-VIRUS- 侵略行為 8

現代/表参道付近/イオニア


「イオニア、通信が届いているぞ」


「今見ている」同期であり、隊の副長も務めているアランからの通信に応答すると、イオニアは粒子ディスプレイに新たに浮かび上がった情報を走査した。


未確認の大きなシグナルを検知した――情報を簡潔に纏めたイオニアは目を細めると、携行食糧けいこうしょくりょうを噛みながら、「ふむ」と呟いた。


「未開人共の大型戦闘車か何かだろうか、アラン?」


「俺らが包囲している街の中心地に、ぽつんと戦闘車だけあるなんていうパターンがあるのだろうか? そりゃあ、未開人共のことだから分かっちゃいないってのもあるが」


アランが無線の向こうで、そう言った。


「引っかかるのはここだ」アランが文中に注意マークを付け、イオニアの粒子ディスプレイに情報を転送したようだ。黄色を主体としたホログラムの中の文字の一部が、赤く化ける。


「XY座標は不明だが、シグナルの発信源は、Z軸――地下五〇メートル」


赤くなった箇所をイオニアは声に出して読む。


「……事前の報告だと、地下に基地の類は無い筈だが」


「でっかいモグラじゃねえのか?」


アランの笑い声が、雑音と共に、突然割り込んできた緊急通信に掻き消された。


「アドバイザーより通信。イオニア隊、聞こえるか」


美しく、しかし抑揚の殆どない女性の声が、コクピットに響き渡った。「はい、アドバイザー」とイオニアは返事をしながら、眼前のビルに射撃を加えた。ベランダから彼を狙っていたと思われる敵勢力の兵士が瞬時に細切れの状態になって壁へと打ち付けられる。


「イオニア隊はこれよりポイント・ガンマに向かい、要注意敵性ユニット、アンノウン01の鹵獲ろかくを行え。危険と判断した際はこれを破壊せよ」


要注意敵性ユニット? イオニアは首を傾げた。


 場所からすると、先程のシグナルが検知された場所と同じだ。つまりその未確認のシグナルは、敵のユニットだったということだろうか?


 現状この街に展開している敵の勢力は、生身の人間か、装甲の薄い戦闘車の類のみ。それも、中心部に配備されていたのではなく、PWCSの侵攻に気付き、今になって外縁から街を守りに来たという有様だ。


 ポイント・ガンマは、まさに自分達の侵攻領域の中心に近い場所に設定されている。こんな所にアドバイザーが軍を直々に動かし破壊命令を下す様な、そんな脅威が突然沸いて出てくるようなものだろうか?


「アドバイザー」疑問は聞いてみるべきだと考えたイオニアは、口を開いた。「要注意敵性ユニットの詳細情報をくれ」


「今送った」間髪入れずに返された言葉と共に、粒子ディスプレイ上にホログラムがまた一つ、立ち上がった。その情報を見たイオニアは、「何だこれは」と呟き、無線の向こうではアランが「おいおい、どうなってやがる」と、同じような言葉を漏らしていた。


「XXX-01。 試作型のATSで、一般にはその存在を知らされていない」彼らの動揺を無視し、アドバイザーが淡々と言い放った。


ATSという単語を聞いたイオニアは戦慄し、思わず「馬鹿な!」と叫んだ。


「そういう事を聞いているんじゃあない!」続けてイオニアは怒鳴った。「何で、この時代にある筈の無い、しかもうちの試作型のATSが――敵性のユニットとして認定されているんだ!」


「詳細は不明。五分二五秒前、ポイント・ガンマ付近に展開した歩兵分隊が消息を絶ち、同時にこのシグナルが浮かび上がった」


「……つまり、戦術リンクの情報だと、歩兵分隊がこの試作型のATSにやられたということか?」


「肯定」


アランの問いに、アドバイザーは短く応じた。


「操縦士の能力を考慮しない場合のXXX-01と俺達のATS――ロウクスの戦力差は?」イオニアは訊ねた。


「XXX-01の情報管轄はPWCSではなく、本国の統合司令部となる。データの認証公開レベルは5。超重要機密」アドバイザーが即答した。


「じゃあ、今送られてきた、その――型番と、外見以外、お偉いさんは公開を渋っているということか」アランの舌打ちが聞こえた。「ふざけんな。俺たちの命より情報漏洩の方が大事ってか!」


