-CLIENT- 人工知能 5

 次の日、継士は大学の帰りに公園へと立ち寄ると、一時間程ほむらと話をした。


 彼女との話は何気もない世間話から昊の話まで、様々に及んだ。


 継士はこの世界の概要を教える傍ら、彼女が生み出された遠くない未来についても色々と訊ねてみた。


 例えば、ほむらのAIが入っている疑似思考演算装置、これには二〇一五年初頭に実用化された量子コンピュータの発展型が入っており、一〇〇パーセントまでとはいかないが人間の思考回路とほぼ同じ物を同筐体で再現可能であるそうだ。だがその様な技術は二〇五〇年――ほむらがやってきた時代においても公開されていない最先端の物であり、人工知能の類が社会で幅こそ効かせているものの、それらは継士の時代におけるコンピュータープログラムの発展系でしかないらしい。


 分からないことは依然として多かった。ほむらがこの時代に来た理由、そして三年もこの時代に置き去りにされ続けているという理由。そして何よりも、昊に関するほぼ一切の事象をほむらは知らなかった。


「昊と過ごした一〇分間を、出来るだけ詳しく教えてくれないか」


ある日、継士はほむらにそうお願いした。


「正確には二三秒よ」ほむらはそう告げた。「別のシステムが並行して起動していて、バックグラウンドであたしという人格の設計・構築作業が走っていたみたい。構築開始状態のあたしは赤ん坊同然だから、構築がある程度まで終わり、ようやく昊という存在を認識し、会話の内容を聞き、咀嚼し、理解し、そして対する言葉を考え、メッセージとして表すまでには九分と三七秒必要だった――イメージしにくい?」


継士は首を振った。「人間で言う胎児からの成長過程みたいなもので合っているだろう?」


「それで問題ないわ。で、あたしが最初に読み取った彼女の言葉は、『ごめんなさい』だった。何を謝っているのか? 恐らく何を、に当たる部分が当該の言葉の前に来ていたか、あるいはこの後言われる筈だ――そう予測したあたしは『何がごめんなさいなの』と聞き返した。その結果、彼女はこう言った――『あなたの活動を三年間、指定座標XからYまでの直線経路上に限定させて頂きました』って。それから『本当にごめんなさい』と、前々回と似たような台詞があって、あの子がこの公園から走り去って――それだけよ」


「XからY?」


「そう」ほむらの左手に二人の座る噴水の周辺――都立公園の全体像がホログラム・ディスプレイによって表示される。そして包丁に分断されるケーキのように、噴水から一本の直線が南北に伸びたかと思うと、両端がそれぞれ公園の入り口と木々の手前で止まった。


「あたしはこの線上、直線距離にして一五メートル、幅一メートルの間しか移動できないのよ」


それじゃあまるで、閉じ込められているみたいじゃないか――継士の考えが伝わったのか、「そう、あたしは昊に閉じ込められたということになるわ」と呟いた。


「閉じ込められているって、つまりお前は自力でこの線上から抜け出せないのか? 例えばお前を持って、この線上から離れたらどうなる?」


「やってみる?」ほむらはそう言うと、自身を投影する筐体を継士の肩の上へと跳び乗らせた。昨日感じた、少し大きめの猛禽類が肩に乗る様な不思議な重みを身体に受けつつも、継士は立ち上がると直線とは垂直に当たる方向へと歩き始める。


 異変は二歩目で生じた。肩に乗った筐体が突然宙に浮くと、XとYの線上へと浮遊しながら移動し、そして着地したのだ。


 三歩目を引っ込めて驚く継士を尻目に、「直線上から離れようとするとこんな風に筐体の制御が出来なくなって、自動操縦に切り替わって、再び直線内に戻されるのよ。仮にあんたがあたしを掴んで離れようとしても、筐体に入った内蔵兵器があんたを動けなくするか殺すかして、結局は直線内に戻ると思う」と、ほむらは少し困った様な声で言った。


 何と言って良いのか分からず、継士は再び噴水に腰掛けると、着地して再びインターフェイスの投影を開始するほむら――筐体の方を見つめた。


「昊を、恨んでいる?」


ようやく見つけた言葉を発してから、しまった、と思った。だが意に反してほむらは「別に」と即答すると、「あたしはこの直線上の世界しか知らないから。自由というものが分からないから、それを失った時の悲しみが理解できない」と付け加えた。

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