第十一話:遊園地・その一

 俺の住んでいる町から電車で数十分乗り継ぎした先に、件の遊園地はある。


 その遊園地は、余程金が有り余っているのか客の呼び込みのためなのか、今回のようなイベントが多いことで、この辺りでは有名なデートスポットだった。

 ナイトパレードは、そのイベントの中でも特に評価が高いらしく、ネットの口コミでも高評価だったのを見たことがある。

 確かに、あれは俺でもため息が出るほど綺麗な物だった。

 ……五回行ったくらいで飽きたが。前の世界でも、女とのデートで何度も行っていたし。


 ぶっちゃけると、女と『その先』をするための手段としてよく使っていたりした。

 まあ言わば若気の至りってやつだが、これがわりと上手く行っていた。花火みたいに、ああいう綺麗な物を見に行くというのは、女受けがいい気がする。

 まさに、好感度が上がりやすいというか。ムゲンループの中だと、そんな実際の恋愛すらギャルゲーみたいな感覚になってしまうな。

 確かに最初は緊張した気もするが、やり直せるという意識のせいもあって、すぐに気楽に女と付き合えるようになってたっけか。


 もちろん、いのりは当然として、暁ともそんな気は無い。俺が思うに、夕平には暁が合ってるからな。いくら俺でも馬に蹴られるような真似はしないとも。


 それに今回は、事情が違う。

 この遊園地へのお誘いは、なんたってあの桜季が提案したものだ。

 一体何があるか分かったもんじゃない。いや、必ず桜季は何か仕掛けて来る。行かない手は無いだろう。

 もしここが『三週目』の結末発生のフラグとなるのなら、見逃すわけにはいかないのだ。俺は、そのフラグを見届ける必要がある。

 そういうわけがあって、遊園地デートの誘いに乗ったのだ。

 ……フラグを止めないのかと問われれば、答えると、

 例え今から誰かに事情を話し、万が一にも俺の話を聞いてくれて、なおかつ桜季を捕縛できたとしても、俺の目的は果たせない。その元凶さきを潰すためには、『三週目』をしっかりなぞった上でないと。

 もっとはっきり言っておくなら。



 そうでもしなければ、この因縁は断ち切れない。


 とても認められた事じゃない。今やってることも、これからやろうとしていることも、なかなかどうしてクズのやることだと思う。


 だが、もうあんなこと……こりごりだ。

 二度と見たくない、暁のあんな寂しげな笑顔を。 全てが終わった後、無力に泣き荒ぶ夕平の姿を。


 

