010 綾子、おいで

 私は。

 昔から変わっていると言われる事が多かった。

 特に自分自身では、何か変わっている所があると言う自覚はなかった。

 

 女の子なのに人形にもぬいぐるみにも興味などなかった。

 昔から、本が好きだった。文字を追うだけで、色々な事を知れる感覚が楽しかったからだ。

 皆よりも早く走れなかった。一人だけ、クラスで二重跳びが飛べなかった。

 だけど、漢字は誰よりも多書けたし、暗算は誰よりも早かった。そっちの方が、どうやら私には向いているらしい。

 流行りの服よりも、流行りのゲームが好き。可愛いよりも、カッコイイがいい。

 一緒にいる幼馴染の影響だと、私は思う。

 

 それらが私と言う人物が変わっている所以だと、教えてもらった。

 その事に関して、私はただ、そうなのかと答えるだけだ。

 腹が立つわけでもないし、相手の話を可笑しいとは思う事もない。

 ただ、その子が言うのならば、その子の主観ではそうなのだろうと思うだけであった。

 他人から見れば変わっている。私から見たら普通。そは所謂認識の違いだ。

 他人の常識は私の常識ではない。また、それは逆も然りである。

 私には、私の常識がある。

 

 授業のノートは必ず授業の最後に、自分なりに纏めること。

 ゲームは4本目に欲しいと思ったものを買うこと。

 挨拶は好きな人でも嫌いな人でも必ずすること。

 嘘はつかないこと。

 人が嫌がることはやらないこと。

 自分が好きな事は全力をかけること。

 負け戦は大きくでっかく周りを巻き込みつつ、カッコよく負けること。

 好きな食べ物は最後に食べること。

 いちごは好きでもないけど、最後に食べること。

 

 宗介がいつも隣にいること。


 昔から、常識で、私に取ってみたら当たり前で、変わらない事だった。

 しかし、これは私だけの常識である。

 他人から見たら、それは酷く異常だった。

 その事に気付かされたのは、中学校に上がったばかりの頃。

 男女の区別も、常識も周りが一様に変わってきた所だった。

 ある日、一人でいた時に、喋った事もないクラスの女子に言われた。

 

 ――何で宗介君にまとわりついているの?


 きっと、彼女にとっては当たり前に湧き出ている疑問の一つだったと思う。

 家も隣、学校の席も隣。常に一緒に行動をして、常に一緒に何かをしている。小学校から上がってきた友達から見たら、当たり前の光景だ。凸凹な私たちはいつも二人で一つと扱いを受けて来たのだから。だからこそ、私たちは気付かなかった。

 それが可笑しいものだと言う事実に。

 私は、ただ、その女子が問いかけた言葉が、よく言われる『変っているね』の延長線上の質問と指摘だと思った。

 だから、また、認識の違いだと早合点をする。

 私は答える。

 ――まとわりついてるのは、宗介の方だ。

 これはただの事実で他意など何処にも含まれていない。

 私は、大抵の事は自分で出来る。

 万能ではないが、それなりに努力をするし、ルールも秩序も守る方の人間だ。

 しかし、宗介はそうではない。

 勿論、努力をしていないとか、駄目な奴だとか、そう言うわけではないが、宗介は何かと私に頼る。綾子がいないと、駄目だと言う。役割分担と言うよりも、甘えていると言う感覚が近いかもしれない。

 私は、それが嫌ではない。

 慣れてしまった事もあるが、それが彼なりの優しさと言い訳だと、長い付き合いから、知っているのだ。

 それは詰まる所、私の場所を彼は彼なりに、用意をしてくれている。

 私は、ソレがとても下手だ。

 変わっていると言われる所以かもしれないが、自分の居場所を自分で確保と言う事が出来ない。

 自分ばかりで、何かと他人の役割を考えるのが下手なのだ。

 これは、高校に入ってより明確に浮彫になって来たが、自分はそう言う事がからっきし向いていない。

 多分、宗介よりも頭が大分悪い。いや、頭が固いと言った方が正しいかもしれない。

 だから、彼のその気遣いにはとても感謝している。

 宗介の甘えは私の甘え。

 凸凹な私たちは二人で丁度、いいのだ。

 しかし、こんな事を口で説明するのは、流石の私でも恥ずかしいし、他人に言うべき事ではないと言う事は理解している。当事者二人が分かっていれば、それでいい。

 そう思って、私は上記の言葉を口にした。

 変わってるね、と言われた時、その理由を言えば大抵の人は、へー。と、興味のない言葉で終わらせてくれる。

 だから、彼女もその言葉を口に出すと思っていたのだ。

 へー、と。そうなんだ、と。

 けど、彼女は違った。

 