「とにかく、アドバイザー様直々の命令だ。向かって捕まえるしかねえ」イオニアは小隊に集合命令を出すと、ポイント・ガンマへの到達時間を計算する。


「近いじゃねえか。この大通りを真っ直ぐいけば、ものの二分で到着する」


粒子ディスプレイ上に示された移動経路を小隊と共有させたイオニアは、「アドバイザー、敵の操縦士の腕前は判明しているか?」と訊ねた。


「一切の戦闘を確認出来ていない為、不明。イオニア隊との戦闘記録から抽出する予定」


「そうだよな」イオニアは舌打ちした。「そりゃ結構」


「通信を終了する。アドバイザーアウト」


アドバイザーからの通信はそこで途切れた。アランの大げさな溜め息が無線を通して聞こえる。


 イオニアはディスプレイ上に表示された、異形のATS――XXX-01の姿を睨みつけた。


四本の脚に、二本の腕。外部装甲は尖った物が多く、頭部の形状も相まって、どことなくアンバランスな昆虫を思い浮かばせる。


上半身はロウクスの意匠を多少汲んでおり、共通点が幾つか見受けられるものの、その特徴的な四本の脚がこの機体を異形たらしめていた。恐らく格闘性能は低いだろうが、それを補う何かが、この機体には装備されている筈だ――。


「ありゃあ、駄目だ」XXX-01について思慮に耽っていたイオニアは、アランの呟きによって現実に引き戻された。「何度喋っても慣れねえ。人間の女の皮を被った何かが語りかける、あの感じが」


「そりゃあ」イオニアは両手に染み付いた汗を払いながら、「あいつはただのプログラムだからな。しかもあれでうちの軍全てを統率しているっていうんだから、大した話だ」と答えた。


 アドバイザーと名乗るプログラムが連邦軍に部分的に制式採用されたのが、およそ三年前の話だ。採用された大隊は後に『PWCS』と名称を変え、今に至る。一年前に当時の上官から推薦を貰い同部隊へ転属した際、イオニアは同僚からそう教えて貰っていた。


 実際、半年前にテロリストの拠点を襲撃した際も、アドバイザーは恐ろしいほど正確な事前指示とリアルタイムでの状況判断をイオニアに伝え、お陰で彼の隊は最小限の犠牲でテロリストの無力化に成功している。


 もちろん、人間とは相容れない所がある事は百も承知だった。全幅の信頼を寄せている訳では無いが、アドバイザーの指示には従う価値があった。


 間もなく、数十メートル単位で散開していた緑色の機体――ロウクスが大通りに出揃う。PWCSの制式量産機体であり、汎用性に富み、用途に合わせて多彩な兵装を組み合わせることが出来る点が同機の強みだった。


 全機の状態を確認したアランから、「イオニア、いけるぞ。気は全く乗らんがな」と、通信が入った。


「了解。お前ら、俺とアランの会話は聞いていたな」


イオニアは他の隊員――二人が操る、戦闘用のAI――からの肯定の返事を無線で確認すると、メイン・ブースターの出力を最大にした。


「ポイント・ガンマの周囲一キロを捜索する。俺に続け」


加速の衝撃に思わず顔を顰めながら、そう無線に向けて言い放つ――そして、無意識のうちにイオニアは射撃用の粒子ホログラム・スコープをダウンロードしていた。

粒子ホログラム・スコープはイオニアの機体、指揮官用ロウクスの兵装にはオプションでの搭載が可能となっている。


 最大で二四倍までの拡大を可能とする同スコープは静止時の偵察及び精密射撃を目的として作られ、狙撃兵上がりのイオニアはPWCSに転属となってからも愛用していた。


 その様な兵装を、背部メイン・ブースターを駆動させながら使うことは殆ど稀であり、だからこそイオニアは自分の咄嗟の行動に瞬時に疑問を覚え、そして古参兵としての戦場の勘とでも言うべき物が自分の両手を乗っ取り、無意識のうちにそうさせた事に気付く。


