-IMPORT/EXPORT- 次元跳躍

中世/オルレアン郊外/ヴィンセント


 最後のフレアデリスがホラン機の握るモーニングスターの打撃を胸部に受け、土埃を立てながら大きく吹き飛ばされた。


勝敗が決したことを確認したヴィンセントはバイザーを開き、操縦席に括り付けてある縄梯子を下ろすと、勢い良く外へと飛び降りた。そして着地した場所――倒れ込んだフレアデリスの頭部――に、手持ちの長剣を突きつけると、バイザーの隙間から中へと差し込んだ。


「聞こえるか、フレアデリスの魔導兵」


暫くの静寂の後、彼の問いかけに呼応し、中から呻きが漏れた。


「バイザーを開けろ。さもなくば、このまま頭部を圧し潰す」


戦争機械の頭部にはバイザーが取り付けられており、魔導兵の乗降時や視界を確保したい時に開閉させる仕組みとなっている。


当然のことながらバイザーを開いている状態の時、魔導兵は外界に生身の上半身を曝け出す状態になる。しかし、戦争機械によって仕様が異なるものの、開閉させるという動作を行う以上、バイザーの強度はある一定以上にはならない。歩兵の放つ弓矢は弾くものの、戦争機械の放つ巨大な矢や近接兵器による打撃に対しての防御効果は全く期待出来ない。


だから、戦争機械同士の戦闘においては、必然的に頭部が狙われる。それは決着が付いた後の交渉事に関しても同じだった。


「――!」


またしても中から呻き声が聞こえ、続けてバイザーが軋む様な音を立て、上へと持ち上がり始めた。


ヴィンセントは素早く長剣を引き抜くと、それをバイザーの下、操縦席がある部分へと突き立てる。


頭部を飾るバイザーが全て持ち上がり、空洞となった内部と、そこに血を流しながら体を震わせる一人の若い兵士の姿を確認した――その姿を見たヴィンセントは思わず口元をほころばせた。


群青色のマントを羽織っており、丁寧に紋章を縫い付けられた衣服に身を包むその男は、紛れも無く高貴な身分の人間だ。負けた事による悔しさからだろうか、顔には血管が浮き出ており、今にもヴィンセントに掴み掛かりそうな形相で此方を睨みつけている。


この男をイングランドに売り渡せば、一体幾らになるだろうか。両国の貴族に詳しいマクダネルに相談すれば大体の価値は分かるだろうが――国王への上納金に喘いでいるような田舎貴族でない限り、支払いは多額のものとなるに違いない。


「あなたの負けだ、司令官」頭の中の金勘定を取っ払ったヴィンセントは静かにそう切り出すと、彼に向かって一礼した。「私は『夜明けの鹿』隊の隊長、ヴィンセントと申します。イングランド王国の法に則り、貴殿を拘束致します」


「くそっ」若い貴族は瞼を閉じて悪態を吐くと、改めてヴィンセントに突き刺すような視線を送る。「私はヴィクトル・ラ・メルケルス。偉大なるメルケルス家の長男にして、次期当主である――悔しいが、私の負けだ」


「ヴィクトル公。見事なご武勇でした」ヴィンセントは一礼した。「丘で戦っている部下に戦闘停止をお命じ頂きたい。勝敗が決した今、このままでは双方無駄死にする連中が増えますからな――応じて頂けますね?」


「――分かった」丁寧な応対に、多少心を良くしたようだ。短く頷いたヴィクトルは暫くの沈黙の後、ようやく警戒を解くと、差し出された腕を掴んだ。


「すまない、ヴィンセント公。貴殿との戦で、どうやら身体を痛めてしまったようだ」


ヴィンセントはヴィクトルを戦争機械の頭部から引き出し、武器を持っていないことを確認すると、肩を貸した。間もなく馬に乗った伝令役がどこからともなく走り寄ってきて、倒れたフレアデリスへと寄り添った。