 ――何それ。何様なの?性格最悪だね。

 

 その言葉は、私の意識を大きく変える一言だった。

 それからと言うもの、私はクラスで随分と浮いていた。

 多香ちゃんや宗介、小学校からの友達は相変わらずの態度で私に接してくれたが、それ以外の人達は私を自分達の周りから除外しようと動き出した。

 その頃から、多香ちゃんと宗介をくっつけ様とするグループまで現れ、私の常識が大きく音を立てて崩れて行く。

 認識の違いだ。

 仕方がない事だ。

 魔法の様に繰り返し、自分を納得させる以外、無力で頭の固い私は何も出来ずにいた。

 そんな言葉が、段々と何の意味も持たなくなって来た頃だ。

 私は一人、階段を下っていた。

 移動教室の途中で、何となく、いつも一緒に行動している宗介も多香ちゃんも、他の友達も、タイミングが合わなくて。

 一人で、教科書とノートを抱えて。

 その時だ。

 誰かが私の背中を、両手で押したのは。

 十二段の階段から転げ落ちた時、雨音と共に聞いた事もない声が聞こえて来る。

 

 ――何だ。階段から落ちても、人間死なないんだ。

 

 理解するよりも、確認すよりも何よりも早く、その声の主の姿は消えた。

 結局、誰がやったかは分からない。

 私はこの話は誰にもした事はない。

 多分、これからも、私は誰にも言わないだろう。

 その事件は普段からトロい私が、自分で階段から足を踏み外したと言えば、皆が納得した。

 謂えるはずがないだろう。

 誰かに殺されかけましただなんて、誰だって笑えない。

 ただ、あの声が、背中にくっきりと残った自分と変わらない掌の赤い痕が、私はずっと忘れずに此処まで来てしまった。

 

 

 

 何度も、あの声が耳の奥から聞こえて来る。

 何度も、あの手形が、目に焼きついた様に消えてくれない。

 二人がもし、私と同じ事をされていたら。

 それよりも、酷い事をされていたら。

 ずっとずっと、廊下を走り廻りながら何度も何度も脳裏に過る。

 私は運が良かった。ただの打撲と擦り傷で、他は何もなかったからだ。打ち所が悪ければ、最悪きっとあの声の主の言う通り、人は階段から落ちて死ぬことだってあり得るだろう。

 私なら、何をやられてもいい。

 それは結局、私の問題で、生きていたらまた、足を踏み外したと笑えばいいのだ。

 だけど、もし、宗介が、多香ちゃんが……。

 考えるだけでも吐きそうだ。

 不安と恐怖は吐き気を伴うのかと、初めて知った。

 三階、二階と全ての扉を開けるが、誰も居ない。

 部屋から聞こえて来るのは雨の音だけ。

 何で、今日なんだ。

 どうして、あの二人なんだ。

 焦れば焦るほど、まるで蜘蛛の糸に絡めとられ羽虫の様に、私の頭は段々と動かなくなり、泣くだけ。それが酷く雨音を類似して私をより焦らせる。

 

 ――何で、私じゃないんだ……!

 

 何で、どうして、何で。

 意味のない呪文の様な言葉は、汗と一緒に私の顎を伝い廊下へ落ちる。

 何の役にも立たない、私の様に。

 

 


 目を覚ましたら、不細工に顔を歪めた桃山多香子が呆れた顔でこっちを見ていた。

「いや、あんた、本当にどういう神経してんの?」

「はぁ?」

 目覚めの言葉としては随分と辛辣である。

 思わず、鹿山宗介は多香子と同じ様な表情で彼女を見た。

「寝てただけだろ」

「こんな状態で普通寝る?しかも、全然起きないし」

「昨日は綾ちゃんが寝かせてくれなかったんですぅ」

「うわ、本当にキモイ。無理。起き抜けにあーやのせいにするとか、本当に神経疑うし、性格最悪だなって再度実感した。もう、ヤダ。同じ空気吸ってたくない。あーやの新鮮な空気が欲しい」