 両目に覆い被さる形で展開された粒子ホログラム・スコープは、およそ二百メートル先から突如として噴き出した間欠泉と、それに乗って地表に降り立ち、同時に自機に狙いを定めようとしている白銀の、四本脚のATS――XXX-01を明確に捉えていた。


「奴だ! アンノウン01!」


 言うより早く、アランのロウクスが先行し、手にした七四口径マシンガンを敵機に叩き付けた。


 元々七四口径マシンガンは対人・対装甲車制圧用に開発された装備であり、軽装甲の目標に対してのみ十分な威力を出すことが出来た。しかし、それが数百メートル離れたATSに対してとなると、ほぼ気休め程度の射撃にしかならないことは分かりきっていた。


「アラン、接近戦に持ち込め! 俺は中距離から援護する。03は狙撃地点の確保、04はアランと連携し、ポイントβから挟撃に持ち込め! 05、お前は俺と来い!」


「了解。サポート頼むぞ」


「了解」


「了解」


「了解」


威力が足りないと判断したのだろう、アラン機は七四口径マシンガンを捨て、腰部からエネルギー・ブレードを取り出すと、構えた。その間に03のロウクスが脇道へと転回、ビルを上る。04は直角に曲がると、アラン機の動きに合わせて敵機へと距離を詰める。05はイオニア機の背後を一定の距離で追随しながら、アンノウン01に向けて牽制射撃を行っている。


 アンノウン01は05の射撃を跳躍して躱すと、手にしていた機体の半身程の丈はあるかと思われる、長銃――これもPWCSのデータベースには登録されていなかった――を、04に向けた。


 視界から外れ、戦術マップ上にのみ表示されている04が実際にどういう行動を取ったのかは分からない。しかし、アンノウン01の放った一発の銃弾が、白い糸を引きながら視界を横断し、画面の隅に消えたのをイオニアは目で追っていた。そして04のシグナルが間もなく消え、代わりに『大破』の文字が、04が居た地点に表示される。


「なっ――」


アランの絶句が聞こえた。「一発で仕留めただと!? 奴は狙撃型か?」


「落ち着け、アラン」イオニアが静かに諭した。03が狙撃地点の確保に成功したらしく、付近の高層ビルの屋上に陣取ると、「射撃地点を確保」と報告した。


「了解、03、撃ちまくれ!」


イオニアが言うなり、頭上と前方からほぼ同時に、爆音が聞こえた。03の所持する176ミリミドルレンジ・スナイパーライフルが火を噴き、音速を超え射出された弾丸がアンノウン01に連続して注がれる。


 アンノウン01は、左腕に瞬時に展開させた、ホログラムと思われる盾でそれらを防ぎながら跳躍し、ビルの向こう側に飛び込むと、射線から外れた。


「あいつ、03のスナイパーライフルを防ぎやがった。あんな装備、見た事がねえ」


「アラン、突っ込む所はそこじゃない――奴の反応速度だ」


音速を超えるスナイパーライフルの射撃を、発射を確認してから防ぐ。人間の反応速度では不可能であり、出来るのは補助脳に神経接続をした遺伝子強化兵士の類か、綿密なプログラムによって構成された、戦闘特化AIのどちらかとなる。


「イオニア、力を貸せ」


射撃が効かないなら、接近戦に持ち込めば良い――アランの言葉の意図を汲み取ると、イオニアは「俺も前に出る」と言った。出力を最大にし、先行するアラン機に追いつくべく、一気に距離を詰める。


 アンノウン01は03の射線に入らないように上手くビルの影に隠れながら後退している。しかし、どうやら機動性ではロウクスの方に分があるようだ、アラン機が徐々にアンノウン01との距離を詰めている。


「イオニア、回り込んで奴をそちらに誘導する」


 アラン機が大きく弧を描く形で、アンノウン01に迫っていた。イオニアは05に先行指示を出すと、背部ミサイル・ランチャーを起動させ、着弾地点をアンノウン01の数一〇メートル先に設定した。


