第2話
澄み切った青空のもと、黄色く光る夏の日を浴びて、白い砂を踏み、海岸に着いた。
前には雄大な海がどこまでも広がる。ここは、テレビドラマのロケもあった九州・天草の海岸。わざわざ東京から来た甲斐があった。人もそれほど多くない。第一、砂や海がめちゃめちゃ綺麗だった。海は、白砂の海底を、焼ける陽射しにゆらゆら揺れながら、透き通って見える。そこを泳ぐ魚が見える。その魚は、青い小さな熱帯魚。
「わあ、綺麗。ほら見て、熱帯魚じゃない」
「ホントだあ。すっごい。初めて見たわ」
「関東じゃ、絶対ないね」
「ようし、泳ぐぞお」
「ひゃっほ」
昨日、東京からここに着いた。大記録を作ったリーグ戦も終わり、最終戦を勝ったので、僅差の勝率で年駒大の上になった。どうやら入れ替え戦を免れる事が出来た。
何と言っても、泰介が出なかった事が勝因だ。その祝いと卒業の前祝いを兼ねて、
それと泰介が『よくぞ、試合出場を我慢してくれた』と言うお例も込めて、九州に連れて来た。ただ、泰介自身には、試合に出たいとかそれを我慢したとか、ポジティブで、部に対する奉仕的な精神など微塵も無かった。同じ東横大学の野球部の大井田信彦、那珂川雄大、藤岡安博。学内で一、二を争うイケメン三人。横大のジャニーズと言われていた。しかも、大井田がピッチャー。那珂川がセンターで一番。富士岡がキャッチャーで四番と言う、能力的にも抜群の三人だ。そして、隣接するの白百合女学園と、大学同士の合コンで知り合った女子の三人。町田樹理、富山唯、篠山希望(のぞみ)。町田はタレントで言えば[佐々木希]風の初な感じだ。富山は[北川景子]そっくりの美人だ。篠山希望は、どっちかと言うと可愛い感じで[益若つばさ]似。みんなそれぞれ、美人で可愛い。その六人の中に、なぜか泰介が入っている。泰介は、顔こそ普通だが、全てに軽いノリで、いわゆる能天気、お調子者だ。ただ唯一自慢できることと言えば、故郷の広島で素潜りをしていた事だ。おかげで、海でうまい獲物を獲る事だけは、得意だったし好きだった。ま、泰介はついでとして、あと東横大ジャニーズの、残りの佐田恭介。
そしてその四人と、高校時代から甲子園を争ったと言う、北関大のエース、早川裕二。それに、白百合女学園大のミス、野々村愛(え)理(り)が来ていないのだと、大井田が言っていた。野々村は、タレントで言うと[トリンドル玲奈]風の、キュートで可愛い女性だった。何でも、佐田と一緒にいる所を見かけた、と言う噂があった。野球部で、冗談ぽく詰問したが、佐田は、吐かなかったし、話をわざと向けても乗らなかった。後一人、那珂川が合コンで、知り合いになったと言う可愛い子も、結局、都合がつかないと言う事でドタキャンだった。何でも、[新垣結衣]に似て、めっちゃ可愛い子だったと言う。ノリは軽いくせに、お調子者で、だいたい、人の気持ちに対して、同調しようと言う気持ちの足りない泰介。よくぞ、他の三人が誘ったものだ。彼と話すといつも、リズムがずれて、全然面白くない話になる。負のスパイラルで、女の子とは遊ばない。だから、おシャレにも疎くなる。だからダサくなる。すると女の子はますます、寄り付かなくなる。当然、話題が乏しい。趣味だけに走る、と言った流れから、現代の若者としては、化石化していくのだ。だから、今まで女の子とデートなど、できたものではない。デートどころか、相手をしてくれる女の子もいない。今回も実際来る途中は、他の六人が、楽しいおしゃべりで盛り上がっていた。しかし泰介には、ついていけない垢抜けた話だ。話に入れない。見かねた女子の町田が、
「荏籐君、どう思う。あの大井田君のシャツ、シマクロで買ったように見える」
と話を振ると、
「シマクロ。そりゃあ無いよ。大井田って、シマジロウだよな。だって、名前は信彦だし」
と意味不明な事を答え、みんなのドン引きを買った。また、別な時は
