第4話 遺されたもの

 水希の両親は、考古学を専門とした学者だった。

 大学で教鞭を振るうこともあったが、彼は室内より山の中や森の中で未知なるものを発掘、発見する方が性に合ってるとよく周囲に言っていた。そんな彼に、母は共に遺跡に巡って、助手の役割を果たしていた。

 ちょうどその日も、発掘中の遺跡に赴き、大学に持ち帰る資料を多数乗せ、車を走らせていた。

 古代日本を知る手懸かりになる、そう心を逸らせていたのは間違いないが、だからといって無茶な運転をしていたわけではなかった。むしろ大事な発掘物に、何かあったら困るので、安全には気を使っていたと思われる。

 だからその一報が届いたとき、水希はもとより、叔父の陽一も信じられなかった。


 両親が、車の事故で亡くなった、と。


 警察からの連絡は、余りに唐突過ぎて、何を言っているのかわからないくらいだった。

 何かの間違いだと。

 身体中の力を奪われてしまったかのように、へたりこんだ水希に代わって、やり取りをしたのは陽一だった。

「……よう、にいちゃん……」

 電話を終えた陽一が、青い顔で首を振った。

「……うそ、でしょ?何かの間違いだよね‼」

 思いの外、強い力で引っ張られて、陽一はたたらを踏んだ。

 認めたくない気持ちはよくわかる。

「ようやく仕事が一段落ついたから夕食には戻れそうだ」

 そう言って電話が来たのは今朝の事だ。5日ぶりの帰宅の予定だった。

 曾祖母を失って元気の無かった水希が、張り切って夕飯を作り、仕事を終えた陽一もそれを手伝っていた。

 6時を過ぎ、7時になろうかというときに電話が鳴った。

「きっとお母さんだね、思ったより遅くなりそうとかかな」

 そんな軽口を叩いて出た電話の相手は、母ではなかった。

「水希、姉さんも義兄さんも……」

 重い口を開くが、言葉が繋がらない。

 残酷すぎる。

 両親を、同時に失ったなんて。

 陽一自身、今の電話が確かなものだったのか、自信がない。

 悪い夢でも見ているのではないのか?

 本物の警察だったか?

 誰かのたちの悪いイタズラかもしれない。

「……警察に、行ってくる」

「にいさん……」

「確認してくる。水希はここで待っててくれ」

 遺体の損傷が激しくて、確認に手間取ったと警察は言っていた。

 それは間違いの可能性を示していたし、なにより13才の水希には見せるべきではないと思った。

 例え両親であったとしても。

「一人にしてしまうけど、大丈夫か?」

 微かに頷く気配があった。

 素直に従ったというより、立ち上がる気力が無かっただけのように見えた。

「行ってくるな」

 励ますように頭を撫でて、車の鍵を手に陽一は家を後にした。


 警察署内の霊安室の前で陽一は呆然と立ち尽くしていた。

 まずはこちらをと、見せられたのは燃え残った衣服や所持品、発掘された土器などだった。

「これらに見覚えがあるようなら、ご遺体の確認をお願いします」

 列べられたそれらを見ているだけで、確信してしまった。

 間違いでは、ない。

 ふらりと、立ち眩み、机に手をついて堪えた。

 覚悟を持って、遺体と対面し、白い布で覆われていて何も見えないことに、正直少し安堵した。

 手を合わせて黙祷していた中年の刑事が

「ご苦労様です。確認と言ってもお見せできるのは多くありません」

 丁寧に語りかけてくれて、包帯でぐるぐる巻きの腕や足の黒子や痣などを見せられた。

「顔はちょっと…」

 言い淀んで、

「見ても意味がないと思うので…」

 申し訳無さそうに言ってくれた。

「…そうですか…」

 二人分の確認を終えて、魂が抜かれたようになった陽一に

「まだ詳しい現場検証は終わって無いんですが、運転のミスというよりは何らかのトラブルが発生したようなんです」

 目撃者の証言や道路の状況を事細かに説明し、事故が起こるような場所でも状況でも無かったと、何か分かり次第連絡すると刑事は言っていた。

 最後に「気を強く持って下さい」と励ましてもくれた。

 ふらふらと部屋から出て、おもむろに携帯を出した。

 そこで動きが止まる。

 家で一人待つ、水希に連絡を入れないと…。

 何をどういえばいいのか?

 呆然と立ち竦むよりなかった。


 諸々の手続きや、葬儀の準備、二人は忙しく動き回った。

 動いていれば悲しんでいる余裕などないと言わんばかりに。クラスメートや町内会の人々が痛ましいと感じるほどに精力的だった。

 水希などは回りに心配をかけまいとしたのか、今まで以上に明るく元気なフリをしているようだった。

 そんな彼女が、人気の無くなった仏間で、歯を食い縛るように嗚咽を堪えて泣いている姿を陽一は見ていた。

(あの子は俺がちゃんと守るんだ)

 陽一も子供のころに両親を失っていた。姉と曾祖母が居てくれたから、生きてこられた。

 水希には自分しかいない。

 父方の親族が、水希の身元引き受け人になろうかと申し出てくれたが、水希自身がそれを断っていた。

「もともと、陽兄さんと暮らしていたようなもんだしね。私がいないと兄さん困るでしょ。だって洗濯とか全然出来ないじゃない」

 おばあちゃん子の水希は、家事全般をおばあちゃんに仕込まれていた。陽一は姉や祖母が身の回りの事をほとんど手をかけてしまったために、家事能力は高くない。

 頑張る水希が健気で。

 頑張らせてしまう自分が不甲斐なくて。

 だからずっと思っていた。

(俺にもっと力が有れば…)

 やりきれない思いは強い願いとなり、ソレを呼んでしまったのかもしれない。

 そうして彼は、少しずつ、おかしくなっていった。

 本人すらも気づかないうちに。


 水希の家は、見た目は昔ながらの古民家だ。中はだいぶ改装されていて、水回り全般と水希の部屋、両親の寝室などは、新しいものに変わっていた。

 横にガレージもあって、車が3台停められるようになっている。両親の研究資料など土器やら化石やらが箱詰めされて、隅に積まれていた。

 事故の遺留品もそこに置かれることになった。

 ぽっかり空いた、車一台分のスペースに、それは置いてあった。

 見た感じは普通の縄文式土器だった。

 ただそれは、栓がされていた。

 有孔鍔付土器ゆうこうつばつきどきと呼ばれる珍しい蓋つきの土器があるがそれとはまた少し違うようだった。

 元はしっかり栓がされていたと思われるが、今は隙間が空いていた。

 その隙間から、黒いもやがチロチロと覗いていた。外を窺うように、出たり入ったりを繰り返し、そろそろと地面に這い出る。

 黒い靄は意思を持ったもののようにガレージの内部を巡り、やがて家の中へ通じる扉へ移動した。

(…ワレヲ…ヨブハ……)

 チカラヲモトメルハ、ダレダ。





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