-REAPER- 強襲部隊 1

中世/オルレアン郊外/ヴィンセント


ヴォルールに搭乗したヴィンセントは、メルが同じく後部座席に乗り込んだのを確認すると、機体を野営地の端、岩場の影へと移動させた。


 遠くを見ると、既にオードリーと契約部隊のドライグ、計二機が野営地から離れた地点に陣取り、北側の方向に弩を向けている。


 後部座席に搭乗するジャンが手で合図を送ってきた——敵戦力は戦争機械五機。内訳はフレアデリスが四機、あと一機は該当なし。西方向から襲撃を受けている——。


「見つけたわ、ヴィンセント」双眼鏡を覗くメルの方向へと視線を移す。距離を置きつつ綺麗な楔形陣形で此方に迫る五機の戦争機械を視認し、ヴィンセントの心臓が高鳴った。


 右翼、左翼のフレアデリスは格闘型だろうか——多重拡大鏡を使い、敵の装備を確認したヴィンセントはそう判断した。弩は通常の大きさよりも小さく、ホランの持っているそれと同型であることが推測される。


 しかし、中央を駆ける戦争機械はこれまで見たことのない機種だ。機体は夥しい返り血を浴びたかの様に赤く染まり、両脇のフレアデリスよりも一回り華奢な印象を与える。


 両肩には長方形状の盾を取り付け、そして両手には台座に短剣が装着された二丁の弩が握られている。それらが先行する二機の方向へと向けられ、射撃——。


「オードリー!」


聞こえる筈が無いものの、ヴィンセントは彼女の名前を口に出して叫んでいた。


 二機のドライグは盾を掲げ、矢を防ごうとした。


 斜めに掲げた盾が矢を跳弾——防御に成功したのはオードリーのドライグだった。盾を貫通した矢が腰部に刺さり、契約部隊のドライグはその場に肩膝をついてしまう。


「……あいつ、同時に二機を」


弩を二つ持っているからこそ出来る芸当だが——手練だ。同時に二つの対象を狙うという発想を、そもそも持ち合わせている人間がどれだけいるだろうか?


「まずい……ヴィンセント!」背後から続くイングランドのドライグから、拡声器を通してボルドーの声が響く。「あれは……あの機体は……!」


 彼の声は裏返り、小刻みに震えていた。振り返るとそれが機体の操縦にも影響しているようで、後部座席に搭乗する兵は千鳥足で前進するドライグに振り回され、喚きながら座席にしがみ付いている。


「おっさん、落ち着け! どもらずちゃんと喋れ!」


苛立ったヴィンセントの一喝で、ボルドーは多少正気に戻ったようだ。


「す、すまん。だが、あ、あれは……『オルレアンの死神』だ……!」


背後から、メルが息を飲む音が聞こえた。


 続くカーネルのドライグも、そして近くで荷物の撤去に勤しむ歩兵達までもが一瞬動作を止め、その場に立ち尽くす。


「オルレアンの死神……だと……?」


その噂はヴィンセントも少し耳にしたことがあった——オルレアンの守備隊には、化け物が混ざっていると。


「確か、一機であんたらのドライグ一五機を全滅させたっていう噂を耳にしたことはある」


 ヴィンセントがとある行商から聞いた話では、何でもオルレアン近郊に拠点を築こうとし、進軍したイングランドの三部隊が、たった一機の戦争機械によって足止めを食らい、しかも挙句の果てには後退も出来ずに全滅したというのだ。


 戦場での噂には尾鰭が付きがちだ。経験者とそうでない者との技量の差が顕著に現れる戦争機械同士の戦闘であっても、基本的に数の暴力を覆すことは出来ない——だからその話も、ヴィンセントはつまらない英雄譚として聞き流してしまっていたのだが。


「イングランド側の非公開の記録によると、正確には二〇機だ」横からカーネルが口を挟んだ。「我々がオルレアン攻略を遅々として進められていないのも、『オルレアンの死神』に因るところが大きい……」


