-REAPER- 強襲部隊 2
中世/オルレアン郊外/継士
「作戦成功よ、
「作戦? この騒ぎは、お前が?」目を擦りながら、継士は訊ねる。
慌ただしくなったというよりは、これは、恐慌——つまり、彼らが畏怖する何かが現れたということだ。
「ええ、そうよ」ほむらは両手を腰の上に置き、さも得意げな表情を浮かべた。「説明は後。今はセラフにたどり着くことだけを考えて——ほら」彼女が喋る間に、彼女の筐体から二筋の白い光が発せられたかと思うと、檻の鉄格子に照射された。
瞬く間に鉄格子が円形に切断されたのを見て、継士は感心する様子も見せず、外へと踏み出した。
周囲を右往左往していた兵達は既に消えていた。代わりにそう遠くない所から金属と金属がぶつかり合うような鈍い音が断続的に聞こえてくる。
ATS同士が戦っている——昨日この集団と繰り広げた際に鳴り響いていた金属と金属との衝突音が、今度は少し遠い場所から流れていた。
「ほむら、一体何を……?」
「こっち」説明の代わりに、筐体が数歩先を歩き、継士を先導する。
酒樽、食べかけのパン、血の付いた剣。地面や机に放置された様々な小物を視界の端に確認しつつ、テントの合間を縫うように、継士はほむらに続く。
足が小刻みに痙攣している。心なしか息遣いも荒く、意識も気を抜くと途切れそうだ。
昨晩は、一睡もできなかった——継士は廃人のように、夜空をただひたすら見上げて過ごしていた。
よろけつつ、ようやく開けた場所に出た継士の正面に、縮こまった蜘蛛の様な体勢を取ったATS——セラフが現れた。
縄のようなもので全身を縛られ、鉄製の台車の上に乗せられている。胸部に向けて木製の梯子が三つも伸びており、操縦席をこじ開けようと苦心した様子が伺える。
梯子に伸ばした手が、途中で止まる。
「ほむら。昊は、やっぱり——」
「しっかりしなさいよ」継士の言葉は、上の方から聞こえるほむらの声によって遮られた。「どちらにせよ、結局鹿野絵昊を探し出すしかないのよ」
やや間があって、継士の手がようやく梯子を掴む。
突然、何者かが背後で叫ぶ声が聞こえた。
反射的に振り返ると、一人の男が剣を抜き、凄まじい形相で継士のことを睨みながら近付いてくる最中だった。
「ほむら、連中に見つかった!」
彼女に助けを求めるが、返事はない。セラフの中で他の作業に気をとられ、集音を忘れているのだろうか?
男が何かを口走るが、言葉の意味はさっぱり分からなかった。
脱走したところを見つかったのだから斬り捨てられてもおかしくない筈だが——目の前の男の様子は明らかにおかしかった。継士を威嚇するというよりは、口髭を風に吹かれる雑木林の様に動かしながら、何かを継士に伝えようとしているようだ。
男は背後を指差した。その先、遥か向こうから一機のATSが駆けてくる。
昨日目にした重厚なモデルだ。距離にすると数百メートルはあるだろうか? 到達までは時間が掛かるだろう。背後に乱立する岩場に身を隠せば、恐らく気付かれないうちに後退できる筈だ。
「継士! 準備が出来たわ! 乗って!」ほむらの声がセラフの拡声器から聞こえた。続いて胸部ハッチが開くと、搭乗用のワイヤーが継士の眼前に垂れる。
ワイヤーの取っ手に片足を乗せ、垂直方向に上昇——セラフに搭乗し、ホログラム・レストリクターが展開され、継士を包み込んだ。
男はまだ、継士に対して必死で何かを伝えようと必死に身体を動かしている。しかし、その姿も続いて胸部ハッチが閉じたことで見えなくなった。
やがてメイン・ディスプレイ、そして左右には多数のホログラム・ディスプレイが立ち上がり、彼の身体を七色に染め上げる。
「こいつらの敵対勢力を誘き寄せたの」縮小されたほむらのホログラムが浮かび上がると、そう告げた。
「敵対勢力を誘き寄せた?」
