第3話 澪の決意

 宮司から与えられた力は、ことのほか澪の力になった。今にも消えてしまいそうだったのが嘘のようだ。

 彼女は現状確認をすると、清めの雨の降るなか神社を抜け出し、生家へと戻ることにした。

 とりあえず曾孫の水希の無事は確認できたうえに、宮司に託すことも出来た。気になるのは、間違いなくナニかに取り付かれた孫の陽一の方だ。


 湖の上空を光の玉が飛んで行く。

 澪だった。

 キラキラした雨粒は、彼女に力を分け与えてくれているようだった。

(どうか、間に合いますように)

 強い願いは力になる。

 一層、速さを増す。

 まるで流れ星のように、煌めきながら澪の魂は駆けていった。


「ばあちゃん!!」


 助けを呼ぶ声がする。

 澪の家系の男子は、産まれながらに弱い子が多かった。澪の子もまた短命で、30の時に病気で逝った。二人の子供を残して。

 その内の一人は澪が石の中で眠っているうちに事故で亡くなり、残りの一人は今助けを求めている。

 今度こそ、まもるのだ。

 己の全てを犠牲にしても。


 懐かしい家の玄関先に、どす黒いナニかがある。近づくのを躊躇わす、得たいの知れないそれは、巫女装束で現れた澪の眉間に皺を寄せさせた。

(塩でも巻いたら綺麗にならないかしら)

 身体からだがあったら、台所の棚にしまってある未開封の塩を持ってきて、全部ぶちまけてやるのに。

 だがそれは叶わない。

 今の霊体の彼女に塩の袋を持ち上げるのは無理だ。

 ふわふわと浮き上がることで穢れをよけ、玄関をすり抜ける。

 土間には青年が踞っていた。

 呻き声を発し、丸めた手足が小刻みに震えている。服が濡れているのは、この雨に打たれたせいだろう。

「…陽一」

 彼の体からゆらゆらと黒いもやが漂っている。霊体の身の上でも、触れるのは躊躇われる。

 汚い、怖い。

 気色悪い。

 あれは、生者でも死者でも触れるべきものではない。

 それでも彼女は、労るように彼を抱きしめた。背中から覆うように。

 すると、陽一の体は震えが収まり、呻き声もやんだ。意識を手放したようだった。

 黒いモヤは覆い被さる女を取り囲む。標的を彼女に変えたようだった。

 巫女装束の若い女の姿は、急速に衰え、老婆の姿に変わった。宮司から与えられた力が失われていくのを感じながら、澪は必死で考えた。どうすれば彼を救えるか。このままでは共倒れになってしまう。

 次第に、人の姿を保つことも難しくなって、元の光の玉に戻ってしまった。

 澪はえいっ!と気合いを入れると、陽一の体に入ることにした。するりと思いの外に簡単に入ることが出来た。石に入った時のように。

 陽一の中は暗かった。

 自分以外の肉体に入るのは当然初めてだ。こんなに暗いものなのだろうか?

 それに果てが見えない。

 宇宙空間に放り出されたらこんな風かもしれない。ただ、宇宙を飾る星が一つたりともない。

 澪自身が光っているので、端から見ることが出来たら、彼女こそが星のように見えたことだろう。

 果ての無いように見えるこの暗闇のどこかに、陽一の魂もある筈だ。

「陽一、助けに来たよ」

 澪は優しく囁いた。

「呼んでくれたろう?」

 

 遠くで子供の泣き声が聞こえる。

 小さくて、か細く、頼りないその声に聞き覚えがあった。

「ばあちゃんがすぐ行くから、待ってなよ!」

 光の玉は勢いよく飛び出した。

 

 









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