第一章 女子高生にもできる銀行強盗計画



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 大瀬崎おせざきさくらは上の空で授業を聞いていた。もっともそれ自体はけっしてめずらしくはない。きのう見た映画おもしろかったなとか、腹減った、昼休みはまだかとか、きょう発売のマンガ『仮面探偵の憂鬱』を早く読みたいとか、夜のドラマ『リストラ軍団の逆襲』の続きはどうなるんだろうとか、くだらないことをしょっちゅう考えている。

 もっともきょう考えていたのは、そんなことではない。放課後の部活のことを考えていたのだ。

 さくらは演劇部だ。中学の時はけっこう活躍したし、人気もあった。背は低いけど、男の子のようなショートカットにすこしボーイッシュなルックスもキュートだし、演技の旨さには定評がある。だから高校でも即戦力として活躍できると思っていた。

 ところがきのう、次の舞台の配役が発表されたところ、さくらは主役や、重要な役どころか、出番すらなかった。

 な、なんでよ? どう考えたって、この先輩よりもあたしの方がうまいじゃん? 顔だって負けてないよっ。

 どう見ても自分より下手で華のない上級生がヒロインを演じる。しかもその理由がまたさくらを怒らせた。

 じつは、さくらは中学の全国演劇大会で大失敗をした。ヒロインであるさくらが立ち去った恋人を追おうとしたとき、すっころんでスカートがまくれ、パンツ丸見えになったのだ。しかもそれがハート柄のパンツ。泣けるはずのシーンで大爆笑を誘ってしまった。そればかりか、それが原因で当時のイケメンボーイフレンドが非情にもさくらを見捨て、べつの彼女を作ってしまったというおまけつきだ。

 最悪なことに、それをしっかり見ていた先輩がいたらしい。

「あんたに役を回すと、悲劇が喜劇になっちゃうからねぇ」

 いやみな薄ら笑いを浮かべた顔で、そんな屈辱的なことをいわれる始末だ。

 あれは十年に一度のことがたまたま大舞台で起きただけだよ。

 そうは思っても、部長は認めてくれない。それが裏方に回された理由だ。

 ショックだった。女優になるのがさくらの夢なのに。無理してこの友愛一番高校に入ったのも、ここが進学校であることより、演劇部のレベルが高かったからだ。

 だからいまだにきのうの屈辱が頭から離れない。そしてあのときの失敗がトラウマになって自信を失いかけているのをさくら自身が一番よくわかっていた。だからこそ、次の舞台では完璧にやりとげ、自信を取り戻したかった。それなのにこのざまだ。授業なんて聞いてる場合じゃない。

 一週間後が一学期の期末試験にもかかわらず、けっきょくさくらはそんなことばかり考えていた。

 そして、授業が終わるや否や、「さあて、部活に行くかい」と気合いを入れる。自分がいかに演技がうまいかをアピールして、役を取り戻さなくてはいけない。

 涼子からスマホに電話が掛かってきたのはそんなときだ。

『さくら、悪いけどあたしの家に来てくんないか? ちょっと相談があるんだ』

 涼子は中学時代からの親友で、卒業後も何度か会っている。だから電話が掛かるのは不思議なことではないが、いきなり相談を持ち掛けられたのは初めてだ。しかも声が深刻。

「なんなのよ、いきなり」

『いいから来いよ。おまえしか信頼できるやつがいないんだよ。待ってるから』

 そのまま電話を切られた。

 なんだよ、せっかく気合い入れて部活に行こうと思ってたのに。

 お互いべつの高校に通って三ヶ月。さくらは新しい友達が何人もできたが、さくらより友人を作ることではよっぽど下手な涼子なら、まだ信頼できる友達がいなくても不思議はない。

 しかたないなぁ。

 とりあえず友情を優先することにした。部活をサボって涼子のマンションに向かう。

 あれ、待てよ? よく考えたら、彼氏ができたはずじゃん?

 もっとも、まだ会ったことはないし、話を聞くとどうもまともな男じゃないらしい。涼子の保険金目当てでたかりにきたのではないかとすら勘ぐってしまう。いや、そもそもその男のことが相談内容なのかもしれない。

 涼子がキャバクラでバイトをはじめたことは知っていた。腰まで届く黒髪をした美人だし、モデルのように長身で、大人びた雰囲気だから十八といえば余裕でそれくらいには見えてしまう。なんでも涼子は美人でグラマーな女として、ナンバーワンを争うほどの人気と聞いている。その男、シンジとはどうやらそこで知り合ったらしい。

 やっぱりそんなバイトしなきゃよかったんだよ。

 さくらはもっと真剣に止めればよかったと思った。

 事情は知っていたが、とりあえず、生活できないわけじゃないのだから、そんな高校生にあるまじきバイトに手を出す必要はないのに。

 そんなことを考えているうちに、涼子のマンションに着いた。外装総タイル張りで、防犯システム完備の高級マンション。ここに妹と二人暮らしというのはある意味羨ましくもあった。

 あたしは雨漏りでもしそうな古い一軒家(もちろん借家)に、口やかましい両親と生意気な弟といっしょに住んでるからね。

 もっともさくらはそれが贅沢な不満だと知っているから、涼子にそういったことはない。涼子はある事件に巻き込まれ、両親を失ったからそういう生活をしているにすぎない。マンションも残された財産のひとつだ。

 エントランスのオートロックを開けてもらい、涼子の部屋にたどり着いた。レトロな制服姿の彼女に迎え入れられ、久しぶりに中に入る。

 涼子の個室に入り、部屋の真ん中にサンドバッグがセットされているのを見ると、いつも笑ってしまう。ダンベルくらいならともかく、そんなものは女子に限らずふつうの高校生の部屋にはまずない。そもそも高級な内装にまるで似合わない。そればかりか、壁にアイドルや映画俳優でなく、挌闘家のポスターを貼っている女の子はさくらの知る限り涼子だけだ。

「相変わらず鍛えてるみたいだね。えい、とう」

 さくらはからかいながら、サンドバッグにキックする。もっともさくらが蹴ってもぱふぱふ音がするだけだ。

 さらに久しぶりということもあって、さくらは部屋を物色する。なにげなくクローゼットを開けると、中学時代はけっして持っていなかった衣類がずらりと並んでいる。

「おおっ!」

 思わず感嘆の声を上げた。

 白いジャケットや、ボディコンスーツ、ブラが透けて見えそうなブラウスに、スリットの入ったチャイナドレス、などなど。

 これが例のキャバクラ用の衣装か?

 さくらは感心した。どれもちびでぺちゃぱいで童顔で、男の子のようなショートカットをした自分に似合いそうもない。

 あの顔と体でこんなの着れば、たしかにナンバーワンになってもおかしくないな。

 でもあたしだって、それなりのものを着れば可愛くなるよ。

 心の中で見栄を張った。事実今着ている赤いリボンをつけた薄いグレイの半袖セーラー服は結構いけてると思う。色っぽさではなく、少年ぽい凛々しさと可愛さを強調すれば悪くない素材なのだ。事実さくらはボーイッシュな美少女としてクラスの男の子から一目置かれている。もうすこし背が高ければ「おねえさまぁ、りりしい」と叫ぶ下級生の女の子の親衛隊ができるタイプ。二年後にはそうなる可能性大だ。現状ではショタ好きの上級生が妖しい視線を投げかけてくるタイプというほうが正解かもしれない。

