-RAID- 奇襲攻撃 2

「隊長! あまり前に出過ぎないで下せえ!」


メルのさらに背後から別の戦争機械に搭乗する傭兵、ホランの声が聞こえた。


「心配しなくても、切り込みの役は貴様にくれてやるさ、ホラン!」


間もなく、ヴィンセントらの駆る戦争機械は九〇度方向を転換し、彼方から突撃してくる騎兵に対し、垂直となる方向に進んだ。


 騎兵達は本隊ではなく、最初から戦争機械を狙っていた様だ。軌道を修正し、ヴィンセントの進行方向に沿うように馬上槍を構え、背後から迫る。


 これらの馬上槍は、戦争機械の出現と共に改良され、フランス、イングランド両軍に広まった使い捨ての物だ――切っ先には爆薬が詰まっており、理屈こそ分からないが、衝撃を感知すると先端方向に向けて爆発を起こす。戦争機械の脚部を吹き飛ばすには十分な威力を持っており、戦場を駆ける騎士はこれらを本来の馬上槍とは別に、必ず一つは持参するのが時代の流れとなっていた。


 ヴィンセント機とホラン機、そしてもう一機の戦争機械は大きく弧を描くように平原を移動した。その背後をフランスの数十の重騎兵が追ってくる。


 敵の歩兵隊はヴィンセント達の脇を通り抜けると、こちらには目もくれず、そのまま本隊の居る丘へと直進する。背後を歩んでいたフランス王国軍の主力戦争機械――三機のフレアデリスは進路を変え、ヴィンセント達の正面を塞ごうと、こちらへと詰め寄っている。

そのうちの一機は頭部に鶏冠の様な、赤色の装飾を施していた。


 間違いない、あれが指揮官だ――ヴィンセントは口元を歪ませた。


 今やヴィンセント達は敵の騎兵と戦争機械に挟まれる形となっていた。敵の指揮官は恐らく彼のことを無能な指揮官だと思い始めているに違いない。


「ヴィンセント、そろそろよ!」


メルが叫んだ。


(馬鹿め、見てろ)ヴィンセントは心の中で呟くと、大きく息を吸い、「メル、合図だ!」と叫んだ。


 彼の指示を聞いたメルが立ち上がると、後部座席に備え付けられていた太鼓を叩いた。


 ヴィンセント達の最後尾を走っていた、隊で唯一の女戦争機械乗りであるオードリーの駆るドライグが、引き摺っていた荷馬車の手綱を手放した。


 荷馬車は失速しながら重騎兵の群れに一瞬で追いつかれ――そして、追い抜かされ、止まった。


 彼らの狙いはやはり、戦争機械のみのようだ。荷馬車をただの障害物と見なしたのか、それとも脅威となりうると思いつつ、反転する余裕がなかったのか――どちらにせよ、荷馬車が注目されることはなかった。そして、それが致命的な命取りに繋がった。


 荷馬車の中から数名の兵が顔を出すと、一斉に矢を放った。それらは容赦なく重騎兵の背中を貫くか、彼らの駆る馬へと牙を剥く。


 最初の斉射で落馬したのは半数にも満たなかったが、重騎兵の集団に動揺を与えるには十分過ぎる程の一撃だった。


 数騎が倒れた他の騎兵に脚を取られて転倒し、残った騎兵も第二射を受ける頃には完全に恐慌状態へと陥ってしまった。制御の効かなくなった馬が四方八方へと散り、乗馬した兵士は地へと振り落とされるか、あるいは個別に矢の雨を受けて絶命した。

それでも、先頭を行く三騎の騎兵は矢を物ともせず速度を上げて戦争機械へと迫っていたが、停止、反転したオードリー機の長剣によって薙ぎ払われたことによってさらに二騎が地に転がり、残りの一騎はオードリー機の後部座席を担当するジャンの弩に貫かれた。


「騎兵隊、潰走!」


メルが望遠鏡を覗き、状況を報告する。


「ざまあみやがれ」


馬車に乗っていた弩兵と弓兵が下車し、本隊に合流しようと駆けてゆくのを横目で見送りながら、ヴィンセントは開いたままのバイザーを収納した。


 正面から迫る三機のフレアデリスは戦争機械特有の装備である巨大な弩を掲げ、こちらに狙いをつけようとしている。隊長機であるヴォルールを先に潰す算段なのだろう。


「メル、こっちも射撃の準備だ! 弩の装填は任せたぞ!」


後方にそう叫ぶと、ヴィンセントはヴォルールに弩を掲げさせる一方、天井に固定された多重拡大鏡に手を掛けると、自身の左目へと近付けた。


 戦争機械が握る弩に装填された矢は、直径が二フィート強、長さに関しては人間の背丈の三倍程度となっている。


 威力は破城鎚よりも遥かに強い打撃力を誇り、当たれば一撃必殺の武器ではあるものの、戦争機械側への負担も大きく、撃った直後は反動で機体が後退し、重心の制御が出来なかった場合は最悪転倒してしまうこともあった。


 また、装填に関しても気長な作業が要求された。


 腕の構造上、そして強度の問題から、戦争機械は自分の腕を使って弩に矢を装填する事が出来ず、基本的に弩は一発撃てば用済みとなる事が多かった。


 だがヴィンセントの駆るヴォルールの様に、一部の機体には肩部に自動装填の仕掛けが装着されていた。それらが同じく肩に取り付けられた矢を弩に装着し、弦を引く――この一連の動作には三〇秒程の時間が必要とされた。


