第53話 カーボンナノチューブ常温超電導エアギターサラダ その1 ハイパーオリンピック

 ハイパーオリンピックと言うスポーツゲームはとにかく連打が命だ。バカみたいにボタンを連打しまくったプレイヤーが勝つゲームだ。


 もちろん競技種目によってはタイミング命ってゲームに変わる。それでもボタン連打がキーになってくる。ファミコン版でも大きなボタンの専用コントローラが付いてたくらいに連打がメインに出てくるゲームだ。レトロゲームならではの、とにかくとんがってて心の深いところに突き刺さってくるゲームなのだ。


 そんな究極的にシンプルなゲームシステムだからこそ、他の人がプレイしているのを見るとついつい遊びたくなる。


 最初は自分にも出来そうだ、から始まり、最終的には自分の方がもっと上手く出来そうだ、へと気持ちが変化する。末期的には、ええい、自分にもやらせるんだ、コントローラを寄越せってなってしまう。


 そして止め時がわからないゲームでもある。100メートル走なんて一回のプレイ時間はわずか十数秒だ。ちょっとコントローラを置いてお茶を飲もうとしても、すぐに他のプレイヤーが走り終わって順番が回って来てしまう。下手すれば、延々と100メートル走をフルマラソンぐらいの時間をかけて走り続けなければならない厄介なゲームだ。




 そんな訳で、サクラコとルピンデルさんとミナミナさんと、30歳を間近に控えた女三人組も例に漏れずジムでのハイパーオリンピックに熱くなり過ぎて、これでは埒が明かない、一週間後に誰が一番速いか決着をつけようって事になった。妙齢の女性三人が集まっていったい何をやっているんだか。




 で、一週間後のジムの日。あたし達はジムに行かずに、コータくんちにスイーツや飲み物を持ち寄って、ハイパーオリンピック大会が開催される運びとなった。


 コータくんちって言うか、あたしがお世話になっているコータ、サクラコ夫婦の部屋だが。月面都市つくよみ市の上層部にある多層マンションで、ちゃんとゲストルームもあるちょっといい物件だ。


 月面都市と言っても実際はジオフロント構造になっていて、上層部のみが月の地上にひょっこりと顔を出している形になっている。月面都市でも数少ない窓付き(もちろん何重にも安全措置が取られた開かない窓だ)の物件で、地球がチラッと見えるかなりいい条件の部屋だ。


 さすがコータくん、実は高給取り。宇宙船パイロットってだけですでに上級職でお給料もそれなりに高いのに、火星往還単独航行までこなしてしまうA級パイロットだ。しかも火星へ飛んでる間の二十週間ほどはまったくお金を使わないので、半年分の給料がまるまる口座に残るらしく、年齢のわりにかなり貯め込んでいたようで。


 サクラコとの結婚を機にマンション購入と踏み切ったはいいものの、一年の6割以上をソルバルウ号で過ごす生活で、実際はサクラコとあたしと 、そしてルピンデルさんとミナミナさんの絶好の遊び場となっていた。


 それでいいのか、夫婦生活。


 さておき、夕食後、リビングでオリンピック開催だ。種目は100メートル走限定。何回チャレンジしてもOK。どんな道具を使っても構わない。何でもありの100メートル走だ。


 ソファだったり、モフモフなラグだったり、みんな思い思いの場所に陣取って、まずはじゃんけん。


 64インチ相当の投影ディスプレイに映るはハイパーオリンピックのアーケード版。確か、100メートル走の現在時点での地球記録は9秒38だったか。とりあえずはそれを破ろうか。


「はいはーい、私からだねー」


 じゃんけんの結果、第一走者はミナミナさん。明日も仕事はオフなので、もう完全にお泊りコースのラフな格好に着替え済み。彼女が取り出したのはつや消し黒に仕上げられた一本の定規のようなものだった。


「私はこれ使うね。定規ぺしぺしー」


 まるで某猫型ロボットが腹部から謎のアイテムをひねり出す時のようなイントネーションで真っ黒いスティック状のものを振るう。みょんみょんとそれはいい感じの弾力性を見せて震えた。


「何なのそれ?」


 サクラコがゲームをセッティングしながら言う。


「これはねー、多層カーボンナノチューブだよ」


「CNTって、どっからそんなの拾ってきたのさ」


 カーボンナノチューブって。確か、CNTは炭素分子で作られた蜂の巣みたいな形が連鎖的になってそれがチューブ状に構成された超頑丈な物質だ。軌道エレベーターのワイヤーとか宇宙船の連結ケーブルとかに使われてる素材なはず。ほんと、どこでそんなの見つけたのやら。そんじょそこらに落ちてるものじゃない。


「ただのCNTじゃないよー。チューブを超圧縮された純水で満たして、それをシート状にしてモノカーボンコーティングしたとか言う宇宙服の新素材よ。ガンマ線も防げるし、温度変化にも強いし、しなやかな弾力があるからどんな形にも連結加工できるらしいよ」


「ミナミナファンクラブにそんな研究してる奴いたっけな」


 ルピンデルさんが唇をとんがらせて言う。そうだ。軌道港管制オペレーターのミナミナさんには私設のファンクラブがあるのだ。その愛嬌のあるキュートスマイルと暴力的なまでのエクセレントボディで宇宙船パイロットのみならず軌道港の男達を意のままに操る魔性の女か。いいなあ。


「ほらほら、選手はスタート位置について」


 その期待の新素材とやらをみょんみょんさせるミナミナさんに、サクラコはコントロールパネルを操作しながら言った。


「あーん、待って待って」


 ミナミナさんはコントロールパネルのランボタンにそのみょんみょんスティックをあてがった。棒状の物を指で弾いてその弾力を活かして反動でボタンを連打する、いわゆるハジキスタイルだな。


「ヨーイ、ドン!」


 サクラコの掛け声で、100メートル走がスタート。ミナミナさんはカーペットに直置きしたコンパネに悪戯ネコがネコパンチをするかのように、猛然と多層カーボンナノチューブスティックをぺしぺしと弾き始めた。


「うわっ、速っ!」


 思わず声を上げるあたし達。ディスプレイの中のドット絵のランナーは目にも留まらぬ速さで手足を動かし、トラックの距離表示の数字がすごい速さで後方へ吹っ飛んで行く。


 あたしは思わず息を止めて、ミナミナさんが前屈みになってコンパネをぺしぺしやってる様子に魅入ってしまった。


 さすがにダンスが得意で音ゲーをやらせたらしばらくプレイが止まらなくなる腕前だけに、ハジキのテクニックも一級品だ。ただ弾くだけじゃない。ぺしし、ぺししんっ、ぺししって手首のスナップを効かせてリズミカルに連打している。ちゃんとCNTスティックがボタンに触れ過ぎないようスピードを調節しながら弾いている。


 ドット絵のランナーが猛スピードでゴール! 見ていたあたしもぷはあっとやっと息継ぎ出来た。


 記録は?


「9秒59!」


 サクラコが拍手とともに暫定月面記録を宣言した。一番手でいきなり10秒切った。やった、ミナミナさん。


「いやー、うちで練習してた時は9秒4切ってたんだけどねー」


 うん、そう言うと思った。


 このミナミナさんの好記録を見て、後続のあたし達挑戦者三人は彼女の健闘を讃える拍手を送りつつも、内心は同じ台詞をつぶやいていた。あたし達も、この一週間の練習ではこのくらいのタイムは平気で叩き出していたさ。


 さあ、次は第二走者、ルピンデル・カワサキ選手の登場だ。

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