008 押し売りは壺迄

 短いテスト週間も終わりを告げ、生徒たちは一喜一憂しながら回答用紙の返却を待っている。

 勿論、私は一喜一憂なんて必要がないと思うぐらい完璧な回答で埋めたわけである。

 一位、高校に入ってぐらい、一位が取りたい!とか、はまったくもって思わないが、必要最低限の推薦が貰える枠に入っていればいいわけで、自分の中ではそれは十分に満たしているテスト結果である事は間違いない。

 だから、一喜一憂も出来ない回答用紙を眺めながら、ため息をつく。

 元々友達なんていないのだが、この前の一件以来、私の周りには何だか溝が出来ている。目には見えない溝だ。

 この前の一件とは、多香ちゃんと宗介の関係の否定とでも言えば良いのか、悪いのか。

 自分の中では特別多香ちゃんを庇った覚えはない。彼女は親友だし、何よりも、親友を悪く言われていい気分になる人間は少ないと思う。だから、あれで後悔はまったくしていない。

 幸いにも虐められたりとかはしてないのだが、溝が深くなったと言うか、広がったと言うか、私の周りに近寄る人は全くもっていなくなった。不思議な話、女子だけではなく男子もだ。

 別にいいけども。宗介も煩くないし、何よりも完全に諦めがついたわけなのだから。

 しかしながら、正解しか書かれていない回答用紙を見ながら、何処か気分が晴れないのは雨のせいだろう。

 ああ、気怠げな梅雨が来る。



「雨だね」

 傘を差した宗介が口を開く。

「雨だね」

 夕方ぐらいなのに、既にあたりはうす暗い。

「傘をさすの面倒くない?」

「面倒い。何もかも面倒い」

 湿気を含んだ髪が、いつも以上にうねるのも気に入らない。

「雨だとても繋げないし」

「濡れるからな」

「カッパなら?」

「着て脱いでその時水分が垂れつつ、がっつり手に付くって酷く非効率的だと思わない?」

「そこ迄して手を繋ぎたくないと正直に言わない、綾ちゃんが好き」

「優しさで出来てるからなぁ」

 オブラートだ。

「綾ちゃんテストどうだった?」

「いつも通りだけど?」

「俺、赤点ないよ?」

「知ってるし。アレだけ騒いでたら聞こえるし」

 英語のテストが返ってきた時、赤点ギリギリの点数が書かれたテスト用紙を掲げ宗介はクラスを一周していた。

 アレだけ教えてなんで、あの結果なんだという気持ちもないわけではないが、赤点が免れただけ良しとしようと思う。

 因みにだが、多香ちゃんも数学は赤点ではない。彼女の場合はクラスを通り越し、廊下を一周していたわけだが。

「褒めてくれてもいいのよ!?」

 そう言って、宗介が大きく腕を広げる。

 手、濡れない?それ。

「うっせぇ。しかしながら、確かに一個も赤点もなく、宗介にしては良く頑張ったと私も思う。なので、褒美を取らせよう」

「おっ!?おおっ!?ついに綾ちゃんのデレ期!?」

「あそこのコンビニで温かいお茶買ってきて。寒い。お釣りで好きなもの買っていいから」

 そう言って、130円を宗介に渡した。

「……褒美でもなかった!」

「宗介を赤点から救ったのは紛れもなく私だからね。褒美早く取ってこいよ」

「まさかの展開でお茶ぐらい買ってやるよって言葉がでなかったんですが」

「修行足りなくない?」

「綾ちゃん分が足りてないだけですぅ。お茶ぐらい彼氏の俺が買ってやるよ」

