-VIRUS- 侵略行為 13

「――いつの間に」


「おかしいと思っていたの。セラフは四脚、機動性はそこまで高くないのに、ここまで互角に戦えることが」


「どういうことだ?」


「ええと、つまり――相手は本気じゃなかったの。セラフに合わせてギリギリの戦いを演出していた」


「演出? そんな、何の為に?」


「分からないわよ、そんなの。一つ言えるのは、この体勢からの逆転は不可能だということ。ただ、あたし達の目標は、勝つことではない」


ほむらの言わんとしていることは分かっていた。残り一〇〇秒を切ったホログラム・ディスプレイの表示を傍目に、継士は操縦桿を握る手の力を緩める。


「通信が入っている」


ほむらはそう言うと、継士の脇に並ぶホログラムのうち、一つを指し示した。『無線通信有り』の文字の下に、見慣れない記号が羅列されている。


「誰からだ?」


「目の前のブラックハウンド」


メインホログラム・ディスプレイの映像に、頭部の形状が他と違う一機のブラックハウンドが映し出されていた。人間の乗る有人の指揮官機だと、継士は理解した。


「あいつを今撃てば、残りの機体は止まるのか?」


「この距離でも、あいつは躱すか防ぐかをすると思うわ。戦いながらブラックハウンド五機のデータを集めていたけれども、一機だけキレが段違いに良い奴が居て、それが目の前のあいつ」


ほむらの言葉はつまり、反撃はあまり意味をなさないばかりか、この体勢をさらに悪化させることを示唆していた。


「とりあえず、どうするの? 出る?」


死刑宣告のみを伝える為の会話で無い限り、一分程度の時間を作ることは難しくない筈だ――継士はそう考えると、頷いた。


「出よう。時間を稼がないと」


「そうね。あたしも賛成」ほむらはそう言うと、「話すのはあたしね」と付け加えた。「セラフは元々無人機みたいなの。だから、恐らくブラックハウンドのパイロットはあんたが搭乗していることは知らないわ。大事を取って、存在は伏せておく」


「分かった。頼む」


ほむらの掌がホログラムに翳されると、雑音が流れたうち、「やあ」と、低い男の声が聞こえた。


「聞こえるか、セラフのパイロット。私は過去世界保全機構かこせかいほぜんきこう所属、ファントムフェイス第一小隊のキリー。速やかに武装解除し、降伏を認めろ」


男の声からは敵対の意思と、僅かながら殺意が感じられた。


「こちらセラフの疑似思考AI、ほむら」彼女はマイクに語りかけた。「武装解除了解。こちらの降伏を認める。全ての機能を停止し、指揮・操縦権限を第三者に譲渡――一〇〇秒後に、あんたに権限譲渡の非公開鍵を送信するわ」


「了解した」キリーと名乗ったパイロットはそう告げると、「しかし、えらく人間臭いAIだな。噂に聞く次世代の統合管理型AIだけある」と言った。


「あら、褒めてくれるの?」


「だからこそ、私は疑問なのだ」ほむらの高圧的な口調に臆する事もなく、キリーは答えた。「それ程のAIが、どうして我が軍を謀反し、敵対し――そして、この状況で降伏しようとしているのか」


「……」


ほむらは黙ったまま、何も答えようとはしない。だが、彼女の旗色が悪いことを、継士は横顔を見て察した。


「ブラックハウンド一機とセラフの戦力交換比は一対九。つまり、誤差を含めればお前は私に勝てるかも知れない。なのに、こうもあっさりと降伏を認めようとしている原因は、お前の力不足ではない。お前の力に付いて来られない、生身の人間を引き連れているから――違うか?」


相変わらず、ほむらは何も答えない。腕組みをしたまま、仏頂面を正面のディスプレイに向けている。


「この時代にはまだ強化内骨格の技術がない。中に乗る人間は、相当な負担を強いられる筈だ。そして、先程のロウクスとの戦闘、あれを見て私は確信した」


ほむらがディスプレイに目を向けながら右手を背後に回すと、第二種次元跳躍だいにしゅじげんちょうやくスクリプトへの残り時間が表示されたホログラムを親指で指し示した――数字は残り五〇。


