-VIRUS- 侵略行為 12

現代/渋谷駅付近/継士


「敵弾!」


ほむらが叫び、操縦席が揺れた。ホログラムの一つに空に浮かぶ黒点が映ったかと思うと、瞬時に拡大され、円錐状のミサイルの全容を映し出す。


 それらが道路に着弾し、火柱を上げた。今までセラフが立っていた場所だ。跳躍し、直撃を躱したセラフにエネルギー・ブレードを構えたロウクスが接近する。


 ホログラム・ディスプレイの一つ、2Dマップに表示された敵影は合計一〇。その全てがセラフに向けて距離を縮めつつある。


 青山通りを走り抜け、同じように背後から迫る敵機を一機、また一機とほむらがガウスライフルで仕留める。音速以上の初速を誇るタングステン弾頭は発射と同時に敵機に命中し、ロックオンする度にメインホログラム・ディスプレイに表示される緑色の軌跡が赤色の爆風と相まって、コンクリートの上に咲き誇るツツジの花の様な印象を継士けいじに抱かせた。


「次のポイントを、左!」


ほむらの指示通り、2Dマップ上に表示されたポイントに到達した継士はセラフを左折させる。


 セラフの上半身は戦車の砲塔のように、三六〇度全周の回転を可能としていた。進行方向とは真逆の方向に向いたセラフの上半身がガウスライフルを構え、射出――ビルの屋上からセラフを狙い撃とうとしたロウクスに着弾、瞬時に装甲を破壊し、骸へと変える。


「キャッシュデータによると、PWCSのATSは一分隊五、あるいは六機構成。そのうち人間が搭乗する機体が一から二。残りは全てAI」


「AI? ほむらみたいな?」


「あんなのと一緒にしないでくれる?」と、ほむらが口を尖らせて言った。「あいつらはただのプログラム。予めインプットされたスクリプトに従ってのみ動くガラクタよ。そのガラクタに命令を出す為の調整役として、人間の兵士も搭乗しているんでしょうね」


「……AIと人間、どちらが操作しているのか、ほむらには分かるのか?」


「まぁね」ほむらはそう返すと、「前」と呟く。2Dマップに表示された通り、進行方向から一機のロウクスが七四口径マシンガンを乱射し、セラフの足を止めようとする。


 アラートに従い、継士は機体を右に跳躍させると銃撃を回避させ、脇道へと入り込む。


「ジャンプしてポイントに着地して!」


「了解」


 セラフを再度跳躍させた継士の瞳に、煙と火災を多分に孕む渋谷から表参道へ続く街並の惨状が映ったが、それについての感想を考えている余裕はなかった。


 二階建てのビルの屋上に着地したセラフがガウスライフルを数発、地表に向けて叩き込む。盾を構えたロウクスだったが初段で盾が粉々に砕け散り、残り二発の銃撃で機体は完全に機能を停止した。


 安堵したのも束の間、低いローター音と、獣の唸り声の様な不気味な音をセラフが拾い上げる。直後、PWCSの空戦兵器がビルの隙間から勢い良く姿を現した。


「機体照合完了。AT03ガンシップ」


 ホログラム・ディスプレイに詳細なデータが表示された。機体は上半身、下半身に分かれ、下半身は樽の様に膨らみ、末端にミニガンが備え付けられている。


 上半身は二〇一二年時点での戦闘ヘリコプターに類似しているが、その両脇からは腕の様に屈折して伸びたミサイル・ラックが半分迫り出した弾頭をセラフに向けていた。


「こいつ、レーダーに表示されないわ! 移動よ、移動!」


ほむらの一声を受け、継士は止まりかけたセラフを再び走行させた。


 セラフはビルの屋上を蝗虫のように跳躍しては駆け回り、その背後からガンシップがミニガンを撃ちながら変則的な軌道で追いかけてくる。


 一段と甲高いアラートが鳴り、それがミサイルの接近警報だと理解した継士の額に嫌な汗が沸いた。


「ヘバってないで、操縦に専念して!」


「あ、ああ!」


セラフの後頭部から首筋に掛けての部分から大量の弾幕が吐き出されると、それらが発射されたミサイルの殆どを叩き落とした。


 しかし、そのうちの一発はセラフの至近距離で弾幕を受けて爆発した為、直後、爆風と大量の破片がセラフに襲いかかった。


「く、くそっ――!」


爆風により、セラフの足が浮いた。身体に巻き付いた拘束具が肉体への衝撃を緩和するものの、数十トンはあるかと思われる機体を浮かせる程の爆風とメイン・ディスプレイを覆い尽くす程の破片から、継士は機体の爆散、つまり死を覚悟した。


「損傷はほぼゼロだから、そのまま突っ切って!」


ほぼゼロ? 自動制御により機体が地表に着地し、慣性を維持し加速したセラフを走らせながら、継士は耳を疑った。


 しかし、考えている暇はない。よろめきながらも走行を続けるセラフを細道に入り込ませると、ほむらが示した地点で立ち止まらせた。


 直後、頭上をガンシップが通過した。通過したそれは信じられない軌道で転回すると、セラフへと向き直り銃口の狙いを定めようとしていた。しかしその頃にはセラフの構えたガウスライフルから弾頭が飛び出しており、射線に入り込んだガンシップの胴体部分を穿つと、大穴を開けた。