「どわっ?」

 さらに棚の上に写真立てを発見。涼子が金髪の色男とツーショットで写っている。察するところ、これが例の恋人らしい。ルックスだけならたしかにお似合いだ。

「そこまでだ。相談があるっていっただろう?」

 物珍しげな顔で部屋中を物色し続けるさくらに、涼子は少し怒ったようにいう。

「はいはい、で、なに?」

「きのう、あたしのバッグに三千万が入ってた」

「なにいいいい?」

 さくらは思わず叫んでいた。相談といってもたぶん、男のことだろうとしか思っていなかったのに。

「なによ、ひとりじゃ三千万も使えないから、半分あたしに……くれるとか、ひょっとして?」

 半分、本気で聞いた。

「おまえにやる金があたしにあると思うか? そもそもそんなわけのわからない金、使えるか。正確にはあたしのバッグに入ってたんじゃない。きのう、あたしのバッグと誰かのを取り違えちゃったんだ」

「それでどうすんのよ、その三千万」

「どうするもこうするも消えた」

「はああああ?」

 まったくわけがわからない。

「問題は持ち主がきのうの夜現われた。そして返す金がない」

「それでどうしたのよ? 相手も納得しないでしょうね」

「あたりまえだ。奈緒子を誘拐されたよ。一週間以内に金を取り戻せ。金と引き換えだっていわれてね」

「ええええええええ?」

 三千万だけでも充分驚いているのに、誘拐? そんなものあたしの手には負えない。

 よっぽど驚いた顔をしたのか、涼子はいう。

「わかってるよ。べつにさくらに救い出してもらおうとは思ってない」

「わかってるなら、話は早いよ。警察にいうしかないって」

「だめだ。通報すれば奈緒子を殺すっていうんだ。それに偶然とはいえ、あたしが三千万を奪って返していないのは事実だ。警察にそんなことをいえば、計画的に盗んだと思われる」

 そんなはずないとはいいきれない。それにしてもあの奈緒子ちゃんが?

 さくらは奈緒子のことも知っている。涼子のひとつ下の妹で、外見は顔も体つきも涼子にそっくりだ。髪型もほとんど同じだし、声まで似てる。違うのは性格で、男勝りな涼子に対し、むしろおっとりしていて女らしい。攻撃的な涼子に対し、内気といってもいい。奈緒子も涼子につきあって子供のころから武道を習っていたが涼子ほど熱中したわけではない。本来はそういうことに向かないタイプだ。

 それでもさくらの知る限り、仲の良い姉妹だった。涼子が万が一にでも奈緒子の命を危険にさらしたくないのはとうぜんだろう。

「でも三千万なんて用意できないでしょう?」

「ああ」

 両親の生命保険はあるが、たしかおじさんが管理していて、涼子の自由にはならない。おじさんに話を通せば、警察を呼ぶに決まっている。

「そもそもどうして消えたのよ?」

「シンジだよ」

 シンジ、つまり最近つき合いだした彼氏だ。

「きょう、朝からシンジを探しまくった。アパート、昔のバイト先、友達のところ。どこにもいない。スマホに掛けてもでない。あたしから逃げてんだよ、あの野郎。ぜったいあいつが犯人だ」

「探し出せるの?」

「望み薄いよ。あれだけの金があればどこにでも行ける。金があれば一ヶ月ほど南の島でのんびりしたいっていってたから、たぶんもう東京にいないよ」

 もしそうなら、一週間以内に探し出すことは絶望的に無理だ。

「どうすんのよ?」

「どうしたらいい?」

 そんなことあたしにわかるわけがない。女子高生にどうにかできる金額じゃない。

「一週間で行き先不明の男を捜し出すか、さもなきゃ三千万作る方法をあたしに考えろっていうの?」

「こんなことを相談できるのはさくらしかいないんだよ」

 頼りにされるのは嬉しいが無理だ。能力の限界を一万倍くらい超えている。

「誰かいないのか、まわりに。すごく頭のいいやつが」

 すごく頭のいいやつ?

「おまえの学校、進学校だろ? 誰かいるだろ、すごい名案がぴぴっとひらめくやつ」

 さくらの通っている友愛一番高校は有名進学校だ。だからさくらのまわりには秀才は珍しくないが、ほんとうに頭のいい人間となると……。

「いる」

「ほんとか?」

 たしかにひとりいる。天才というより、むしろ変人というか、奇人というか、変わったやつが。トップで入学したらしく、入学式で新入生代表の挨拶をしたが、秀才というより異才としかいいようのない才能を持った女だ。

 授業中、隠れてミステリーばっかり読んでるくせに、当てられれば完璧に答える。古今東西、いろんなミステリーを読破しているらしい。しかも、どんなミステリーでも犯人を当てられなかった試しがないといつも豪語している。

 真栄田まえだつばめ。

「変人だけど、間違いなく頭はいい。それもずばぬけて。しかもミステリーマニアで異常な事件大好き。一度でいいから本物の事件を名探偵のように解決したいと常日頃いってる変な女」

「そいつだ。さくら、そいつを紹介してくれ。変でもマニアでもなんでもいい」

「わかった。連絡とってみるよ」

 はっきりいって友達でもなんでもなかったが、さいわいにして、さくらのスマホには一応クラス全員の電話番号が入っている。メモリーを呼び出して、つばめのスマホに電話した。

『はい、真栄田です』

「あ、あの、あたし大瀬崎さくらです。じつはちょっと相談したいことがあって」

『相談?』

 さくらも少し心苦しかった。同じクラスというだけでほとんど話したこともなく、むしろ敬遠していたのに、いきなり相談じゃ相手も身構えるかもしれない。もっともつばめには親しい友人がいるとは思えなかった。内気だからじゃない。むしろ体全体から発する電波に恐れをなし、まわりのみんなが関わらないようにしている。

「じつはある事件が」

『事件? つまり名探偵真栄田つばめに事件の依頼だね、さくら?』

 さくらは絶句した。事件の一言に鋭く反応し、自分のことを名探偵といいきる自信。

 そもそも依頼ってなんだ? あんたは探偵事務所の探偵か?

 おまけにいきなり名前呼び捨てかい?

 そうも思ったが、とりあえず合わせるしかなかった。

「じつはそうなんだよ、真栄田さん」

『あたしのことはつばめって呼んでね。それでどんな事件が起こったの。密室殺人?』

 密室殺人なんか起こってたまるか。

 しかしさくらには一見社交性に乏しいと思えたつばめが、むしろなれなれしい性格をしていることに驚いた。

 いや、たしかにいわれてみれば、べつに教室でもとくに暗い感じがする子ではない。だけど、事件と聞いてこれだけほがらかに声をはずませるとは?

 まあ、根っからのミステリーマニアらしいから、事件と聞いて興奮しているせいかもしれない。

「いや、誘拐なんだけど」

『誘拐?』

 驚いたというより、非常に嬉しそうな響きだ。

『いや、さすがに密室殺人は冗談だったんだけど、まさか誘拐とはね。これぞ名探偵真栄田つばめ最初の事件?』

「いや、メインの相談は一週間で三千万作る方法がないかなと思って」

『つまり、犯罪計画の方? ノープロブレム。つばめ探偵事務所は犯罪計画も兼務してるから』

 どこまで本気なのかさっぱりわからない。そもそも犯罪計画は依頼してない。

「いや、犯罪ってあんた」

『なにいってるの? 女子高生が一週間で三千万作ろうと思えば犯罪しかないじゃない』

 それはそうかもしれない。いや、きっと真実なんだろう。だけど、さくらにはそこまで手を染める覚悟があったわけじゃない。

『え~と、方法なんだけど、誘拐と銀行強盗、どっちがいい?』

 やっぱりこの女は変だ。それもちょっととかいうレベルじゃない。ひょっとして地雷を踏んだかもしれないとさくらは思った。

『とにかく、あたしんちまで来てよ。場所は……』

 要領を得ない複雑怪奇な道順を、一方的にまくし立てられると、ようやく電話は切れた。

「なんていうか、一応乗り気なんだけど、……行ってみる?」

「もちろんだよ」

 涼子は藁にもすがる気持ちなんだろう。

 とにかくさくらと涼子は怪しげな自称名探偵に事件を依頼することにした。



   2



 最寄りの駅を出て、電話の説明でメモったわかりづらい地図を片手に、表通りから妙に曲がりくねった路地に入り込み、歩くこと数分。さくらたちはようやく目的地と思われるアパート(これは断じてマンションじゃない)にたどり着いた。