 桜季さえ葬り去れば、もうそんなことを気にすることも無くなるのだから。

 そのためには、『三週目』と同じことをする必要がある。

 だから、俺はここに来た。違う所は、桜季ではなくいのりが一緒だということだが、おそらく大した問題じゃないだろう。


 きっと奴も、ここにいる。


「……ん? もしかしてあれって」


 今の時刻は四時五十分。

 待ち合わせは遊園地ゲート前、現地集合の約束時間は五時だったはずだが、いつもの二人が既に集まっていた。


「おっ、来た来た!」

「やー相川くん、こんにちは」

「お前ら、えらく早いんだな……」


 特に夕平は、こういうの普通に遅刻するタイプだったはずだが。『三週目』でそれはよく知っている。

 暁に引っ張られるように連れられたんだろうか。


「ぷっ、ぷぷ……」

「ふふふ……」

「あん?」


 俺がそんな想像を立てていると、その二人が示し合せたようににやにやと笑い合う。


「おい、何なんだ……」


 その言葉にも答えず、笑みをこぼしながら揃って俺を指差した。


 いや……微妙に違う。

 二人の指は、俺の後ろを差している。


 その事に気付いたと同時、


「……だーれだ」


 ――――間違いなくいのりの声が聞こえた後、背後からそっと両目を隠される。


「……いや、何のつもりだよ。マジで」


 その手は小さくて冷たい。

 本当に何のつもりだこいつ。もはやギャルゲーでも見やしないだろ、こんな使い古されたやり取り。


「その……だ、だーれだ?」


 しかも応用力ゼロだけ。

 温度の無いその声も、恋人というよりも背後霊か何かのようにしか思えない。


「……この手取って背負い投げでもしてやろうか、いのり」

「あ、えっと……よく私だって分かりましたね、拓二先輩」

「そりゃ分かるだろ普通……」


 こいつはよく、形から入る癖がある。

 今回も何となくやりたかっただけだろうが、受ける身としては馬鹿馬鹿しいったらない。


「しかも今度は先輩か? いちいち呼び方が安定しねえな――――ん?」


 振り返って見ると、そこには確かにいのりがいた……が。

 何か雰囲気が違う。いつものツインテールが解かれて、下ろした髪が流れるように肩に掛かっていた。

 しかもそれだけじゃない。服も淡いピンク色のトップスに、薄絹のヴェールのようなワンピースを羽織り、細身に合うヒラヒラの白いレースがふわりと舞っている。

 しかもおまけに、明らかにオシャレ目的のブランド物の小カバンを引っ提げ、目立たない程度にうっすらと化粧まで施している。


 初めて会った時や、ファミレスでの時は清上学園の制服らしき服装だった。

 だが今はよくティーンズ雑誌で取り上げられそうな、至って普通の少女らしく、完全に趣味じゃない勝負服で着飾っていた。


「……どうでしょうか?」

「どうでしょうか、って……」

「何かこう、いつもとは違って見えるとか、雰囲気が変わったとか、そんな感じはしませんか?」

「……この流れは」


 ちらり、と夕平と暁の方を見ると、今まで俺達に向けていた視線を露骨に逸らしてきた。

 吹けもしない口笛を吹いている夕平に至っては、もはや一種の伝統芸じゃないか。


 どうやら、いのりをコーディネートしたのはこいつら、ということらしい。

 集合時間より三人が早く来ていたのも、それ以前に三人で会っていて、いのりの服を考えていたからだろう。


 このデートで、俺に見せるために。

 じゃなかったら、いのり一人だけでこんな服装になるわけがない。

 ……もっとも、一番これに関わったのは暁だけで、夕平は何もしてないだろうが。


「……あー。髪、下ろしたのか。あと服も」

「はい。その、どうでしょうか?」


 テンプレテンプレ、アンドテンプレ。

 分かりやすいったらないな。まさにギャルゲーだ。


 というかいつの間に二人と私服を選び合う程の仲になっていたのか。

 三人を引き合わせてから、順調に関係を築けているらしい。さっそく、俺の思惑通りに動いてくれているみたいで何よりだ。

 俺一人はぶられたような気がしないでもないが、この際構いやしない。


 その褒美、というわけじゃないが、その頭に手を乗せてわしわしと揺さぶってやった。


「いいんじゃないか? 似合ってる」


 しかし実際、俺に対して敬語なのも相まって、どこかの清楚系お嬢様といった出で立ちで、すっかり見違えていた。

 これまでの潔癖に近い清潔感から来る、どことない野暮ったさが、微塵も感じられない。色気付くように、それもいのりに合わせた自然なスタイルで整えられていた。

 暁も、いい仕事をする。


「そうですか。ありがとうございます」


 しかしいのりは、俺の手をかわすようにぺこりと事務的に頭を下げた。

 俺が空気を読んで褒めてやったというのに、こいつは至って平静で面白く無い。フリでも喜ばれさえしないというのは、流石にイラッとする。


 その殊勝な態度が気に食わず、いのりの顎の下に手を差し入れて、くいと持ち上げた。

 そして、こう言ってやる。


「ああ。お世辞は苦手なんだ、一応」

「……ん。ありがとうございます」


 抵抗なく持ち上げられたその顔は、今度はほんの微かにほころんでいた。


「…………」

「…………」


 ……あと、そんな俺達を見つめている夕平達のにやにや笑いは敢えて無視した。



◆◆◆



 パレードが始まるまでの時間、先に他のアトラクションを見て回ることになった。

 家族連れ、女学生グループ、恋人らしい男女等々と、そこそこ盛況らしく人の行き来も多い。

 ナイターなのもあって、ジェットコースターといったいくつかは営業停止している。逆にメリーゴーランドや観覧車のようなのは、イルミネーションが煌々ときらびやかな光を灯し、存在感を顕にしていた。