 燃える金属片となり地に落ちるガンシップを見つめた後、継士はホログラム・ディスプレイに表示されている残り時間に目を向ける。


「残り、二五〇秒。あと四分、あたしとあんたで凌げば一先ずはセーフよ」


継士の視線に気付いたのだろう、ほむらがそう言った時だった。


 突然アラートが鳴った。ホログラムに『敵弾接近』の文字、そして拡大されたミサイルが映る。


 直感的に、継士は手足を動かした。動かしたというよりはばたつかせたという表現の方が正しいのだろうが――セラフは継士の操作を反映し、付近のビルの影へと逃げ込んだ。直後、ミサイルが地表に着弾し、吹き飛ばされたアスファルトの破片と煙が視界を灰色に塗りつぶす。


「ちっ、発射地点に機影なし――ガンシップと同じ、ステルス型ね。出来るだけ遠ざかって!」


「分かった!」


言われた通り、セラフを通りに出すと、思い切り疾走させた。その背後からミサイルが雨霰のように飛び交い、アスファルトを爆散させ、地面を揺らす。


 一瞬、背後の煙の中に黒光りする機体が姿を晒した。先程から相手にしていたロウクスよりも幾分細身で、身軽そうな印象を受ける。


「敵機照合完了」ほむらが呟いた。「コードネームはブラックハウンド。特務仕様のATSよ。一名が指揮仕様の機体に乗り、他の四機は全てAIとパイロットによる半自律制御。武装はロウクスとほぼ同じだけど、この辺りはデータの開示率が悪くて照合が難しいわ」


「どのくらいの強さか分からないのか」


「ええ」


煙の中から二機のブラックハウンドが現れ、銃弾を放つ。それらを全て回避しながらセラフはビルの影へと逃げ込み、脇道を疾走する。


 継士は今や全ての操縦をほむらに任せていた――いや、彼女がそう判断し、無言のうちに配置を切り替えていた。


 ブラックハウンドの射撃は先程まで相手にしていたロウクスとは比べ物にならない位正確だ――各機がわざと射撃間隔をずらし、セラフの進路を先読みしているのだろう、コンマ数秒先の未来地点に向けて弾を放っている。しかしそれでもセラフに一発たりとも被弾しないのはほむらが操縦系を制御し、人間を遥かに超えた反応速度をはじき出しているからに他ならない。


「継士。あたしがマル印をディスプレイに表示させたら、すぐにそこを撃って」


「え? あ、ああ」


跳躍、疾走、停止、跳躍――複雑な軌道を描きながらセラフは渋谷の街を駆ける。固定された継士の身体のあちこちを衝撃が襲い、痛みに歯を食いしばりながらも手にしたトリガーを握り、射撃――。


 赤い円に向けて放たれたガウスライフルが一機のブラックハウンドの脚部に命中し、内部構造を根こそぎ破壊した。


地表を転がりながらもセラフに向けて銃を撃つ同機を尻目に、高層ビル上部から飛び降りてきた別のブラックハウンドの射撃を続けざまに躱すと、セラフは高架下へと潜り込む。しかしそれを予期していたかのように反対方向からミサイルの群れが迫ると、高架を爆煙に包み込んだ。


「あっ――」


炎に包まれ、セラフが吹き飛ばされる。追い打ちをかけるかのように二機のブラックハウンドがアサルトライフルを連射し、何十発もの銃弾がセラフの装甲へと叩き付けられた。


「平気か?」


幾つかのホログラム・ディスプレイが黄色く点滅し、警告文を表示している。心配になった継士はほむらに訊ねた。


「大丈夫。表面装甲がちょっと抉れただけ」


ほむらが言い終わらないうちにセラフを跳躍させ、突然の衝撃に継士は舌を噛みそうになる。苦渋に顔を歪めながらもメイン・ディスプレイを睨みつけ、ガウスライフルの照準を合わせ、トリガーを引く――弾は地表を抉り、ブラックハウンドの行く手を遮った。


 宙を跳んだセラフは、普段利用している渋谷の駅前広場に着地した。


 待ち合わせによく利用される犬の銅像、途方も無い人の群れが行き交う交差点、それらを見下ろす商業施設のデジタルサイネージ――それらは全て破壊され、影も形も残っていない。


 ようやく街の被害について考える機会を与えられ、継士の中に燻っていた一握りの憎悪が弾けそうになった。しかし、すぐにそれとは別の異変に気付いたことで、憎悪は再び心の隅へと引っ込んだ。


「ほむら……?」


着地したセラフは一歩も動くことなく、その場に直立していた。


「ごめん、あたしとしたことが」


どうして逃げないんだ、と訊ねようとした継士の言葉をほむらが遮った。


「囲まれたわ」


砲撃の音は止んでいる。いつの間にか、セラフを中心に正方形を描くように黒色のATS、ブラックハウンドが四機、銃口を向けていた。

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