「こちらに乗って下さい、ヴィクトル公」ヴィンセントは伝令に彼を引き渡す。


「丁重な扱い、痛み入る。ヴィンセント公。今回は私の負けだが、次回はそうはいかんぞ。また、戦場で相見えたいものだ」


馬に乗ったのを確認したヴィンセントは頷くと、「恐れながら、ヴィクトル公」と切り出した。「先程から貴公は私のことをヴィンセント公とお呼びだが――私は貴族では御座いません」


彼の言葉を受け、ヴィクトル公の顔は恐ろしい程に豹変した――憤怒や悔しさといった様相が消え去り、そこには戦時捕虜として――貴族待遇での扱いを受けていることに対する感謝の念さえ現れようとしていたが、それも一瞬のうちに崩れ落ちた。


「ちっ、傭兵風情だったか」全てを悟ったヴィクトル公のヴィンセントに対する視線は、もはや汚物を見る目つきと何ら変わらない物になっていた。「早くイングランド王国に私を引き渡すのだな。お前達と同じ空気を吸うなんてまっぴらご免だ」


そう吐き捨てると、ヴィクトルは馬に乗り、ホランに先導される形で走り去っていった。


(名誉、か)


騎士、貴族とのこの様なやり取りも何度目だろうか――彼らは異様に傭兵を毛嫌いするのだ。封建制を掲げた彼らからは、どうしても羽振りの良さで味方ともなれば敵にもなり、場合に寄っては裏切りさえもする傭兵という職種は卑屈な存在として見えているのだろう。


「……メル、あれは何だ?」


伝令の馬とホランのドライグが両陣の中へと入ってゆき、停戦を呼びかけている――その光景を眺めていたヴィンセントだったが、ふと、空を流れる一筋の光が彼の目に止まった。


望遠鏡を使い、周囲を監視していたメルが視線を上に向けた。そしてようやく異変に気付いたのか、「あ」と呟いた。


「フランスの大学とやらで色々学んでいたお前のことだ、何か心当たりは?」


「火球ね」メルが即答した。


「火球?」


「そう。上空で、熱くなった空気が所々燃えたりする現象。昔から火球が現れると、不吉な事が起こると言われてきたわ」


「へえ。それは困ったな。ところで、その火球が地上に落ちてくることってあるのか?」


「聖書にはそういう記述があるけれど、実際に落ちてくるかどうかは――」


メルが続く言葉を飲み込んだ。二人が話している間に、件の火球はさらに輝きを増し、夕焼け空の一端を白く染め上げていたのだ。


間もなく空全体が白い絵の具で塗りつぶされたかのように不気味に色を変え、草原を漂う空気が次第に震えはじめた。


「……あれ、落ちてくるんじゃないか」ヴィンセントが呟いた。数秒前よりも何十倍もの大きさに膨れ上がった巨大な火球が、彼らの視界の大部分を占領していたのだ。


そして、火球の中心に一瞬、信じられないものが見えた。


(あれは、戦争機械……?)


距離と光の加減から詳細な所までは見えないが、人を模した白銀の巨大な上半身はまさに戦争機械のそれだ。


だが、その下半身を目にした時、ヴィンセントの目はさらに見開かれ、驚嘆に支配される事となった。


全身に火を纏いながら頭上を横切った戦争機械の脚は、二本ではなく四本もあったのだ。それらが伸びきった状態で、まるで獲物に飛びかかる蜘蛛の様な姿勢を取りながら、そう遠くない森の中へと消えてゆく。


「ヴィンセント、あれ、戦争機械の――」


「ああ。間違いない。しかも落ちたのはこの近くみたいだ」


不安そうな表情を浮かべるメルを尻目に、ヴィンセントは口元を歪ませた。


「……俺は、あの戦争機械が欲しい」


白銀の装甲が炎を纏う様子が、ヴィンセントの目にいつまでも焼き付いていた。

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