第九十話:本当の勝負

「拓二さんと、勝負がしたい?」


 それは、拓二と再会して間も無い時のこと。

 祈の元を訪ねた夕平と暁が、まず第一声、大真面目な様子で話を切り出した。


「ああ。あれから、暁と二人で話し合ったんだけど……やっぱり俺達は、真実が知りたい」


 告げる夕平。

 暁は、その宣言に呼応するようにその横でこくりと顎を引いた。


「拓二のこと、その裏にあったこと、それは全部、俺達に関係してる。ずっと、頭にあった……この数ヶ月ずっと……こういう時、どうしたらいいかを……」


 それは、暁も、祈も同じことだろう。

 日常に戻ってもなお、意識の片隅には『あの日』のことがあった。

 記憶はふとした時に脳裏を掠め、その度に言葉が詰まり、動かしていた足を止めさせた。


 忘れられなかった。忘れられるはずがなかった。


「俺達は、知らなきゃいけないんだ。だって千夜川先輩は……俺達の一人だったんだから」

「…………」

「それでやっぱり、拓二は一番の当事者てがかりだと思うんだ。またどっかふらっと行っちまうかもしれない。だから、帰ってきた今しかない」


 でも、と間を置いてから、夕平は一息に説き伏せるようにこう続ける。


「あいつは、そう簡単に俺達に教えてくれたりしないだろ。巻き込みたくないからとかなんとか言って。────。勝ちか負けがハッキリする場で、俺達の何かを賭けて、あいつに挑む。それしか無い……と、思う」


 確証は無い。

 しかし夕平には、それを案と出すだけの前例が頭にあった。


「あいつは『あの日』みたいな真剣勝負を重んじるトコがある。負けを認めさせてやれば、俺達に話してくれるんじゃないか?」

「そう、ですね……」


 そしてそれは、祈にも同様だった。


 彼の勝敗に対する一種の拘りは、所々で明確に感じ取れていた。

 いつぞやのチェスの勝負でも、結果負けた時には、素直に自分の負けを認めていた。

 それに『あの日』は、殺すか殺されるか、まさに究極の勝ち負けを決める闘いだったと言ってもいい。


 比較的相手にも公平なそのポリシーは、ムゲンループを生きてきた彼なりの自信の象徴であるのだろう。


 そう、前例はある。

 拓二は時に、自分の命を賭けた本当の鉄火場にも挑んだ。

 夕平の言うことは、ほぼ正しい。拓二に対し何かしらの勝負で挑むという行為は、大きな交渉要素であると言えた。


 そして今度はそれを拓二本人に仕掛けるというわけだ。


「……その勝負内容は、考えてあるのですか?」

「ああ、それは────……」


 夕平は、自分の考えている通りのことを、率直に語った。

 自分達の考える、拓二との勝負方法。


 ────彼との『対話』を。


「……なるほど。確かにその内容なら公平性があり、そしてお二人でも拓二さんに勝機もあるでしょう」


 全てを聞いた祈が、数十秒の沈黙を自身の頭の回転につぎ込み、そして話し出した。


「ですがそれでも、乗ってくる可能性は五分も無いのが実情でしょう」


 そしてまず口に出たのは、否定的な結論だった。


「拓二さんにとって、内容が突飛に過ぎます。いくらお二人の提案と言っても、拓二さんは慎重な方です。そのまま持ちかけたとしても、適当にあしらわれるのがオチでしょうね」