「そこは彼氏じゃなくて、綾子様から赤点を救ってもらった下々の者が買ってまいりますーだろ」

「恩誼せがましい女は嫌われるぞ」

「宗介から嫌われない自信あるから、それ以外どうでもいいわ」

 本心を言えば、宗介がプルプル肩を震わせ、私の手を握り出す。

「お茶、買ってまいります!」

「おう。ダッシュな」

 私がそう言うと、言葉通りダッシュでコンビニに向かって走っていく宗介を見ながら、私はらしくもな自嘲めいた笑みを浮かべた。

 恩誼せがましい女は嫌われる、か。

 まあ、そうかも。今、そんな感じだし。

 私はため息を吐きながら傘を回す。

 くるくる回る傘から雫が飛び散る。私は、結構、嫌な奴なのかもしれない。

 心も狭いし、宗介や多香ちゃんみたいに明るさもない。

「……寒いなぁ」

 暗くて、少しだけ肌寒く感じる雨は、自分と似ているから嫌いなのかもしれないなと、なんとなく思って笑った。


「綾ちゃん冷たい!」

「冷たいなら触んな。着替えの邪魔なんだけど」

 抱きついてこようとする宗介を蹴りながら、少し湿った制服を脱ぎ捨てる。

「と言うか、何で私の部屋までついてきてんの?」

「綾ちゃんが着替えるって言ってたから、ついて来た」

「着替え終わったら、宗介の部屋行くじゃん。ゲーム機も宗介の部屋に置いてあるし」

「いいじゃん。綾ちゃん最近部屋に入れてくれないし」

「関係なしに入ってくるくせに何言ってんの?」

 確かに余り入らせないようにはしているが、御構い無しに入ってくるのはどこのどいつだ。

「何か疚しいものでも隠してあるの?俺に見せれないものー?何かなー?」

 ニヤニヤと笑いながらこちらを見る宗介に、軽蔑した目で視線を送る。

「……自分がやましいもの隠してあるからって人を疑うのはどうかと思う」

 人として、本当に、どうかと思う。

「ええっ!?なんでそうなんの!?俺、何も隠してないのに!?」

「慌てふためき方が、最早怪しいし」

 まあ、別に何かあっても何とも思わないけども。

「無いってば!大体、いつも綾ちゃんがいるのに何を何処に隠せば見つからないわけ?」

「大丈夫だよ。例え宗介が如何わしい何かを一本、二本持ってても幼馴染の関係は変わらないからな」

「恋人の関係消えてる!消えてるから!」

「そんなものもあったけ」

「最初から消えてる!?俺、なんかした!?」

 何かした心当たりがあるのか。

「別にー?それより、そこどいて?立ってないで、ベッドとかに座ってくれる?邪魔だよ」

 クローゼットの扉の前に立ってられると服出せないんだけども。

「あ、ごめんごめん」

「寒いって言ってるのに。嫌がらせかよ」

「寒いなら、俺が温めてあげるって」

 素肌に宗介の手がそっと触れる。

 何だか、指先が……。

「……ぬるいな」

 思わず顔をしかめると、宗介がきょとんと首をかしげる。いや、こっちの方が何でそんな顔してるのか首をかしげたいけど?

「あれ?今の流れ、肌と肌で温め合う的な感じでしょ?」

 何を言っているんだお前は。

「いや、宗介自分で思ってる程温かくないから。肌で温められないから。温度は高いものから低いものに流れ、最終的には互いに平均にしかならないわけで、今の私の体温と宗介の体温が平均になったところで、特に温かくもないから」

