012 わかってる?
「彼氏と喧嘩?」
お昼ごはんを食べながら、私は首を横に捻る。
今日は多香ちゃんだけではなく、浦里さんと若田さんも一緒である。
この二人には先日、ついに宗介との関係も全てバレてしまったわけであるが、二人共誰にも言いふらすこともなく、私たちも隠し事に参加させてと名乗りを上げてくれたのだ。
お蔭で、この浦里さんとも若田さんもより一層仲良くなるに至ったわけだ。
たまにこうして、四人でお昼を食べるぐらいには。
言う必要も特にないとは思うが、高校生活初めての友達である。
漸く、とかは言わないで欲しいと心の奥底から願いたい。
「そう。何か最近メールの返信遅くないって言ったら怒り出してさ。篠風さんとこは喧嘩しないよね?」
そう言ったのは若田さんである。
若田さんは他校に、中学校時代から付き合っている一つ年上彼氏がいるらしく、その彼と喧嘩をしてしまったらしい。
「うち?」
「鳴子君から聞いたけど、付き合って長いんだっけ?」
「三歳の時から付き合ってるけど、私たちだって未だによく喧嘩するよ」
そう言って、お弁当を口に運ぶ。
実は私と宗介はそれ程、世間で言う仲良しカップルでもなんでもない。
「……えっ!?嘘だっ!」
「めっちゃ甘々カップルでしょ!?姫と王子みたいな!」
何だそれは……。
誰が王子で誰が姫なのか。
「本当だって。中学校時代、二人ともめっちゃ喧嘩してたし、何より、普通に髪の毛ひっばたり蹴ったり殴ったりしてたよ」
多香ちゃんが笑いながら私のほほを抓ってくる。
まったく、余分な事を……。
「それは小学生迄で中学生からはほぼほぼ冷戦だってば。今、向こうと殴り合いの喧嘩したら流石に勝てないし、喧嘩は意見の通し合いよ?片方が絶対に勝てる位置で始める事自体が間違えだし、フェアを欠けた時点で喧嘩に負けている事になる」
そう、喧嘩とはお互いの意見の殴り合いだ。
譲れないから退かない、通さない。
そんなもの、どんな人間だって多かれ少なかれ持っているものだと思う。
私は勿論の事、宗介だって。
「……たまに思うけど、篠風さんって何キャラ……?」
「武士キャラ?」
「……何で行き成り武士?」
「うん。あーやは武士キャラ。武士系女子高生あーや」
「多香ちゃんは私に何の恨みがあるの?私何かした?」
なんだ、その売れないゲームのタイトル名みたいなのは。
「でも意外。何かすぐ向こうが篠風さんの機嫌取りそう」
「わかる。すぐ謝りそう。別れたくないからさ」
「全然逆だよ。アイツ、基本謝らないよね」
私は多香ちゃんの言葉に頷く。
そう。宗介は基本謝らない。
「悪い事してないからじゃない?私たち、意見の食い違いで喧嘩するだけだし。どちらの意見を持っても悪い事じゃないから謝るって感覚がないんだと思う」
そう。別にどちらが悪いとかではない。
しかし、それは原因がだ。
喧嘩中は何をやられても腹は立つし、昔は殴り合いをするぐらいの事を平気でやっていたぐらいだ。
「それ、ムカつかない?」
「めっちゃムカつくし、腹立つよ。でも、嫌いとか別れるとかは、喧嘩ぐらいで私も相手もまったく思わないから全力で喧嘩してるんだよね。きっと」
どれだけ腹が立っても、怒っても。
「熟年夫婦感が凄い」
「篠風さんは人間出来てる感じがやばい」
「そんなに出来てないと思うよ?人間出来てたらまず、喧嘩なんてしないと思うし、今日の喧嘩だって始まってなかったと思うよ」
