-REAPER- 強襲部隊 3

中世/オルレアン郊外/ヴィンセント


「ヴィンセント!」


メルの絶叫が操縦席に響いた。


「ちっ——」舌打ちしたヴィンセントの額からは一筋の血が流れている。


 ヴォルールの右胸部には大きな窪みが出来ていた。鋼鉄の装甲が変形し、拉げ、隊の連中には到底分かりもしないような内部の複雑な仕組みが露出している。


 額の傷は、右胸部の窪みとほぼ同じタイミングで出来たものだ。そして傷を負わされる原因となった、眼前に佇む深紅の戦争機械をヴィンセントは凝視している。


 両手に持つ短剣付き弩。ヴィンセントが負った傷は左手のそれによって受けたものだった。白兵戦の最中、敵は斬撃に交えて弩を放ったのだ。


「メル、損傷は」彼女の心配そうな顔をよそに、ヴィンセントは淡々と状況を確認する。


「装甲が飛んだだけで、内部的な損傷はないわ。距離が近かったのが幸いしたわね、あとは、あんたの傷くらいだけど……」


「ああ。天井にぶつけただけだ」ヴィンセントはそう返すが、その顔には苦渋の表情が浮かんでいる。


「ヴィンセント。あんたが負けず嫌いなのは誰よりも知っているわ。けど、ヤバくなったら引いて」


「引けねえな」即答したヴィンセントの声は、恐ろしいほどに冷めていた。「もう既にヤバいんだよ。互いに無傷で引ける間合いじゃねえ」


(正確には、無傷で引けないのは俺の方だけだ)ヴィンセントは心の中で訂正する。


 戦いのなかで、ヴォルールの弩はオルレアンの死神に真っ二つに切断され、役目を終えた形で背後に転がっていた。


 遠距離からプレッシャーを掛けられない為、接近戦を挑まざるを得ない——相手が無傷で、かつ機動力でも勝り、遠距離攻撃が可能な弩を未だ持っていたとしても。


 先に動いたのはオルレアンの死神だった。再装填された弩を構えつつ、右手の弩を逆手に持ち、突進——対するヴォルールも盾を前面に出しつつ敵の側面へと回り込もうとする。


 あの弩は厄介だ——ヴィンセントは口まで流れ着いた一筋の血を舐めながら、さらに目を細めた。先端に装着されているのみだと思っていた短剣は弩の台座と一体化しており、突く以外にも柄の持ち方を変えれば斬る、払うなどの一般的な剣と何ら変わらない使い方が可能だった。白兵戦で攻めつつ、こちらが忘れた頃に超近距離から矢が飛んでくるのだ。


 間もなく両者の握る刃が空中で交差し、鈍い音を立てる。衝撃で数歩引き下がるものの、弩の射線に上手く盾を掲げながら、再度懐へと飛び込もうと試みるが——敵もそれを予想していたのだろう、下段に向けて突き出された刃を、ヴォルールはかろうじて避ける。


 不意に真紅の戦争機械が、ヴォルールとの距離を取った。そして、弧を描く形で再度同機へと接近すると、弩の刃を一閃する。


「その手には乗るか!」


剣を防ぎ、かつ斬撃を繰りだそうとすれば、間違いなくあの弩の餌食になる——最初の一撃を此方の剣で防ぎ、弩を盾で防いだ上で、その盾で殴打。


 馬鹿正直に繰り出された斬撃をヴォルールの剣が食い止める。そしてヴィンセントの思い描いた通り、握られた弩が此方を捉え——。


 弩から矢が放たれた。矢はゼロ距離のヴォルールを掠めると、その向こう側でフレアデリスと睨み合うドライグ——ボルドーの機体に着弾、右肩から下を粉々に吹き飛ばした。


「な、なんだと……!」


俺が弩を警戒すると分かって、背後のドライグを狙う——オルレアンの死神は、そんな芸当が出来るのか……?


 距離を取った真紅の戦争機械に、ヴィンセントは瞬時にヴォルールを詰め寄らせた。盾を捨て、両手で剣を構え、突進——真紅の戦争機械もそれに応じ、今度は引き下がらずに一直線に剣を構え、向かってくる。


 弩はまだ装填されていない。先端に付いた短剣が光を反射し、不気味に輝いた。


「こんな所で、訳の分かんねえ戦争機械にやられて、傭兵の身分のまま一生を終えるなんて……あってたまるか!」


心情の吐露と共に放たれた一撃——しかしその寸前で、ヴィンセントはヴォルールの左手を剣の柄から離させた。刃と刃がぶつかり合い、しかし力負けしたヴォルールの右腕が軋むと、嫌な方向へと折れ曲がる。


 左腕はそのまま敵の懐へと入り込むと、胸部へと一直線に向かった。握られた拳が、バイザーの下部、操縦室を捉える。


 勝利を確信したヴィンセントだったが、その認識は一秒と続かなかった。


 オルレアンの死神はヴォルールの斬撃を弩の刃で受け止めていた。そして、もう片方の手——右手に握られた弩の刀身が胸部の前を半円を描いて通り過ぎ、その進路を通過しようとしていたヴォルールの左手首を鮮やかに切断した。