「え、お前らもう飯食ってきたのか?」

「ご、ごめんね、人で混むかもって思って……夕平もちゃんと言っといてよ!」

「わ、悪い! 普通に忘れてた」

「すいません、分かっていれば連絡したのですが……」

「どうする、相川くん? ご飯食べに行こっか? 全然待つけど……」

「いや、飯は別にいいけどさ……もうこれ俺いらなくね? 三人で楽しめばいいんじゃ――――」

「「「それは駄目だよ(だぜ)(です)」」」

「……やれやれ」


 俺も、とっくに遊園地だなんだという歳でもないのだが、こいつらは既に雰囲気を楽しんでるみたいだった。ふらふらとポップコーンの屋台につられそうなる夕平の首を、暁が掴んで離さない。

 いのりも、物珍しそうに辺りを見回している。上京して来たおのぼりさんのようだ。


「私、こういう所初めて来ました」

「そうなのか?」


 いのりが、俺に聞こえる声でそう言った。

 思わず天才ならではの、家庭内のしがらみとかそういう理由でもあったのではないかと邪推してしまう。


「ええ。ですから……こうしてるのは、楽しいです」

「そうか」


 とてもそんなご機嫌顔には見えないが、きっとこいつも楽しんでいるのだろう。


「さて、お二人ともどうしよっか? 時間までまだあるから、どこか回って――――うわっ!?」


 そんな俺たち二人を振り返りつつ暁がそう訪ねたその時、小さく悲鳴を上げる。

 途端に、後ろから肩に『何か』が置かれた。

 大きくて、クッションのように柔らかな何か白い物が、引き止めるように乗っかっていた。


「…………」

「……あ?」


 俺もその場で振り返り――――思わず硬直した。

 二メートルはあろう巨体のうさぎっぽい物体が、すぐ目の前で突っ立っていたのだ。

 このうさぎ、俺達を見据えている……というか頭の位置がでかいせいで見下ろす形になってしまっている。それも無言のままだから、威圧感すらあった。


「おお、何かと思えばこの遊園地のマスコットキャラクターの一員、無駄にリアルなところがウケて、メインキャラを差し置いて大人・子供にも一番人気のキャラのターピーくんじゃねえか!」

「ゆ、夕平? どうしたの急に?」


 何故か突然説明口調になっている夕平はさておき、目の前のうさぎは指の無い手を彷徨わせ、ある方向に向けた。


「……お化け屋敷『惨劇の館』?」


 廃病院を模したらしい建物からは、中から客の悲鳴らしい声が聞こえてくる。今にも崩れ落ちそうな外観だ。夜なのもあって、いやに迫力がある。こうして見てる内にも、外観の窓から雷光が瞬くと共に、何かの影が映った。

 館なのに病院というところはさておき……。


「あれに入れってことか? うさぎ」

「…………」


 物言わぬうさぎのキグルミは、無言のまま数度首を上下させた。


「……まあ確かに、今ならすぐ入れそうだよなー」

「え。い、行くの……?」


 もう既に腰が引けてる暁と、乗り気の夕平。二人のこういう構図も、そばにいるとよく見る光景だ。


 こいつらはいつもそうだった。

 なににつけても好奇心を示す夕平と、それを冷静にいさめる暁。時には夕平が引っ込み思案な暁を引っ張り、時には暁がやり過ぎる夕平を引き留める。

 この二人は、薄い人間関係が蔓延る今のご時世では珍しく、切っても切れない強い何かで繋がっている。


「……んじゃ、俺といのり。夕平と暁のペアに別れて行くか。いいだろ二人とも?」

「え、ええっ! わ、私は、出来ればパスで……」

「おい暁! 目的目的!」

「あっ、そ、そっか。じゃあ……そ、それでいいよ、うう……」

「……やれやれ」


 こうして、俺達はペアになってお化け屋敷に入ることになった。



◆◆◆



「んで? これで満足か、お前らは」


 いくつかの病室が連なる寂れた廊下で、隣で俺に引っ付いているいのりに話し掛けた。怖くて仕方ないというよりも、今のうちにくっついておこうという打算的な意図が感じられる。