「いちゃつく理由を俺以上に理論的に断られる人は多分、世界中どこを探してもいないと思う」

「良かったな。世界に名を刻めて」

「俺は世界のヒーローよりも、綾ちゃんだけのヒーローになりたかった」

「いきなり大きく出過ぎたろ。断られた癖に」

 理由は体温が思った程高くなかっただけだと言うのに。

「いや、待てよ?いくらぬるいって言っても、意外に服を抜けば温かいかもしれない。雪山で遭難した時に温め合う的な」

「あー。なるほどね。確かに、あるね、それ」

「服脱ぐわ」

「おう、わかった」

 宗介はいそいそと服を脱ぎ始める。

 じゃあ、私も。

「綾ちゃん、脱いだ!」

 ばっと手を広げられてこちらを向かれるが、うむ。寒そうだな。

「私も完全体にやっとなった」

 私も手を広げる。

 がっちり首元まで着込み、カーディガンを羽織り完全武装である。

 暖かい……。

「何で!?」

「何が?」

「寒くて温め合う話は!?」

「してないし。それより宗介早く服着て?見てるだけで寒いんだけど」

「この扱い、どうなの?彼氏としてどうなの?あと、彼女としてジャージどうなの?」

 目ざとく、下に履いたジャージを指差しながら宗介が言う。

 こんな時にまでスカートやらを履く気にもならないし。

「彼氏の前に幼馴染だからなぁ。でも、ジャージ悪くないだろ。暖かいし、これ彼氏とお揃いのジャージだからセーフだろ」

「……それはセーフですね」

「でしょ?」

「でも、それ、同じ中学なら皆んなお揃いのヤツですよね?」

「そうだね。中学校のジャージね」

「アウトー!」

「脱がそうとするな。変態かよ」

「彼氏と二人きりの部屋で、親もいない時ですよ?学校のジャージ着る彼女いる?」

「宗介の目の前にいるだろ。もう、宗介は文句多過ぎてウザいから、カップルぽい事してあげるよ。はい、ジャージの上着ていいよ?これでお揃いでしょ?ウザいけど、カップルっぽいでしょ?」

「さりげなく、ウザいを二回言うね」

「彼氏と二人きりで親もいない時ぐらい、本音を言わせろよ」

「綾ちゃん比較的いつも本音だろ」

 そうなんだけども。

「それに、綾ちゃんのジャージ小さくて着れるわけないだろ」

「お前の愛はその程度なのかよ」

「それで破いて怒られるのは俺じゃないですかね?」

「そうなるね。理不尽、可哀想……」

「他人事過ぎだから!」

「うっせぇ。さっさと服着てよ。宗介の服ならそこら辺に入ってるでしょ?そのままでフラフラしてたら本当に叩き出すから。見てて寒い」

「うぃっす」

「シャツ持って帰る?うちで洗濯しとく?」

「どっちでもいいよ。任せる」

「なんだそれ。いいよ、こっちで洗うから明日届けるね」

「あざーす」

 お礼ぐらいちゃんと言えよと言い残し、自分と宗介の洗い物を洗濯機の中へと放り投げる。

 明日はちゃんと晴れるだろうか?

 部屋に戻れば、私のベッドの上で服を着た、いや、当たり前なんだけど、宗介が漫画を読んでいる。どうやら、自分の部屋に戻る気は更々ないようだ。

 別にゲームを毎日しなければ死ぬわけではないし、今日は本を読める日だと思えばいいかと、私も机の上に置いてある本を掴む。

「綾ちゃんが少女漫画買うなんて珍しいね」

 その少女漫画を開きながら、宗介が顔を上げる。

「ん?ああ、そうね。友達が勧めてくれて意外に面白かったから買ってる」

「何巻からバトル始まるの?」

 パラパラとページをめくりながら、なんとも失礼な事を言ってくる。

 だから、普通の恋愛漫画だってば。

「本当に宗介、私のこと馬鹿にし過ぎだし。普通に恋愛モノだよ。普通にその主人公とその男の子がくっつく話」

「え?こいつ?何で?」

「何でって……」

 いや、それこそ、何でだよ。

「すげぇ嫌な奴じゃん。感じ悪くない?」

「さっきの宗介といい勝負なぐらい感じ悪いやつだよな」

「おい、彼女。彼氏に対してのフォロー、フォロー!」

「あ、ごめん。気が抜けてたわ。さっきの宗介の方が圧勝だったな。感じ悪さにおける点数では」

「俺は総合的に感じいいし、好きな子には全力で優しいですぅー!」

「愚かな民よ。良きことを教えてしんぜよう。100と0の平均は50でしかないからな」

「何かの神殿へ導きそうな口調なのにいきなり数学の話へシフトして来たな」

 数学というよりも算数のレベルだけども。

「ま、宗介が嫌な奴なのは置いといて、嫌な奴だけど、段々いい奴になってくんじゃないの?」

「俺は、好きな女の子に優しく出来ない奴は好きなってもらえる資格なんてないと思うけど?」

 そう言って、宗介は漫画のページをめくる。

 その漫画は何の変哲も無い少女漫画だ。

 主人公の少女は何の取り柄もない平凡な女子高生て、生徒会長のイケメンが好き。で、宗介が嫌な奴だと評する男の子は、その女の子の男友達で口が悪く、何かとつっかかり、言動も何処かぶっきらぼうだ。