 多香子は嫌悪に滲む顔を宗介に向けながら、自分の腕を摩る。

「仕方がないだろ。綾ちゃんが、全然素材出ないって言うから、徹夜で頑張って眠いんだって」

 勿論、これは綾子が帰った後、一人で宗介が勝手に気を効かせてやった事である。

「そうやって、あーやの微妙なポイント稼いで楽しい?」

「綾ちゃんと俺の信頼度はマックスなんでお前みたいにわざわざポイント気にしなくていいんだよ」

「……頭可哀想な事を言うの、本当に上手いね」

「憐れみの目を向けんな、ポイントなし女。で、今何時?」

「もうとっくにホームルームも終わった時間だと思う。チャイム聞こえて来たし」

「はぁ!?マジか。授業さぼったな。あー。綾ちゃんに怒られる」

 そう言うと、宗介は欠伸をしながら立ち上がった。

「どこ行くの?」

 その様子を、多香子はこれまた呆れた顔で見ている。

「帰る。じゃ」

「あっそ。じゃあね」

 最早何も言うまいと、彼女は座ったまま、宗介の背中を見送った。

 この男は、何処まで馬鹿なんだと。

 彼女にそんな事を思われているだなんて、露程思っていない宗介は、ドア開けようとする。

「……あれ?」

 勿論、開くはずがない訳で。

「何で!?」

 思わず、勢いよく、彼は多香子に問いかけるが、多香子は答えるつもりもないのか、彼の方を見ずに上についた窓を見上げていた。

 そもそも、よく考えて、よく思い出せば全てはわかる事である。

 何故、自分はここで寝ていたのか。

 彼は必至に頭の中の記憶を呼び起こす。昼の休みに彼は教材を取りに教室を出た。珍しくうとうととしながら欠伸をしている綾子を見ながら、気が抜けているなと笑い、教室を出た時だ。

 見知らぬ生徒に声を掛けられた。

 

 ――鹿山君。先生が『篠風』さんの事で話があるって、呼んでたよ。

 

 そう、その生徒が言ったのだ。

 ――マジで?ありがと。

 彼は深く考える事もなく、そのまま生徒に礼を言って、教えられた場所に向かったのだ。

 教材よりなによりも、宗介にとってはいつでも綾子が一番である。

 宗介の問題は綾子に、綾子の問題は宗介に話が行くのが小学校からの恒例行事だ。

 中学校の時だって、綾子が一人、家庭科の裁縫で一週間もの間残らされた時、教科担当の先生がこっそり宗介に手伝ってあげれないかと相談にやってきた。

 今回も、彼女があまりクラスに馴染めてない事を相談されるのかと、そんな能天気な頭で。

 綾子と彼の関係は、同じ中学校から上がってきた四人しか知らないはずなのに。

 当たり前とは、何とも怖いものである。

 疑問よりも先に、脳が勝手に答えを作り出してしまうからだ。

 また、桃山多香子も同じような手口でここにおびき出されたのは言うまでもない。

 篠風さんが呼んでいるよと言われれば、親友に何か用ならばと足早に教室を出た。

 それが嘘だなんて、お互い知らずに。

 ここは校庭の端にある古びた、体育倉庫。

 こんな雨の日に近寄る人間など誰も居ない。

 二人は相手の言葉通り、のこのこと何の疑問も抱かずに、この中に入ってしまった。

 何でお前がと顔を歪めた瞬間、扉が閉まり、鍵がかかる音がする。

 鍵は勿論、古びた体育倉庫である。中からは開かない、南京錠での施錠。

 どれだけ二人が声を出しても、雨の音とこの立地条件。近寄る人間がいない事に加え、大抵の音は激しい雨音に消されている状態だ。

 そんな中、どうしようもないと早々に諦めた宗介は眠いから寝ると宣言通りに目を閉じ、死体の様に動かなくなった。

 一人残された多香子は、ここからでて、こいつを一人閉じ込めておこうと心に近い、思いつく限りの事はしてみたものの、この現状である。

 脱出には未だに至っていない。

「あぁ……。そんな話だったな」

「本当に、お前脳みそあんの?」

「お前よりはあるって。それに、打開策もちゃんと今、考えた」

「本当かよ」

「お前を窓から放り投げる」

 そう言って、宗介は、自分の身長よりも少し高い位置にある、横長の窓を指差した。

「お前、意外にデブじゃなくて良かったな。通り抜けられるぜ。多分」

「もう、本当にお前息吸わないでくれる?酸素の無駄だわ」

「名案だろっ!」

「だったら自分でやれよ。クソが」

「お前が俺を持ち上げれるならやってもいいけど?」

「か弱い私が、お前みたいなデブを持ち上げられるか。もう、考えなくてもいいから。喋らなくてもいいから」

「じゃ、こっからは別行動って事で」

「勿論。元々別行動だから」

 多香子はうんざりした顔で手を上げると、宗介はそれに頷く。

 元々、別行動もなにも、こんな狭い部屋で二人とかいないと言うのに。

 綾子がいたら心底呆れた顔をしながら、二人を怒る事だろう。

 

