がいかに今日ついている女かを語れば、彼は少し呆れた顔をして笑ったのだ。

「……そうかな?」

 単純なんて中々言われない言葉である。

「幸せがね、何か可愛らしいよね」

「お世辞を有難う。大きな幸せが一度きりよりも、その大きさを小分けにして沢山の幸せを受けた方が人間って喜ぶ生き物だと思うけど?」

 小さな幸せが沢山あった方が、幸福感が長く続く方がいいだろうに。

「その理由が、篠風さんらしいと思うよ」

「それはどうも。ああ、そうだ。鳴子君、この前の件だけど、まだ回答保留にさせてくれない?」

「別にいいけど、篠風さんが断る理由ないと思うんだけどなぁ」

 鳴子君がニヤリと笑う。

 私はこの人が人畜無害そう言う噂を是非とも鼻で笑いたいぐらいには付き合いは長い。

 中学校からだが、十分人畜有害だと知っている。

「……鳴子君って、前から思ってたけど、結構ぐいぐい来るよね」

「僕と篠風さんの仲じゃないか」

「……鳴子君と私の仲であれば断るかもしれないと言う事を、よく考えて発言してね?」

「手厳しい。じゃ、辞書返しに放課後来るね」

「あ、放課後私いないと思うから明日でいいよ。明後日使う予定があるだけだし」

「珍しい。用事?」

「うん。そんな所」

「ラジャー」

 私が頷けば、鳴子君は手を振って自分の教室に戻って行く。

 どうでもいいけど、よくあの人女子トイレの前で堂々と私を待ち伏せして、そのまま持ってる辞書借りようと思ったな……。

 流石の宗介でもしない事を平然とする所があるよね。彼。

 ま、持ち物も軽くなった、いいか。

 気を取り直して、教室に向かおうとすると、背中に何かがあたる。

 何だと思い後ろを振り向けば、廊下に消しゴムの千切ったゴミが落ちていた。

 ……これってよく漫画で見る、いじめ……っ!?

 な、わけがないと後ろを睨むと、犯人が階段を越えた理科室に逃げ込む姿が目に入る。

 周りに他の人がいない事を確認して、思いっきり、理科室の扉を蹴り、扉を開けた。

 人にゴミ投げるとはいい度胸じゃないの。

 絶対に泣かせてやると思って意気込んでいたら、一瞬にして視界は真っ暗になってしまった。

「……何これ、奇襲?」

 頭を抱きかかえられいるのか、普通に締められるレベルで痛い。

「奇襲。俺、職業忍者だから」

「普通の高校生だろ。大きく出過ぎでしょ、愚民勇者」

「まだそのネタ引きずってんの?」

「結構、気に入ったからね。私が大賢者ってのが、とても」

「あ、俺の設定気に入ったわけじゃないんっすね」

「宗介のはおまけですね。と、言うか、いい加減手離してくれない?痛い」

「あいあい」

 やっと視界が開けたと思えば、当たり前だが宗介が立っていた。

「消しゴム投げんなよ」

「まずそこ?投げれるもの他になかったんだもん。学校で普通に話しかけたら、綾ちゃん怒るでしょ?」

「まあ、確かにそうなんだけども。で、何の用?」

 誰もいない場所で安全が確保できれば学校での接点を認めると言う話だったが、まさか早々に使われてしまうととは。

「綾ちゃん、最近さ、周りで変な事起きてない?」

 宗介がいつもなく真剣な顔で私に問いかける。

「さっき奇襲された」

「いや、俺、彼氏ですし!」

「うっせぇ。騒ぐな。おかしな事なんて特にないけど?」

 私は首を捻りながら宗介を見る。

 むしろ、今日は運がいい日だ。

「そんな事でこんなハイリスクを犯したわけか、貴様は。忍者が聞いて飽きれるぞ。何かあったと思って来て見れば……」

 ドアに手をかけようととすると、今度は後ろから羽交い締めである。

 だからね、体格差考えろって前から私言ってるよね?普通に足、浮きそうなんだけど。

「ちょっと待って、綾ちゃん。何かあったと思ったからの狼煙でしょ」

 あの消しゴムは狼煙だっのたか……。

 言っている事はいつも通り舐めているが、宗介の真剣な顔に私はため息を吐く。

「……何?」

 諦めた様にドアから手を離して声をかければ、漸く自由にった。

「今日さ、担任に呼び止められたんだよ」

「あ、私も」

「は!?」

「声うっせぇっ。誰か来たらどうすんの?いいから続けて」

「……で、担任に綾ちゃんの事聞かれた」

「……何で私の事を?」

 特に問題行動なんて起こしてもいないし、何よりも、何故宗介に?

