第61話 MSXを探して その6

 そして一週間後、またゴハンを美味しく食べるの会にて。


 みんな、あたし自身も、それぞれのスキルや人脈を活かしてMSX本体を捜索して、その結果発表の場は牡蠣料理のお店でって事になった。あたしの提案だ。


 パエリアのためだけに月でのムール貝の養殖を成功させたバレンシア人や、牡蠣を食べたいがために月で勝手に牡蠣の養殖プラントを作っちゃった宮城県広島県合同県人会に敬意を表して、だ。


「では早速私から活動報告ねー」


 ミナミナさんが手を挙げる。先週はパエリアのおこげをたらふく食べたってのに、今週は牡蠣の土鍋ご飯のおこげをお茶碗に山盛りにしてる。


「結論から言っちゃうとー」


 ミナミナさんはすうっと一呼吸置いた。


「月にMSX正規品はありません。あるはずがない。と、パナソニック社から正式な返答がありましたー」


 でしょうね。それはまだまだ想定の範囲内だ。


「いきなり核心突くかよ」


 マサムネさんが牡蠣鍋を完璧に調整しながら言った。マサムネさん曰く、彼はナベブギョーと言う重要な役職に就ているようで。みんな、ハイどうぞお好きにって鍋に関してはノータッチを決め込んでいる。


「補足情報として、地球の本社には自社製品アーカイブとして実機は保存されてるらしいよ。製品としての生産が終了して100年以上の時を経てから、わざわざ高額の輸送費をかけて月へMSXを運ぶ理由が思い付かないって理由で、月にMSXは存在しないって結論付けたようね」


 ルピンデルさんがそう言ってから白ワインのグラスを傾けた。確かに納得出来る理由だ。月から宇宙空間へマスドライバーで撃ち出すのとは訳が違う。地球から月へ飛ばすには第二宇宙速度を突破しなければならない。秒速11.2キロ以上の地球脱出速度に乗ったMSXなんて存在しないだろう。


「月にMSXがないって事は、エミュレータの存在がそれを証明してるかもね」


 と、ジャレッドさん。


「ウインドウズOSが発展してった21世紀始めからOS上でMSXを演算処理するエミュレータは各種あったみたいだよ」


 ジャレッドさんはおもむろにバッグからタブレットPCを取り出して、お店の壁に画面を投影し始めた。画面の角度を微調整するためにテーブルの上の湯気を立てる食器を隅っこに追いやってタブレットを立てかけたりしてる。まだご飯食べ始まったばかりだと言うのに、ほんと、少しは考えて行動してほしい、と言う顔をするサクラコ。


「実機の生産が終わって、エミュレータを利用してMSXのゲームがダウンロードで遊べるって環境で、わざわざ月移住者がMSX本体を重量制限のある引っ越し荷物に選んだりはしないだろうね」


 てきぱきとMSXエミュレータを展開していくジャレッドさん。タブレットPC上でまずはOSエミュレータでウインドウズOSの仮想環境を設定して、さらにその上でMSXエミュレータを起動するってめんどくさそうなやり方だ。


「最近でもこのエミュレータを利用している人はいるみたいで、MSX専用ゲームもいくつか発掘できたよ」


「でもそれじゃあ意味がないんだよな。ブリギッテの見つけたカートリッジで遊びたい訳だろ、俺達はよ」


 マサムネさんがタブレットPCをひょいと取り上げて言った。


「ヴァーチャルでなくリアルに手を突っ込んだMSXプレイヤーって機械があったらしい。まさに自作MSXって感じでカートリッジスロットがついた小さな小箱だ。入出力端子でディスプレイやキーボードと接続するタイプな」


「何それ、そんな便利なハードがあるの?」


 タブレットがテーブルから取り除かれ、その空いたスペースに器を再配置しながらルピンデルさんが言った。


「あった、だ」


 嫌な返し方をするマサムネさん。


「その言い方、何かヤな感じがする」


 今のところ、それが一番MSX実機に近いか。でも、あえて過去形にこだわるとこが、マサムネさんの嫌なところだ。いちいちもったいぶる。


「これも100年前の話だ。奇跡的に機械として稼動品が残ってたとしても、それは月での話じゃない。地球だ。わざわざロケットに積み込む物好きはいないだろうよ」


 ほら。結局そうなる。あたしは大袈裟にガッカリした表情を作って見せて、カキフライにタルタルソースをたっぷりと盛った。それを見て、ニヤリとするマサムネさん。


「しかし、だ。MSXリーダーって可能性を秘めた機械を作ってたゲーム会社を突き止めたぜ」


「リーダーって?」


 タルタルソースのカキフライ添えにかぶりつきながら言ってやった。


「ロムカートリッジからデータを吸い出してファイル化してエミュレータで走らせるデバイスだと思いな。ジャレッドが言ってたエミュレータを作った奴らが企画したハードだろうな」


「それは、実物があったの?」


「あー、ない。十何年も作ってないってさ。ただ、全然複雑な機構ではないからって、すぐに作れるとは言ってたな。ファミコンエミュレータを作ってる会社だ。生産ラインはあるんだろうよ」


「すぐに? じゃあ発注かけてみようよ」


「ロットは120台単位だそうだ。さすがに数台じゃあ作ってはくれないさ」


「120台! そんなにいらないよ!」


 あたしとしたことが、思わず大きな声を出してしまった。120台って、そんなのあまりに多過ぎる。レトロゲーマーの会会員全員に2台ずつ配って回れって言うの?