 古いコンクリート造のアパートの四階にある一室がそうらしい。残念ながらというか、とうぜんのようにエレベーターなどというものはない。

 階段を上り、指定された部屋番号のドアまで行き、呼び鈴を押す。

「いらっしゃい」

 うすよごれたジーンズを履き、だぼだぼのトレーナーをだらしなく着たつばめが出むかえた。

 体型はさくらと大差なく、小柄で余計な脂肪はない。その分出るところもあまり出ていない。

 髪型はショートカットなのだが、小学生の男の子のような感じに見えるさくらとは違い、少し長めで外はねにしている。目がやたら大きく、顔立ちは愛らしいタイプなのに、大きな黒ぶち眼鏡がちょっとオタクっぽい印象を与える。

 コンタクトにして、もっとオシャレすれば美少女で通るのに。

 さくらはそう思わずにはいられない。

「ひょっとして、ひとり暮らしなの?」

 玄関脇にあるキッチンには洗い物が無造作に置かれ、居間の掃除もいきとどいていない。そもそも居間の奥には個室が一個あるだけだった。

「実家はすこし遠いのよ。学校通うのに不便だから借りてるの。ときどき母親が様子見に来るけど、ほとんどひとりだね」

 つばめはそういいながら、奥にある自分の部屋に案内した。

 なんだこりゃあ?

 それがつばめの部屋を見た最初の印象だった。

 本棚も大きなものがふたつほどあるのだが、入りきらない本が床のいたるところに山積みになっていて、まるでせまい店舗の古本屋だ。しかもそのほとんどがミステリー関係の本らしい。脱ぎ散らかした制服が山のひとつに乗っかっているのも凄まじいが、歩くと振動で本の山が微妙にゆらゆらと揺れるというあたりが常軌を逸している。

 じつは、さくらもミステリーは嫌いではないし、けっこう読んでいたりするが、この蔵書はさくらの今まで読んだ数のおそらく百倍以上はあるだろう。まさに床の真ん中に布団を敷くスペースだけを残し、本を積み重ねているといった印象だ。

 机にはノート型パソコンとマウスにペンタブレット、それにスキャナーとプリンターが置いてあるが、参考書の類は一切なかった。というか、ノートや教科書を広げるスペースすらない。

「ようこそ、つばめ探偵事務所へ。あなたたちが初めての依頼人よ」

 つばめは両手を左右に広げると、少しおどけていった。

「とりあえず、空いてるスペースに坐ってくれる?」

 つばめはそういいながら、自分は机の側にある回転椅子に坐った。かすかに畳が見えるせまい場所に無理やり場所を作って坐ると、足元にミステリーに混じってボーイズラブ系の小説を発見した。

「あ、それ? 好きなんだ、美少年が」

 恥ずかしげもなくそんな台詞を吐く。よくよく見ると、ミステリーの山の中にランダムに美少年ホモ小説が紛れ込んでいる。ある意味、究極の隠し場所だ。

 恥ずかしい本は、恥ずかしくない本の中に隠せ。

 押し入れの中にこっそりエッチな小説やレディコミを隠しているさくらには思いつかない発想だ。

「そのパソコンはインターネットかなんかに使うの?」

「もちろんネットも使うけど、一番使うのは小説を書くときね。書いてるんだ、本格ミステリーを」

 まさにミステリーオタクだ。

 不意に横にあった山の上の方が崩れた。たまたまさくらの目の前にマンガ同人誌が落ちてくる。

「な、なんだこりゃ?」

 たまたまめくれたページを見ると、男同士が絡んでいる絵が目に飛びこんできた。しかもどうやらそれは本格ミステリーの名探偵金田剛介が、べつの作家のキャラ、美少年探偵助手小森くんのナニを……。

「えへ、こういうの大好きっ」

 つばめは目を細め、ぺろっと舌を出し、頬をちょっとだけ赤らめていう。

 目眩がした。あまりにディープな世界だ。

 しかもその作者の名前が真栄田つばめ。

 この女は山のようにミステリーを読み、自分でも書き、合間に美少年ホモ小説を読み、そればかりか美少年ホモマンガを同人誌に描いているらしい(それも本名で)。

 いったいいつ勉強してるんだ、この女は?

 さくらの疑問はもっともだ。おそらくまったくしていないのだろう。それにも関わらず成績だけはいい。ほんとうに頭がいいのだ。

 涼子を見ると、呆れているというよりエイリアンでも見るような目つきだ。それもしょうがないだろう。部屋に一冊の小説もないかわりに、サンドバッグとダンベルがある女には理解できるはずもない。

「あ、それで三千万だったよね。どうする。誘拐、それとも銀行強盗?」

 つばめはとんでもないことを平然といいながら、平積みされた山の中からランダムに何冊かの本を抜き去った。

「誘拐ならこのあたりが参考になるかもね。強盗ならこれかな」

 べつの本を何冊か、いくつかの山から抜き去った。

 きっとつばめにはこの無秩序に見える本の置き方に意味があり、しかも完全に位置を記憶しているのだろう。さくらはふたたび呆れた。

「本気であたしたちに誘拐か強盗をやれっていうの?」

「逆にこっちが聞きたいわ。本気で一週間で三千万作る気があるの?」

 つばめはさくらの質問に質問で返した。

「もちろん本気だ。妹を人質に取られてる。あたしは犯罪だって覚悟してるさ」

 答えたのは涼子だ。

 さくらは今になって、つばめに涼子のことを紹介もしていないし、そもそも事件のことをなにひとつ説明していないことに気がついた。あわてて涼子を紹介し、これまでの経緯を説明する。

「なるほど、だいたいわかったわ。で、そのシンジっていうのを一週間で見つけるのは無理。警察にもいえない。だからお金を用意したいんでしょ?」

 涼子は肯いた。

「まともなやり方じゃ、三千万は用意できないのもわかるわよね?」

 涼子はもう一度肯いた。

「じゃあ、決めて、涼子ちゃん。誘拐? それとも銀行強盗?」

 つばめの大きな目はぎらついている。犯罪計画を練れることが至上の喜びなのかもしれない。

「誘拐はいや。銀行強盗にして」

「決まり」

 つばめの深刻めいていた顔が、嬉しくてたまらないといった感じでくずれる。

 うわああああ。なんかマジで犯罪計画に荷担してるよ、あたし。

「無理だよ、そんなの。あたしたちは銃どころか車も持ってない。っていうか、そもそも免許だってないよ? どうやって強盗なんてするのよ?」

 そうだ。誰も運転できない。車もない。どうやって逃げるんだ?

「それを考えるために、あたしのところに来たんでしょう?」

 つばめはまったく動じなかった。

「いい? お金を奪うのになにも銃なんか使う必要ない。他にいくらでも手段は考えられるし。はったりでもいいしね。問題は逃走方法の方ね」

「そうよ、車もなくてどうやって逃げるのよ」

 つばめはすこし興奮しているのか、顔を紅潮させ、小さな鼻をぷくっとふくらませると、自信満々にいった。

「地下鉄」

「は?」

「耳悪いの? ち・か・て・つ」

 地下鉄だって?

