第2話 夏の記憶
空を覆う霧が、常よりも濃いことに、どれだけの人が気づいただろうか。そして、それが、山の中腹を目指すかのように、蠢いていることを、感じ取れたものはいただろうか。
水希と神とを包んだ靄は、完全に二人の姿を隠して、その目的地である水希の自宅に向かっていた。
時は未明。
まだ人は眠りのうちにいる時間帯。
夏場特有の熱気も鳴りを潜めている山間に、彼女の家はあった。
家の立地は、某テレビに取り上げられそうな、知らぬものならば近づかないような場所で、ぽつんと一軒だけ建っている。整備された、といっても舗装はされていない砂利道だが、車の通りに不便になるような狭さではなく、うねうねしてはいるが緩やかな勾配の道が敷かれていた。若い者ならばこの道よりもショートカット出来る階段を上る方を選ぶかもしれない。
そんな見慣れた道も、日の上る前とあっては水希の目に映るわけもなく、玄関先の明かりが灯っていることで、その在りかが示されていた。
大きな家だった。
昔ながらの、いわゆる田舎の家といった外観は映画の撮影にでも使えそうな、歴史と時代を感じさせる趣がある。水希などは今時の洋風な建築に憧れがあるが、見るものが変われば古民家としての価値を見いだせそうだ。
とはいっても、敷地の奥の、元は納屋だったガレージや、水回り全般はリフォーム済みで、外観ほど住みにくくはない。
木造平屋の一軒家とガレージ、さらに土蔵、庭にはみかんやカキ、びわなどの果樹、澪が趣味でやっていた畑が、自生した草に覆われ荒れ始めている。澪が亡くなって、そのあとを水希が受け継いで手を入れていたのだが、両親が事故に遭ってからは放置になってしまっていたが。
ありし日の記憶が、水希の胸を締め付ける。
今の時期はいつも、澪が畑で育てたものを収穫し、母や父、陽一や父達のゼミの生徒などとバーベキューをして食べたりした。
「おばあちゃんはいなくなっちゃったけど、今年もやろうね。楽しく騒いでいる方がおばあちゃんも喜ぶだろうから」
そういって、元気付けてくれた母はいない。
「あれ作ってくれよ。おばあちゃんの得意だったおいなりさん。ゼミの子らにも人気なんだ」
フィールドワークが好きで、日焼けがすごくて、肌が黒くなりすぎて、外国人と間違われるくらいだった父もいない。
歳のはなれた夫婦だったけど仲は良かった。
ほとんど家に居なくても、大好きな家族。
喪ったものが、水希に迫る。
家を見て、思い出す。
二つの人影が、地に降り立つ。
喪ったものは戻らない。
どんなに願っても。
だからこそ、もう二度と喪わないために。
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