「荏籐君って、野球、上手なの」
と、ドストレートに聞かれると、
「そうだねえ、ま、イチローの次ぐらいかな」
と答え、野球をよく知らない女子達からでさえ、失笑を買った。しかし、問題なのは、笑ってくれたと言う事実だけに喜び、
”こいつら、俺に気があるんじゃねえか”
と、恐ろしい誤解をしていた。およそ人の話は分かっていなかった。だから、常人のやり取りができる話は無かった。さらに大井田が、そのあとに追い打ちをかける。
「あ、荏籐ってさあ、富士岡よりうまいよな。突っ込むの」
「えっ」
「ほら、お前よく、ボール追っかけて、地面に突っ込んだじゃん」
すると、ダイビングキャッチと勘違いして、
「うわあ、凄い。荏籐君てそんな事できるのお」
「きゃあ、見直したわ」
と女子達が言う。そこへ、那珂川が釘を刺す。
「ダイビングなら良いけど、カッコいい名前があるんだよ」
「そうそう、こいつのは特別に《プランジキャッチ》って言うんだ」
付け加えて富士岡が言った。泰介は、初めて聞いた。
「な、荏籐。凄いんだよな」
富士岡は、泰介の肩を小突いて言った。その顔は、ニタニタしている。
「あ、ああ。はは、何だっけ。それ」
「もう、これだから」
富士岡は、いたずらっぽく、肘を軽くあてた。するとお嬢様学校だが、英語に関しては、津田塾大と肩を並べる、と言う白百合女学園生だ。
「えっ、プランジ、って、ひょっとすると、あの《プランジ》」
と、怪訝な顔をしている。そしてひそひそと話し始めた。
「えっ、何、ホント」
もう一人の富山が言う。すると篠山は、
「あっ、そ、そんなあ」
と、言いながら、笑いを必死でこらえた。そして、富山に耳打ちした。そしてみんな失笑している。しかし、意味の分からない泰介。
「いやあ、あははは。何だか分からんけど、愉快、愉快」
意に介する事無く、一緒に笑っている。それを見ると、おちょくった三人も、その本当の意味を言えないのだった。その能天気さで、一緒になって笑っている泰介に、呆れて嘲笑する三人だった。大笑いをしている、女子に受ける様に、大井田がさらに、泰介に話を振る。
「そうそう、お前、この前パンツ洗ってなくて、コンビニで慌てて買った、って言ってたよな」
「え、あ、あれは、その、パンツは、シマクロなんかじゃ、買わないの。今、アパレル業界は、戦国時代。一つの会社からだけ買ったら、他が大変じゃん。勉強しなかった。?同じ、経済でしょ」
「えーっ、だから、ってコンビニ」
「ヤダ―、引くう」
「あははは」
完全に、ドン引きだ。
「もっと凄いのさあ、こいつの足元さ。ほら見て」
那珂川が笑いながら言う。
「えっ、なになに」
女子が興味津々で、泰介の足元を見る。すると、何とゴムのサンダルだ。
「え~何で、何で。海って聞かなかったの、荏籐君」
「い、いやあ、ビーサンが無くてさ、これでも、イケてるぜ。どう」
一瞬、空気が止まった。
「いやだあ、KY、やめてえ」
「あははは」
と、まるで空気が読めない。こんな調子だから、誘われてきてはみたものの、明らかに見劣りしている。泰介個人としては、同じ大学の《裕美ちゃん》に来てほしかったらしい。今、目の前で
「ヤダ―」
「カワイイ~」
「超、ヤバ。鬼キメだし」
等々、水着のミニスカートのけつを、ふりふりしながら、身震いするような、甘ったれた声を発している女子より、数倍は美しかった。清楚で大人しく、はるかに魅力的だった。講義は、いつも彼女の一~二列後ろに座り、彼女のゆったりとウエーブのかかった髪と、その香りをひそかに楽しみながら、受ける事にしていた。そのために、泰介は前の講義が終わったら、できるだけ彼女の姿を、知らんふりして探し、さりげなく席を取るようにしていた。
“ああ、この場所にいてくれたらなあ”
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