疑念の色を多分に含む継士の復唱に対し、ほむらは「その通りよ」と頷いた。「丁度、昨日の夜に飛ばしていたドローンが、あんたが捕まった村付近をうろつくATSの一団を捉えてね。外観から、この集団の敵対勢力だと判断した」
「……どうやって誘き寄せたんだ?」
「この集団が持っていた狼煙を焚いたわ。夜から朝にかけて、計三本、上手くセラフが置かれている場所とは逆方向から攻めてくれるように仕向けて、ね。そのうち二本はわざわざ遠くまで出払って置いてきてやったのよ?」
確かに、継士を捕らえた集団が運用している筈のATSは目視する限りでは一機も見つからない。ほむらに釣られてやってきた敵対勢力の相手で忙しいのだろう。
「あ——」
ようやく継士は先程の男が何を言っていたのか、そして、何を求めているのかを理解したのか、表情を変化させた。
「まずいわ。相変わらずあたしが操縦系と火器管制系にアクセス出来ない」
「また俺一人で、全ての操縦を行う必要があるってことか?」
「そうなるわ」ほむらは頷くと、「多分、次元跳躍後に過度に動かしすぎたことが原因だと思う。いずれ直るとは思うけど、時間がかかりそう」と告げた。未来においても、電子機器がデリケートなのは相変わらずのようだ。
「わかった」継士は頷き、操縦桿を握り、両足がペダルを踏んでいるのを確認した後——その姿勢のまま、深呼吸をした。
操縦系と火器管制系が起動し、セラフがようやく継士の制御下に置かれた。
しかし、遭えて継士はすぐに機体を動かさず、それから数秒の間、何も操作をせずに沈黙していた。
「何してんの? とっとと操縦して、奴に見つからないうちに逃げて!」
やがて、時間は彼の思い通りに経過した——先程男が指差していた、野営地へと駆けてきたATSの頭部が此方に向き、一瞬だが全ての動作を硬直させた。
「ああもう、あんたがトロいせいで見つかったわよ!」ほむらが喚く。「逃げられないのは分かっているから、あいつをなんとかして倒して!」
「そのつもりだ」継士は呟くと、操縦桿を握る力を強める。
相手が弩を掲げ、それをセラフへと向ける——間髪入れずに巨大な矢が放たれると、一直線にセラフへと向かってきた。
けたたましく鳴り響くアラートに耐えながらもセラフに左腕を突き出させ、ホログラム・シールドを展開——矢は盾に弾かれ、跳ね返ることもなく重力に従い、地面に転がった。
武器は両腕の格闘機構、つまり折り畳まれたトンファーのみ——接近するしかない。セラフを前進させた継士だったが、その頃には敵のATSも剣を引き抜くと、盾を掲げ、クロークを翻しながら警戒した足取りで此方へと向かってくる。
敵の攻撃は大した脅威にはならない——セラフとこの時代のATSの間には雲泥の差があった。剣による打撃はおろか、それを振り下ろす速度ですら比ではない。
「落ち着いて、昨日と違って敵は一機だけだから」
「ああ」
今度は敵の接近を示すアラートが鳴り始めた。敵のATSは盾を突き出しながら、右腕に握った剣を引っ込め、接触と同時に突き出そうとしていた。
「右に跳躍して回避、その後攻撃」
ほむらが呟いた。継士は頷くと、接触するかしないかの所でセラフを急停止させ、右へと跳躍させる。
ATSの剣が縦に大きく空間を切り裂くが、その軌道上からセラフは既に外れていた。一瞬で背後へと回ったセラフに対し、火器管制系から打撃武器:内蔵型トンファーを選択、軌道パターンを設定し、反映——攻撃。
金属が岩を穿つ様な音と共に、敵ATSの胴体が粉々に砕け散る。破片が周囲のテントに降り注ぐと、重みによってそれらを拉げた布切れへと変えた。
真っ二つに折れた敵のATSは残る全質量を仰向けに倒れさせると、それきり動かなくなった。
「うん、様になってきたわね」ほむらが繰り返し頷きながら呟いた。「さ、一刻も早くこの場所から立ち去るべきよ」
「……ほむら、他のATSが戦っている位置は分かるか?」
