-VIRUS- 侵略行為 10

現代/表参道大学/理恵


「理恵、もう諦めなって」


一人の女子学生が理恵の肩を掴み、手負いの相手――牧内から引き剥がそうとしている。


 教務課に逃げ込んだ理恵は、そこで他二人の学生と共に隠れていた牧内を発見した。


「牧内さん、おきくんは一体何処に行ったの?」


「さっきから何度も言った通り、分からないと言っているだろう!」


足に刺さった鉄パイプが抜けたものの、牧内の額には脂汗がこびり付いている。抜けた後の痛みと、理恵の詰問によるものだろう。


 その場に居た女子学生で理恵の友人でもある須藤友美すどうともみに継士けいじの話をしていた所、牧内がひょっとしたら、と彼と会った旨を伝えたのが、騒動の発端だった。理恵は突然態度を豹変させると、牧内に詰め寄ったのだ。


「ここでじっとしてはいられない」理恵が呟く。「私、行かなきゃ。燠くんを探さなきゃ……!」


「駄目だ! 外は危険だと何度言ったら分かるんだ!」牧内の言葉にも気迫が篭っていた。継士が出て行った後、様子を見てくるといって外へ出て行った男子学生が銃声と同時に叫び声を上げ、廊下に倒れる音を聞いてしまったのだ。


 あの銃声はロボットの物ではない。人間が持つ小銃に違いないと牧内は勘付いていた。危険を感じ、扉に鍵を掛けようとした矢先に、理恵が入ってきた。


「じゃあ、危険ならどうして燠くんは行かせて、私達には行かせてくれないの?」


「外には銃を持った奴らが居る可能性がある。それに、私は燠くんに外に出る許可を与えた訳ではない」


牧内の顔が曇る。


「許可を与えた訳ではない……? どういうこと?」


「彼が勝手に出て行ったのよ。先生に刺さった鉄パイプを切り離した後、何故か別人になったかのように無表情になって、何も言わずに」


「鉄パイプ?」理恵の視線が床の血、そしてその源泉となっている牧内の脚へと移る。


「そう。持っていたナイフで刺さっていた鉄パイプを切って、その後出て行ったの」


よく見ると、少し離れた所には血塗れの細長い物体が落ちている。これが牧内に刺さっていたのだろう。継士が抜いたのか、それとも彼が出て行ってから牧内達が抜いたのかを訊ねようとしたが、その質問は時間の無駄にしかならないと気付いた理恵は、言葉を飲み込んだ。


「無表情になって、何も言わずに」代わりに友美の言葉を、理恵は囁くように繰り返す。「友美。それ、明らかにおかしな感じだった?」


理恵の声は一転して恐ろしく低く、かつ抑揚の無いものへと変わっていた。


「う、うん……」まるで親に怒られるのを察知した幼子のように、友美の声がひどく震えている。


「どんな風に、おかしかったのかな」強い口調と共に、理恵は顔を上げた。その視線が友美へと向けられ、理恵の様子に恐れをなしたのだろう、彼女は小さく声を上げると、一歩後ずさりする。


「どんな風、って……理恵、なんでそんな聞き方をするのよ……」友美の声が裏返った。


「私に必要な情報だから。さあ、早く話して。何なら友美じゃなくても、他の人でもいいわ」


そう言うと、理恵はその場に居た人間一人一人の顔に目を向ける。


 誰も口を開かない――いや、開けない。先程まで理恵が見せていた感情的な一面は嘘のように収まり、今は不気味な能面の様な表情が彼女の表層を覆い、周囲の空気を冷たい、張りつめた物へと変えつつあった。


「で、でも理恵、燠くんなら大丈夫じゃないかな。落ち着いてそうだし、何か運動もしていそうだし……」


「落ち着いてそうで、運動もしていそう、か」


理恵の口元が不意に釣り上がった。


「友美。残念ながら、それは彼の表の顔に過ぎない」


「――え?」

呆気に取られる友美の顔を尻目に、


燠継士おきけいじ。表参道学院大学二年。趣味は読書、一人旅。無口であまり目立つタイプではない」と、理恵が静かに囁いた。


「何が言いたいの、理恵――?」


理恵は友美へと向き直った。


「落ち着いていて、何か運動をしていそう――友美の評価はある意味正しいわ。でも、彼にはとある二つの容疑が掛かっている」


「容疑だと?」牧内が口を挟んだ。


「一つは、三年前に起きたとある女子学生失踪事件の重要参考人として。実行犯の可能性もあるわ。そしてもう一つは――今回の襲撃への内通」


「な、何だって――」牧内が絶句する横では友美が口を押さえ、目を見張っている。


「彼から聞いたが、今渋谷の街はロボットの襲撃を受けているんだろう? そいつらと燠くんの間に関係があるのか?」


「恐らくそう」理恵は頷くと、「他に何か知っていることはないの、あなたたち」と訊ねる。


一体どういう関係が燠継士と襲撃の間にあったのか。この場に居合わせている人間のうち、誰かがそんな疑問を抱いてもおかしくはなかったが、それを理恵に問うことの出来る空気はこの場には漂っていなかった。


「……そういえば」口を開いたのは男子学生だった。「彼は公園に避難する途中だと言っていた気がする」


「公園? どこの?」


「そ、そこまでは分からないよ」男子学生が理恵の視線に慌てて首を振る。「本当に、公園としか言っていなかった」


「……そう」理恵は頷くと、「近くの公園を絞れば見つかりそうね」と呟いた。そして、パーカーのポケットに隠し持っていた物――拳銃を引き抜き構えると、それを入ってきた扉へと向ける。


「り、理恵!?」友美の驚き様は、先程の男子学生、つまり燠継士がナイフを取り出した時以上の物だった。「一体あなた、どうしてそんな物……」


「ごめんね、友美」扉の所まで歩いていった理恵が、静かに答えた。「警視庁公安部特課警部補、風街理恵。燠継士容疑者の身辺調査及び身柄確保の為に、この大学に潜入していたの」


「公安? 潜入……? 理恵、あなたって、一体――」


「……さよなら」


振り向き様、理恵は三発の銃弾を放った。

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