 同じ中学校だったからか?

 と言っても、現在では特に接点もない異性の生徒に話しを聞くものなのか?

 その辺は、よくわからないけど……。

「最初は、何か身の回りで無くなったものはないかとか、誰かに何か嫌な事はされてないかとかだったんだけど、最後に行き成り、綾ちゃんの名前か出てきた」

「……何それ?」

 私は眉を顰める。

「物が無くなるとか、嫌な事とはか別にないって言ったんだけど、中々食い下がらなくてさ」

「いじめられてると思われてるの?」

「俺が?」

「……ですよねー。でも、話の内容的にはそんな感じじゃない?閉じ込められた事件の事もあるし、気にかけてるとか」

 体育倉庫事件の事は担任も知っているのだ。それ程不自然な事ではない。

「俺が気になったのは、綾ちゃんの名前出た時。何か、すげぇ嫌な感じだった」

「……嫌な、感じって」

 そんな動物的な感覚で言われても。

「具体的に言ってくれないとわかんないけど」

「……んー」

「おい、今のが最上限の表現だとか言ったら頭突きだからな」

「綾ちゃん唯一の攻撃力が高い所で勝負しようと思うの、本当に止めた方がいいと思うよ」

「うっさい。何が、どう嫌で、どんな言い方だったのが、もっとわかり易く。放課後、その担任とこっちは面談があるんだから」

「面談?」

「宗介もあるんじゃない?三者面談の前に個人面談とか。聞いたことあるし」

「……小中で名を馳せて来た問題児の冒険者宗介様から有難たい言葉があります」

 そもそも名前の前についている文字で既に有難さなんて何処にも無いのだけども。

「三者面談前に面談があるのは大抵、問題児に対してです」

「……は?」

「クラス全員ならそうかもだけど、行き成り綾ちゃんに面談行くとかないっしょ。出席番号でもなんでもないとか有り得ないし。事前面談なんて俺の周りでも聞かないし。そもそも、そんな面談なら全員に計画的にやるものじゃね?」

「……ごめん。面談の事実に驚けばいいのか、宗介がまともな事言ってる事に驚けばいいのかちょっと考えたい……」

「後者は驚かなくてもいいんでないですかね?綾ちゃん学校で悪い事何かした?」

「するわけない」

「ですよねー。化粧もしてないし、髪だって黒いままんだし、スカートだって短くなってないし。授業だってどれだけつまらなくても真面目に受けてるし」

 そう言って、颯太は椅子に座り、私を膝に乗せる。

 ……宥められてるのか?これは。確かに、今の情報で大きく混乱はしている。

 そう。あるはずがない事なのだから。

 私は何もしていない。

「でも、うちの担任には、問題児だと思われてるわけでしょ?」

「そうだね。で、まだ俺の話には続きがあるわけよ。どうする?そろそろ出なきゃ授業間に合わないと思うけども」

「……緊急事態だ。保健室行ってたって事にすればいい。宗介は……、途中で教室に戻ればいいか」

「オッケー。何かさ、あの担任、綾ちゃんの事を嗅ぎまわってるみたいなんだよね。俺が綾ちゃんの事聞かれてたら、他の奴も聞かれたって言ってたし」

「……私、人でも殺したの?」

 嗅ぎまわるって、何だ。

 私が何をしたとでも?

