第1話 忍者なんてごめんだ

 もしも100人の外国人にこのような質問をしたとする。

 ――日本の文化といえば?

 100人の外国人の大半は、おそらくこう答えるだろう。スシにサシミ、テンプラ、フジヤマ……そして忍者。

 漫画の影響なのか、時代劇のせいなのかは知らないが、そんな歪んだ日本のイメージには、断固として抗議の意思を示したい。もう忍者なんていうのはとっくの昔からいないんだ。いくら呼んでも帰ってはこないんだ。君も人生と向き合う時なんだ、と。

 高校生・望月昴は、そんなことを考えながら目の前で行われる〈忍術〉の朝稽古をじっとりとした眼差しで見つめていた。

「そこ! もっと手首のスナップを利かせろ!」

 望月流忍者の上忍・巌丸こと、昴の父・望月巌が弟子に激を飛ばしている。どうやら手裏剣の投げ方が甘かったらしい。

 東京都は月島にある望月流忍者道場。とっくの昔にいなくなったはずの忍者が、なぜか昴の実家にはごく普通にいる。そして……

「おい、師範代! こっちに来て、お前が手本を見せてやれ!」

 望月流忍者の中忍にして、道場の師範代。それが幼いころから忍術を無理やり学ばされた昴についた肩書。

「どうした? 手裏剣の扱いはお前の十八番だろう」

「あぁ、もう、わかったよ」

父に手招きされ、昴は仕方なく懐の手裏剣を手に弟子たちの前へ出た。

 手裏剣、といっても種類は色々ある。漫画などでよく見る十字に刃がついた車剣を始め、棒状の棒手裏剣やクナイ型の手裏剣など、用途によって様々だ。ちなみに彼はクナイ型を愛用している。

 昴は一礼して的の前へ立ち、手裏剣を構えた。

「破ッ!」

気合とともに掌から打ち出された手裏剣は、目にもとまらぬ速さで的に突き刺さった。

「これでいいのか?」

「うむ、さすがだ!」

 やる気が見えない昴のテンションに対して、親父は感慨深くうんうんと頷く。同時に「おぉ!」というざわめきとともに、弟子たちがを一斉に昴を見つめた。正直やめてほしい、と昴は思う。なぜなら少しだけ嬉しくなってしまうからだ。

「さすが十六代目! これで道場も安泰ですね」

 弟子の無邪気な言葉を聞いて、昴は心のなかで「勘弁してくれ」とつぶやいた。

正直、忍者など潰しが利かないにもほどがある。仮に忍者をやめて再就職しようとしても「元の職業は忍者とありますが……」と面接で聞かれたところで、いったい全体どうすればいいのか、わかったものではない。

つまり、それが意味するものは道場がつぶれるイコールのたれ死に。現代社会において、忍者という職業は昴にとって、あまりにもリスキーすぎた。

 そんな考えが昴の頭のなかを先ほど投擲した手裏剣のごときスピードで駆け巡り、1つの答えにたどり着く。

普通に就職しよう、忍者なんかにはならずに。というわけで、望月流の忍者は親父の代で途絶えます。ソーリィダディ、と。

 しかし、昴はまだ理解していなかった。忍者の流派が途絶えたところで、日本の平和に影響はない……などという考えが、彼の好物である虎屋のようかんよりも甘い考えだったということを。

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