-RAID- 奇襲攻撃 1

中世/オルレアン郊外/ヴィンセント


 地平線に沈みかけた太陽が、空を火炙りに掛けているかのように赤く燃やしている。


「よし、野郎ども、戦闘準備にかかれ!」


正面から夕焼けを浴びながら、ヴィンセントは号令を上げた。そして、覗き込んでいた望遠鏡を下げ、今まで座っていた岩の上に立ち上がる。


 男にしては長い金色の髪、革を基調とした軽鎧、そして背中を覆う黒色のマント。中性的かつ端正な顔立ちに似合わず、その表情は硬い。


 その原因は彼の眼下にあった――遥か彼方から続く、両側を針葉樹林に囲まれた草原の向こう側には数百からなる槍兵が整列し、各々が手にした長槍を構えながら少しずつこちらへと詰め寄っている。その背後には同数程度の弩兵、そして右側面からは数十の騎兵が紋章の入った旗を振りながら砂煙を立て、一直線に向かってきていた。


 奇襲だ。次の雇われ先へと向かう最中に休憩地として選んだ小高い丘で、ヴィンセント率いる傭兵部隊はこちらへ陣形を組みながら向かって来る一隊に気付いた。念の為放っておいた斥候が運良く気付いたお陰で、敵と接触する前になんとか作戦を練ることが出来た。


「お頭、あれはフランス王国、メルケルス家の紋章ですぜ。数はざっとこちらの二倍位はいそうです」


ヴィンセントが自分の背丈程はある高さの岩から飛び降りると、副長のマクダネルが話し掛けてきた。


「メルケルス家はフランス王朝と直接の血縁関係は有りませんが、この地方では割と名の知られた貴族です。金になれば良いのですが」


「そんな奴らが、どうして一介の傭兵風情に勝負を挑んでくる?」


「多分奴らはこちらが傭兵だとは知らないと思いますが」と前置きした上で、マクダネルは続けた。「先日のオルレアン郊外での一戦でしょう。俺達が捕虜にしてイングランドに差し出したあの貴族の名前、覚えていますかい? ――アントワール・ド・メルケルス。現当主であるウォード・ル・メルケルス公の次男です」


マクダネルはヴィンセントの反応を確かめようとしたのか、少し間を置いた。しかし彼が無表情のまま口を開かなかったので、咳払いをすると、続けた。


「アントワール公はそのうち身代金と引き換えに解放されるでしょう。ただ、我々は彼らの恨みを買った。いや、名誉を傷つけたと言えばいいのでしょうか」


「ふん」ヴィンセントは鼻で笑った。「名誉か。時々貴族が何を考えているのか、本当に分からなくなるな」


「彼らは名誉の為に生きているのですよ。それが穢されたから、怒り心頭になっているのかと」


「つくづく馬鹿な連中だ――まぁいい、やって来たのはもう仕方がない。返り討ちにしてやるさ」


そう言いながらマントを払うと、ヴィンセントは周囲を見渡した。


 奇襲だと言うのに、それも倍以上の兵力差であるにも関わらず、彼らの顔に焦りは微塵も感じられない。百人近くの傭兵が、ある者は槍を握りしめ、ある者は弩の調整を行いながらヴィンセントの指示を待っている。


「先日の戦いで、こちらの手の内も知られています。戦争機械も引き連れて来ている筈」

「マクダネル、お前の言う通りだ。ほれ、見てみろ」


ヴィンセントが指差した先、小粒程度の大きさのフランス王国軍歩兵隊のさらに背後に、巨大な黒い人型の影が三つ、揺らめいている。


 戦争機械。三年前からヨーロッパ圏内に姿を現したその兵器の正体は、人が乗り込んで操縦する、全高三〇フィート程の、巨大な人型の甲冑だった。


 槍や石矢で貫くことの出来ない鋼鉄の装甲、重騎兵と同程度の機動性、それでいて城壁を簡単に破壊出来る打撃力。


 攻城鎚を打ち込むか、射石砲の直撃を狙うか、あるいは自軍の保有する戦争機械をぶつけるか。この恐るべき巨人を打破する術はそれ位しか見つからない。


「仕方ない」ヴィンセントは呟いた。「マクダネル、打ち合わせた通りだ。歩兵隊の指揮はお前に任せた」


「へいへい。お頭はまた、戦争機械で?」


マクダネルはそう言うと、背後を振り返った。


 岩の両脇、中腰の姿勢を保つ弩兵のすぐ背後に、騎士が領主に謁見した時のような姿勢をとった――地に片膝をつき、頭を垂れ、主人の指示を待つ、巨人。戦争機械が三機、待機していた。


「ああ。こちらの損害は出来る限り出したくない。早いうちに敵の指揮官を叩いて、戦闘を終わらせる。騎兵か戦争機械か、どちらに指揮官が混じっているかは分からんが――どっちも叩けばいい話だ。歩兵隊は荷馬車を盾にして、時間を稼いでくれればそれでいい」