「俺もわけわかんなくてさ、聞いたのよ。クラスの奴に」

「いい仕事するじゃん」

「忍者のスキルなめんなよ」

 隠密って言うスキル全然発動出来てないのに、何言ってんの?こいつ。

「綾ちゃんクラスの奴らに何かした?」

「……するわけなくない?話してもないし」

「それにしては、評判が悪いよ」

「……自分のいい評判なんて聞いた事ないし、普通じゃない?」

 首を傾げれば、宗介はため息を吐く。

「本当に何もないわけ?」

 宗介の手が髪を撫ぜる。

「無理には、聞かないと思ってたけどさ。テスト前、綾子何かあっただろ?」

 テスト前……。

 あっ。

 私は多香ちゃんと宗介の関係を尋ねて来たクラスメイトとの会話を思い出す。

 あの時、大きな亀裂が私とクラスメイト、主に女子だけだと思ったが何故か男子に迄入ってしまった。

 あの後、確かにクラスメイトの私への対応が変ってしまったのだ。

「……何かあった事を思い出した顔してる」

「……まあ、うん。あったと言えば、あったかも……」

「俺には話せない事?浮気?」

「違うと分かっていて、そう言う事言うのはどうかと思うけど?話す事でもなかったし、今の今まで忘れられるぐらいどうでもいい事だよ」

「でも、原因なんでしょ?」

「まあ、そうなりますね」

「話すんだよね?勿論」

 もう、何でそんなに目が笑っていないのか聞きたいぐらいだ。

「本当に、かんなりどうでもいい事なんだけどね?」

 私は始業のチャイムが鳴る中、クラスの女子とのあの時の会話をそのまま宗介に伝えた。

 記憶力はいい方だ。忘れてたけど。思い出そうと思えば、会話ぐらいしっかり覚えている。

「……俺の彼女、かっこよ過ぎでしょ?」

「……自分でもわかってるけど、私自分の好きなもの悪く言われるの結構苦手なのよ……」

 久々に心の底から呆れている口調の宗介に、自分でも非はわかっていると思わず言い訳が口に出る。

「でも、これで綾ちゃんの評判の悪さはわかった。このまま落ち続けてくれると俺は信じてる」

「おい、こら」

「だって、評判悪いと誰も近寄らないでしょ?俺だけでしょ?」

「自己中を極め過ぎだな、お前は」

「いいじゃん。教室でこんな事させてもえらないんだからそれぐらい」

 そう言って、宗介は私の頬に唇を付ける。

「ね?」

 ……。

「綾さん、無言で頬擦って心底嫌そうな顔するの本当止めてくれませんか?」

「うっさい。学校ではしないって中学校の時何度も言ったし、約束したのに破りやがって」

「誰もいないしいいじゃん。家みたいなもんでしょ?」

「宗介の部屋がこんなに薬品臭かったら嫌だよ。何処でも寛ぐの止めろよ」

「でも、それだけで問題児扱いされたら俺は今まで犯罪者扱いになってないの可笑しくない?」

「……まあ、確かに」

 流石、問題児歴が長いだけはある。

 言う事は最もだ。

「それ以外に原因があると?」

「そう思うのが普通でしょ?心当たりは?」

「だから、ないってば。何度も言わすな。けど、ここで一つの仮説が立てれる」

「どんな?」

「何で宗介に何かが無くなるとか聞いた後で私の話をしたのかって所。それってつまり、前の話は全て最後の私にかかってくるって事じゃないの?」

 よくよく考えればおかしな話だ。

 最初に具体例を出しておいて、最後に人の名前を出すだなんて。

 つまり、私は宗介に嫌がらせをしているんじゃないかと考えられているのではないだろうか?

 そう考えた方が辻褄は会う。

「……俺が綾ちゃんに取られたのなんて、人生ぐらいじゃね?」

「何それ重い」

 そして果てしなく、今どうでもいい。

「担任が私が宗介をいじめてると誤解してるのかもね」

 だとすると、今回の事は宗介の事での呼び出しの可能性が高い。

 そう思っていると、宗介が私を抱き上げ立ち上がる。

「わっ」

 突然の出来事に、思わず声があがるが、宗介からの反応はない。

 顔を見てみれば、無表情。

 ……ああ、もう。こう言う時、こいつは大抵斜め上の事を考えてるのだ。

「……ちょっと担任殴ってくる」

 斜め上どころか、下である。

「アホか。単細胞。別にそうではないと私が言えばいい話でしょ?」

「でも、何で綾ちゃんが!」

「うっさい、忍者名乗るなら忍者らしく隠密してろ。話をややこしくする必要は何処にもないって言ってんの。宗介は私にいじめられてないし、私も宗介いじめてもない。なら、その事を普通に話せばいいでしょう?何怒ってんの?私の言う事で間違ってたことあると思ってんの?」

 まあ、多々あるけども。

 それこそ、言葉の綾だ。

「私の事で怒るな。信じろよ」

「……わかった。でも、すげぇ気に入らない」

 宗介の沸点は実に低い。私の事となると、もっと低くなる。

 私は口下手で、コミュニケーション能力も低い。よく、人から誤解される人種だ。しかし、それは回避出来ない自分の責。

 宗介が怒る事じゃないのに、毎回こうやって、私の盾になろうと怒り出す。

 特に今回の事みたいに自分が発端での誤解は許せれないのだろう。

 いい迷惑と言ってはそれまでだが、誤解は誤解だ。私が少なからず傷ついているとわかって、彼なりに庇おうとしてくれているのだ。その方法が幼稚園児から変わってないってのは、どうかと思うけども。