 よって再装填が不可能か、あるいは時間が掛かるという理由から、弩の一撃で相手を仕留めたい場合は、可能な限り近付いて、多重拡大鏡――四、五枚の拡大鏡を重ね、遠くを見渡す為の装備――を使い、必ず命中させる必要がある。ただし、これは戦争機械による射撃戦に慣れていない操縦者の場合の話だ。


 そして、ヴィンセントは弩を構えながら慎重に前進しようとする敵のフレアデリス三機から、瞬時に力量を察知した。


「ヴィンセント! 合図する!」


敵との正確な距離は分からないが、これまでの経験と勘が、この距離からなら命中させることが出来ると囁いていた。そして、囁く主はヴィンセントだけでなく、メルにも同じように囁いていたようだ――ヴォルールの肩越しに望遠鏡を覗きながら、彼女が大きく右腕を天に突き上げ――叫びと共に前へと振り下ろした。


 ヴォルール、そして追従する二機の戦争機械の弩から途方も無く巨大な矢が放たれるや否や、それは山なりの軌道を描いて空を切った。


 矢の軌道を眺めている暇は無かった。ヴィンセントは操縦桿を握り、反動で姿勢を崩しそうになったヴォルールを踏ん張らせる。


 身体に掛かる衝撃が峠を過ぎた頃、ヴィンセントは視線を上げた――そこでようやく放たれた三本の矢のうちの二本が、先頭を突き進むフレアデリスの胸部を貫通し、沈黙させたことを確認する。


 敵のうち一機の脚が止まった。こちらから見て右側に居た、指揮官機と思われる鶏冠を付けたフレアデリスだ。まさかこの距離から僚機を仕留められるとは思っていなかったのだろう。その隙をヴィンセントは見逃さなかった。


「矢を装填している余裕はないな――白兵戦を仕掛ける! メル、剣の格納を解いてくれ!」


「任せて!」


ヴォルールの背部、メルの搭乗する後部座席の右横には、同機の片腕程の長さの大剣が縄に巻かれ、貼り付いていた。


 鏡越しにメルが縄を解こうとしているのを確認したヴィンセントは、ヴォルールに弩を投げ捨てさせると、右腕に剣の柄を握らせた。


 縄が解け、機体右側の負荷が大きくなった――大剣を支えるのがヴォルールの右腕だけとなったようだ。


 機体の重心が右へ移りつつあるのを自身の操縦技量で何とか抑えつけながら、ヴィンセントは隊長機のフレアデリスを正面に捉えると、ヴォルールを前進させようとした。


「ヴィンセント! 左八〇グラード辺りから射撃!」


隊長機のフレアデリスもようやく落ち着きを取り戻し、改めて弩を掲げ直そうとしていた。やがて発射される矢の軌道を見極めようとしていたが、突如として発せられたメルの声に全神経が傾いた。


 多重拡大鏡を退かし頭部の視界を左に向けると、丁度もう一機のフレアデリスが矢を放ち、それが山なりの軌道を描いて自機へと向かっているところだった。


「だからフランスの文化を持ち込むなって言っただろ――」


機体を大きく傾けると同時に、今までヴォルールの左肩が存在していた場所を矢が通り抜けた。


 避けたものの、大質量の鉄の塊はヴォルールから少し離れた地面に突き刺さると、地を伝う衝撃となってヴォルールを襲う。


 あのフレアデリスは仲間が仕留める筈だ――揺れの中で上手く姿勢を制御して持ち直しながら、自機と対峙するフレアデリスに目を向けようとしたヴィンセントの視線は、今度は正面から低角度で飛んでくる別の矢に釘付けとなった。


 心臓が跳ね上がる思いをしながらも、ヴィンセントは咄嗟にヴォルールの右腕を動かし、振り上げられた大剣によって矢を弾いた。


 強度が強かったのだろう、矢は折れずに宙を舞うと、机から落ちたスプーンのように後方の地面を転がり、やがて静止する。


 距離にして六〇フィートを切っただろうか。正面のフレアデリスが弩を捨て、腰からヴォルールの持つそれと似たような大剣を抜いた。


「衝撃に備えろ、メル!」


ヴィンセントは機体を加速させ、一気に距離を詰め――フレアデリスへと斬り掛かった。


 フレアデリスは左腕に装着していたラウンド・シールドでヴォルールの一撃を受け止めた。金属と金属がぶつかり合い、教会の鐘をさらに低くし、短くしたような鈍い音が響く。衝撃でフレアデリスが数歩下がりつつ、右手に握った剣を突き出す。


 左胸部が狙われている――悟ったヴィンセントが機体を傾けた。先程までヴォルールの胴体左側があった空間が、フレアデリスによって突き出された剣によって空しく切り裂かれる。


 左腕で大剣を受け止め、後退しながら右腕を突き出すという無理な姿勢を取った所為で、相手のフレアデリスが一瞬よろめいた。その隙をヴィンセントが逃す筈もなく、ヴォルールの右腕はラウンド・シールドの上をまるで地を這う蛇のように移動すると、そのまま敵の胸部を横切り、右腕部まで到達し――肘の関節から下を薙ぎ払って切断した。


 剣が振られた事による遠心力により、機体が傾く。ヴォルールは結果としてその場で――目の前で腕を千切られ、よろめくフレアデリスの前で舞踏を踊るように一回転すると、振り向き様、大剣を同機の左肩部へと突き刺した。


 肩部と胴体とを結ぶ関節に、ヴォルールの一撃が深く食い込んだ。フレアデリスの左腕が肩から千切れ、ラウンド・シールドを取り落とし――その場に尻餅をついた。


 勝負は決した。ヴィンセントは不敵に微笑むと、ヴォルールに倒れたフレアデリスの胴体を踏みつけさせた。

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