私は困ったように笑いながら二人に伝える。
「……え」
「……は?」
「あ、やっぱりー?ストーカー見た時最悪に機嫌悪そうで、ざまぁみろよって思ったもん」
「流石多香ちゃん。今回は長期戦の自信があるから存分にすっきりしてね?」
そう。
私と宗介は現在絶賛喧嘩中である。
小学生の時にこれが勃発していたら、百発百中で殴り合っている。多分。
「……あのさ、喧嘩の発端聞いていい?」
浦里さんが小さく手を上げて私に問いかける。
発端ね。
「普通に意見の食い違い。今日のご飯は唐揚げがいいかハンバーグがいいかの争いレベルだよ」
「逆にそんな事で喧嘩出来るの?ってレベルなんだけど!」
「そんなくだらない事で喧嘩するぐらいだから、人間なんて出来てるわけがない」
喧嘩なんて良くある事だ。
今日だって、本当にくだらない事だった。
本当に、下らない事過ぎてまだ腹が立っている。
「私とあーやの方が喧嘩少ないぐらいだよね」
「そうだね。多香ちゃんとは全然喧嘩しないね」
「それは桃山さんがすぐに折れるし、泣きつくからじゃ……」
「しっ。希ちゃん、それは言っちゃ駄目な奴!!」
「ちょっと、その気遣いなんなの?」
そんな言い合いをしている三人を尻目に、私はご飯を口へ運ぶ。
別に泣きついて欲しいわけでも謝って欲しいわけでもない。
でも、まあ、少しぐらい……。
言い過ぎたぐらいは思って欲しいとは、思わなくもない。
事の発端は今朝に迄遡る。
いつも通り、家を出れば宗介が待っていた。
これまたいつも通り、駅までの道のりを、下らない事を喋りながら進んでいく。
その時、宗介が口を開いた。
『綾ちゃんさ、高校で彼氏いるのって聞かれたらどう答えるの?』
多分これは宗介に取っては何気ない質問であったと思う。
どう答える等の取り決め何て特にしてないし、する必要もないと思ってたから。
でも、よくよく考えて欲しい。私の身の回りにいる友達は現在事情を全て知る多香ちゃん達だけである。
それ以外に友達なんて居ない訳だし、聞かれる環境下にまずいない。
まず、聞かれる事がないのだ。
そんなイベントが発生しない。
逆にそんなイベントが発生する環境下にいるのは宗介だけだ。
流石にいると言われたら、誰なんだと言う話に迄なってしまうだろう。それはそれで、面倒くさそうだ。
今まではっきりと明言せずにのらりくらりと彼女質問を躱してきた宗介だが、それではそろそろ躱せれなくなって来た頃合いなのかもしれない。
だから、何も考えずに口を開いてしまった。
『別に、いないって言うかなぁ。宗介もいないって言えばいいんでない?』
この時の、宗介の顔。
久々に、これはヤバいかなと思ったぐらい、目つきが変る。
『は?』
あ、声すげぇ低い。
……やべ。地雷踏んだ。
口が滑ってしまったのは私の方だ。私が無理を言ってこんなルールを敷いているのに配慮が足りていなかったわけである。
こちら側の失言。
宗介の事を考えれば、宗介側の回答まで押し付ける必要などなかった。
「あ、ごめ……」
ん。
その最後の文字を言う前に、宗介が口を開く。
「綾ちゃん最近、他のクラスの男と仲いいよね」
……。
何だそれ。私は思わず耳を疑った。
「はぁ?」
何故そこで他人が出てくる。
しかも、だ。特に仲いい記憶もないわけで。
そんな事に謝る言葉を途中で切られたわけ?
