エピローグ



   1



 さくらとつばめは熊野警部といっしょに学校の近くの喫茶店にいた。放課後になるのを警部は待っていたらしい。強引に連れ込まれた形になったのだが、さくらは生きた心地がしなかった。ついにくるべきときがきたかと思った。

「奈緒子がぜんぶしゃべったよ」

 警部はいった。

「つまり奈緒子ちゃんが事件の黒幕で、木更津を殺したってこと?」

「そうだ。っていうか、……おまえそこまでわかってたのか?」

 つばめの質問に、警部はかなり驚いたようだった。

「まあね。証拠はなにもないけど、それしかないと思ってたわ」

「じゃあ、なんでいわなかった? まあ、いえるわけねえか。奈緒子が捕まれば、おまえたちのやったこともばれるからな」

 うっひゃあああ。やっぱりぜんぶばれてる。

 さくらは絶望した。一応、恐る恐る聞いてみる。

「それって、つまり……」

「ああ、銀行強盗の最初の組がおまえたちふたりだってことはわかっている」

 ああ、やっぱり。終わりだ。あたしたちは終わりだ。

「まあ、おまえたちを逮捕してもいいんだが、俺だって鬼じゃない。おまえたちが涼子から相談され、奈緒子の命を助けるためにあんなことをやったってのはわかってる。俺はそういうのに弱いんだ。俺だって同じ立場なら似たようなことをやったかもしれないからな。いや、俺には犯罪の才能はなんてものはないから、こんなことを思いつきはしなかっただろう。おまえに変な才能がありすぎたんだよ、つばめちゃんよ」

 警部はそういって、にやりと笑った。

「そもそもおまえたちはまだ十五歳だし、誰も傷付けていない。さらに友達の命を助けるためにやったこと。どうせ逮捕してもすぐに出てくるさ。それならばいっそ、課長なんかには報告せず、俺のところで止めておいても結果は同じだろう? それに奈緒子ちゃんが俺に頼むんだ。おまえたちをゆるしてやってくれってな」

 やっぱりいい男だよ、この人。

 きっと友情という言葉に弱いタイプだ。そして優しさがある。さくらはそう思った。

「だが、奈緒子のやったことまで見過ごすわけにはいかない」

「え~っ、なんで?」

 つばめは不満を隠さない。

「いいか? おまえらを見過ごすのは、友達の命を助けるためにリスクをいとわずにやったことだからだ。俺は基本的にはそういう心意気が好きなんだ。しかし奈緒子はそうじゃない。姉をおとしめるためだ。しかも殺人を犯した。たとえ中学生とはいえ、俺はぜったいに許すことはできない」

 熊野ははっきりとそういった。

「だから上にはこう報告するつもりだ。木更津と奈緒子が共犯なのも、奈緒子が木更津を殺したのも事実のままだ。最初の強盗は煙にまぎれて逃走したことにする」

 しばしの沈黙が訪れる。ここはやったーと喜ぶべきところなのかもしれないが、さくらはそんな気にはならなかった。

「あの……警部さん。警部さんは奈緒子ちゃんを取り調べたんですよね?」

「そうだが」

「どうしても聞きたいことがあるんです」

「なんだ?」

「奈緒子ちゃんはどうしてあんなことをしたんですか?」

 さくらは一番気になっていたことを聞く。熊野の顔はくもった。

「そのことは追求するな。おそらく誰にも知られたくないだろう」

 熊野は動機に関しては明かしてくれなかった。

「馬鹿なやつだ。涼子は奈緒子のために、強くあろうと歯を食いしばって耐えてきたというのに。奈緒子にはその気持ちが伝わらなかった」

 熊野は悲しそうだった。さくらにはその気持ちがわかる。

 きっと涼子は両親が死んだのは自分のせいだと思っているのだ。だからこそ、奈緒子を守るために強くあろうとしたに違いない。だけどそのことが奈緒子を苦しめた。それって悲しすぎる。

「あのふたりはどうなるんですか?」

 さくらとしては重い罪になってほしくなかった。

「涼子はすぐに出てこれるだろうな。妹を人質に取られて無理やり協力させられただけだ。おまけにまだ未成年だし。だが奈緒子はそうもいかないだろうな。まだ中学生だし、たしかに同情の余地はあるが、人をひとり殺したんだ」