 さくらは耳を疑った。銀行から出たら、駅まで走って地下鉄に乗るのか? すぐ捕まるだろうが。

「ふざけないでよ」

「あたしは大真面目よ」

 つばめは胸を張って偉そうにいう。

「じつは、さくらたちが来るのを待ってる間にもう考えてあるんだな、方法を」

 そんな馬鹿な? ほんとうにできるっていうの、そんなことが?

 ひょっとしたらこの変な女はまぎれもない天才なのかもしれない。

「聞きたい?」

 つばめが悪戯っ子のような顔でいう。

「あたしは聞くよ」

 涼子はまじめな顔でいう。

「じゃあ、はじめから順を追って説明するわね」

 


   3



「まず、銀行強盗をやるときの第一関門。それは監視カメラよ」

 つばめはいい切った。たしかに逃げ切れたとしても、カメラに顔が映ってしまえばしょうがない。

「だから映画とかの犯人は強盗するときに、覆面をしたり、サングラスをしたりして顔を隠すでしょ?」

 そのへんのことはさくらも納得した。

「じゃあ、あたしたちも覆面をするべきか? あたしはそうは思わない。そんなことをすれば目立つじゃない。それこそ入っていきなり銃を突きつける必要があるわ。じゃないといきなり通報されるだろうしね。サングラスだって同じ、行員にいきなり不信がられるでしょ」

 そりゃそうだ。

「でも素顔をさらすわけにもいかない。じゃあ、どうしたらいい?」

 どうすんだよ?

「監視カメラっていうのは低い位置にはないの。必ず上の方から見下ろす格好でついてるでしょ? だったらつばの長い帽子を被るだけで顔が隠れるわ」

「なにいってんのよ。女子高生がそんな野球帽みたいの被ってたら目立つじゃない? それにカメラには映らなくても受付の人にはばっちり顔を見られるんだよ。そんな危険なことを涼子にやらせるつもり?」

「だから男の子に変装するの。顔は見られても眼鏡でも掛けておけばずいぶん印象が違って見えるわ。ほら」

 つばめはそういうと、いきなり自分の眼鏡を外し、さくらの顔に掛けた。

「ほら、涼子ちゃん。ずいぶん感じが変わって見えるでしょう?」

「たしかに、ふたりともずいぶん変わる」

 涼子が同意すると、つばめは手鏡を渡した。見慣れたはずの自分の顔が、まるで高校受験に燃える中学生男子だ。

「ほらほら、似合う似合う」

 反対にきゃっきゃとはしゃぐ眼鏡を外したつばめは、さくらの目から見ても可愛かった。しかもさらに意外な事実として、眼鏡にはほとんど度が入っていなかった。

 これってダテ眼鏡?

 これくらいなら普段眼鏡をしなくてもなんの問題もないだろう。つばめは普段わざとこんなダサい眼鏡を掛けていることになる。

 同時にさくらは恐ろしいことに気がついた。

 なんでつばめは涼子じゃなくてあたしにこれを掛けさせたんだ?

 まさか……まさか? その答えは考えたくない。

「今は制服着てるから女っぽいけど、男の子の格好すれば完璧だね」

「ちょっと待てえぇ」

 思わず叫んでいた。

「ひょっとしてあたしがやるの? それって主犯じゃない?」

「いい、さくら?」

 つばめはわがままな生徒を説教する教師のようにいう。

「涼子ちゃんは眼鏡をしたって大人の女の魅力が滲み出てしまうの。それにあの胸が邪魔でしょう? その点、さくらなら中学生男子で通る顔をしてるし、なにより貧乳。男の子に化けるにはもってこいじゃない。あたしがこの作戦、ぴぴっと浮かんだのはさくらをキャスティングしたからよ。電話して来たのがさくらじゃなかったらきっと考えつかなかったわ」

 貧乳? それはおまえのことだぁ。それに中学生男子で通る顔ってどういうことだ?

「じゃ~ん、じつは衣装もちゃんと用意してあるんだ」

 そういってつばめが押し入れから取り出したのは、ブルーのオーバーオールのジーンズ、それに柄物のトレーナー。そして野球帽も忘れていない。

「試着、試着ぅ」

 つばめがはしゃぎながら煽る。

「いやだ」

「だめ、これは重要なことなの。省略はできないの」

 これを着たが最後、さらに抜け出せなくなる気はしたが、あまり激しく拒絶すると、涼子を見捨てているような気がしてしぶしぶ従うことにした。

「あ、制服は脱がないで、そのまま上に着てくれる?」

 スカートは短いし、ジーンズもだぼだぼだったから上からでも履けた。

「うきゃあ、可愛い。思った通り美少年だぁ」

 つばめは飛び上がって大喜びだ。

 そうだった、こいつは筋金入りの美少年マニア。ひょっとしてこれはこいつの趣味なのでは? そもそもなんでこんな衣装が短時間で用意できたんだろう。ひょっとして押し入れの中には他にも趣味のコスプレアイテムが隠されてるんじゃないだろうな?

 さくらはそう疑わずにいられなかったが、つばめはさんざんはしゃぎまくったあと真顔になった。

「どう、涼子ちゃん。さくらに見えないでしょう? 男の子に見えるでしょう?」

「まあね。だけどさぁ、中学生に見えちゃまずいんじゃないか? こんな格好で、銃も持ってなきゃ、いくら脅したって誰も金なんか渡さないよ。警備員にとっつかまるのが落ちだ」

 そうだ、いいぞ涼子。もっといえ。

「だいじょうぶ、そのへんはちゃんと考えてるって。これを見て」

 つばめが取り出したのはスケッチブックだ。そしてそれを開く。

「これを受付に見せるのよ」

 そこにはこう書かれていた。


『僕の体には犯人によってリモコン爆弾が仕掛けられています。お願いです、この鞄に三千万円入れてください。そうしないとスイッチが入れられてしまいます』


「そう、さくらは犯人じゃなくて、犯人に爆弾仕掛けられていいなりになる中学生を演じればいいの。どう、リアリティない?」

「なるほど。案外いけるかもな」

 涼子は簡単に納得した。

「だけどそのあとどうやって逃げんのよ? そんなんじゃあたし、ぜったい納得しないからね」

「まだなにも説明してないって。せっかちねえ、さくらは」

 つばめは小悪魔のような笑みを浮かべる。

「たとえばそのあと、あらかじめ仕込んであった煙幕が銀行の中を充満したらどうなると思う?」

「そうか、爆弾が頭にあった行員はパニックになる。その騒ぎと煙幕に紛れて脱出するわけか?」

 そう叫んだのは涼子だ。

「それだけだと五十点ね。たぶんお金を用意している間に、間違いなく警察に連絡がいってると思うわ。さくらの服装もね。だから銀行を出るときには変装を解いている必要があるの」

「変装を解く?」

 つばめはさくらのオーバーオールの肩を外し、一気にずり下げた。

「そのままトレーナーを脱ぐ」

 命令につられて、わけもわからずトレーナーを脱いだ。そのとき、ついでに帽子と眼鏡も外れる。

「ほら、あっという間にさくらに戻った。練習すれば十秒でできるって」

「おおおお」

 思わず涼子と声がそろった。

「で、でもさ、服は脱ぎ散らかしていくわけ? 変装してたのがばれるよ。それにお金を入れた鞄はそのまま持ってくわけでしょう? そこから足がつかないの?」

「んもう、心配性なんだから、さくらは。そんなに心配なら、脱いだ服は持ち帰ればいいし、お金だって学生鞄に詰め替えればいいわ」

「そんなことに時間掛けてられないよ。逃げられなくなっちゃう」

「だいじょうぶだったら。なんならお金の詰め換えと、脱いだ服の処分はあたしがやるわ」

「え?」

 つばめは意外なことをいった。

「あんたもいっしょに来る気なの?」

「あたりまえじゃない。こんな面白い話、あたしが絵だけ描いて、外から見てるとでも思ったの?」

「つまりいっしょに強盗やりたいんだ?」

「やあね、とうぜんでしょ」

 いったいなんでそんな質問をする? とでもいいたげだ。まるで前から計画していたことが、涼子のことをきっかけにやっと実行できると喜んでいるように見える。

 まてよ? と、さくらは思う。

 きっとこの計画は遊び半分に前から作ってあったんだ。そして計画を実行するチャンスと駒がそろった。だから嬉しくて仕方ないんだ。

「そんなにやりたいんなら、あんたがあたしの役をやればいいじゃない?」

「それはだめ」

「なんで?」

「だって、せっかくさくらが美少年に変装するのを見れるのに。あたしの楽しみを奪うつもり?」

 だあああああああ! この女は犯罪と美少年のことしか考えていないのか? そしてあたしに美少年の扮装をさせて、強盗やらせて、困ってるところを間近で見たいのか?

