-VIRUS- 侵略行為 11

 進路指導室の扉を閉めた理恵は、小さく溜め息を吐いた。


 三人を殺した理由は二つあった。彼らが理恵の正体を知ってしまった為と、任務の遂行を邪魔されないようにする為だった。尤も、前者は理恵自身が正体を彼らに漏らしたことにより、生じたものではあるが。


 半ば気分で殺したとも言い切れなかったが、理恵の中には罪悪感はまるでなく、むしろ彼らは天国で自分に感謝して欲しいとすら思っていた――この地獄を彼らが生き延びられる筈がなく、苦しんで死んでいたであろう運命を一瞬で断ち切ってあげたのだから。


 廊下の奥を見渡すと、敵兵と男子学生の死体、合計二体がうつ伏せに倒れていた――どちらも理恵が手に掛けた死体だ。一瞥した理恵は安堵し、胸を撫で下ろす。


 居合わせた時には、丁度敵兵が廊下を走る男子学生に銃を向けていた。幸いにも敵兵は理恵に背を向けていたので、背後から近付き、首の骨を折った。


 一緒に行動するとなると面倒だ――その後、先程と同じ様な理恵の判断が、助けられたと勘違いして立ち止まった男子生徒の命をいとも簡単に、紙切れ同然に吹き飛ばした。


 本部との通信は途絶えたままだ。事前に燠継士おきけいじが受けていた講義の教室の位置から、生きているとすれば地下に逃げ込んでいる可能性が高い、と本部には上申しておいたが、それに対する返事や司令は一切送られてきていない。


 理恵は携帯を開くと、地図のアプリケーションを開いた。


 通常の地図のアプリとは違い、理恵の使用するそれは詳細な地図データが全て携帯の内蔵メモリに保存されており、GPSを使えないという致命的な欠点はあるものの、万が一電波が通じなくなった場合でも周囲の地理を強引に調べることができる。


 しかし理恵の予想と反し、大学の近くには大小含め、幾つもの公園が散在していた。そして近くとは言え、実際に徒歩で行くとなると、どの場所も一〇分以上は掛かりそうな場所にある。


「困ったな……」


理恵は呟きと共に、継士の顔を思い浮かべる。


恐らく彼、燠継士という青年は風街理恵かざまりえという人間に好意を寄せられている――そう錯覚しているだろう。


 とんでもない、と理恵は鼻で笑った。捜査対象が寡黙で奥手な印象から、あえて相手の興味を引きやすく、情報を得やすい形で接しているまでだ。普通に暮らしていれば彼の様な人物に出会うこともないだろうし、また興味を抱くとも考えにくい。


しかし、あの仏頂面――燠継士は中学生の時とはまるで別人のようになっていた。


 思い出せば、当時も孤独を好む傾向にはあったが――理恵の目には、成人した燠継士はまるで世界から村八分にされているかのように映っていた。彼が孤独を欲しているのではなく、孤独という生き物に彼が魅入られ、籠絡されてしまっているかのように。


 考え事をしているうちに辺りは静寂に包まれた。微かにテレビの雑音の様な音が聞こえ、それが廊下の端に横たわる敵兵の骸から発せられていることに理恵は気付く。


 近付くと、理恵は躊躇無く銃口を死体の胸部に向け、数発、銃弾を放った。小鳥の囀りを連想させるサイレンサーの音が静寂を貫き、廊下にこだまする。


 死体の反応がないことを確かめた後、理恵はノイズの出所を突き止めた。

ノイズは兵士が被る黒色のヘルメットから漏れ出ていた。理恵は右手の拳銃を動かない死体に向けながら、左手でヘルメットの顎の突起を掴むと、身体から強引に引き剥がした。


 ヘルメットの中には一般的な成人男性の顔があった。苦悶の表情を浮かべているが、予想していた程目を覆う物ではない。理恵の興味は兵士の顔から離れると、左手に掴んでいるヘルメットへと向けられる。


「……繰り返す、敵性ユニット、XXX-01の排除を行え」ヘルメットの内側に取り付けられたスピーカーが、雑音ではなく女性の声を流し始めた。この女性の声がヘルメットからノイズとなって漏れ出ていたのだろう。


「ポイント・ガンマ付近の指定したユニットは今すぐXXX-01と交戦、これを撃破せよ。確認されているXXX-01は遠距離戦を主体とする模様。近付いて接近戦に持ち込め。繰り返す……」


抑揚のない、不気味な女性の声が頻りにXXX-01の排除という言葉を呟いている。


 声の主である女性はオペレーターで、自衛隊から想像以上の反撃を食らい、ダメージレートの一番高い戦車か何かの撃破を命じているのだろう。理恵はそう予想した。


 足元には敵兵の持っていた小銃が落ちている。先程は何を引き起こすか分からない敵兵の武器だと考えて手にしなかったが、思えばPWCSは現存する技術の遥か先を行く、未来からの侵略者だ。手にした旧来の拳銃一丁で切り抜け、無事に公園に辿り着けるとは到底思えない。しかもその公園ですら特定しかねている状況だ。


 この先も必ず戦闘が起こる――理恵は小銃を拾い上げると、ショルダーベルトを肩に掛けた。拳銃の弾倉はあと二つ残っているが、それすらも使い果たした時には、敵側の武装を使うしかない――。


 突然、すぐ近くで凄まじい爆発が巻き起こり、反対側、つまり進路指導室一帯が粉々に吹き飛んだ。


「あっ……」


衝撃で手元を離れたヘルメットが遠くへと転がってゆく。


 しかし、取りに行く暇はなかった。続いて一号館自体が嫌な音を上げ、それが崩落の前兆だと気付いた理恵は建物を飛び出すと、正面の喫煙スペースまで駆け込み、茂みに隠れた。


 進路指導室に居た友美、牧内、そしてもう一人の学生の死体はあの爆発で肉片となるか、あるいはそれすらも判別不可能になるほど押し潰され、或いは千切れ、原型を留めない程に瓦礫の一部と化すだろう。


 悠長なことを考えているうちに、噴煙を撒き散らして倒壊する一号館の影から敵のロボットが現れると、それがあらぬ方向へと射撃を開始した。しかしロボットが銃を撃ったのは数発のみで、間もなく頭部から火を噴きよろめくと、瓦礫と化しつつある一号館へと突進し、あえなく爆散した。


 爆発で再び空に舞い上がった大小の瓦礫を避ける為、理恵は全速力で一号館から遠ざかる。大学の正門を潜り抜けるとそこには同型と見られるロボットが体育座りをする形で機能を停止し、骸と化していた。


 この一帯で何かが起きている――自衛隊の反撃だろうか? いや、襲撃が始まってからまだ二〇分と経っていない。世田谷の駐屯地から沸いて出てくる歩兵戦力はたかが知れている。今の所自衛隊の活躍と言えば、スクランブル発進したF-15が空中でPWCSの航空戦力とドッグファイトを繰り広げている位だ――空を見上げた理恵はそう考えた。


 じゃあ、何故敵のロボットが少なくとも二機、撃破されているのだろう? 空自の対地攻撃機だろうか、それとも最近陸自に制式採用されたSRAWが運良く急所に命中したのだろうか?


 答えは考える間もなく出てきた。理恵の頭上を巨大な影が横切ると、すぐ近くに着地し、大地を揺らした。そして同じように理恵の頭上を飛び越えたロボットを手にした銃で吹き飛ばし、体勢を崩して地面に投げ出される形となった同機の頭部を、その特徴的な四本の脚部で踏みつけ、破壊した。

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