「好きな人に好きになってもらう努力してない奴の何処がいいの?」

「何処って……、顔?」

 そう言われると、そうなのかもと首を傾げると、宗介は私をじっと見る。

「何?」

 あ、これ、多分、凄く碌でもない事だ……。

「綾ちゃん、俺の方がカッコいいよ!?」

「うっせー。どうでも良いし。じゃあ、宗介なら誰がいいの?会長?」

「会長はちょっと、人として信用出来なくない?」

「お前、会長に何かされたの?」

「完璧過ぎるっしょ?顔良くてスポーツ出来て、勉強出来て性格いいとか、あり得なくない?人間じゃなくね?」

「いやー。顔良くて、スポーツ出来て、勉強全く出来なくて、性格良くない宗介が言うと、重みが違うね」

「おい、彼女」

「何だよ、彼氏。人それぞれ、好きも嫌いもあるでしょ?私は会長好きだけど?」

「は!?何で!?」

「何でって……」

 ……。

「……顔?」

「優しさとかは!?」

「優しさばかりじゃ世の中生きていけないからな」

「綾ちゃんさっきから顔の事しか言ってなくない!?顔がいい奴好きなの!?」

「顔がいい奴が好きなわけじゃないけど……」

 好きなわけじゃないけども……。

「……好きな奴は顔いいかな」

 顔だけは。

「……何その顔」

 凄く複雑そうな顔で私を見てくる宗介に冷めた視線を送りつける。

「嬉しいんだけども、手放しに喜べない的な……。綾ちゃん俺の何処が好きなの!?」

「彼女か」

 この前は俺の事どれぐらい好きかとウザいぐらいに絡んできたのに。次はそれ?

「言わないと今日帰らない!綾ちゃんの部屋に泊まる!」

「あっそ。いいよ。別に。ご飯何食べたい?」

 いつもの事だし。

「……クラスの中心で綾ちゃんの良いところを大声で叫ぶ」

「それはやめろ」

 そして、良いところを叫ぶんだな。悪いところじゃなくて。そういう気遣いいらないから。

「好きな所あげるの面倒くさいから、嫌いな所でいい?」

「何で!?」

「はぁ?好きな所の方が圧倒的に多いからでしょ?どれだけ喋らせる気だよ」

 面倒くさい。

「俺は綾ちゃんのそう言う所が好き!」

「聞いてないから」

 いらないから。その情報。

 勝手に漏洩するのやめてくれる?