 倒錯の世界だ。羞恥プレイだ。こいつはサディストだ。

「まあ、冗談は置いといて。さくらの役には演技力が必要なのよ。あたしじゃだめ。さくらは演劇部でしょう? さくらしかできないわ」

 冗談? ほんとに冗談なのか? 演技力だなんて、あたしの舞台を一度も見たことないくせに。たしかに演技力には自信はあるけど、大舞台になるとポカやるってことを知らないな? それが原因で部長から役がもらえなかったんだぞ。

 さくらは大声で叫びながら、この場を逃げ出したかった。

「だけどさ、警察が外で張ってる中、逃げ出すんだろ? いくら姿を変えたって、事情聴取されるかもしれないぜ」

 涼子の意見はもっともだ。もっといってくれ。さくらは心の中で応援した。

「その前に地下鉄の駅に飛び込むの」

「どうやって?」

 そうだ、どうやって駅まで逃げるんだ? 無理だ、そんなこと。

 警官が包囲してる中、たとえ犯人として認識してるのはちがう格好とはいえ、必死で逃げ出したら怪しすぎる。

 さくらは意地でもつばめの計画を否定したかった。銀行強盗の主犯になるのもごめんだし、そもそもつばめの意のままに操られたくないという気持ちがあった。

「そうよ、涼子のいう通りよ。無理よ、無理なんだよ」

「馬鹿ねえ、さくら。涼子ちゃんがわからないのは仕方ないけど、どうしてあんたまでわからないわけ?」

「は?」

「だから、地下鉄の入口がすぐ近くにある銀行を襲えばいいことでしょう?」

「どういうことよ?」

「いい? 警察が包囲するにしても、銀行の窓や入り口に張りつくようには包囲できないのよ。犯人が銃を持ってたら狙い撃ちになるし、いたずらに犯人を刺激して人質に危険が及ぶかもしれないもんね。つまり、包囲網はある程度距離を置かざるを得ないの。銀行を出たすぐそこが地下鉄の入り口だったら包囲できないわよ」

「そんな都合のいい銀行が……」

 あってたまるかといおうとして、やっと気がついた。

「四つ葉銀行、友愛一番高校前支店」

 つまり学校にいく時降りる駅の前にある銀行だ。地下鉄の出口から外に出ると、その真横に銀行の出入り口がある。歩いてほんの数歩しかない。ここなら銀行から出た次の瞬間には、地下鉄入り口に飛び込める。

「正解!」

 つばめは目を輝かせ、いきおい良く断言した。



   4



 まずい、このままじゃまずい。

 さくらの頭はめまぐるしく回転した。

 このままじゃ銀行強盗の主犯に引き摺り込まれてしまう。どうしてこんなことになったんだ?

 たしかに涼子の力にはなりたいし、奈緒子ちゃんのことも助けてあげたいけど、どうしてあたしが強盗まで?

 なんか粗はないわけ? この一見完璧そうに見える計画の粗は。

「で、でもさ、地下鉄入り口の真ん前を露骨に固めることはできないかもしれないけど、警察だった馬鹿じゃないんだから、それを見逃すはずがないよ。地下鉄の入り口から改札口に入る前に待ち伏せするに決まってる。女子高生には注意を向けないだろうけど、もし鞄の中を見せろっていわれたらどうすんのよ?」

 口に出しながら、まさにその通りだとさくらは思った。警察がそれほど間抜けなわけがない。

「たしかに、警察は改札前を押さえようとするでしょうね。でも、時間差が生じるのよ。いい? 警察は現場に集まり、まわりを固める。その際、逃走用の車があるかどうかをまずチェックするはずだわ。まさか、地下鉄で逃げようとする犯人がいるとは思わないはずだから。地下に警官を配備するのは最後になるはずよ。たぶん五分はかかる。それも現場指揮官がきわめて優秀な場合よ。それだけの時間があれば突破できる。乗ってしまえばこっちのものよ」

「じゃ、じゃあ、地下鉄止められたらどうするの?」

「止める? なんで?」

「だって犯人が地下鉄で逃げたと知ったら、警察だって黙ってないでしょう?」

「地下鉄なんていかに警察でもそう簡単に止められないわ。現場の警官にそんな権限ないもの」

 そうかもしれない。

「それに万が一、地下鉄に乗るより、先に改札を押さえられてもなんとかなるわよ」

「どういうことよ?」

「あの銀行の隣にはたこ焼き屋さんがあるでしょう? あそこのたこ焼やさんおいしいから放課後うちの生徒でいっぱいになるじゃない?」

 たしかに放課後はそうだ。女生徒が多く、さくらもたまに買い食いする。

「だから万が一のときは、煙に紛れて彼女たちに混ざれば、銀行の中から出てきたとは思われないわよ。逆に危険だから早く外に出ろって、警察が誘導して包囲の外に逃がしてくれるわ」

 なるほど。と一瞬思ったが、それは変だろう。

「なにいってんのよ。銀行は三時で閉まるのよ。あそこにうちの生徒が集まるのは銀行が閉まってからじゃない」

「馬鹿ねえ、さくらは。期限は一週間って切られてるのよ。一週間後はなにがある?」

「なにって、え? 期末試験」

「そう期末試験。学校は午前中で終わりでしょ?」

「ちょっと待てぇ! それはその日試験を受けられないってこと?」

「気にしない、気にしない」

 気にしろ。

「だいじょうぶ。風邪ってことにすれば追試くらい受けれるから」

 事態はどんどん悪くなっていく。

「すごい、おまえ天才」

 涼子の絶賛につばめの態度は神か王のようだ。胸を張り、ちいさな鼻を高々と上げる。

「で、あたしはなにをすればいい?」

 涼子がいった。それはとうぜんの疑問だ。

「まあ、涼子ちゃんは外で見張り兼連絡係ね。外の動きを見張ってなにかあればスマホに連絡くれる係。地下鉄から逃げられるかどうかを見極めるのも涼子ちゃんの役よ」

「だけどさ、あんたらに危ない橋渡らせて、当事者のあたしが外で見張りってのはまずいだろ?」

「なんで? あたしのことは気にしないでいいわよ。これ趣味だから」

 あたしのことは気にしろ。さくらは内心毒づいた。

「それにさくらはあなたの親友なんでしょう? ほら、さくらもいってやんなきゃ。『あたしのことも気にするな。親友なんだから』って」

 痛いところを突いてきやがる。

「わかったよ。やるよ。やればいいんでしょう?」

「そう、わかればよろしい」

「いや、さくら、おまえがもしいやなら」

「いいんだよ、涼子。こうなったらやるよ。まかせて」

 そういったあと、つばめに向き直った。

「いい? そのかわり、完璧な計画じゃなきゃだめよ。少しでも穴があったらやらないからね」

「穴なんてどこにもないじゃない?」

 そうか? ほんとにそうか? ぜったいないのか?

