-VIRUS- 侵略行為 9

現代/表参道付近/継士


「はぁ、はぁ……」


顎から滴る汗を拭うと、継士けいじはシートに凭れ、首を垂れた。


 顎だけではない、穴という穴から汗が吹き出し、服を濡らし、座席の下に小さな水溜りを作っている。


「敵性ユニット五機の撃破を確認――どうかしら、XXX-01、多脚型試作装甲戦術歩兵たきゃくがたしさくそうこうせんじゅつほへいに搭乗して経験した、初めての戦闘は?」


「俺は、敵を倒したのか……?」


「正確にはあたしが、だけどね」


多脚型試作装甲戦術歩兵XXX-01、セラフには二つのシステムが搭載されていた。一つは機体の操縦系。そしてもう一つは火器管制系。


 疑似人格――当時の最先端の人工知能をセラフに搭載し、かつ操縦システムを二つ、つまり主系:操縦、従系:火器管制に分け、どちらかを疑似人格に操作させるというものだった。


疑似人格、つまりAIであるほむらは継士に主系の制御を依頼し、継士は従系、つまり射撃を司った。


「歩行、走行、跳躍。大体操作方法は身についたはずだけど」


「ああ。だが、さっきの反応――一切操作していない筈なのに」


さっきの反応。つまり、敵のATS、ロウクスが放った音速以上の弾を咄嗟に盾――ホログラム・シールドを展開し、弾くまでの一連の動作。その間の数秒、継士は一時的に操作が出来なくなっていた。


「あれはあたし」ほむらは自身を指差すと、得意そうにそう言った。「敵弾を見て、瞬時に切り替えたのよ。あんたとあたしの操作担当を」


「切り替えた?」


「そう。主系と従系は切り替えが出来るわ。だから人間の反応速度では対応出来ない事象に関しては、一時的に主系を別のパイロットが司り、事象を解決した後、元の従系へと再度切り替えることができる」


「ほむらの方が正確な射撃と素早い反応が出来るから、必要に応じて一瞬の切り替えも必要になってくる、ってことか?」


「そういうこと。まぁかなりの負荷が掛かる上に、あたしのスペックにも限界があるから、連続して出来る物じゃないけれども」


継士の苦手な部分をほむらが補う――AIとして人間を遥かに超えた反応速度を備えた彼女の手を借りれば、単機でPWCSの侵略を阻止できるかもしれない。昊の時代に行き、彼女を見つける算段を整えるのはその後になるのだろうか。


「さて、正義の味方のお仕事は、終わり」


これからPWCSの殲滅にかかる――そうするとばかり思っていた継士は、ほむらの言葉に拍子抜けした。


 当の本人は特に意に介した様子も無く、「これを見て」と、一つのホログラム・ディスプレイを継士の前へと移動させる。


「え……?」


ほむらが指した先には、『第二種次元跳躍だいにしゅじげんちょうやくスクリプト起動』という文字と、その下に記された三桁の数字が赤色の発色で、点滅していた。


「第二種次元跳躍スクリプト……?」


「要するに、セラフは五〇〇秒後に別世界へとワープするからそのつもりでいてね、ってこと」


「別世界へと……ワープ……」


「そうよ。次元を跳び越えて、別の世界に行くの。帰りは用意されていないみたいね」


「何だって?」


「だから、この世界から別の世界、つまり過去に、一方通行で跳ぶのよ」


過去に、一方通行で跳ぶ。その発音に慣れないせいか、継士は一瞬、ほむらの言葉の意味を考えてしまった。


「……自分はセラフのパイロットとして、奴らと戦うんじゃあなかったのか?」


「部分的には守ったじゃない。あの五機を倒したことで、最低一〇人位の命は救われると思うわよ?」ほむらの言葉がいやらしさを帯びた。「何、あんた、まさかこの一機でPWCSの侵攻部隊全てを相手にしようと思っていたの?」


その通りだと言いたかったが、継士は黙ったまま、ほむらの説明を待った。


「あのねぇ……いくらセラフが強力とはいえ、単機で相手に出来るのはさっきみたいな一小隊が関の山なの」


ほむらの視線がメインホログラム・ディスプレイに注がれた。上空にはPWCSの輸送艦が犇めき合い、未だに彼らの戦闘兵器、つまりATSが絶えることなく何れかの艦から射出されている。


「それにこの次元跳躍スクリプトはあたしがセットした訳じゃないわ。そういうプログラムが予め組まれていたの――そらによってね」


「……昊が?」継士の声が裏返った。「どうして昊が?」


「知らないわよ。あたしとセラフの同期がトリガーになっていたみたいだけど」


ギミックの説明をほむらに求めていた訳ではなかったが、当の彼女もそれは重々承知していたようだ。「まあ、あんたが知りたいのはもっと別の、個人的な都合の部分でしょ?」と、何度目か分からない、意地悪な笑顔を継士に向ける。


「前に昊は過去にワープしたって言ったわよね、あたし」ほむらはそこで言葉を切り、継士が何とも言えない表情のまま頷くのを待った。「その時、セラフの力を使って彼女を次元跳躍させたみたいなの。今ログを見て分かったんだけど、その時の四次元方向の座標と、今回の座標が一致する」


継士は言葉の意味を考えた。理解するまでに然程時間は掛からなかった。


「……それじゃあセラフはあと少しで、昊のいる時代に跳ぶ……?」


既に限界まで昂っていた感情が、全く違う方向へと向けられた。


 昊に会えるかもしれないという期待がそれまで抱いていた感情、思考を塗りつぶし、そして別のもので埋め尽くした。


「次元跳躍は機体に多大なる負荷を掛ける仕様上、キャンセルは出来ない。無理矢理キャンセルすれば溜めたエネルギーが暴走し、あなたの世界で言う戦略核程度の爆発がセラフを中心に発生する可能性が高いわ――ああ、何て都合が良いんだろ――あんたにとって。行くしかないのよ、過去に。この戦闘を、全て投げ捨てて!」


「……」


継士の頭の中に置かれていた天秤は、既に片方に大きく傾いていた。


後ろめたさは残るが――選択肢がそれしかないならば――喜んで、その道を選ぼう。


継士は頷くと、「それでいい」と呟いた。

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