「クラスで評判悪いって言った時は怒らなかったのに、何で担任だけ?」

「クラスは別にいいんだよ。それで綾ちゃんに害がないなら。でも、担任は違うだろ。綾ちゃん、内申内申ってあれだけ気を使ってたのに、そのせいでとか考えると腹立つじゃん」

「クラスの奴らにも腹立たせろよ。いや、立たれても困るからいいや。今のは忘れて」

 まったく。

「……綾ちゃん、俺も一緒に保健室行く」

「はぁ?何で?」

「だって次英語だよ?担任の授業だよ?めっちゃ態度絶対悪くなるよ?」

「お前何歳児だよ……。我慢ぐらいしろよ」

「出来たらこんな提案してなくない?」

 堂々と言う事か?

 しかし、何とも想像しやすい事かと。

「……私が教室戻るから、宗介はそこら辺でさぼってなよ」

「はーい」

「じゃあ、教室戻る。面談の時に、私がちゃんと誤解解いてくるから、宗介は何もしなでね。今日は運いいから、絶対になんとか出来る筈だから」

「わかった」

 本当にわかってんのか、コイツは。

 頭を抱えたい気持ちになりながら扉に手をかける。

「あ、綾ちゃん」

「次は何?」

 振り向けば、宗介が私を見ていた。

「誤解解けなかったら、俺、絶対に暴れるから」

 ……。

「は?大賢者綾子様をなめんな」

 私は理科室を出て、扉を閉めるとその場にしゃがみ込む。

 完全に脅しだ。しかも、あの顔、絶対にやると決めた顔である。

 ……絶対に何とかしなきゃ!




 しかし、宗介さん。人間得手不得手と言うものがありましてね?

 今は放課後、視聴覚室準備室に私はいる。

「篠風さん、最近困っている事はない?」

 人間関係に乏しい私は、今大いに困っているのだ。

 ……誤解を解くタイミングって何処!?

 初っ端から、宗介の事を切り出してくれれば良かったのだが、そうは問屋が卸してくれない。

「と、特にないです……」

 いや、今一番困ってるよ。切り出しタイミングに困っているよ。

「クラスで友達は出来た?」

「い、いえ……」

 結構えぐいナイフで切りだしてくるな、この人……。

「篠風さん大人しい人だから、中々皆に話しかけずらいと思うけど、そこは勇気を持たなきゃ駄目よ」

「……はい」

「友達が出来れば、見えて来る世界も変わると思うの。例えば、恋愛の相談とかも気軽にね」

 恋愛の相談……。

「いえ、そう言うのはちょっと、苦手で……」

「篠風さん、好きな相手はいるのかしら?」

「え、あ、はい。おります」

 思わず返事を返した後、あっとした顔をするがそもそも、周りに宗介ばかり見ている事はばれているのだ。関係などないだろうと思い直す。

「付き合ってるの?」

 ……あれ?これ、先生知らないとか?

 もしかして、噂になっているのは、生徒の間だけかもしれない。

 だとすれば、好都合かもしれないな。三者面談の話をする上でも、どうせ先生には話さなきゃいけない事だし。

 いや、待てよ。このまま宗介との関係をばらせば、私が宗介をイジメているかもしれないって誤解も解けるんじゃないだろうか?一発で、私の仕事が全て終わるわけだ。

 あ、やっぱり、今日ついてるかも。

「はい。実は、お付き合いしている人がいまして、えっと、あの、私、鹿山宗介君と付き合って……」

 その時、勢いよく、相川先生の両手が私の両肩に置かれる。

「……先生?」

 ……ちょっと待って。これってどう言う状態なの?

「篠風さん、私は貴女の為を思って、今からキツい事を言います」

「……え?」


「篠風さん、貴女は、鹿山君と付き合ってないのよっ!」


 廊下からは吹奏楽部の音楽と、窓の向こうからは運動部の掛け声が聞こえている。

 いつも通りの、平和な放課後の学校。

 そう、いつも通りだけど……。

「……え?」

 えぇーっ!?

 まさかの全否定な私の心情がいつも通りなわけがないっ!

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