弩兵を押しのけ、ヴィンセントは一機の戦争機械の正面へと進んだ。そして、胸部から垂らされている縄梯子に足を掛ける。


「出来ますかい、そんな簡単に」


背中の向こうから、マクダネルが問いかけた。しかし、問いかけの体こそ取っていたものの、その言葉にはヴィンセントに対する一抹の懐疑すら存在していないかのようにも見受けられる。


 マクダネルだけではなかった。彼に率いられる百名程の傭兵達、皆全てがその実力と、問いかけに対する彼の回答を知っていた。


「俺はそうやって今まで生き延びてきた。違うか?」


夕日を浴び、佇む戦争機械――ヴォルールの胸部に辿り着いたヴィンセントはそう言うと、不敵に微笑んだ。そして、戦争機械頭部のバイザーを開くと、中へと潜り込んだ。


 操縦席の椅子に腰掛けたヴィンセントは、右側の壁から突き出ている取手を握り、思い切り手前に引く。すると、猛獣の唸り声の様な音と共に、戦争機械が動き出した。


 戦争機械が動く原理を、傭兵団の殆どの連中は知る由もない。大半の兵士は三〇フィートもある巨像が人の意のままに動き出すのは黒魔術の類いに違いない、そう思っているようだが。


 ヴィンセント自身もその原理を知っている訳ではなかったが――それでも、戦争機械を動かす度に兵士達がざわめき、畏敬の目を自分と、自分の戦争機械に向けてくることには気付いていた。


「黒魔術だと思っている奴には、黒魔術だと思わせておけばいいさ」


ヴィンセントは呟いた。どういう形であれ、彼らが自分の払う金に忠誠を誓い、そして金相応の働きをすればそれで満足だった。


「ヴィンセント! ヴォルールに異常なし! いけるわ!」


背後から甲高い女の声が聞こえた。後部座席に搭乗した整備士のメルが、起動時の簡易点検を終えたようだ。


「メル、作戦は伝えた通りだ。あと、弩はあまり使うな! 矢がもったいねえし、俺の補助に徹しろ、いいな!」


「何言ってんのよ! どっちにしろあんたがブリキを振り回すせいで、私はしがみついているだけで精一杯よ!」小柄なメルが、その容姿に似合わない声量で怒鳴る。「それでも弓やら弩に狙われるから、こっちは応戦しているの!」


戦争機械の背部には外部に露出させる形で後部座席が組まれており、そこには大抵一名ないし二名が搭乗し、バイザーの収納時、多重拡大鏡を通してのみ満足に視界を確保する事の出来る魔導兵に周囲の状況を伝える役目を担っている。あるいは戦争機械が仕留め損ねるか、背部に取り付こうとした歩兵を座席から立ち上がり、弩で狙うこともある。


「馬鹿野郎、知るかそんなもん! てめえ自身でなんとかしやがれ!」と、ヴィンセントは怒鳴り返した。戦争機械の駆動音と操縦席の構造上、後部座席に聞こえるように話し掛ける為に、どうしても声を大にして叫ぶ必要があった。「せいぜい振り落とされんようにケツを椅子に押し付けておくんだな!」


操縦座席に備え付けられた鏡に、こめかみに青筋を浮かべたメルの顔が映り、突き立てた中指をこちらに見せている。


「なんだ、その手は!」


「クソ野郎って意味さ、このアホ隊長!」


また変なフランスの文化を持ち込みやがって――ヴィンセントはそう怒鳴りつけたいのを堪えると、落ち着く為に息を吸い、吐いた。


 どうやら騒いでいたのは彼とメルだけだったようで、辺り一帯はすっかり戦前の空気に侵され、静まりかえっている。


 兵達が相変わらず自分の事を見つめ、指示を仰いでいることに気付いたヴィンセントは咳払いをすると、操縦席で姿勢を正した。


「……間もなく我々はフランス王国軍との戦闘に入る! 勝利した暁には戦勝手当はもちろんの事、敵の貴族を捕まえた奴には追加で報償を遣わす!」


兵達が、沸いた。彼らはヴィンセントだけに忠誠を誓っているのではなく、彼と、そして彼の払う金に忠誠を誓っている――それは傭兵団を束ねているヴィンセント自身が一番良く分かっていた。


「俺の隊は敵の騎兵と戦争機械を叩き、早いうちに戦意をくじく! お前らはマクダネル副長の指示に従い、本隊を足止めしろ! 以上! 健闘を祈る!」


短く演説を終わらせ、ヴィンセントはヴォルールの操縦桿に手を掛ける。


 低い駆動音と金属の軋む音を吐きながら同機が地を歩みだし、歩兵隊の脇を通ると、その前面へと繰り出した。


 メルが後部座席に備え付けられた二丁の弩に矢を装填するのが鏡越しに見えた。彼女のさらに背後ではマクダネルが檄を飛ばし、歩兵達を指揮している様子が伺える。その光景も数分が経つ頃には遠い彼方の物となっていた。

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