 しかしその返答を予期していたようで、夕平は驚くことなく頷いた。


 暁が、答えてこう言う。


「それは、私達もそう思うよ。だから……力を貸して欲しいの」

「……つまり、その勝負を確実にする補完が必要……そのための私、ということですね」


 既に二人の意図を呑みこんでいた祈は、二人の友人の頼みを首肯した。


「分かりました、その話、お引き受けします。それなら私に考えがありますから」

「えっ……も、もう?」

「へへ、やっぱな。流石いのりちゃん」


 驚く暁と、口元をニヤリと持ち上げる夕平。

 しかし二人とも、年下とは思えない心強さを祈に感じていた。


「それで、どんな方法なんだ? 教えてくれ」


 興奮で急かすような物言いになった夕平に、祈は静かに重々しく口を開いた。


「……お二人は、『ハイボール・テクニック』という、返報性原理に基づく心理学的効果をご存知でしょうか」


 祈が口にしたその単語は、暁にとって聞き馴染みのないものだった。


「ハイボール……へんぽうせい?」


 そして、片や夕平はというと呑気なもので、


「おお、ハイボールかぁ! 美味いよなー、あれとタコわさでキュッとやるのが」


 が、それ以上の言葉を遮るように、ガシッとその肩が掴まれた。

 そして夕平は、暁にずるずると祈を置いて引き摺られる。遠くから、その会話の中身が小さく聞こえてきた。


「……あの、あかつき……暁さん? 目、目が怖いです」

「……夕平? 今の、冗談だよね? まさかまた……」

「じょ、冗談っす……はい、誓って。もうやってません」

「はぁ……前に言ったよね? 誘ったおばさんもおばさんだけど、それを真に受けたら夕平も同罪なんだから、って。また歯止めきかなくなったら、私怒るからね」

「ハイ……ソノセツハ、ドウモスミマセンデシタ……」


 ひとしきり説教をした暁と、それを受けた夕平は、また祈の話を聞くために戻ってきた。


「バカがごめんね、いのりちゃん。それで、そのハイボール・テクニックって?」

「は、はい……」


 暁のその笑顔に、僅かに気圧されながら、祈は気を取り直し、詳細を綴った。


「……ハイボール・テクニックは、ご存知の通り、交渉術の基本の一つです。ハイボール……高く上がったボールのように、一度まるで手が届かないと思わせてから、次は限界ギリギリを上げることで相手の限界を引き出させる、というものですが」


 全然ご存知ではない二人は、曖昧に頷き話の先を促した。


 しかしその雰囲気を汲み取ったのか、話を要約し、祈は結論付けて、当然といったように一言こう述べた。


「────



◆◆◆



「いのりちゃんと、絶交したって本当?」


 ベンチに並んだ暁が、最初にそう口にした。

 男女の告白時のような、何か重大ごとを告げようとする際のその乾いた声音が、内の緊張を伝えている。


「夕平から聞いたのか? あいつは本当、お喋りというか────」

「…………」

「……ああ、まあ、いのり曰くそういうことになるのかな」


 何となく、ここに現れたことから分かっていたことだ。

 夕平から、話を聞いてここに来たのだろう。ここの場所が分かったのも、夕平から聞いてのことか。


「付き合ってるわけでもないし、別にいいだろ? 所詮、俺達の問題だ」

「そっか……」

「それとも……お前の問題とでも言うのか? 暁」


 もしくは────微かに考えていたことだが、


 前者はともかく、もし後者であるのなら、暁はもっと根本から、この件に関わっている事になる。……より言えば、いのり側として俺に追及を重ねるということの表明に他ならない。


 いのりは俺と対立を選び、その結果、決定的な離別を生んだ。……暁も、同じ事を言うのだろうか。

 夕平は、暁の味方だろう。もしかしたら夕平も、いのりや暁と共に、俺のそばから居なくなるのかもしれない。


「……ちょっとだけ、お話を聞いてくれないかな? 少し長くなっちゃうかもだけど」


 身構えた俺に掛けられたのは、その思いもしない言葉だった。


「お話……と言うより、懺悔って言った方がいいかな」

「懺悔」


 暁の言う言葉を繰り返したが、やはり理解は及ばない。


 それを察してか、暁は小さく笑う。

 心配しないでと────何も他意はないよと、俺を気遣うかのように。


「……私ね、凄く嫌な子なんだ」


 彼女の言う懺悔は、そんな言葉から始まった。


「本当の私は、卑屈で、人の目ばかり気にして、自分が傷つくのが大嫌いな子。自分一人安全なところにいて、自分だけを見てたくて、ずっと逃げて生きてきたの」


 遠くを見やる暁の顔は、寂しげな陰気に彩られていた。

 それが、彼女なりに抱えてきたコンプレックスの表れであるのは目に見えて分かった。


「色んな人が、私のことを優しいって言ってくれたけど、本当はそうじゃなくて。本当は私は、『優しい私』に逃げてたんだ。誰にも優しくしてたのは、きっと、自分が作る迷惑から逃げる免罪符にしたかったからなんだよ」