「ば、化け物……!」


ヴォルールが後退し、オルレアンの死神との距離を取った。しかし、それが仇となってしまった——オルレアンの死神は悠長な仕草で弩を向ける。自動装填装置が矢をそれに押し込み、同時に弦をぎりぎりと引き、その照準を、ヴォルールへと定めている。


 周囲に機体を隠せそうな場所は見当たらない。そして、この距離で、通り名を持つ敵のエースが狙いを外すとは考えられなかった。


 勝敗が決したことを受け入れたのか、ヴィンセントの呼吸は止まり、背後で必死にヴィンセントの名を呼ぶメルの声だけが虚しく操縦室に響き渡った。


 戦場で死んで、一生を終える——それは、傭兵はもちろん、戦場に立つ人間誰しもが覚悟し、あるいは望む死に様ではあった。


(だが、俺は……)


彼自分で傭兵団を率いるようになってから、旅の終着点が変わることは決してなかった。戦争機械に乗っている時も、あるいは野営地で仲間と酒を飲み交わしている時も、ヴィンセントが自身の明確な欲望を忘れたことは片時としてなかったのだ。


 頬を一筋の涙が伝って落ちた。


(……だが、夢に届かずに果てるのは一人だけで良い)


 一通りの感傷が過ぎ去ったのだろう、ヴィンセントは顔を上げると、「メル。ヴォルールから降りろ」と呟いた。

「……え?」


「お前が降り次第、奴に突貫する。奴の装填速度は十数秒だから、ヴォールルが二発とも矢を喰らえば、お前が立ち去るだけの時間は十分に稼げる筈だ」


横目でメルを視界の端に捉えながら、ヴィンセントは淡々と告げた。


「……私だけ逃げろって言うの?」


「勘違いすんな馬鹿。俺達二人がくたばったら誰が他の戦争機械の指揮を取るんだ。すぐに契約部隊の連中を纏めあげてマクダネルと合流し、引き上げろ。このままだとお前まで無駄死になっちまう」


研ぎ澄ませていた神経のせいだろう、メルが唾を飲み込む音が間近に聞こえた。


 振り返ると、メルは意外にも口元に笑みを浮かべている。


「……私も残るわ。ヴィンセントが突貫して果てるなら、私は奴のバイザーに剣を突き付けてから後を追う」


腰に差した短剣に、メルの手が伸びた。


「……いいのか」


「ヴィンセントに助けられなかったら、消えていた命だし」


メルの視線に力が篭った。


「分かったら半ベソかいてないで、手足を動かして」


「……ちっ」


舌打ちをすると、ヴィンセントは再び正面に向き直った。


 思った程時間は経っていない。だが、弩から矢が放たれるまでにはあと数秒と掛からないだろう——命の残り時間はあと僅かに迫っている。


「すまん、付き合わせてしまって」


 タダでは死なない——ヴォルールを前進させようとした、その時。


 弩を此方に向けていたオルレアンの死神が、不意に弩を下ろすと、肩の向きを変えた。


 刹那、オルレアンの死神が真横に吹っ飛んだ。


「なっ……?」


肩の盾に命中した大質量の矢が、同機を思い切り押し飛ばし、また受け止めた盾を歪な形状に変形させる。


 契約部隊の戦争機械はすべて釘付けにされているはずだ。オードリーも左翼で白兵戦を挑んでおり、他に動ける機体はない。


 オルレアンの死神は体勢を持ち直すと、その場から飛び退いた。間髪入れずに新たなる矢が今まで同機が居た地面に突き刺さる。その間、わずか数秒。


 絶句している間に、三射目が放たれた。それは命中こそしなかったものの、同機の肩を擦れて飛んでゆき、無理な姿勢で回避運動を取らせた為、体勢を再度崩すことに成功する。


「あの速射、まさか——!」


四射目がオルレアンの死神の胸部を捉えた。だが、同機が上半身を捻ったことにより、矢は肩の盾に刺さり、装甲を破壊することはなかった。


 ヴォルールの隣を、奇怪な重低音を奏でながら一機の戦争機械が通り過ぎると、両機の間に割って入った。


 弩を掲げ、背中には大剣を背負い——だが、その機体の下半身からは四本の脚が突き出ている。


 鹵獲した例の四脚の戦争機械が矢を放ち自分の窮地を救ったことに気付いたのか、ヴィンセントは身を乗り出し、スリットから様子を覗き見る。


「何だ? 誰が乗っている? ホランの馬鹿か?」


「……あの機体のバイザー、開け方も分からなかったでしょ、私達」


メルの言い草から、ヴィンセントはようやく事態を飲み込んだ。


「まさか……あの捕虜か?」


 四脚が弩を捨て、剣を引き抜くと、そのまま一直線にオルレアンの死神の懐へと駆けてゆく。意外にも同機はその場を動かず、剣を構えたまま動かない——いや、むしろ動かないのではなく、直立したまま動けないように見える。石の様に固まる同機に向けて、四脚の握る剣が振り下ろされ——。


「継士くん!」


 オルレアンの死神から拡声器で聞き取れない何かが聞こえ——四脚の動きが止まった。


 状況を飲み込めないヴィンセントに追い打ちをかけるかのように、間もなくオルレアンの死神が駆る戦争機械のバイザーが開き、中から搭乗していた人間が姿を現した。

後書き編集

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