第2話 来訪者

 部屋に戻ろうとすると

「やはり目覚めていたか」

 唐突に、声がした。

「えっ、なに?」

 ビクッと、その声に水希は反応したが、隣の神は身じろぎもしない。

 静かな夜の風が逆巻く。

 ゴウと音を立てて火柱が上った。

「ちょっ! アツっ」

 炎が、蛇が舌を伸ばすかのように水希の側までくると、隣の神が腕を伸ばして水希を庇う。

「危ないやつだ」

 水希を胸に引き寄せ、憮然とした態度で言う。

「ずいぶんな挨拶だな」

 立ち上った炎を睨み付け、お返しとばかりに水を顕現させ、ぶっかけてやる。

 炎は神が放った水弾を浴びて、立ち消えた。

 炎が消えた後には、黒皮のパンツと派手な柄のTシャツを着たロックな若者と、その足にへばりくっつくようにしがみついた子供がいた。子供は六才くらいでジーンズと綿シャツを来ている。

「お前の攻撃、相手が俺じゃ洒落にもなんねぇよ」

「先に仕掛けたのはそっちだ」

 嫌そうに神が答える。

 炎から現れた若者は、楽しそうに言った。

「ってーか、随分かわいい姿になってやがんな」

「…お前は柄が悪くなった」

 神は呆れたように返す。

「あ、あの、あの、あの」

 もがもがと神の胸元でもがく。庇ってくれるのは嬉しいが、このままいたら羞恥で死ねる。こんなに他人と密着することは、なかなか無い。

 だが神は、離そうとしなかった。

「少し我慢していろ」

「えー!?」

 今離したら、見た目ロックな若者が、水希にちょっかいをかけて来ることをわかっていた。そういう奴なのだ。

「お前が連絡寄越さねぇからだろ?」

「…勝手に来るくせに…」

「ま、俺はわりとふらふら出歩いてるからな。この辺りもよく来ていたし」

「…時々嫌な気配がすると思った…」

「気づいてたんなら出てこいよ」

「………」

 無言で明後日の方を見る。

 男の方はさして気にした様子はない。

「その子は今度の巫女か?」

「…そう言うわけではない」

「ふうん? ま、もうなんもしねぇから離してやれよ。魂飛びかけてんぞ、その子」

 若者が気の毒そうに水希を見た。

 水希はといえば、二人の会話より、押し付けられている神の胸板から伝わる鼓動に

(ちゃんと心音があるのね、神様って。でもドキドキしてるのは私だけー?)

 顔をゆでダコのように赤くして、少し現実逃避をしていた。


 場所は拝殿に移る。

 水希の寝かされていた部屋では狭いし、拝殿なら宮司がいるはずだ。その判断は間違っておらず、神官姿の男はそこにいた。

 うっすらと、人を食ったような笑みを浮かべて、新たに増えた客人に挨拶をした。

「いらっしゃいませ」

「おう」

 片手を軽くあげて答える姿から、宮司との付き合いも長そうだ。度々来ていた風な事を言っていたが、それは本当のことらしい。

 男の足元にいる小さな少年も、ペコリと頭を下げた。

「風太くんはコンの所に行っててもいいですよ?」

 宮司の言葉に、風太と呼ばれた少年は連れの青年を見上げる。

「おう、行ってこい」

 にこっと少年は笑い、こくんと頷くと拝殿を出ていった。

 勝手知ったる他人の家といった感じだ。

 少年の姿が見えなくなると、宮司から笑顔が消えた。

「で、御用向きはなんでしょう?」

「そんなの、ここんとここの辺りで漂っている穢れについてに決まってんだろう」

 どこかあきれた風な男の物言いに

「その件につきましては、只今対処に当たっております。あなたの出る幕ではございません」

 慇懃無礼と感じるほどに硬い口調で返す宮司だ。

「冷てぇな。俺はそいつがそうなっちまったのかと、一応心配したんだぜ」

「それは御気遣い頂き、誠にありがとうございます」

(絶対、有り難がってない気がする…)

 そう水希が思うのも無理はない。宮司の態度は、今まで見た中で一番堅苦しく、冷やかだ。どこかふわふわした浮世離れした風の青年に見える宮司からは、想像がつかない。

「落ち着け」

 溜め息のように、宮司の主足る神は言った。

「しかしあるじ様! この方が今日この時にいらしたのはあなたを滅するためでは」

「それは我が穢れていればの話だ」

 宮司の声に被さるように、静かに神は告げた。

「もし、立場が逆ならば、我も同じことを考えたであろう」

「そそ、目くじら立てんなよ」

(んー、私、ここにいていいのかしら?)

 流石に疎外感を感じる水希だ。せめて、この男が何者がくらいは教えてほしい。

(多分、神様のお仲間なんだろうなー、偉そうだし)

 それはもう、疑いようがない。

「例え穢れてしまわれても、この方に手を出すことは赦しません!!」

 宮司の宣言に、さすがの二神も絶句した。

 暫くの沈黙の後、

「…おまえ、愛されてんな…」

 ぼそりと呟かれた言葉を、水の神は無視した。


「ほっといちまって悪かったな」

 そう言って、水希の存在を思い出したのは、場の空気を変えたかっただけかもしれない。

「俺はこいつとは古い付き合いでな、まあ気づいちゃいるだろうが俺もこいつのお仲間だ」

 軽いノリは変わらずに、若者が言う。

「我がであるように、奴はである」

 湖の底での話を思い出して呟いた。

火水かみ様…」

 二人でワンセットにしてしまうのは躊躇われるし、水の神は嫌がりそうだ。

「俺は山の神でもあるがな」

「山の?」

 水希が不思議そうに首を傾げる。

 すると、宮司がいつものように穏やかに語り出した。

「元々火山で出来た国ですからね、この国は。水や炎、岩石、巨木、湖、河川、海、山、太陽や月などの天体、風や雷なども信仰の対象でした。聞いたことがあるでしょう? ‘’八百万やおよろずの神‘’と言う言葉を」

 世界広しといえども、これだけ沢山の神を認める国もないだろう。

「ま、今はそれほど多くの神は活動していないがな」

「そうなんですか?」

「そこにいい例があんだろ?」

 湖の底に引きこもっていた神には返す言葉がない。

「時代の流れもあるしな。神と人が遠くなったせいもあるかな」

 別に俺には関係ないけど、とロックな火の神。

「そうやって省みられることがなくなった神々が人の前から姿を消すんです。…存在そのものを喪うことだって」

 宮司は憤りを吐露するように言葉を紡いだ。

 自分の主は、湖に引きこもりはしたが喪失はしなかった。小さいながらも祈りは続いていたし、なにより宮司の執念の賜物とも言える。

「消えちまうならそれでいいさ」

 ぼそりと火の神が言う。

「穢れちまうよりよっぽどな」











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