「昨日も廊下で仲良く話してたし」
まったく記憶にない事を言われて、呆れるよりも先に腹が立つ。
いつもの嫉妬?彼女か。とか、とてもじゃないが言う気にはならない。
「意味わかんない。気に入らない事があるならはっきり言ってよ」
そこが一番気にくわない。
私の言葉に、宗介が舌打ちを返して来る。
あ、本当に普通に腹立つ。うぜぇ。
「お前、俺の彼女って事わかってる?」
「わかってるから、さっきの言葉を謝ろうとしたんだろうが。途中で下らない話割り込ませたの誰だよ」
もう、ここまで来ればお互いに喧嘩腰である。
喧嘩腰になると、口調はどうしても小学生の頃に遡り、ついつい宗介に釣られて荒くなってしまう。
男の友達の中で育って着た私が普段いかにしゃべ方を気を付けていると思っているのか。こいつは。
「俺だよ。っつーか、絶対にわかってねぇだろ、お前」
「お前の言いたい事は全然わかんねぇよ。何?宗介以外と喋るなとでも言いたいわけ?」
「は?出来ねぇ事言ってんなよ」
「は?じゃあ何が言いたいんだよ」
「せめて彼氏いるぐらい言えって言いたいんだよっ。自衛しろって言いたいのっ」
あぁ。成程。
男と喋るのはいいが、自分の影をちらつかせろと。
「は?無理だろ。彼氏誰とか言われたら面倒臭いし」
「……はぁぁぁぁ!?」
この後のお互いへの罵り合いは改札をくぐるまで続いた事は割愛しよう。
大体、自衛も糞もないし。モテないし。まず、異性だと思ってないだろ。皆。
一人相撲するのはいいけど、一人相撲なんだから一人でやってくれ。お前の勝手な土俵に引っ張りあげんな。
そんな事よりも、少しの情報で何かを嗅ぎ付ける奴らだっているわけだ。
そう言う奴らに対しての自衛の方が必要だと私は思う。
喧嘩なんて真逆の意見の対立だ。
そう簡単に譲れる道なら譲っているし、譲られている。
これについては、私と宗介の最善の策は何処まで行っても平行線なのだ。
一人で勝手に四股でも何でもやっていろ。馬鹿野郎。
それに、今回一番私の中で勝手に腹が立っているものがある。これは本人のせいではないのだが、悪いが今は喧嘩中だ。十分な発火燃料であるのだ。
「……お前以外の彼女になった事ないじゃん。馬鹿介」
わかっていないのは、お前の方じゃないか。
私は放課後の図書室で呟く。
宗介は謝らない。宗介の意見は間違っていないから。私も絶対に謝らない。私の考えは間違っていないから。
私たちの喧嘩はいつも終わりがない。どちらかが我慢できずに相手を訪ねる。それで喧嘩はおしまい。
両方間違っていないのだ。悪い者はいないのだ。
ただ、待っていたと訪ねられた方が抱きしめる。それだけ。
だから何度も合わない意見をぶつけ合って喧嘩をする。ぶつけ合って、少し考えて、でも、やっぱり平行線だなって思って。
何の生産性もない無駄な時間。だけど、少しだけ相手の本心が知れる時間でもある。
それが酷く憎らしいと思っても仕方がないじゃない。
だって、今は喧嘩中なのだ。
柄にも無い事で拗ねても、仕方がないだろうに。
図書室から夕暮れの教室へ戻って来れば、誰一人いなかった。
窓から外をみれば運動場を使っていた部活動の生徒たちが道具を片付けている。
私も帰ろうと自分の机を見てみれば、お弁当箱とジャージの上着が置いてあった。
誰かの忘れ物だろうかと、考える必要は何処にも無い。
宗介のだ。
なんだ、あの野郎嫌がらせか?舐めてんな。
弁当箱はいいとして、ジャージなんて汚いだろ。洗ってなくない?コレ。
うぜぇ。洗ってこいってこと?何なの?
ジャージを持ち上げれば、紙が一枚、ヒラヒラと床に落ちる。
なんだ。ゴミかよ。コンビニのレシートって……。
拾い上げて裏を見れば、見慣れた文字で、
『夜寒いから』
と。
それだけの汚い文字。
……寒いから着て帰れって?この汚いジャージを?ばっかじゃいなの?
私は宗介のジャージを彼の机の上へ置く。
本当、馬鹿じゃないか?これ着て帰れって、本当に余計なお世話だ。
本当に馬鹿みたい。
「私が宗介だけが好きだって、何で分からないかな……」
十分、お前の彼女だって事わかって、十何年生きてると思ってんの?
ああ、腹が立つ。文句が今すぐ言いたい。新しい喧嘩の種ぐらい撒いてやろう。
走って帰るんだから、寒い訳ないでしょ。考えろよ、本当。
お前、私の彼氏ってことわかってる?
でも……。
私はもう一度ジャージを手に取り抱きしめる。
うん。普通に臭いと思うから家に持って帰って洗おう!
顔よくても、普通に汗かくし、汗をかいてもいい匂いの男子高校生なんて早々いない。いるわけない。
そそくさとジャージとお弁当箱を鞄に詰めて、私は教室を後にする。
まさか、それを担任の相川先生に見られているだなんて考えもせずに――。
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