 

 しかし、今、彼女はここにいないのだ。

 

 

「篠風さん、いたっ!?」

「こっち、どの階にも、いなかった……」

 息を切らして、多香子の友達である浦里加奈子と若田希と合流したが、誰一人二人の足取りは追えていない。

 少し遅れて鳴子和人が合流したが、彼もまた、同じである。

「どうしよう……。校内、全部探したよね?」

「先生たちも探すって言ってくれたけど、本当に探してるか怪しいし……」

 なんたって、あの桃山と鹿山だ。見た目が派手で騒がしい彼らを先生達は何処まで信じて探してくれるのか、最早怪しい処である。「でも、財布も携帯も定期もまだクラスにあるなら、絶対に校内しかないよね?」

「他に隠れれる場所もないだろうし……」

「ねえ、本当に校内にいるのかな?もしかしたら、何かあって外出ちゃったとか?」

「携帯もないのに、何があるって言うわけ?」

「そうだけどさぁ。結構探してるし、全部見たじゃん?」

 浦里と若田が話しているのを横目に、鳴子は正面に立っている綾子を見ていた。

 明らかに、異常なぐらい汗をかいているし、視線が定まってない。

 あの二人がいないとわかってから、彼女の様子が可笑しいとは思っていた。

 正直な話、あの野生児二人よりも、彼女の方が早く休ませた方がいいと、彼は思っているぐらいである。

 こんなにも様子が可笑しい彼女なんて、付き合いは長い方だが、一度たりとも見た事はない。

 いつも、どんな時も、彼女は冷静で、自分を崩さない人であったのに。

「……取あえず、一度教室に戻って二人が戻ってないか確認しない?」

「あ、うん。そうだね」

「もしかしたら、戻って来てるかもだし」

 しかし、綾子からの返答はない。

「篠風さんも、それでどうかな?」

「……え?あ、私?……私は、もう少し二人を探すから……」

 らしくない、笑い方。

「篠風さん」

 鳴子はぐっと、彼女の腕を引く。

「二人を探す気あるの?」

 鳴子の言葉に、その場にいた全員が言葉を飲み込む。

 誰よりも、彼女は必至に探していたのは、その姿からよくわかる事なのに。

「何か心当たりがあるなら、はっきり言って。いつも言ってるよね?俺は鹿山や桃山じゃないから、篠風の言いたい事なんてわからないから。それが出来ないなら、俺の言う事に従って。そんな闇雲に探してどうなるの?頭働いてないよね?体調悪いなら、先に帰りなよ。本当に、二人、見つける気あんの?」

 浦里と若田は思わず自分の口を手で抑えて、鳴子を見た。

 彼は普段は温厚で、物腰が柔らかな男子である。決して、目立ちはちないが、誰にでも態度を変えず優し気に接する所を好意的に思っている女子は少なくない。

 なのに、だ。

「聞いてんの?篠風」

 何故、彼はこんなにもきつく綾子に当たっているのか。

 こんなに強く言われたら、彼女だって泣くんじゃないと二人は綾子を見ると……。

「……ごめん。でも、二人に何かあったと思うと、じっとしたくなくて……」

 泣くわけでもなく、怒るわけでもなく、苦痛な表情をした彼女がいた。

「篠風さん……」

「わかってる。鳴子君が言う事は正しい。けど、もし、二人が、二人が私よりも酷い事されてたとら思うと、どうしようもなくて、ずっと頭がグルグルして来て……。迷惑なのはわかるけど、どうようもないの。ごめん……」

 私よりって、と問いかけようした若田を鳴子が制し、ため息を吐く。

 簡単に聞いて良い事ではない事ぐらい、多香子や宗介でもなくても流石に分かる。

「そうだよね。篠風さんは鹿山も桃山さんの事も大好きだもんね。僕も酷い事言ってごめんね。だけど、本当にこのままだと僕達迄タイムオーバーになっちゃうよ」

 時計を見れば、短針が七の数字を指そうとしている。

 先生達に見つかれば、直ぐでも追い出されても可笑しくない時間だ。

「だから、一度ここらで整理しよう。校舎はほぼ探したよね。鍵がかかっている事もなかった。よくよく考えれば、この校舎の鍵なんて、内側からでも解除出来るものが多い。となると、教室じゃなくてロッカーや戸棚とかの方が閉じ込められるけど、そこは見た?」 綾子は首を縦に振る。