「君は無駄のない、最小限の動きで奴らを撃破した。機体の性能にもっと頼れば、戦闘時間を三二〇秒、縮める事が出来たのではないかという算出結果も出ている。その仮定に基づき、試しにブラックハウンドのAIに生身の人間が操縦した場合のパターンを適用してみた――結果はビンゴだ。君達は、私の忠犬達とほぼ互角の戦いを演じてくれた」


「……へえ。だけど仮にそうだったとして、それがあんた達にとって何の利益となるのかしら?」


「つまり」キリーはそこで一度言葉を切る。「XXX-01は人間とAIによる半自動操縦を可能としている。勿論その場合、指揮権を握るのは人間だ。だから、君と一緒に居る人間と交渉すれば、ひょっとしたら――この場を丸く収めることが出来るのではないかと、私は思っている」


この場を丸く収めるという表現に、継士は嫌な響きを感じ取った。


「東京占領後、アドバイザーはセラフのパイロットを必ず特定し、捕獲するだろう。今この場で私を倒すか、あるいは逃げ果せたとしても、結局は、だ。恐らくその場合、我々の時代か、この時代の人間か――に関わり無く、パイロットと個人的な関係を持つ人間は根こそぎ調べ上げられるだろうな」


継士は唾を飲んだ。自分と関わりのある人間――両親は勿論、大学の同級生、理恵。そして――そら


 継士が不安な表情を浮かべていたのをほむらが察したのだろう、ホログラム・ディスプレイの一つが彼の前に移動すると、『挑発に乗っちゃ駄目。黙って』と文字が表示される。


「まぁ、いい。どうせ今ここでお前らを鹵獲して調べれば済む話だ。そして、MOAMの情報を残らず吐いてもらおう」


「MOAM?」聞き慣れない単語に疑問符を浮かべたのはほむらも同じだったようだ。「何のことかしら。あたしはこの時代で構築されたから知る訳がないわ」 


「ふむ、どうだか。お前が知らなくても、お前の飼い主は知っているかも知れないなあ?」


キリーの言葉も気になったが、ホログラムに表示された数字が、遂に二桁から一桁へと変わった。加えて、カウントの度に電子音が鳴り、継士に心の準備を促す。九、八、七――。


「何の音だ」キリーが訊ねた。「無駄な抵抗は止めた方が良い。アドバイザーはMOAMの流出にひどく機嫌を損ねているのだ。おとなしく捕まって洗いざらい話したほうが、心象も良い――」


三、二、一――〇。


突如として黄金の光が、セラフを中心として発せられた。


光は黄金色から間もなく虹色に変わり、最終的には黒色――光とは言えない、何かおぞましい怨念が渦巻くかのような、あるいは邪悪な存在が末端部分の触手を揺らすかのような――それが周囲の瓦礫、建造物、取り囲む四機のブラックハウンド、全てを吹っ飛ばした。


「ほむら、これは――」


「第二種次元跳躍スクリプトが正常に起動したわ。どう……ら、わ……の動力のい……ぶも、つ……みた……」


ほむらの姿が突然乱れ始め、やがて彼女の輪郭が角張り、曖昧になってゆく。


「……し……ふっ……う……まで、待って……。むや……に、外……出な……」


ほむらの姿が完全な黒色の長方形に変わると、硝子が割れるかのように瓦解し、その場から消えた。


「ほむら――」


メインホログラム・ディスプレイに映し出されたものを継士は凝視した。機体から発せられた黒い光がセラフの正面の空間へと伸び、巨大な渦巻きを形成していたのだ。


「う、ぐ……」


機体が大きく揺れた。と、継士は急速に、身体から力が抜けていくのを感じた。両足、手、胴体、そして頭部。やがて感覚すら無くなり、彼の意識は深い闇の底へと落ちていった。

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