「ん? ええ」一枚のホログラム・ディスプレイが継士の前に浮かび上がる。「レーダーに映っている通りよ。あんたの位置から野営地を挟んでおよそ五〇〇メートルの距離。こっちに来る様子は今の所ないわ。このまま回れ右すればいいだけよ」
「わかった」継士はそう返したものの、彼の指はホログラム・ディスプレイの上をなぞり、現在地から戦場までの距離の感触を確かめていた。
「……セラフが再びシャットダウンする可能性はあるか?」言った後で、継士は「逃げおおせたとしても、別のATSと戦う可能性もあるかと思って」と付け加える。
「ないわ。内燃機関がショートしたのは次元跳躍後の冷却期間中に過度の負荷を与えたことが原因だから」
「つまり、次元跳躍を行わなければシャットダウンする危険性はない」
「そうね。そもそも、あたしは次元跳躍の方法を知らないもん」
「何だって?」継士の声が若干上ずった。「それはつまり……戻り方が分からないってことか?」
「忘れたの? 昨日起きたセラフの次元跳躍はそもそもあたしが仕組んだんじゃないのよ?」ほむらの声が棘を帯びる。「おまけにあたしもセラフとどういう関係があって、どうやって弄ればいいか、まだまだ手探り状態なの。あんたより少しだけ、機体の機能について知識があるだけ」
「そうか」継士は頷いた。「それならなおさらだ……ほむら、悪いが俺はこの集団を助ける
「はぁ!?」ほむらの最大限の驚きが、ホログラムのぶれによって表現される。
「次元跳躍で頭までおかしくなったの? 助ける意味がどこにあんのよ!」
「彼らに貸しを作った。もう少し貸しを作っておけば、昊を探すのに役立つ筈だ」
「昊の捜索に力添えをしてくれるとか、考えちゃってるの!?」感極まったのだろうか、ほむらのホログラムが等身大に拡大されると、継士の前に覆いかぶさった。「馬っ鹿じゃないの!? 恩や義理が通用するかどうかも分からないのに、しかも何をしているか分からない連中なのに、それでも助けようっていうの!?」
「何をしているか分からないってのには語弊があるだろ」継士は冷静に言い返した。「ほむらは彼らの言葉が多少なりとも分かるんだよな。俺が檻に捕まっている間、敵対勢力を呼び込むことは勿論——奴らの野営地をくまなく歩き回り、情報収集も行っていた筈だ」
「そ、それは……」怒気を孕んでいたほむらの表情が、途端に曇った。
「お前の目的は、所有権を保持する俺を守ること——だとすれば、昨晩とは言わず、捕まった俺を叩き起こして、すぐにでも脱出を図ろうとした筈だ——つまり、この集団は現状、そこまで俺に対して悪意を持ってはいない」
「ああもう! じゃあ包み隠さず言ってやるわよ! この集団は傭兵の寄せ集めでね、さっき率いている奴が、あんたを奴隷として売っ払う方向に決めたの! だから慌てて近くをうろついていた敵対勢力をおびき寄せたの!」
「奴隷として売り飛ばすのは、俺達の得体が知れないからだろう? しかも俺はまだそのボスとも喋っていない」
「言葉は通じないでしょう!」
「だから、お前が通訳するんだよ。ここで奴らに協力して、その後ボスと喋る——上手く手駒にする自信はある」
遠くにATSの集団が見えた。それらは岩場を挟んで対峙中であり、戦闘中であることは明白だ。
「傭兵ならいつでも強い兵を欲している筈だ。上手く入り込めば、このまま逃げて地道に聞き込みをするよりも、効率的に情報を集められる」
「あのねえ、あんたの時代の常識が通用する根拠はどこにもないのよ?」
継士の足が、ペダルを思い切り踏んだ。
「ちょ、ちょっと! ほんとに正気!?」
「正気だ。それに、次元跳躍しなければセラフが止まることもないんだろう」
「それはそうだけど……」
「なら、勝率は一〇〇パーセントだ」自分に言い聞かせるように、継士は呟いた。「行くぞ」
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