 しかしそんな表情とは裏腹に、言葉と言葉が見えない糸で連綿と結ばれているかのように、懺悔を吐露する暁の口はよく回った。


「『良かれと思ってやったことだから』、『悪気は無かったから』────だから、私は悪くないんだ~って。……そうやって何をやっても他人から可愛がられて、擁護される立ち位置で、私は自分のことを『優しい私』に見せて逃げてばかり……ううん、何も見ない振りをしてたんだ」

「…………」

「ね? 嫌な子でしょ?」


 自身の緊張を和らげるが如く、暁はその薄い唇に舌を這わせ湿らせた。

 

「でも、私のそういうどす黒いところを────千夜川先輩は、見抜いてたんだって。そう思うんだ」

「…………」


 千夜川。

 ふと言い放ったその名前に、俺は言葉を淀ませる。


「……『あの日』、本当に色々なことがあったよね」

「それは……」

「私、あの時、本当に死ぬつもりだったんだよ。自分のしたこと……千夜川先輩を追い詰めて、相川くんや夕平を傷つけてしまったことから逃げるために。残された二人に、どんな思いをさせるか分かってて」


 そして一言、その一言を、風邪でえずいた時のような苦しげな調子で絞り出した。


「────私は悪くないのにって、死ぬまで勘違いしながら……ね」


 宙を滑るその言葉は、どこか遠くのありし日に向けられているかのようだった。


「……『あの日』のことは、ずっと怖かった。千夜川先輩と相川くんが傷つけ合って、夕平が自分を刺した時なんか……あのバカ、いきなりあんなことするんだもん。もう怖くて、訳が分からなくて、泣きたくなって……」

「……もう、忘れろよ」

「え?」


 行き着くあてのない話の流れを、聞き遂げることなく断ち切った俺を、暁は見る。

 いや、見られているというのは、俺が視界の端で感じているだけだ。


 その真っ直ぐな視線に、どうしてか俺は目を合わせられない。


「そんなこと、もう忘れてしまえばいいじゃないか。逃げられるなら、逃げたらいい。……それだけのことだろ?」


 人間、生きてれば幾らか納得出来ないこともある。逃げることで、救われることもある。

 何も知らないというのは、幸福だ。無意味に知って傷つく必要など無い。


「なのにお前も夕平も、どうして……」


 暁は、静かに首を横に振る。


「私は、忘れたくない……ううん、。『あの日』のことからも、千夜川先輩のことからも」


 迷いない、決意の響き。


「……ねえ、相川くん────」


 俺はそれを、ほんの数時間前に、同じように耳にした。


「一度起きたことは、無かったことには出来ないんだよ……?」


 俺は、今度こそ何も言えず、言葉に詰まった。

 雰囲気にそれ程の迫力も無ければ、力もまるで無いその一言が、俺の中の琴線に触れた。


「後悔するかもしれない。分かった気になって、言いたいことばっかり言ってるかもしれない。でもそれでも……こんな最低な自分がした間違いを、背負いたいの」


 ────認めない。

 

「……馬鹿だな、お前らは」


 逃げないだと? 背負うだと?


 どの口が、そんな威勢を語る。

 弱さを隠す見栄を張るな、笑わせる。


「『分かった気になってるかも』? ……ああ、ああ、その通りだよ。少し分かった気になって勘違いして。お前も、夕平もいのりも、俺からして見たらみんなそうだぜ」


 そんな青臭く、世界の『せ』の字も知らない弱者の言葉など、飾りにさえならない。

 だから、認めない。無知そのものを、ではなく、無知が無知を知ろうとする、その愚昧さを。


「────俺はっ……全部、お前のためを思って言ってやってんだろうが!!」


 羽虫しか寄らない寂れた公園に、俺の怒号が空々しく破裂した。

 

