第4章 神の力と巫女の力

第1話 巫女の資質

 直接的な言葉で、神に願いを言ったのは初めてだった。子供ゆえの素直な願い。

 ああ、これは敵わない。二柱の神の心が揺れる。


 一途な水希に、火の神のいたずら心が刺激された。

「嬢ちゃん嬢ちゃん、俺を頼ってくれてもいいんだぜ」

 現代人もびっくりするほどの軽い発言だった。いや、いっそ、不敬を覚悟でチャラい発言というべきだろうか。だが内実は、破格の提案だ。なにしろ彼は、この国一番の火の神なのだから。

 驚きで、側で聞いていた宮司の目が僅かに見開いた。何が彼を、いや、彼らを動かしているのか。

 二柱の神が、ただの少女の力になるという。

「ありがとうございます」

 少女は礼儀正しく、頭を下げる。

「でも、その言葉だけでいいです。私は湖の、水の神様を信じます。だって、昔からおばあちゃんが言ってたもの。湖には神様がいて、私達を守ってくれているって」

 頭をあげた水希は、水の神の方にしっかりと向き直り、

「私の信じる神様は、あなただけ」

 はっきりと、言い切った。

 

 そういうところなのだろう。

 真っ直ぐで誠実。二心無く、無垢な魂。

 人間の、この少女の、こういったところに惹かれるのだろう。

 なんとかしてやりたくなる。

「わかった」

 水の神の返事は短いものだった。だがそこには、万感の思いが込められていた。

 永い時、神と崇められてから幾星霜。ここまで純粋に、思いを込められたことがあっただろうか? 久しく忘れていた、熱い思いが込み上げた。

 暫時、神は少女の言葉を胸に、瞑目した。

「ならば、急いだ方が良かろう」

 開かれた瞳には、今までにない熱が籠っている。

 少女の願いを叶えるために。


 左手が差し出されて、少女は少し自分よりも大きくなった神の顔を伺った。

「供にこい」

「はい!」

 躊躇うこともなく、その手を取った。ぎゅっと握った手のひらが、同じように握り返される。表情の乏しい神だが、その時はにやりと笑ったようだった。

「飛ぶぞ」

「は、はい?」

 ふわりと肉体が地上を離れる。白い靄が二人(一人と一柱が正しいが)を包んだかと思うと、瞬間、拝殿から姿を消した。

「……置いてかれてしまいましたね……」

 宮司の呟きに、置いてきぼり仲間が答える。

「テンション上がっちゃったんじゃね」

 あんな風に認められてしまえば、仕方ないような気がする。相当、嬉しかったようだ。

「あのお嬢ちゃんの影響受けすぎ」

「あなたも少しチャラすぎです」

「そーいう世相なんだから仕方ない」

 諦めるか、世の中を変えるかしてくれ。

「それでなくても、俺は人の影響を受けやすい」

 なんといっても、ここ最近世界でも有名な山の神だからな。

「まだしばらく休火山と呼ばれていれば良かったのに。いや、いっそのこと、死火山扱いで」

「おいおいおい」

 どんどん口が悪くなる宮司だ。

 神職とは思えない剣呑な態度に、火の神は眉間にシワをよせ、ぼやいた。

「俺、なんかしたか……?」

 自分の主以外の神になど、敬意の一つも示す必要を感じない宮司であった。

「で、あなたはどうされるおつもりで?」

 置いていかれてしまったからといって、なにもしなくていいということにはなるまい。そう暗に訴えかけられる。水希が水の神を選ぼうと、もとよりこの神には関係などないのだ。

 穢れた神がいるのならば、滅するのみ。

「ああいう嬢ちゃんには俺も弱いんだよな」

 ぽりぽりと頭をかく。

「まあ、ちと行ってくるか。風太のことは頼むぞ」

 返事を待たずに焔が渦巻き、火の神の姿が消えた。

「……私もあの人が心配なんですけどね」

 ほうっと溜め息をついて、水希の家がある方を見やる。自分が分け与えた力が、薄れていくのが感じられた。

「……また無茶をして……」

 二度目のため息は辛うじて飲み込んだ。変わりに踵を返すと、二人のお子ちゃまの元へと向かった。


 

 一方、消えた少女と水の神は雲よりも高いところにいた。

「と、と、飛んでる!?」

 気づいたら空中。

 それもかなりの高度。

 繋がる手に力が篭るのも無理からぬことだったが、少女の握力程度ではびくともならないので、神には問題はない。だが、少女の方はそうはいかない。普通の人間はまず飛べない。飛ばない。一地方では走ることを飛ぶと称したりするが、今回のこれは比喩的表現ではない。

「落ちたりしない。落ち着け」

 ここに火の神がいたら「お前が落ち着け」と突っ込みを入れただろう。人の子を空高く飛ばせるのはどうかと思う、と。

 雲より高い位置。

 普通なら死ぬ。

 気温は低く空気が薄い。

「お、お、落ちない!?」

 浮いているだけではない。移動もしている。正しく、飛んでいるのに風も感じない。

 この不思議な状況に慣れてくると、水希は

(映画みたい!)

 興奮しはじめた。適応能力の高さは若さゆえか。それともそういう気質なのか。

 一転、楽しそうにすら見える少女の様子に、神の心も踊る。気付いているか否か、確実に影響を受けている。思考が短絡的で、行動が子供じみている。

「すごーい! すごい! すごい! 私、空を飛んでる!!」

 叔父を助けるという本題を忘れていそうなテンションの高さだ。

 うっすらとした靄に包まれてはいるが、地上を見下ろすことも出来る。湖の上空だ。きらきらと湖面が輝いて見えるのは、神の力が増しているせいか。水希が神に心を寄せれば寄せるほどに湖自体の美しさも増すようだ。

 少女の感動が、神に新たな力を与える。

 彼女は神に使える巫女としての素養を持っていた。




 

 

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