「いい? はじめからちゃんと説明するからよく聞いておくのよ。疑問があったら遠慮なくいって」

「わかった」

「場所は学校近くのあの銀行。日にちは一週間後の期末試験のとき、時間はお昼過ぎね」

 そこまでは問題ない。

「当日、さくらは制服の上から男の子の格好をする。そのさい脱ぎやすいものをあたしが考えておくから。さくらは当日まで練習して早く着替えられるようにしておくこと」

 それも問題ない。特訓だってなんだってやってやる。

「あたしとさくらが中に入って、さくらは受付にさっき見せたような文を書いた紙を見せる。そして紙袋を渡す。その間、あたしはまわりを注意してるわ。涼子ちゃんは外に異常があればあたしにスマホでメールを送る。地下鉄入り口の側で、たこ焼食べてるのが自然ね。たぶんその間に銀行から警察に連絡されると思うけど、あわてる必要はないわ。そこまでは計算の内だから」

 そこまではなんとかなる。あたしの演技力なら、爆弾背負わされて脅えた男の子だって演じられる。そういうのは得意だ。

「金を受け取ると、鞄から煙幕が噴き出して銀行内はパニック。さくらはその間に着替えて、あたしはお金を学生鞄に詰め替えて、さくらが脱いだ服を紙袋にでも入れる。あとは騒ぎにまぎれて外に飛び出して、地下鉄に乗るだけ。煙幕は外にも漏れるだろうから警察はあたしたちが銀行から出たのか、たこ焼屋にいたのかすぐには判断できないはずだわ。そのまま煙にまぎれて地下鉄に乗る。そのせいで警察はあたしたちが地下鉄で逃げたことにすぐには気づかないはずよ。乗ってしまえばこっちのもの。どこで降りるかわからないし、すぐに地下鉄を止めることも無理だわ。どう? なにか無理がある?」

 完璧に見える。

 なにかけちをつけたかったが、なにも思いつかなかった。

「煙幕を使うっていうけど、その煙幕はどうやるんだ? そういう装置作れるのか?」

 涼子がいった。

「う」

 つばめがはじめて口ごもった。

 そうだ。その装置はどうするんだ? 作れるのか? 誰が?

「そうだった、肝心なことを忘れてたわ。そういうの作る人心当たりはあったんだけど、しばらく前にいなくなっちゃったのよね。さくら、誰か知らない?」

「知るわけないよ。そんな悪の科学者みたいなやつ」

 そうはいったが、悪の科学者といった時、一人の顔がさくらの頭に浮かんだ。

 え? だけど、いくらなんでもそんな装置……。

正彦まさひこなら作れるんじゃないのか?」

 涼子が叫んだ。涼子も同じことを思いついたらしい。

 正彦。中学三年生のあたしの弟。生意気で、パソコンと機械工作のマニアで、変なものばっかり作ってる。たしかにあいつならできるかもしれない。

 それに悪の科学者で思い出しただけあって、そういう技術を使って、みんなに一泡吹かせたいという欲望を、潜在的に持っているように思えるのは気のせいだろうか? そういう意味ではちょっとつばめに似ているのかもしれない。

「誰それ?」

「さくらの弟だよ。機械に強い。作れるかもしれない」

 涼子の説明を受けたつばめは嬉しそうにいう。

「なんだ、さくら知ってるんじゃない。さあ、今すぐ電話して聞くのよ」

 嘘? 今から電話? 

「早く、早く。あんたには行動力ってものがないの?」

 覚悟も決まらないまま、スマホを持たされた。そして正彦のスマホを呼び出してしまった。

『はい、正彦』

「あ、あたしよ、さくらよ」

『なんだよ、姉ちゃん。帰りが遅いって母ちゃん怒ってるぞ』

「それどころじゃないのよ。ところでさ、あんた、煙幕発生装置作れる? リモコン仕様で、鞄かなにかに入るくらいの大きさのやつ」

『はあぁ?』

「だから煙幕装置よ。それも今すぐ。三日くらいの内に」

『なにいってんだよ姉ちゃん? そんなものなにするの?』

 なにするって、そんなこといえるか。

「それは秘密よ。とにかくできるの?」

『技術的には難しくないけど、三日はきついよ。演劇の舞台で使うの?』

「そ、そうよ。そうなの。だからなんとかして」

『無茶いうなよ。だいたいなんで前もっていわないんだよ』

「あ、あんた涼子の妹の奈緒子ちゃんと同じ学校だったわね?」

『え……なんだよ、関係ないだろ、そんなこと』

 正彦の声が明らかに動揺した。さくらは密かに疑っていた。正彦が奈緒子に恋していることを。

「好きなんでしょう?」

『ば、馬鹿いってるよ。関係ないよ』

「奈緒子ちゃんがピンチなの。それを助けるためにその装置がいるのよ」

『はあ? なにいってんの?』

 ああ、じれったい。どうしてこいつはこうなんだ?

「だからぁ、奈緒子ちゃんがやくざに誘拐されて、身の代金に三千万必要なのよ。だからあたしは銀行強盗やるんだけど、それにはあんたの力が必要なの」

『はあああああ? マジ……それ?』

「マジ、マジもマジ、大マジよ。あんた男になるチャンスよ。協力すれば奈緒子ちゃんに感謝されるよ。惚れられるかも」

『やる』

 ほんとに惚れてるらしい。即答しやがった。

『で、奈緒子ちゃんは無事なんだろうな?』

「うん。でもなにがなんでもお金を作んないと」

『だけど強盗やるって、……姉ちゃんがか? だいじょうぶなの? すげえ、心配なんだけど』

 心配なのは、あたしがドジってつかまることか、奈緒子ちゃんの命ことかと、一瞬つっこみたくなった。もっとも両者はある意味直結している。

「ブレーンがいるから」

『ブレーン?』

「くわしいことはあとで話す」

 そういって電話を切った。

「なんとかなりそう」

 しかし事態はますますこじれていく。中学生の弟まで犯罪に巻き込んでしまった。

「ねえねえ、さくらの弟って、さくらに似てる?」

 つばめは能天気に涼子に聞いてくる。

「かなり似てるな」

 さくらはそう思っていないが、涼子にいわせるとそっくりらしい。

「じゃあ、美少年?」

 つばめの目がうるうるしながら輝いた。

「うるさい。もう計画に専念してよね、この美少年マニアが」

「はいはい、それじゃあ、とにかく問題なしね。それともまだなにかある?」

 さくらも涼子もなにも浮かばなかった。

「じゃあ、明日現場の下見するわよ。昼休みに行くわ。さくら、美少年もちゃんと連れてくるのよ」

 そういうことで初日の作戦会議は終わった。



   5



 次の日の昼休み、例の四つ葉銀行友愛一番高校前支店の前に四人は集まった。

 さくらとつばめは午前中の授業はしっかり出たが、涼子と正彦はおそらく四時間目からサボったはずだ。

 つばめは学ラン姿の正彦を見るなり、目を潤ませながらキャーキャー騒ぐ。

「美少年、美少年、さくらにそっくりな美少年」

 そう歌いながら踊り出す始末だ。いかに学校で猫を被っていたか、さくらは思い知らされる。変なやつだとは思っていたが、ここまで変だとは想像もつかなかった。

 それに正彦のことだって、髪形や背格好は自分に似ているが、つばめや涼子のいうほど顔は似ていないと思う。

「姉ちゃん、だいじょうぶ、この人?」

 正彦がこっそり耳打ちするのも、とうぜんといえばとうぜんだ。

「これでも、頭だけはいいから」

 さくらとしてはそう答えるしかない。こんな変なやつの立てた計画に乗れるかといわれると、返す言葉がないからしょうがない。

 そもそも美少年にこだわるつばめの気が知れない。さくらの好みはハードボイルドな男。『タフでなければ生きられない。優しくなければ生きる資格がない』を心情にしているような男だ。年下よりも年上がいい。中年だって構わない。見てくれだけがいい優男に振られた過去がトラウマになっているのかもしれない。