カーネルの言葉を冷静に聞いていたヴィンセントは舌打ちをした。


 自分の実力には絶対の自信がある。だが、傭兵団の長として立ち回ってきた経験が、彼自身に囁いていた——戦闘の達人は、戦術にも長けている。


「な、何故この地に、奴が……」ボルドーは完全に取り乱していた。「ヴィンセント! 勝ち目はない! 今すぐ隊を後退させろ!」


「馬鹿野郎、無茶言うなよ! そもそも俺達が踏ん張らねえと他の歩兵は逃げることすら出来ねえんだよ! それにいいか、そんだけ技量のある奴なら、そう簡単に俺達を逃してもくれねえぞ!」


「ボルドー殿。ヴィンセント殿の言う通りです」上官の狂言に付き合う気がないと判断したのか、カーネルも助け舟を出した。


「ここで逃げ帰ったとなると、イングランドにはもちろん、同郷の者に示しが——」

カーネルの話は途中で中断された。矢を受けつつも踏ん張っていたドライグが、続けて放たれた二本の矢に胸部を貫かれて吹っ飛んだのだ。


「ひっ——!」


ボルドーの絶句を尻目に、ヴィンセントは弩に矢を装填すると、片膝をつき、狙撃の体勢を取った。


 少し遠いが、十分狙える距離だった——射撃。押し出された巨大な矢が野営地の端から岩場を突き抜け、その中を駆ける五機の戦争機械の中央、深紅の機体——オルレアンの死神へと向かった。


 同機は不意に此方を振り向くと、右手に握られた弩を振り上げた。先端に取り付けられた短剣に切り裂かれ、二分された矢が頭上を大きく横切り、彼方へと飛んでゆく。


 それを合図にしたかのように、瞬く間に五機が散らばった。右翼と左翼、両端の二機は真横へと進路を変更し、弩の射程外へと消えてゆく。その内側の三機は減速すると、機体を手近な岩場へと隠す。


 その頃にはヴォルールと契約部隊の二機のドライグも野営地から少し離れた岩場の影に陣取り、双方とも物陰から敵の出方を伺う形の構図が出来上がっていた。


「ボルドー、カーネル。矢の残りは気にしなくていい! 存分に撃ちまくれ!」


膠着状態となったのは一瞬だった。ボルドーとカーネルのドライグが岩場から身を乗り出し、射撃——放たれた矢が弧を描いて飛ぶと、敵のフレアデリス一機が隠れる岩に命中し、それを粉々にする。


 粉砕された岩が埃を作り出し、その向こう側に揺れる影からお返しと言わんばかりに一筋の矢が繰り出され、今までカーネルの機体右腕があった箇所を突っ切り、遠方に突き刺さった。


 カーネルの放った第二射が岩場を完全に砕き、フレアデリスを炙り出す。だが、ヴィンセントが止めを放とうとした矢先に、視界の端が赤く染まった。


 咄嗟に機体を捻り、ヴォルールを引っ込める。直後、今まで両腕を置いていた岩場が粉々に砕け散った。


「ヴィンセント! オルレアンの死神に狙われているわ!」


「分かっている! ちっ、邪魔しやがって」


顔を覗かせようとしたヴィンセントだが、寸前でその行動を取り消し、再度機体を後ろに傾かせる。


 その判断は正しかった。オルレアンの死神から放たれた二射目がヴォルールのバイザーを掠めたのだ。


「メル! 矢の補充は?」ヴィンセントは咳き込みながら声を張り上げた。先程砕けた岩が塵となり、風に乗ってバイザーの隙間から操縦席へと入り込んでいたのだ。


「もう間もなく!」


ヴォルールら三機の後方、野営地から数人の男が巨大な矢を抱え、此方へと近付いていた。


 戦争機械が弩を使い、放つ矢はそれ自体が巨大な金属の塊であり、戦争機械の腕力をもってしても、二本を持ち上げるのがやっと、という代物だ。


 そんな大質量の棒を背部や肩部に取り付けて持ち運ぶのだから、当然積めば積むほど戦争機械の機動性は低下する。そしてそれだけの重量があることから、そもそも持ち運べる分量にも限界がある。


 『夜明けの鹿』を始めとした戦闘部隊ではこの問題を解決する為に、戦争機械の矢を運ぶ専門部隊を用意していることが普通だった。部隊で持っている矢を速やかに戦争機械の元へと送り届けることで、機体の機動力低下を防ぎ、また射撃戦となった場合の弾切れを防ぐ目的もあった。


