-CLIENT- 人工知能 4

 恐ろしい程の動揺の中、背景を灰色の壁が埋め尽くし、かつ目線の関係からこの写真は意図的に取られた事までを継士けいじは推測した。


 彼が絶句するのを別段気にする訳でもなく、ほむらは「察しの通りよ」と淡々と述べる。


「あんた、そらを探していたのね」


ほむらが再度手を翳かざすと、画像が消えた。眼前に居た彼女を奪われたかの様な錯覚に陥った継士は、反射的に「お、おい!」と叫ぶ。


「何よ、その反応。心配しなくてもこの画像はいつでも見せてあげられるから」

継士の理性がようやく感情に追いついた。


「お前、昊を知っているのか?」


「結論から言うと、そうよ」大した事ではないと言う風に、ほむらは髪を撫でると、「あの子、あたしがこっちの世界で生まれて、最初に会った人間だから」と言った。


「こっちの世界……?」


「そう」ほむらの視線が再度、継士に向けられた。「あたしは三年前、未来から送り込まれたの。この世界よりも時間的にほんの少し、けれど技術的には大分進歩した、とある未来の世界から」


 人間の意識を読み取れる針を持ち、人間に良く似た人格を持つ四角い端末。確かに現時点でこれだけの物を作れる技術力は、世界には存在しない筈だ。


「つまり未来の技術で生まれたお前は、同じく未来の技術でこの世界にやってきたってことか?」


「そうなるわ。そして、こっちの世界に来てからあたしという人格が意識を持ち始めた」


「……」


信じるか信じないか、その部分は継士にとってどうでも良かった。彼女に聞きたいことは他にある。


「それで彼女は今、何処で何をしている?」


「言ってもいいけど、それが分かった所であんたは結局どうしたいの?」


「決まっているだろ。彼女に会いに行く」


「ふうん。じゃあ言うけど、聞いても絶対に後悔しないって誓える?」


後悔? どういう意味だ? 継士の頭の中に疑問符が浮かぶが、思考とは裏腹に彼の口は「ああ」と肯定の意志を示した。


「じゃあ言うわ。あの子は今、過去にいる」


 目の前に居る人工知能は未来から来たと言っていた。つまりほむらから見て継士の生きるこの世界は過去であり、タイムスリップが出来るということは、未来の技術を借りさえすれば、さらに前の時代にも行ける筈――。


 論理的ではあるが、動揺から生じた思考だ。一番今気にしなければならないのは、昊がこの時代よりも前、つまり過去に居るかもしれないという可能性だ。


「……過去」


先程は血迷って思考よりも先に出た口が、今度は後から付いてきた。


「そう、過去。三年前、彼女はあたしの目の前で、過去へと飛び立った」


「三年前――!」


彼女が失踪した時期が、彼女が過去へ行ったとされる時期と重なった。


「一体どうして、彼女は過去に行ったんだ?」


この自分を置いて。継士は心の中で、そう付け足した。


「あんたと昊がどういう関係かは何となく分かったけど」ほむらの言葉に若干の棘が見えた。「決まっているじゃない。あんたとの関係よりも大事だったのよ。過去に行くという行動が」


ほむらが意図的に継士を憔悴させ、動揺させようとしている事は継士も分かっていた。だが、分かっていても彼にはどうする事も出来ず、大人しく彼女の意図に乗るしか選択肢は存在しなかった。


「ちなみに、残念ながら過去に行く方法をあたしは知らないわ――だから、もう諦めたら? 昊のことは」


「分からない……どうしてだ。どうしてそんなことを!」ほむらの意地悪な進言を、継士は無視して問い詰める。「もう一度聞く。お前は彼女が過去に行った理由を知っているのか?」


「意地悪を言うつもりじゃないけれど」と前置きした上で、「あたし、ほむらという人格が立ち上がったのが、昊が過去に行く少し前なのよ。未来から来たってのはあくまであたしの中にあったキャッシュを参照して、そう結論付けたに過ぎない――だから悪いけれど、分からないの」とほむらは言った。「ただ、昊からメールが来たというのは気になるわ」


「お前が昊の名前を騙って送ったんじゃないのか?」


「違うわよ」ほむらが肩をすくめる。「あたしがあれからしていたことと言えば、あの子の命令通り、三年間ずっとこの場所で暇を潰していたくらいよ。一応あたしの所有権は昊で登録されているから、それを守るしかなかった」


「所有権?」


「ソフトウェアのユーザー登録みたいなものと思ってもらって構わないわ。登録されたユーザーの言うことに、あたしは基本従わなければならない」


「それが、昊?」


「そう。あたしという存在が目覚めた時既に、あたしは彼女の所有物となっていた。そして、三年間ここで待て、って言われた。ちなみに彼女と出会い、別れるまでの時間は、およそ一〇分」


空を見上げたほむらの横顔が曇った。


「……三年もひとりぼっちだったんだな」


「そうよ」


平然と言ってのけるほむらの顔は悲しみを塗りつぶし、微笑を浮かべているようにも見えた。


 果たして昊のいる過去とは一体いつの事を指しているのだろうか、そして過去へと行った彼女に会う方法は? ほむらに訊きたいことは他にもあった。


 だがしかし、継士はそれらの質問を今は仕舞っておくことにした。そして、何故彼女に対し、ここまで警戒心が沸き起こらないのかという理由に気付く。


 彼女の境遇が、継士自身と驚く程よく似ていたからだ。ちょうど三年前の同じ日、同じ時間から二人は世界に取り残され、そして過程こそ違うものの、孤独に生きてきた。


 暫くの沈黙の後、継士は「分かった」と呟いた。「昊が居なかったのは残念だけど、これからは大学の帰りに寄るようにするよ。彼女のことが何か分かるかもしれないし、彼女がここを示した理由が分かる気がする。お前がひとりぼっちなのも不憫だし」


「えっ……?」


ほむらの顔が一瞬驚きに溢れ、視線が暗雲から継士へと向けられた。


「あたしの為に、来てくれるの?」


継士が頷くと、ほむらはなお驚いた表情のまま、暫く言葉を発さずに継士の顔を見つめたまま動かない。


「まぁ、来たいと言うのなら仕方ないわね」ほむらはそう言うと、腰に手を当てて、溜め息を吐いた。「……どうせ昊もそう望んでいたんだし、いいわ」


「昊が望んでいた?」今度は継士が絶句する番だった。「どういうことだ? どうして彼女が望む必要がある?」


ほむらは大きく息を吸い込むと、「あんたとあたしを会わせる為よ。あたしのホログラム、所有者側で許可された対象にしか見ることが出来ないの」と、息を吸い込んだ割には小さな声で呟いた。

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