「…………」


 暁は、少なからず俺の叫びに困惑の色を浮かべていたようだった。瞳の奥が、それを示すかのように微かに揺れている。


 本来の彼女は、この直ぐ後に自分の主張を引っ込める、控えめな少女であった。

 しかし、今この時の暁はそれをぐっと堪えるかのようにすっと立ち上がり、俺に向き直った。やがておずおずとしながらも、それでも口を開いたのだ。


「……再来週の文化祭ね、クラスの出し物の他に、体育館でグループ発表っていうのがあるの、知ってる?」

「……?」


 それは唐突で、一瞬こちらが受け止め方に戸惑ってしまう脈絡の飛び散った話題。

 ────しかしこれこそが、先知れぬ俺達を占う事の始まりであったことを、この時の誰が想像出来ようか。



 ────この瞬間に、ずっと俺の中で決めあぐねていた二者択一の可能性には、明白な答えが出た。

 やはり、今日この一日の全ては、いのりによって仕組まれている一連の流れに沿ったものであったのだ。


「勝負方法は簡単、お互いに別々でグループ発表をして、学校の人の投票をどれだけ集められるか」


 そしてどうやらいのりは────チェスでの敗北と引き換えに、ずっと厄介な置き土産を俺に残していったらしい。


「……俺はいのりと、もう勝負はしたぞ」

「いのりちゃんとは、ね。夕平も私も、相川くんと勝負なんてしてないよ」

「…………」


 屁理屈だ、と拒否することは容易い。



 しかし、俺は────



「相川くんは、他の人とはどこか一味違って見えたんだ。そんな貴方に、今までずっと挑もうなんて思ってもなかった」


 夕平と暁が弱者であるのなら、俺は強者であり続けなくてはならない。

 全ては、二人のために。彼らを最悪な結末から守るために、かつて俺はそう誓った。


 その俺が、二人を圧倒するべき俺が────そんな二人の真っ向からの決意から降りることは許されないのだ。


「……。だから、相川くんお願い────私達の勝負を、受けて」


 それを、目の前の少女が理解しているのかは定かではない。

 しかし確かに、俺には理由があった。もしかして、いのりとの勝負の時以上に。


「……もう、夜も遅いな」


 仰いだ夜空からは、気持ちの良い乾いた冷風がそよいだ。


 今日は、色々なことがあった。

 数ヶ月ぶりの日本の、暁と二人で見たこの日の空を、俺は忘れないだろう。

 