 視界が一瞬、白い煙で覆われた。やがて煙は晴れ、頭上を飛翔する四基のSRM――短距離ミサイルを映し出した。


 それらは最初こそ綺麗な編隊を組んでいたものの、次第に複雑な軌道を描きながらアンノウン01の進行方向へと向かい、同機を飛び越えて地表に刺さると、大きな火柱を上げて爆発した。


 進行方向を妨げられたアンノウン01の足が止まり、戦術マップ上のアラン機が一直線に、アンノウン01の所へと駆け込んだ。


 ようやく視界にアンノウン01の姿を収めた時には、既にアラン機がエネルギー・ブレードを敵の懐へと突き付けている所だった。しかし、黄色の切っ先はホログラムの盾によって防がれ、逆にアンノウン01の右腕に握られた、白色の光を発するエネルギー・ブレードがアラン機の腰部を貫通していた。


 断末魔の様な音声が一秒程流れた後、アラン機との通信が途切れた。直後に同機のエネルギー・ブレードが光を失い地面に転がると、やや遅れてアラン機自体も膝を折り、地面にうつ伏せに倒れた。


「アラン! ――くそっ!」


彼の生死に対する心配を、イオニアは長年の経験で積み重ねた鋼の意志をもって押し潰す。


 幸か不幸か撃墜したアラン機に気を取られていたのだろう、アンノウン01は背後に05の接近を許していた。七四口径マシンガンの銃口が火を吹き、合成アンチマター弾の雨が同機の背部装甲を直撃した。


 体制を崩しながらもアンノウン01は左腕に持った長銃を逆向きに構えると、常人では考えられない様な体勢――脇に抱える形で、後ろに向けて発射した。一瞬で05の左腕部が吹き飛び、続けて胸部装甲に穴が空く。


03が別の高層ビルに陣取ると、スナイパーライフルの銃弾を撃ち込む。アンノウン01は再々度、ホログラムの盾でそれらを防ぎながら、接近するイオニア機の銃弾を躱しつつ後退していく。


「03、撃ちまくれ! 奴の左腕を封じてくれ!」


左腕の盾を使えば、両腕で握られたあの長銃は使えない――意図を理解したのか、03は次々と白い尾を引く銃弾をアンノウン01に向けて注ぎ、イオニア機に接近の機会を与えた。


 アンノウン01との距離は一〇〇メートルを切った。イオニア機は七四口径マシンガンに装着された一体型エネルギー・ブレードを起動させると、ブーストを最大出力にし、踏み込んだ。


 アンノウン01の頭部がこちらを向き、右腕に握られたエネルギー・ブレードの切っ先がイオニア機へと向けられた。


「そうはいくか!」


 串刺しにする気だ。イオニアは身体に襲いかかるGに顔を歪めながらも機体の向きを変え、アンノウン01のエネルギー・ブレードを躱す形で、自機の握るエネルギー・ブレードを逆に敵の胸部に突き刺そうとした。


 イオニアの軌道計算は完璧だった。敵のエネルギー・ブレードはイオニア機を掠め、逆に自機の刃が敵の装甲に捩じ込まれ、内部のパイロット、あるいはAIの回路を焼き切る算段だった。だから、アンノウン01の右手上部に装着された一門の機関砲――想定外の装備――が散弾を放った時、イオニアは瞬時に敗北を確信した。


 散弾は突き出されたイオニア機の右腕を粉々に破壊し、頭部のメイン・カメラにも重大な損傷を食らわせた。失速した同機の脚部がアンノウン01のエネルギー・ブレードによって払われ、両脚を失ったイオニア機の上半身は宙を漂い、そのままビルに減り込むと、白煙を上げて沈黙した。


それから戦闘の決着まで、そう時間はかからなかった。イオニア機によって行動を制御されていた03は司令源の遮断により、能力に大幅な制約を食らうことになった。演算システムの再起動を行っていた一秒の間にアンノウン01の射撃――アウトレンジ・ガウスライフルの銃弾を食らい、火を噴いて爆散した。

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