 そうかもしれない。

「まあ、そうはいっても十四歳だ。刑務所じゃなくて少年院だろうし、何年も食らい込むことはないだろう。それよりも問題は涼子が奈緒子を許せるかってことだ」

 たしかにそれは大きな問題だ。

「きっとだいじょうぶよ」

 つばめはチョコパフェを食べながら能天気にいう。

「だって、涼子ちゃんは誰よりも奈緒子ちゃんを愛していたから強盗をしてでも助け出そうとしたのよ。それに奈緒子ちゃんの心を誰よりもわかっていたはずだわ」

 そうかもしれない。いや、きっとそうだ。さくらはそう願った。

「俺もそう思うよ」

 熊野は笑顔を見せた。

「最後にひとつだけいっておく。おまえらを自由にするには条件がある」

 熊野は一瞬厳しい表情に戻ると、もう一度笑った。

「おい、つばめよ。おまえは事件に関しては天才的に切れる頭を持ってるんだから、今後は起こす方じゃなくて、解決する方にその才能を使えよ。難事件が欲しけりゃ、俺がくれてやる。だからその才能を変な方に使わないって約束しろよ。それからさくらはつばめが変な方向に走らないように見張ってろ。それが条件だ」

「もちろんよ、警部。どんな怪事件でもあたしのところへ持ってきて。たちどころに解決してあげるわ」

 つばめはそういうと、警部のほっぺにキスをした。

「ば、馬鹿やろう」

 警部は意外にも真っ赤になっていう。

 その通りだ。おまえは美少年に惚れてればいいんだ。なんて見境のない女だ。

 さくらは少し熱くなった。マッチョな警部に恋したのかもしれない。

「いいか、今度事件を起こしたら有無をいわさず引っ張るぞ。連帯責任だ」

 警部はそういって伝票を掴んだ。

「熊ちゃん、これから仕事?」

 く、熊ちゃんだあ?

 警部もつばめのあまりのなれなれしさにあきれ顔だったが、すぐに笑いながらいい返した。

「馬鹿野郎。俺はこれから仕事をサボって女子大生の香ちゃんとデートだ。ポルシェでドライブするんだよ。わはははは、課長がなにいおうが知ったことか」

 さくらは明らかに香ちゃんとかいう見も知らぬ人に嫉妬していた。



   2



 それから一週間後、学校の部室の並びに新たなる部の部屋ができた。ドアの看板にはこう書いてある。

『美少女ミステリーくらぶ』

 ほんとうは学校内に探偵事務所を開きたかったらしいけど、そんなことを学校が許可するはずがないから、名目上はミステリー研究会の形にしたとかなんとか(ミステリーくらぶはともかく、頭についてる美少女ってなんだ?)。

「今度のことでわかったのよ。あたしは怪盗より、名探偵の方がやっぱりあってるし、才能もあるって。だけど名探偵って、誰かが難事件を起こしてくれないとそもそも出番がないのよね」

「だから校内に探偵事務所を開こうと?」

「そう。だって事件が起きないと自分で起こしそうだし」

 これがつばめのいい分だ。事件を集めることは自分が事件を起こさないために必要らしい。まあ、連帯責任を担っている自分にとってもいいことなのかもしれない。

「ほんとに熊ちゃんが難事件を持ってくるかどうかわからないしね」

 だそうだ。

 けっきょく、さくらも暇なときに手伝うことを約束させられた。きょうも演劇部の方をサボって、部室の中を掃除する羽目になった。もっとも演劇をあきらめたわけじゃない。失いかけた自信は、強盗役をやり遂げることで取り戻した。あの緊張感に比べれば、転んでパンツを見せた恥くらいなんでもない。それを見て自分を振ったつまらない色男のことも忘れた。そして涼子や奈緒子が受けた心の傷に比べれば、自分のものはかすり傷に過ぎないことを思い知らされた。あんなことで悩んだり、自信喪失することが馬鹿馬鹿しくなったのだ。

 今度の事件で失ったものも大きかったが、得たものも大きかった。

 いや、少なくとも涼子を失ったわけではない。少なくともさくらはまだ涼子のことを親友だと思っている。そして新しい親友と、片思いの男ができた。

 ようやく部屋も片づいたころ、ドアをノックする音がする。

「どうぞ」

 つばめが返答すると、ドアが開き、三人の女生徒が入ってきた。そしてそのうちのひとりがいう。

「あ、あのう。ここって、ミス研のふりをしてるけど、じつはどんな事件でも解決する探偵事務所っていう話はほんとうですか?」

「もちろんよ。で、どんな事件なの?」

 つばめは目を輝かせた。


 了

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美少女探偵、銀行を襲う 南野海 @minaminoumi

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