「え、あ……そう、だね……」

「もうそろそろ帰りな。家の人も心配するだろう?」

「あ、よかったら一緒に……」

「俺は、少しここで頭冷やすよ。……お前とも喧嘩したくはないからな」


 そう言うと暁は、やや申し訳なさそうな泣き出しそうな複雑な顔になって、


「……うん、そっか。分かった。遅くまで、ごめんね?」

「……ああ、それと」


 そうして、この場を去ろうとする暁の背に、最後に言ってやる。


「やるからには、俺は容赦しないぞ。暁」

「!……うん!」


 振り返り大きく頷いた彼女は、何が嬉しいのか、最後に今日一の満面の笑みを浮かべた────。



◆◆◆



『ほんと、上手いことやったと言うか……立花ちゃんが上手だったのか』


 こうした通話ももはや手慣れたもので、通話口を挟んだ互いの距離を感じさせないやり取りが続いていた。


 探偵、細波享介は、口笛を吹くかのような調子で、感心しながら言う。


『まさに言った通り、完璧だったよいのりちゃん』


 結果としてあまりにソツが無く全て読み通りに事を運んだ祈に対し、細波はやや皮肉げというか、軽口を叩いている様子であった。


 そう、拓二の胸中にあった『二つの可能性』は、半分正解と言った具合であった。


 細波は、拓二を尾行していたわけではなかった。彼お手製の自家製GPS付き盗聴器が、拓二の持つ学生鞄に仕込まれていたのだ。

 つまり、拓二と暁と会話の行き先は、その場に二人以外がいなくとも、しっかり聞き遂げることが出来たのだ。

 その盗聴器も、拓二と祈のチェスを見届けた夕平なら、盤上に集中している中でひっそりと潜ませることが可能であった。


『はい。ご協力、ありがとうございました。細波さん』

『終わってからあれだけど、本当に尾けなくてよかったのか?』

『ええ。万一、あの場で気付かれでもすると話がややこしくなるので、これで精一杯でしょう』

『おいおい、これでもプロだぜ? んなヘマやったりなんか────』


 と、途端に言葉尻で受話器から遠ざかったかのように口をすぼめ、


『あーいや、うん……そーいや、「あの子」には気付かれちまったっけ、かな』

『…………』


 と、もごもごと口ごもってから、細波はころっと話題を変えて饒舌に話し始める。


『し、しっかし! 俺にもご教授頂きたいもんだぜ、そのハイボール・テクニックってやつ? あの相川くんもこうして口車に乗せちまうんだから。そしたら、ウチの社長にもどやされなくて済むし』

『ああ……あんなもの、ほとんど出鱈目ですよ』

『ええっ!?』

『あれは、あくまで交渉を円滑に進めるためのただの基本的な手段の一つですから』


 そんな細波に、指摘するように祈はそう告げた。


『要は、小手先のハッタリに過ぎないのですよ。素人がすぐ試して容易に人を出し抜ける、という類のものでは無いので……決して何もかも人を思い通りに操れる魔法の言葉なんかではありません』

『そ、そうなん?』

『拓二さんにも、もうとっくにそうした小細工は見抜かれていることでしょう。……どちらかと言えば、それっぽい方便で、桧作先輩や立花先輩の背中を押すのが目的でした』


 祈の口にした真意は、ほぼ間違いはなかった。


 ハイボール・テクニックは、あくまで相手の人間の心理を交渉の有利な要素に組み込む手法であり、絶対ではない。

 状況的根拠を一つ生み出すための、一つの保険ゆうどうに過ぎなかったのだ。


『なーんだ……じゃ、ってことは、今回のことは本当に運が良かったってことか?』

『……いえ』


 祈のあっさりした回答に、肩透かしを食らったような抜けた声が返った。電話の向こうで、肩をすくめていることだろう。


『……私は、「絶対に拓二さんは立花先輩の勝負を断らない」と思っていました』


 しかし、祈はこうも答えた。

 それまで言っていたこととは真反対ものだった故、聞いた細波は困惑する。

 

『へ? そりゃ、一体どうして?』

『細波さんは、気付かなかったのですか……?』

『気付くって、何に?』


 しばらく、祈は黙り込んでしまう。

 息遣いこそ感じられるが、どう話したものかと口を噤んでいるような空気があった。


『……いえ。そう、ですね……これは私の中でも感覚的なことで、何の根拠も無い話……なのかもしれません』


 本当に言葉の通り、祈の口調は珍しく自信なさげで、内容をとっても論理的ではなかった。


『ですが……きっと桧作先輩も立花先輩も、心のどこかで同じことを感じ取っているはずです。今の拓二さんから感じる雰囲気、仕草、それにあの自信ある態度……対面して、私はそう確信しました』

『だから、何が?』

『へ?』


 今まで彼女は、何かしらの客観的情報・根拠を得て論理的思考を進めてきた。

 だからこそ、そのような要素が欠けた『直感』を語ることは、彼女の気質からして憚られるのだ。


 その上、その内容が────冗談とも受け取れないような、あまりに荒唐無稽であるものであったから。



……────』



◆◆◆



「……何か、言いたげだな」



 ────一人になって、うわ言のように呟く。


 返事らしい返事は、やや長く垂らした髪先を揺らす風切り音くらいのもの。どうも肌理の細かくなったような気がする肌が、敏感にその冬前の冷たさを感じ取っていた。

 肩の傷が、何かを訴えるかのように疼く。


「どうせこれっきりさ。次のループで、あいつらは全て忘れる。……だからせめてその前に、あいつらの言う子供騙しの茶番劇に、軽く付き合ってやるだけだ」



 もう誰も居ないと、誰も聞いてはいないと分かっていながら、そこには

 目障りにも、『それ』はふとした拍子に俺の視界を過るのだ。



 ────



────


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