 途端、ナースステーションらしい場所から、電話音が鳴った。ギミックの一種だろう。


「……何のことですか?」

「あいつらに義理立てしてとぼけても意味ないぞ。もう全部分かってる。あいつらやたら、お前を俺にくっつけさせようとしてるだろ」


 突然、一つの病室の扉が勢いよく開く。なだれ込むようにして机やら椅子やらベッドがけたたましい音を立てて飛び出してきた。

 進路が塞がれる。目を凝らしよく見ると、それらはネットに包まれており、回収しやすいようになっていた。

 どうやら、その対面の共同病室を迂回して進むらしい。ご丁寧にも、血(もちろん作り物だろう)で描かれた矢印が示されている。


「……もうお気付きでしたか。流石です」

「そりゃ分かるだろ。お前だって、バレバレだって分かってて乗っただろ?」

「…………」


 軋む音を立てながら、ドアを開ける。

 外が見えるはずの窓はベニヤ板で乱雑に閉ざされていて、外の光は届かない。並んでいるベッドは全てカーテンで囲まれていて、暗闇の中でぼんやりと青白い光を灯していた。

 さっさと部屋を出ればいいだけなのだが、ここも障害物のせいで面倒くさい順繰りをしないといけないらしい。多分、その数あるベッドの内の一つからお化けでも飛び出すのだろう。


 話を続けながら、歩を進める。


「……その通りでしょうね。多分、こうして私が拓二先輩と一緒になるのは、お二人には願ったりの展開かと。どこかで私達を二人きりにさせるとおっしゃっていたので」

「ったく、あいつらは……」


 特に夕平の考えそうなことだ。

 それにこうして実際にこうなっているという事は、まんまと暁も乗せられたという事か。あの野次馬魂に火が付いたのだろう。面倒な。


「俺が言うのも何だが、別に嫌なんだったら無理して付き合わなくてもいいんだぞ。仲良くしろってのは、あいつらの言うこと全部従えって意味じゃない。あいつらだって、半分冗談のつもりで俺達をひっつけたがってるだけだろうし」

「無理なんてしてないですよ」

「本当かよ」


 甲高い叫び声とともに、血濡れの包帯でぐるぐる巻きにされた女の患者が飛び出してきた。

 思わず、そいつに人睨みきかせてやった。話の邪魔だ。


「……それに、私自身望んだ事ですから」

「は?」


 時々、こいつはこういう告白めいたことを平然と言う。

 俺だって量産型ラノベ主人公じゃあるまいし、こう考えないわけがない。


 まさかこいつ――――本気で言ってんのか、と。


 ぴたり、と足を止めた。なんとなく、そうする必要がある気がした。

 暗闇の中でも、いのりがこっちを見上げているのが分かる。


「この服も、私からお願いして、桧作先輩と立花先輩に見繕っていただいたんです。お二人とも、快く引き受けてくださって……まだ会って間もない私に、とても良くしていただきました」

「ああ。アイツらは、そういうやつらだからな」


 性格がまるで異なるアイツらも、人が好いところだけは双子のように似た者同士だから。

 俺の時も、そうだった。


「はい。ですから、こうして拓二先輩と二人きりになれたのも、お二人のおかげです」


 そう言って、いのりが身を寄せるように俺の袖を掴んだ。

 まるで本物の恋人同士のように。


「…………」


 俺がこいつと初めて会ったのは、今で大体一ヶ月程前だ。何度思い返しても、それ以前の関わりはない。それは確かだ。

 正確には俺がこいつを知らないだけで、こいつは前から俺を知っていたらしいが、それだって会話一つ無かったわけで。

 まさか一目惚れなんて都市伝説ありえるわけないし、俺にご都合展開すぎるだろう。

 だから、こいつの好意は本物であるはずがない。


 だったら。

 だったら、どうして今なおこんな真似をする意味がある?