 それは、綾子も考えていた事だ。

「こっちは何もなかった。開かなかったものもあるけど、多分いないと思う」

「何かあっても静かにしてる二人じゃないからね」

 となると、校内は職員室と校長室、校長室に続く応接室以外は全て確認済みだ。

 もし、職員室や校長室に万が一いるとしても、常に人がいる場所ならば見つけられる可能性は高く、無理をして自分達で探す必要はない。

「荷物はあるし、校内から出て行った可能性は低いし……」

 その鳴子の一言で、綾子は顔を上げる。

「……ねぇ、鳴子君、靴は?」

「え?」

「二人の靴は、あるの?」

「……浦里さん、若田さん、確認した?」

「えっ?う、ううん。してない」

 その一言で、鳴子は皆に背を向けて走り出した。それを綾子が追うように廊下を蹴り上げる。

「ちょ、ちょっと!!」

「二人とも、何処行くの!?」

 鳴子と綾子は同時に振り向き、口を大きく開けた。

「下駄箱っ!!」

 

 案の定、二人の靴なんてないわけで。

 

 鞄も財布も携帯も定期も、教室にある。

 靴だけがない。

 その事で導かれる答えは一つ。校内にあり、尚且つ、靴が必要な場所で、鍵が外側からかかる所。

 体育倉庫の扉が開いたのは、それから十分後の事だった。

 

 

 

「二人とも、無事!?」

「大丈夫!?」

 扉を開ければ、ぐったりとした二人が、地面に座り込んでいたが……。

「……やっと空いた……。私は帰るから、お前ずっとここにいろよ」

「ここお前の家だろ。俺が帰るからどうぞごゆっくり」

 浦里と若田は二人の疲れ切った様子を見るが、口はいつも通り達者である所を見て思わず苦笑いを浮かべた。

「いつも通りっぽくて安心したね」

「よかったー。本当に、何があったのか分からなくて、心配してたんだよ」

「二人共、探してくれたの?」

「うんん。私たちだけじゃないよ」

「他に誰かいるの?」

 多香子が立ち上がると、小さな影がその胸に飛び込んでくる。

「……あ、あーや!?」

 多香子とは対照的に、綾子はただ、何も言わず、強く強く彼女を抱きしめるだけ。

「僕もいるよー」

「鳴子……。……ありがとう。心配かけちゃったね。私たちも行き成り閉じ込められて状況全然わかんないんだけど、今何時?」

 多香子は綾子の背中を優しく撫ぜながら、努めて明るく笑った。

 それは大切な親友が、肩を震わせているからだ。

 人前で泣かない彼女が、どれ程の思いで今肩を震わせているのかはわらない。

 だからこそ、皆に悟らせない様にと、彼女は自分なりに大切な親友を守ろうとした。

 しかし、そんな彼女の気遣いを、全て覆す男が一人。


「綾子」


 宗介の声に、綾子は顔を上げる。

 涙の溜まった瞳が、声の主を見る。

 

「綾子、おいで」


 その言葉だけで、多香子から親友の温度は風の様に消えていく。

「そう、すけ……。宗介……」

 声なんて上げなかったのに。

 泣く姿なんて、見た事もなかったのに。

 それなのに、彼女が人に縋り付きながら声を上げて泣いている。

「綾子、ほら。俺も桃山も何もないよ。大丈夫だから」

 泣いた彼女を皆から隠す事もなく、宗介が慣れた口調に、慣れた手つきで、彼女を慰めるのだ。

「鳴子、綾子少し熱いけど、何で?」

「二人を探すのに校内走ったからじゃない?僕も疲れたんだけど」

「マジかー。今度ジュース奢るわ。そっちの二人もありがとな。取あえず、今日は綾子連れて帰るわ」

「もっと誠意見せようよ、鹿山」

「考えとく。じゃ、また明日ー」

「鞄教室だから、取りに行けよ」

 泣きじゃくっている彼女を抱きかかえ、宗介はすぐに体育倉庫からいなくなった。

 そこには、茫然と立ち尽くす多香子と、そんな彼女に何と声を掛けていいかわらない三人だけが残ったのだ。

 

 

 雨音の中、あの時の様に、桃山多香子は強く自分の唇を噛む事しか出来なかった――。

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