 間もなく、数本の矢が岩場へと届けられた。契約部隊のドライグ二機が、それらを自動装填装置へと装填——歯車が動き始め、弩の弦が引かれると共に矢が台座へと収まった。


「ジャンから合図! 左翼のフレアデリス一機が戦線の突破を狙っている模様。オードリーは白兵戦を仕掛けるって!」


側面からの攻撃——中央の三機が敵の戦争機械を足止めしつつ、両翼から迂回した二機が側面より各個撃破を行う。


「五機のうち、三機はここで足止め、そして一機はオードリーが撃破」ヴィンセントは組み立てたシナリオを呟いたが、右翼から迂回したもう一機だけは手つかずの状態だ。誰かが止めなければならないのは目に見えている。


「オードリーに前に出すぎるなと伝えろ! 俺は右翼側を警戒する!」


ヴィンセントの言葉をメルは手旗に変え、左翼側で踏ん張るオードリーのドライグに見えるように合図を送った。


「ボルドー、カーネル。契約部隊だけであの三機を足止め出来るか?」


「何だ貴様、この期に及んで逃げるつもりか——」ボルドーの怒鳴り声を掻き消すかの様に、隠れている岩場を矢が穿ち、鈍い音と砂埃をまき散らす。


「馬鹿野郎、右から来るもう一機を潰しに行くんだよ。挟まれたらひとたまりもねえだろ!」


怒鳴るヴィンセントだったが、視界の端が再び紅色に塗られたことに気付き、ヴォルールに反射的に盾を掲げさせた。


 盾が大質量の物質を弾き、鈍い金属音を立てた。見ると、盾の上半分が大きく窪み、そして足元には小型、それでも全長一フィートはあると思われる、戦争機械用の矢が転がっていた。


 やや遅れて、ヴィンセントの目が右翼方向——つまり、敵本隊と対峙している方向ではなく、側面を駆け抜けるオルレアンの死神を捉えた。


「奴め! いつの間に回ったのだ!」


ボルドーが喚くのと同時に、ヴィンセントの目は深紅の戦争機械の遥か向こう側を、此方には目も暮れずに後方へと走り抜けるフレアデリスを見つけてしまった。


(あの一機の役目は挟撃ではなかった。奴は戦線を素通りし、野営地を襲撃。挟撃はオルレアンの死神が行う——まずい!)


心の中で敵の策略を詠唱したヴィンセントの目が大きく見開かれた。


 背後の野営地に、戦える戦争機械は残っていない。到達した敵のフレアデリスは、物資を片っ端から破壊し、おそらく抵抗に入った、あるいはその場に居合わせた兵も負傷させるか、命を奪うだろう。


 だが、問題はその後のロアレ砦攻城部隊との合流時間だ。既に契約部隊には損害が出ており、これ以上被害が増えてしまうと、それだけ出発までの時間、そして道中の移動速度が遅くなってしまう。


 今回の依頼は、カーネルの言葉を信じるならば、兵には悪いが——若干の犠牲で大金を手にすることの出来る、美味しい依頼でもあった。


 金銭の支払いは契約により後払いとなっていた。つまり褒賞については合意したものの、ヴィンセントらの遅刻という失態により、後から褒賞が減らされる可能性は無いとは言えない。


 果たして野営地には戦争機械に対抗出来る戦力が残っていただろうか? 鹵獲した戦争機械は皆、立つのがやっとの状態だし、ホランのドライグも先の戦闘で腕部を削ぎ落とされ、歩行機能にも障害が発生している。


 岩場に隠れていた深紅の戦争機械が再び姿を現した。手には二丁の弩を掲げ、矢の先端はヴィンセントへと向けられている。


 野営地の心配をする以前に、自身が絶体絶命の状況に置かれているという事実が、そもそもの前提として存在していた。ヴィンセント、そして傭兵団の命運が今や風前の灯火となり、消えかかっているのだ。


 対峙する相手——オルレアンの死神は姿勢を変えようとしない。両手に握り締められた二丁の弩は、相変わらずヴォルールに狙いを定めている。


「……癪な奴だ」


ヴィンセントは呟くと、ヴォルールに剣を引き抜かせた。

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