-VIRUS- 侵略行為 2
現代/東京上空/キリー
「ECMビーコン、海中にて作動しました。米軍と思われる艦隊の通信を遮断中」
「
「了解。ファントムフェイス第一小隊、降下準備願います」
次元跳躍による数分間の意識の途切れの後、鼓膜が裂けるかのような耳の痛みと共に、キリーは意識を取り戻した。ドロップシップの砲手と操縦士の声を粒子インカムから聞き取った彼は、跳躍後数秒に渡り身体を襲う寒気をやり過ごすと、「ファントムフェイス第一小隊、ATS起動。戦術テンプレートを
キリーの眼前、薄暗い格納ハンガー内で、両膝を抱え、子宮の中で漂う胎児の様な姿勢を取ったまま静止していた機械の塊が、幾十もの電子音と低音から成る駆動音と共に変形し、中腰の姿勢をとった人型の姿へと変わってゆく。
まるで受精してから成人する迄の人の半生の様だと思いつつ、キリーはホログラム・ディスプレイを触る手の動きを加速させる。
装甲戦術歩兵、略称ATS。二〇一〇年代後半に開発された介護用の外骨格はいつの間にか戦場の花形、つまり人を助ける為の装置ではなく、人を殺す為の巨大な兵器へと姿形を変えていた。
介護用の外骨格が如何にして巨大な人型の兵器へと変貌を遂げたかについて、キリーは特に事情を知っている訳でもないし、興味も持ち合わせていなかった。しかし、介護用として使用され、助けた命の総数よりも、兵器に転用され、殺した命の総数の方が遥かに多いことはキリーの中で、何となく想像がついていた。
「主・副粒子ジェネレーター出力安定。火器かき・
機体の状態が正常であると確認したキリーは、粒子ディスプレイの表示を消すと、タッチパネルにパスワードを入力した。途端、円錐型の座席がハンガーから分離し、中腰の姿勢のまま硬直した巨人の背部へと挿入される。
「接続完了。右腕、左腕、右足、左足、各関節駆動確認。相互神経同期開始」
キリーの言葉と共に巨人の四肢が、電流を流され痙攣する死体のように波打つ。
「……同期完了。視界良好」
一瞬だけ黒く塗りつぶされた視界が、次の瞬間元に戻った。ATSのメイン・カメラから映し出される映像に、拡張現実層が重なり、視界内の環境に追加の情報がテキストや図として表示されている。
「全シークエンス完了。各機報告」
「PF102、準備完了」
「PF103、準備完了」
「PF104、準備完了」
「PF105、準備完了」
PF102から105にはキリーの神経とリンクした半自律型思考AIが搭載されている。
思考から行動を先取りし、忠犬のように指示を遂行する彼らをキリーは重宝していた。人間のように感情で物事を考え、そして感情によって失敗をすることがない。指示の与え方には工夫が必要だが、握る手綱を強くすれば良いだけの話だ。
「了解」キリーが呟いた。「……一応言葉に出して言っておくか。一般市民への被害は最小限度に止めたいが、未来世界へのバタフライ効果は無いと確認出来た今、主目標、副目標の達成の為、やむを得ない場合は、意図的な殺傷を許可する」
「了解」
「了解」
「了解」
「了解」
各パイロットの応答に満足したキリーは、「こちらファントムフェイス101。ドルフィン01、降下準備完了した」と、ドロップシップの操縦士に告げた。
「こちらドルフィン01、了解。これより強襲降下を行う。しかし、なんてすばらしい景色なんだ、キリー。我々の時代とはまた違った意味で」
「そうか。残念ながら多関節ハッチが閉じられている状況だと、私からはまだ外の景色が見えない」
「そうだったな。だが、もう少しの辛抱だ」操縦士はそう言うと、一呼吸置いた。
「緑がある。海もある。高層ビルに囲まれた都市もある。人々も幸せそうに暮らしている。何より――太陽が出ている」
「……太陽が、見えているのか?」キリーの声に、若干ではあるが、驚きの色が混じった。
「ああ。地上が、雲が、そして大空が――全てが、灰色ではなく、黄金色に輝いている」
キリーは操縦士の言葉から、外の景色を想像しようとした。だが、黄金色という色をよく知らない彼はすぐにその行為が無駄だと気付く。
「その雲から沸いた俺達は、この時代の大空を、地上を――穢すことになる」
「……そうだな」
操縦士のキリーは無感情に相槌を打った。
「強襲降下ルートに入りました。降下開始まで五、四、三、二……」
副操縦士の声が無線に割って入り、キリーは舌打ちをすると、一瞬だけ瞼を閉じた。
「一、……降下開始、降下開始!」
ATSの眼前を遮っていた多関節ハッチが勢い良く変形し、視界から取り払われた。外気と機内とを隔てる壁が無くなり、凄まじい暴風に機体が晒され、コクピットが揺れる。
衝撃で視界がぼやける中、操縦士の言っていた絶景とやらを見下ろす。
高度五千メートルから拝む旧時代の景色は確かにキリーを圧倒したものの、感傷に浸る暇はなかった。
続いて機体腰部に接続されていた充電ケーブルが抜き取られ、刹那、両肩を摘むように固定していたアームがATSを解放すると、機体ごと重力の井戸へと放り投げる。
キリーの搭乗機を含めた合計五機の特務仕様のATS、『ブラックハウンド』が初夏の陽光に照らされ、漆黒の外部装甲を輝かせながら東京上空の乱層雲を突き破り、降下ポイントへと堕ちてゆく。
既に戦闘は始まっていた。眼下には絵画の上を無数の蟲が這いつくばるかの如く、百機は下らないと思われる正規軍のATSが同じように空挺降下を行い、東京の空を黒い点で埋め尽くしている。
降下姿勢制御スクリプトが起動――機体が自動操縦になったのを確認したキリーは、そこでようやく外の景色に目を奪われ、驚嘆することになる。
先程も拝んだ眼下の景色――その視界の端に映った白く光り輝く球体がキリーの眼に焼き付いた。
「あれが、太陽か……」
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