「じゃあ、中に入りましょう。ちゃんと見ておくのよ」

 つばめはそういうと、みんなを引き連れて中に入った。地下鉄の出入り口のすぐ側に銀行の入口があるのはすでにいった通りだ。

 そんなに大きな店舗ではない。中に入るとすぐATMコーナーがあり、右の方に待合スペースや受付カウンターがある。カウンターの奥には職員用の机があり、トイレは待合いスペースの一番奥にある。道路ぞいの壁は全面はめ殺しのガラス窓で、ブラインドが掛かっている。そしてそのガラスぞいに待ち合い用のソファが並べられてあった。

 入口のすぐ左脇に小さな窓があり、隣のたこ焼屋の壁が見える。窓の外には侵入防止のための格子があるが、ずさんにも一本折れたまま、放置されていた。もっとも人間が通り抜けられるほどの隙間はないが。

 入ってなにもしないと怪しまれるので、涼子が口座を作り、さくらたちがそのつき添いという設定だ。

 つばめはみっつあるソファのひとつに坐り、フンフンと鼻歌を歌いながら、おもむろにスケッチブックを取り出した。そして店の見取り図を描き出す。誰もそんなものを覗かないとはいえ、あまりにも大胆不敵。

 もっともさくらはつばめのやることに、もういちいち驚かない。人間の常識の外で生きている女だということが、きのうよくわかったからだ。

 さくらが気にしなければならない観察点は、警備員の位置と監視カメラの位置。

 警備員は初老のおじさんがひとり、入口付近にいるだけ。

 監視カメラは三台。入口付近でATMコーナーを睨むのがひとつ。職員のいるスペースの奥に二台。左右から受付カウンターや待ち合いスペースに向けられている。たぶん死角はほとんどない。

 ただつばめがいった通り、どのカメラも上の方から見下ろす感じに設置されているため、帽子を深く被れば顔は特定できないはず。せいぜい口元が見えるくらいだろう。

 あと、さくらが調べなければいけないのは、職員の配置。そしてどんな人かだ。とくに受けつけがどんな人なのかは気になっていた。

 受付カウンターにはふたり。いずれも青い制服を着た若い女性だ。

 ひとりはおっとりした良家の令嬢タイプ。さらさらのロングヘアをしている優しそうな美女で胸に掛かった名札には『三宅』と書かれている。

 もうひとりは、ちょっと冷たい感じの落ち着いた優等生タイプで、見るからに頭が良さそうだ。肩まで掛かった黒髪が似合うその女性は『大島』さんというらしい。

 当日どっちへ行けばいいだろう? さくらにとっては重要な問題だった。

 そんなことを考えているうちに、涼子が呼ばれた。三宅のところだ。

「どういったご用件でしょうか?」

 三宅は子供のように無邪気な笑顔で涼子に話しかける。

「口座を作りたいんだけど」

「はい、それでは身分を証明するものをお願いします」

 涼子は口座を作るだけなのに緊張している。それに対して三宅の対応はあくまでもソフト、というかちょっと舌足らずな感じすらする。

 当日狙うのはこの人かな? さくらはそう思った。

 隣の大島さんは理知的でしかも気が強そうだ。ひょっとしたら変装越しに素顔を見抜くかもしれない。だけど三宅さんにはその心配はなさそうだ。はっきりいってとろそうだし、そもそも人を疑うことを知らない感じに見える。

 ついでにカウンターの奥も観察してみる。

 まずは白髪頭の支店長らしき年配の男、名札には『斎藤』と書いてある。そして二枚目で女のように華奢な若い男『木更津』、お局様らしき三十くらいの神経質そうな女性『小笠原』。以上だ。

 涼子の手続きは終わったようだ。つばめのスケッチブックを覗くと、見取り図は完成していた。カメラの位置、職員の配置、どうやって計ったのか、大まかな寸法すら書き込んである。

「じゃあ、出ようか」

 スケッチブックをぱたんと閉めて、つばめはいった。

 銀行を一歩出ると、すぐ隣ではたこ焼屋の前で、やはり昼休みに抜け出して来たらしい近くのOLが立ち食いをしている

「さああ、そこの譲ちゃんたち、食べてきぃや。旨いでぇ。本場大阪の味やで。食べな損やでぇ。女性に大人気のスーパーデリシャスたこ焼やでぇ」

 顔見知りのたこ焼屋の茶パツ兄ちゃんが手招きする。

「食べる?」

 さくらの一言に全員が肯いた。


   *


 四人は近くの公園の芝生に円になって坐りながら、はふはふとたこ焼を頬張っている。端から見ると強盗の作戦会議ではなく、ピクニックだ。

「うめえ、これ」

 正彦が叫んだ。そう、あそこのたこ焼は外側かりっ、中はジューシーで熱々、じつにおいしい。さくらのお気に入りだ。

「はふはふ、食べながらでいいからちょっと聞いて」

 自分もたこ焼を頬張りながらいったのはつばめだ。さっきのスケッチブックをみんなの前で広げる。

「これがあたしの描いた見取り図。警備員はひとりでカメラは三台。こことここね、はふはふ」

 つばめの図面はかなり正確っぽい。

「あたしの見る限り、作戦変更の必要はなさそうだわ。はふはふ、なにか気づいたことある?」

「煙幕のことなんだけどさあ」

 意見を述べたのは正彦だ。

「はふはふ、あれくらい広いと、一個所だけじゃなくて、あらかじめ三個所くらいに設置しとかないと無理だと思うよ」

「それで?」

「だから姉ちゃんが銀行に入る前に、あらかじめ俺が仕掛けておく必要があるってことさ。はふはふ、あとはリモコンで同時に反応するようにしとけば問題ない」

「う~ん、さすがね、正彦くん。美少年のくせに頭の切れる悪の科学者って感じぃ。はふはふ」

「はあ?」

 聞き流せ正彦。こいつはまあ……病気なんだから。

「ところで、煙幕はどういう仕掛けで発生させるの?」

 つばめが正彦に聞いた。

「花火の煙幕を使うんだよ、カラースモークとか。それなら体にもそんなに悪くないだろ。あとは発火装置だけど、石油ストーブに火をつける電熱線みたいのを使えばいいさ。それならリモコンで操作できるよ。あとは火が点きやすいように導火線にガソリンでもしみこませておいた方がいいかも。花火と電熱線以外は俺の持ってるものを転用できるから、金だってほとんどかからないよ。大きさだって手帳くらいの大きさに収まるさ」

「さっすがぁ」

 つばめが目を輝かせる。

「あたしは当日たこ焼屋の前でたこ焼食いながら外を見張ってればいいのか?」

「そうね。涼子ちゃんの仕事はそれでいいわ」

 なんておいしい仕事なんだ。さくらは自分の仕事と比較してぼやいた。

「だけどそれだけじゃあ、警察の動きが完全にはわからないな」

 涼子がそういうと、正彦が口を挟む。

「じゃあ、警察無線盗聴する?」

「無理よ、正彦君、昔と違って今はデジタルだから。無線機があっても盗聴できないわ、はふはふ」

「どうってことないよ、はふはふ。いい? デジタル警察無線は四値PSKという位相変調を利用してるんだ。これを使えば情報量が大きくなるし、周波数の利用効率が上がる。おまけにスリーパターンの暗号コードを使ってるから、解読がめんどくさい。だけど受信機の他にパソコンと解読プログラム、それに自作のPSK回路を使えば受信できる、はふはふ」

 つばめの一言が正彦のメカフェチスイッチを押してしまったらしい。まったく理解不能なことを喋り出した。

「回路の見取り図や解読プログラムはインターネットで闇に流れてる。じつは全部持ってて何回も警察無線聞いたことあるよ。趣味なんだ、はふはふ」

「すごい、さすが悪の美少年科学者だわ。うっとり~っ」

 そういいながら、本当にうっとりしている。

「ところで正彦あんた、煙幕発生装置みっつも簡単に作れるの? 時間がないんだよ」

 さくらの質問に正彦は自信満々だ。

「どうってことないさ、花火買ってきて、リモコンでニクロム線に電気を送れるようにするだけだよ。二日もあれば楽勝」

 きのうの反応とはえらい違いだ。たしか三日じゃ無理とかいってなかったか? 