「でも、会長好きなのは駄目」

「え?話そこに戻るの?」

「戻るし。やめときなよ。綾ちゃんこいつは悪い奴なんだよ。綾ちゃん騙されてるよ!きっと!」

 だからお前は生徒会長に何をされたんだと。

「騙されるも何も。会長に綺麗な彼女がいること、知ってるから」

「あー。そう言う展開?」

「そう言う展開。別に主人公が怒りのあまり血の定めに目覚めて裏世界の武道会に出る事になるとかないから」

 会長に彼女がいるのがわかり、ショックを受けた主人公に取り入る感じの悪い男の子。

 至って普通の少女漫画である。

「綾ちゃん、こんな恋愛してみたい願望とかあるの?」

「……キモっ」

「え!?何で!?いきなり何で!?ガチな顔で引くこと言った俺!?」

「ごめん。その思想がキモ過ぎて顔から溢れ出した。何でそうなるの?」

「いや、こんな漫画普段買わないじゃん。特に面白くもないし?」

「面白いけどな。主人公の変わり身の早さと特に特徴がないといいし、美人にでもないになぜ関わらず、イケメンが皆彼女の一目惚れするどころか」

 外部的特徴以外の一目惚れとは一体なんなんだと。

「そんな楽しみ方でいいの?」

「楽しきゃいいよ」

 それはそれで。

「何だ。綾ちゃんがこんな恋愛したいとか思ってるのかと、ちょっと期待しちゃったじゃん」

「期待?何で?」

「綾ちゃんは俺に守って欲しいのかなって。新たなイケメンが出る度に、俺の女に手を出すなと殴ってるし」

「宗介は昔散々自分がやったこと、本当に思い出して?その時の私の反応もちゃんと思い出して?」

「めっちゃ、怒って、ました……。綾ちゃんに、何度か、殴られ、ました……。その後、一週間、手もつないでくれませんでした……」

 段々と小さくなる声に、うんうんと首を揺らす。

 人を傷つけた先になにがあるか、しかと心に刻みつけるが良い。

「別にこんな憧れることじゃないでしょ?他人の恋愛なんて。あ、でも、少しはあるかな?」

「憧れ?」

「石油王は少しに気なる」

「金かよ!」

「油田持ってる気分って、一度は味わいたくない?油田だよ?」

「もう、綾ちゃんの馬鹿!金の亡者!」

「誰がだ金の亡者だよ。そんな事を言う奴には、お茶持って来ないからね」

「麦茶で」

「図々しいな。私が石油王だったら今頃指先一つで踊り子が踊りながら道を開けて象とライオンがお茶持って来ながらマイケルのモノマネやってくれるのに……」

「いや、何その高難易度な無茶振り。綾ちゃん世界で一番油田持っちゃ行けない子だよ、間違いなく」

「うっせー」

 私は立ち上がり、部屋を出る。階段を下りながら、先程の少女漫画を思い出した。

 少しだけ、憧れているものはある。

 他人の恋愛は恋愛なのだとわかっていても、いいなと思わずにはいられないところ。

 どれだけ望んでも、きっと私には、いや。私たちには貰えない言葉を、あの漫画の主人公達は貰っていた。

「……お似合いだなって言われるのはいいかもね」

 地味女とイケメンには何処まで行っても無理な話なのは、わかっている。でも、一度ぐらいは、憧れてもいいじゃないか。

 憧れるだけなら、いいじゃないか。




「もー!なんなの!?何かの呪いなの!?呪いなのー!?」

 お弁当を食べてると、パンを購買部迄買いに行った多香ちゃんが凄まじい形相で怒り狂っていた。

「え?どうしたの?」

 なんかあった?財布取られた?

 それぐらいの怒りが湧き上がっているではないか。

「ちがーう!鹿山!!鹿山宗介!!」

「お、おう?」

 いつもなら名前だって呼びたくないとストーカーと呼ぶくせに、なんで今日はフルネーム?

「桃山さん、また鹿山君と無理やり一緒にさせられたんだよ」

 一緒にパンを買いに行っていた、多香ちゃんのクラスの女子がため息まじりに説明をしてくれる。

 自分のクラスの女子とは溝は深いが、多香ちゃんのクラスの女子とはそこそこ交友関係を気付けていると思う。

 他クラスだけども。

「鹿山君と?」

「何か、最近何かと鹿山君と桃山さんを一緒にさせようって奴らがいてさー」

「え。多香ちゃんがストレスで死んじゃうし」

 勿論宗介もだけども。

「そう。もう、桃山さんも発狂寸前」

「寸前?発狂してない?これ?」

「うちらも、桃山さんは鹿山君の事好きなんじゃないかとか疑ってたけど、本当にお互い嫌いなんだなって事がこれでよく分かったわ……」

「昔から二人とも仲悪いからね。多香ちゃん、どうどう。落ち着いて私と一緒にご飯食べよ。ほら、ぎゅー」

 私が多香ちゃん抱きつくと、荒ぶっていた多香ちゃんの邪気が見る見る萎んでいく。

「あーやの胸柔らかい……」

「そこじゃない、そこじゃない。もっと他に癒しのオーラとかあるでしょ」

「あーやの存在そのものが、私の癒しだから」

 取り敢えず落ち着いてくれたらそれでいいか。

「取り敢えず、ご飯食べよ。何かあったらゆっくり聞くから」

「うん……。なんか、最近アイツの近くに行かされるんだよね……。凄いストレスだし、いやだし、本当に苦痛で倒れそう……」

「そのストレスの元の彼女は目の前にいるけどいいの?」

「あーやもストレスで死ぬから、早く別れた方がいいよ」

「うん、ストレスを感じ始めたら考えるね」

「もう、早くあーやとご飯食べたいのに、無駄な時間を使わせて……!」

「まあまあ。わたしは多香ちゃんのためならいつまでも待ってるから気にしないで?」

「あーや!」

 多香ちゃんはそう言って、私の手をがしりと握る。

 ……今年もついにやってきた。

 内心、私はそう思って小さなため息を吐いた。

 まったくもって、押し売りは壺迄にして頂きたい。


 世話焼きの押し売りなんて、壺より碌なものなんてないのだから。

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