第4話 穢れた神
「ケガれるとどうなるの?」
巫女装束の少女は、己の両肩に手をやり、抱くような仕草をした。ぶるりと身震いが起きる。
ケガレという言葉には何か不吉な物を感じる。嫌な言葉だ。
火の神が答える。
「穢れた神は」
災厄を招く。
生き物を怨み、殺し、大地を、水を、大気を汚す。それは天災に繋げてしまうほどだ。
少女が首を傾げてさらに訊く。
「それは祟りとはちがうの?」
その問いには水の神が答えた。
「祟るのは
静かな口調がより一層不安を煽る。
「穢れた神は滅するのみだ」
「…それは、殺すってこと?」
しばらくして、少女はそう口にした。青ざめた顔で、聞きたくないけど聞かなければならないといった風に。
神々は互いに目をかわし、小さく首を振った。
「生物ではない神に死はない。その言葉通り、滅ぼすのだ」
「そ、なーんにも残さない」
水の神が、ついで火の神が、少女の言葉を否定する。
「でも、体は? 陽兄ちゃんは人間なの!」
少女の表情が険しくなる。震える掌をグッと握り、神々に詰め寄る。
「人間に憑いてんのか…」
軽い調子だった火の神の眉間に皺がよる。
「嬢ちゃんの身内か?」
「叔父です! お父さんもお母さんもおばあちゃんももういないの! 家族がもう陽兄ちゃんしかいないの!」
独りになっちゃう…。
無言で成り行きを見守っていた宮司が澪のことを思い出す。
(澪さんも行ってしまいましたしね…)
澪の身内の水希の力となることはやぶさかではない。水希自身は覚えていないようだが、幼いときにはよく神社に遊びに来ていたものだ。水希だけではない。陽一もまた、澪に連れられて宮司とあっている。助けられるものなら助けてやりたい。だが…。
水希の感情が少しだけ、溢れた。
こらえようとして、奥歯に力を込めた。泣きそうになるのを何とか留める。
(泣かないって、決めたんだから!)
泣いて事態が解決するなら、いくらでも泣く。目が溶けるまでだって、泣いてもいい。けど、今はそうじゃない。
「あー…」
感情の制御を頑張る水希に、困ったような視線をちらりと送り、火の神は水の同胞を伺う。
穢れた神に取り憑かれた人間が、無事だとは到底思えない。まず、人間の肉体が神の力に耐えられる筈がないのだ。
「逃げろって言ってくれたの! 苦しそうだったけど、逃げろって!」
「…意思があるのか?」
彼女の身を案じる事が出来るのは、まだ彼が意識を完全に手放していないからではないだろうか? 漠然と、希望的観測をする。
それに、と水希の家がある辺り、霧に纏われた山を伺う。
「あんな子供だましみたいな力で、押さえられているようだしな」
「子供だましで悪かったな……。実際、器の方も力も子供と変わらん」
表情は変わらないが、不機嫌になったのはわかった。
神と呼ばれる存在にどれ程の力があるのかは、水希にはわからない。水の神が行った、先ほどの奇跡が子供だましだと言うなら、この火の神の力はどれ程すさまじいのだろう? どれ程の人が、火の神の力になっているのだろう?
「私がっ! 私が、たくさんお祈りしたら、神様は強くなる?」
勢い込んだ発言は、徐々に自信を失い、言葉尻は伺うように勢いが下がった。
「いっぱい、お願いしたら…、神様の力は強くなって、陽兄さんを…助けられる…?」
胸の前で両の手を握りしめる。祈ることも願うことも、人任せな気がして本当は気が進まない。全てを神様頼りにするのは、水希にとってはとても不本意なのだけれど、それしか出来ることがないなら、そうしようと思う。
先程よりも本の少し背の高くなった水の神を見上げると、神の瞳が驚いたように見張っていた。
「おまえは我を頼ってくれるのだな」
力の弱くなった己に、どれ程の事が出来るだろう? それは口には出さないが先程からある不安。横には、今の己では太刀打ち出来ぬほどの力を有した火の神がいるというのに。
「私を助けてくれたのは、水の神様です」
躊躇うこともなく、はっきりとそう言った。
水の神の戸惑う気持ちが水希にはわかった。ただの人間だけど、火の神と水の神とでは違うのだと。そのただの人間が感じる差が、力の差なのだと。
火の神は怖い。
近付くことを躊躇わす、何かがある。その力があれば、穢れた神など敵では無いのだろう。
すっ、と変に力んでいた体の力が抜けた。
「私の声に答えてくれたのは、水の神様です」
水の神は怖くない。恐怖を感じない。
見た目が子供だったからだとか、出会いがああだったからだとが、理由はあるだろうけど。強いて一番の理由をあげるならば、彼は今も水希の願いを叶えようとしてくれているから。
彼女の願い。
「お願いします。私の叔父を助けてください」
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