 さんざん渋っていたくせに、いざ犯罪に加担するとなると、生き生きしてきた。つばめの同類としか思えない。それとも奈緒子ちゃんに気に入られようと張り切っているのか?

 さくらは内心呆れた。

 だけどなあ、悪の科学者じゃ捕らわれの美少女に愛されないぞ。どっちかっていうと、悪の科学者の役は美少女を拷問する方だろうが。

「ところでさくらは早変わりの練習やった?」

 つばめが聞いてくる。制服の上に着たオーバーオールジーンズをすばやく脱ぎ去る特訓のことだ。

「やったよ。でもけっこう時間食うんだよね。十五秒ってとこかな」

「遅い。最低でも十秒切らないと。怠けてて、当日困るのはあんたなんだからね」

 くううう~。おまえは運動部のキャプテンか? この仕切りたがり屋がぁぁぁ!

「まあ、とにかく一度通しで練習する必要があるわ。どこでやろうか?」

 外でやるには目立ちすぎるし、室内でやるにはせますぎる。

 しかしつばめはこの難問をこともなげに解決(?)した。

「場所はあたしたちの学校。早朝練習すれば問題ないでしょ? 演劇部の部室がいいんじゃない? 適当に広いし。決まりね」

 たしかに朝は誰もいないし、それなりに広い部室もある。

 だけど、勝手に決めるなぁぁぁ!

「日にちは三日後、朝六時から。それまで正彦君は装置を作って、作動するか確認しておいて。さくらは早変わりの特訓をやっとくこと。じゃ、解散」

 つばめはそういうと、すっくと立ち上がり歩き出した。

「どこいくの。学校戻るの?」

「まさか、たこ焼もっと食べるの」

 振り返りもせずにそういった。



   6



「眠~い」

 つばめがあくびをかみ殺した。

 早朝六時、学校の演劇部室。ついに演習をやることになった。もちろん、全員集合だ。

 まず全員で大道具を片づけてスペースを作ると、つばめが偉そうにいってきた。

「さくら、あんた特訓してきたの?」

「もちろん。あたしだってやるときはちゃんとやるんだから」

「じゃあ、準備して。最初は煙幕なしでやるわ。涼子ちゃんは受付の役。正彦くんは時計係ね」

 さくらは制服の上からトレーナーに袖を通し、ジーンズを履く。

 涼子は机をカウンターに見立てて、その向こうに坐った。

「じゃあ、はじめて」

 その合図でさくらは受付嬢に扮した涼子に近づいた。そしてスポーツバッグを床に置き、紙袋を涼子の前に置くと、持っていたスケッチブックを開く。


『このバッグには爆弾が入ってます。リモコンで遠隔操作されます。この紙袋に三千万入れてください。そうしないと爆発します』


 結局そういう文面になった。つばめがワープロで打った文を貼りつけてある。

 涼子は新聞紙で作った札束を紙袋に入れる。

「そこでリモコン作動。正彦くんタイム計って」

 つばめの号令が飛ぶ。ここからがさくらの特訓の成果の見せ所だった。札束の入った紙袋をつばめに渡すと、オーバーオールの肩を緩め、そのまま垂直に飛び上がった。ゆるゆるのジーンズはそれですっぽりと脱げ去り、空中でトレーナーを脱ぎ飛ばす。帽子と眼鏡も吹き飛んで、着地するころにはすっかり普段のさくらの姿だ。

「五秒」

 やった。すごい。まるで戦隊もののヒロインの変身なみの短さだ。

 さくらは自画自賛した。

「まあまあってとこね」

 つばめはそういいながら、まだ脱いだ服をバッグにしまい終わっていない。

「だああああ、遅い、つばめ」

「だって、さくらがあっちこちに脱ぎ散らかすからよ」

「あたし悪くないもん。つばめがとろいだけだもん」

「だあああ、喧嘩やめ」

 正彦が間に入り込んで来た。

「そうね。それじゃあこうしましょう。さくらは帽子と眼鏡をあたしに渡すこと。それで二、三秒タイムが遅くなってもいいわ。そしてあたしが服をしまってる間、さくらは札束の入った紙袋をあたしが用意した学生鞄の中に入れる。いい?」

 つばめは少し下唇を突き出させながら妥協案をいう。

「わ、わかったよ」

 さくらとしてはつばめがそういうなら我慢するしかなかった。

 そしてその提案に従うと、すべての作業がジャスト十秒で終わった。

「よし、成功だわ。じゃあ、煙幕つきでやるわよ」

 こうなるとつばめもさくらも乗ってくる。

「正彦くん、用意して」

 問題は煙幕で視界がさえぎられた中で、同じことができるかだ。

「さくら、はじめて」

 スケッチブックを見せて、金を受け取るまでは同じだ。なんの問題もなく進む。

 そして札束の入った紙袋を受け取ると、つばめによってリモコンの装置が入れられる。二秒ほど遅れて、正彦の仕込んだ装置から煙が吹き出した。

 赤、黒、白とミックスされた煙がたちまち部屋中に充満する。多少けむいが咳き込むほどでもない。

 すげえ、なんにも知らなければ間違いなくパニックになる。

 そう思いながらもさくらは変装を解いた。そして学生鞄に紙袋ごと、札束を入れる。

「OK」

 完璧だった。

 窓を開け、煙を追い出すと、しまい忘れた衣類もない。札束はさくらの持っている学生鞄に、変装道具はつばめの持っているスポーツバッグにすべて収まっている。

「涼子ちゃん、あたしたちの作業が見えた?」

「いや、煙でなにもわからなかった」

「つまり完璧よ、か・ん・ぺ・き。んふっ」

 つばめがはしゃぎまわる。というか、踊っているように見える。見間違いであってほしい。

「ああ、計画通り! あたしってやっぱり天才よね」

 もう成功したかのような騒ぎだ。

「ね、さくらだったやればできるのよ。やれば」

 浮かれまくっている。はっきりいってむかつく。

 この女いったい何様のつもりだぁ。

 そうは思っても、さくらもなんかいけそうな気がしてきた。この変人の立てた計画に一抹の不安を抱いていたが、いざやってみると失敗する要因がとりあえず思い浮かばない。昔から天才とは変人というのが世界の常識なのだ。

「いいんじゃない?」

「うん」

 涼子と正彦も同じ考えのようだ。

「いけるわ。これ以外にすることといえば、煙に紛れて地下鉄に乗るだけだもの。あとは決行するだけよ。三日後にね」

 つばめは小鼻をふくらませつつ、ふんぞり返った。

 みんなテンションが上がっている。こんなに盛り上がったのはいつ以来だろう?

 こうして偶然出来上がった悪の犯罪チーム、女子高生三人プラスワン。

 銀行強盗の決行は三日後、期末試験の日だ。

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