「なあ、お前さ。どうして────」


 俺が口を開いたその時だった。



『ぎいっひひひひひぃいいいああ!!』



 病室の出口が突如として開かれ、手術服を着た人体模型みたいな物体が、廊下から俺達目掛けて飛び出してきた。悪魔の断末魔みたいな叫び声は、録音した音声だろう。


「…………」

「…………」


 まあ案の定、ではあるが、そのお化けらしき物体は俺達に襲い掛かるわけでもなく、すぐ目の前でピタリと止まった。

 そのまま身じろぎ一つしない。向こうから来たというのに、早く部屋から出てけという無言の圧力をひしひしと感じた。


「……拓二先輩、今何か言いかけてませんでしたか?」

「……ん? あー……」


 なんか、訊くタイミングを逃した気がするな。


 …………。まあ、いいか。

 何を考えてるのか分からないが、いのりが俺に協力的であるのなら別に問題は無い。訊いたところでどうこうするわけでもなし、しっかり仕事してくれればそれでいい。


 ていうかここ、お化け屋敷だしな。何が悲しくてこんな所でいのりとラブコメごっこせにゃならんのだ。

 いや、ある意味イチャイチャ出来る所かもしれないが、少なくともこれは間違ってると思う。


「……いや、何でもない。さっさと行ってあいつらに追いつこうぜ」

「ええ……そうですね」


 先に入って行った夕平達を追って、病室から廊下に出た。


 顔の焼けただれた(メイクをした)医者に、這って動く老人、火の玉の行列などなど。

 この後も色々出てきたが、特に問題もなく、すんなりとお化け屋敷を抜けることが出来た。


「ところで、お前いつまで俺の事『先輩』で呼んでんだよ?」

「今日はずっと先輩です。遊園地と言ったら、学生デートでしょう?」

「……お互い学生って歳じゃねえがな」


 いのりが怖がる様子もないのに、今まで以上に俺にしがみついてきて滅茶苦茶歩き辛かったのが、問題と言えば問題だったが。



◆◆◆



「…………」


 ところがどうやら、暁の方は問題大有りだったようで、彼女はお化け屋敷の出口から少し離れた植え込みで、青ざめた顔で座り込んでしまっていた。

 パレードの時間がかなり近づいているのか、既に辺りは人の流れができ始めていて、もう少しでその姿を見逃すところだった。


「暁、大丈夫か?」

「ご、ごめんね……あの、足が、足が竦んじゃって」

「立花先輩、一体何が……」

「いや、まあお化け屋敷のせいだろ」


 そう言ってやっても、首をかしげるいのり。

 まあ、結局悲鳴の一つも上げないまま脱出してしまったいのりには分からないだろうな。


「途中で、怖くなっちゃったから……つい、出口までダッシュしてきちゃったの」

「そりゃまた……」

「その……お、お手洗いも行きたくなっちゃってて」


 そんな我慢してまで俺達を二人きりにしたかったのかと思うと、ご苦労なことだ。

 お節介とも言うがな。


「ゆ、夕平は……?」


 そこで、思い出したように暁が訊いてきた。

 確かに俺達がお化け屋敷に入る前は、夕平と暁が一緒だったはずだ。


「おいおい、まさかはぐれたのか?」

「う、うん……」


 そして今、そばに夕平はいない。


「ごめん……本当なら私が夕平を見失わないようにしないといけないのに……」


 暁が夕平を置いて行ったせいで、夕平も暁を見失って探しに行っているのだろうか。その時たまたま、ここにいる暁を見逃した、と。

 この場にいないということは、ケータイを使うという発想が浮かばなかったと見るべきだろう。なんとも間抜けな話だが、これはかなり遠くまで探しに行ったかもしれない。


「いや、気にするなって。とにかく、夕平を探さないと……」

「大丈夫です。おそらく、桧作先輩は千夜川先輩と一緒でしょうから」


 そんな俺の考えを上塗りするかのように、いのりがそう口を開いた。


「え? そ、そうなの? それなら……」


 その言葉を聞いて、暁がほっと安堵の息をこぼした。 


 いのりも、暁を安心させるために桜季の名前を出したのだろうが、あいにく二人とも、桜季の危険性を知らない。『三週目』の事はまだ誰にも言ってないのだから当然だ。


 桜季はいずれ、暁を殺す女だ。まあいくらなんでも、今ここで行動に移すとは思えないが。


 それにしたってそんな奴が夕平と二人きりは……かなりまずい。

 ここで桜季が夕平に接触しているのだとすると、完全に考えを見誤った事になる。無理にでも全員行動を取るべきだったか。


「……やっぱりお前も、ここにあの人がいると思うか?」


 そう思っていたら、とんでもない情報がいのりの口から飛び込んできた。


「ええ。というか、さっきのあのうさぎのターピーくん、千夜川先輩ですよ」

「……はあ?」


 その瞬間、どこからともなくラッパのような音が鳴り響く。

 続いて、賑やかなミュージックが流れた。点滅したライトが派手に輝き、何筋もの光が、空に向かって伸びていく。感嘆の声が上がった。


 ナイトパレードが、始まったのだ。





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