第3章 火の神と水の神

第1話 封じられた神

 広い土間の玄関には男がうずくまっていた。両の肩を抱くように体を縮め、獣のように唸りをあげる。

彼の体から、しゅうしゅうと蒸気のような物が立ち上っていた。

 焼けるような痛みが全身にはしる。

「…ぐ……あ…ぅ…」

 耐え難い痛みに、喉から絞り出された声は言葉にならなかった。


 雨が、降ってきたのだ。

 そらには星が瞬いていて、雨など降る気配は全く無かった。

 少女が姿を消して、まだ心のどこか、冷静な部分が、探さなければいけないとざわめいた。

 昼の間は、逃げてくれたならそれで良いと、陽一は思い直し、家から出ようとはしなかった。仕事先に連絡を入れる、そんな余裕もあった。

 日が陰ってくるにつれて、少女が居ないことを許せなくなっていった。

(サガサナクテハ)

 そうして、夕暮れの中、少女を探し始めた。


 フラフラと山道をさまよう。

 昼間の熱気を宿した大気が、男を包む。額から汗が流れた。

 暑さは苦にならなかった。むしろ心地好さすら感じていた。

 いつもは車で下る道を、麓に向けて歩き出して暫くして、空から水滴が落ちてきた。

「…っ!」

 ポツリと当たっただけのそれが、彼を異常に苦しめた。

 ポツポツと、雨足が強くなる。

「っうあああぁぁぁ!!!」

 雨粒があたる度、皮膚が焼き爛れるかのような痛みが走った。

 何がなんだかわからないまま、もといた家へとひた走った。

(イタイ!アツイ!クルシイ!!)

 見たところの外傷は全くない。

(助けてくれ!!)

 誰かっ!

 必死に願う。

 あまりの苦痛に、いっそとどめをくれたらいいのに、そう思った。

「…う、うぅ、み、ず、きぃ…」

 涙が溢れる。

 探し求めた少女の名を呼ぶ。

「…ねぇ、さん、にい…さん…」

 助けてくれよ。

 迎えに来てくれ!

「ばあちゃん!!」


 悲しかった。

 とても、悲しくて、どうしても理解できなくて、楽しかったことも、嬉しかったことも、全部ごちゃごちゃに混ざって、憎しみになった。

 そこは閉ざされた世界。

 彼だけの世界。

 彼はその昔、その力で生き物と共に過ごすことができた。今のように穢れてなどいなかった。

 彼はほむら

 火山列島で出来た国である日本において、火の神は太古から人々の崇拝の対象とされてきた。沢山の神が現代もなお、各地で奉られている。

 だが彼は、奉られることがなかった。

 人々の中に交じり、共に暮らしていた。彼自身は、人と生き物と共に生きているつもりだった。共存しているつもりだった!

 だから、いつだって彼は、人の望むまま力を使った。

 恐れて近付いてこなかった生き物たちが側に寄ってくると、嬉しかった。

 人は暖まると、笑顔になった。

 自分の力の一部で起こした焚き火を囲む。

 彼はそれだけで、幸せだった。

 いつから人は彼を忌避するようになったのだろう?

 自分達で火を起こせるようになったからだろうか?


 要らなくなった彼は、壺に封印された。

 彼の愛した人の手によって。

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