「出資者を募ってみる? クラウドファンディングみたいに。要は120人集めれば生産ラインは動かせるんでしょ?」


 ルピンデルさんが生牡蠣と白ワインを合わせながら、何やら空中に指を走らせて計算している。


「クラウドファンディングかー。月面中のレトロゲーマーをかき集めれば100人ぐらいはお金出してくれるかな?」


 でも、それじゃあ当初の方向性とちょっと違ってくる。あたし達の目的はお金を集める事じゃなくて、MSXを復活させてMSXのゲームで遊ぶ事だ。ゲームで遊ぶと言えば、ソフトウェアの面ではどうだったんだろう。


「ねえ、サクラコ。ゲームの方は何か解った事あった?」


 さっきから焼き牡蠣をじいっと見つめながら手酌で日本酒の熱燗を喉に流し込む作業に没頭していたサクラコがふうっとため息をついて頭を振った。


「ダメだった。店長もバイトの子もアシュギーネにまったく気付かなかったって事から、逆万引きみたいに誰かがこっそりジャンクのワゴンに置いてったんだろうって、防犯カメラの映像を三日分見せてもらったけどさ」


 サクラコはいったん言葉を切って、小さなお猪口にちょっとだけお酒を注いでくいっと一口で空ける。そんなに飲みたいのなら大きなグラスで飲めばいいのに。


「ぐちゃぐちゃのワゴンに一本のカートリッジが置かれたかどうかなんてわかりっこない」


「他にMSXのゲームがあったりした?」


「在庫だけじゃなく買い取り分とか廃棄予定のゲームまで見せてもらったけど、なし。ブリギッテが見つけたあの一本が唯一のMSXのロゴがついたゲーム」


 また焼き牡蠣をじいっと凝視するサクラコ。美味しそうに焼けてるけど、食べないの?


「それと、バイトの子からデートに誘われたけど、何なのあれ。ブリギッテ、何か変な事吹き込んだりした?」


「いいえ、あたしは何にも知りませんわ」


「絶対何かしたな」


 とにかく、みんなでかき集めた情報はそれまでだった。MSXが月には存在しないと確認できて、エミュレータでハード的に、ソフト的にMSXと言う事象の再現は可能だが、120台って大きな数字をクリアする必要がある。そしてゲームはあたしが持つ一本限り。


 さあ、どうする、ブリギッテ。


「って言う訳だ。聞いてた? ウサギくん」


 あたしは隣に座らせていたやたら目付きの悪い人型ウサギのアンドロイドに話しかけた。ウサギアンドロイドぬいぐるみは一瞬だけ眉間にシワを寄せた険しい目線であたしを見た。


「そうね。やるって決めたんだもん。やるか」


「ブリギッテ、ウサギに誰か入れてる? 今動かなかった?」


「いいえ、気のせいよ。ママ」


「何企んでるのさ」


「いいこと企んでるの」


 あたしは立ち上がった。みんなが一斉にあたしに注目する。


「みんな、忙しいのにあたしに付き合ってくれてありがとう。残念だけど、月にMSXはないみたい。でも、それは予想してた事。あたしは、MSXがないなら、MSXを作ろうと思う」


 バレンシア人がムール貝を、宮城県広島県県人会が牡蠣を、食べたいからって言うとても原始的な理由で養殖を成功させたように、MSXで遊びたいってシンプルな欲求を満たすために、MSXを作ろう。


「面白い! 乗った!」


 まずジャレッドさんが手を挙げた。出来ればしっかり考えてから動いてくれる人がいいけど、とサクラコとルピンデルさんをちらっと見る。


「やるからには本気出していくよ、ブリギッテ」


 サクラコがカツンと音を立ててお猪口を置いた。ルピンデルさんも、うんと頷いてくれる。


「どっから手を付ける? 120台のリーダーを発注するのか?」


 と、マサムネさん。


「うん。さすがにMSXをそのまま作るのは無理だから、リーダーでゲームをファイルに落としてそれをエミュレータで再生する形ならできるでしょ」


「120台作っちゃうのか?」


 マサムネさんがさらに突っ込んでくる。


「目的がちょっとずれちゃうけど、ルピンデルさんが言ったクラウドファンディングを使う。100人くらい集めればなんとかなるでしょ」


 ミナミナさんがニコニコ顔で手を挙げてくれた。


「はいはーい、人集めならやるよー」


「そうするとMSXリーダーの販売ライセンスを取らなきゃならないよ。クラウドファンディングするにも、個人だとちょっと難しい。法人なら意外とあっさり行けるかもね」


 ジャレッドさんが鼻の穴を膨らませて言った。


 法人。会社か。ゲーム販売会社カンバラ商店。うん、悪くない響きだ。


「じゃあ、あたし、ゲーム販売会社を作ります」


 あたしを見るみんなの目の色が変わった気がした。やろうと考えてもいなかった事を、バシンと大きな掌で背中を叩かれてやってみろと言われた子供のような目付きになった。


「カンバラ商店を立ち上げるよ」


 さあ、やるか。


「その名前はどうかと思うぞ」


 サクラコが熱燗をくいっと煽って言う。


「ブリギッテワークスでどうよ?」

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