-MERCENARY- 傭兵部隊 3

「……なるほど。追加の手当も、戦勝手当も問題ない」


 野営テントの中、円卓に腰掛けたヴィンセントは隣に座るマクダネルに視線を投げた。後ろからは心配そうな表情で腕を組み、様子を見守っている。


「金額は問題ありません。ですが……」マクダネルの表情は重い。「ボルドー殿、カーネル殿。我々に拒否権は無い、という認識で宜しいですかな?」


 ヴィンセントは小さく舌打ちをした。苛立ちにより細まった視線は机の向かい側、嫌味な表情を浮かべるボルドーの顔に向けられている。


 ここから数十キロ離れた場所にある、フランス軍拠点への急襲——手元に置かれたイングランドからの司令書にはそう記載されていた。


 拠点の名前は、ロアレ砦。一年ほど前にイングランド軍によって、オルレアン侵攻の前哨基地として建設された砦だ。その砦がフランス軍からの攻撃を受けているとの連絡が入り、直後に音信不通となったのが昨日の出来事だという。

「他に情報はないのか?」


ヴィンセントの問いに、カーネルが「無い」と即答した。「現状、イングランド軍はロアレ砦を通り越し、オルレアンの包囲に掛かっている所だ。オルレアンからロアレ砦までは距離がある上、まさかフランス軍の襲撃を受けるとは、誰も思っていなかった」


「……それで、正規兵ではなく幾らでも替えの利く傭兵を使い、捨て身の突撃をさせる訳か」ヴィンセントは皮肉たっぷりにそう答えた。「ふざけんじゃねえぞ。契約期間中の従軍という取り決めはあるが、全滅する戦いに参加する義理はねえ」


「攻城戦には我々正規軍も参加する」カーネルが間髪入れずにそう言った。「ボルドー卿の部隊、及びオルレアンに合流予定だったクロヴィス卿の部隊。そこにヴィンセント殿の傭兵団を合わせれば、かなりの数になる筈だ」


「俺達を矢面に立たすつもりじゃねえだろうな」


「まさか」カーネルは表情を変えること無くそう返したが、隣に座るボルドーは嫌な笑みを浮かべながら、机の上に置いた剣の鞘を撫でている。


「クロヴィス卿と合流してから作戦の詳細は述べるが、ロアレ砦は攻められることを前提として建設はされていない。防衛拠点ではなく、あくまでも補給拠点となる。また、駐屯出来るのは多くても百名前後、戦争機械も居たとして一、二部隊程度だろう。まずは敵の司令官と交渉し、決裂した場合は攻める形となり、それでも被害は大して出ないと見積もっている、が……」


「あんたはどこか思う所があるみたいだな」


ヴィンセントの言葉にカーネルは目線で応えると、出された水入りのジョッキを啜った。


「出立はすぐにでも行いたい。既に本隊はロアレ砦に向け進軍中だ。貴様らを合流させてから——」ボルドーの言葉は、そこで途切れてしまった。


突然、鈍く、それでいて凄まじい音が野営地に響き渡ったのだ。


「な、何だ!」ボルドーが真っ先に立ち上がると、天幕の外へ出て行った。ヴィンセントも後を追い、野営地の端に音の原因を確認し、目を見開いた。


 契約部隊のドライグのうち一機——恐らく警戒の為に、騎士が乗ったままのもの——が、仰向けに倒れていた。


 腹部からは一本の細長い、一〇フィート程度の円柱が伸びている。巨大な矢が装甲に食い込み、倒れる原因を作ったことは誰の目にも明らかだ。


 太鼓の音が鳴り響いた。音が告げるメッセージを受け止め、野営地の空気が一瞬のうちに極度の緊張状態へと変わる。


「マクダネルは歩兵の指揮! ブリキ乗りは俺に続け!」


 奇襲だ。ヴィンセントはそう叫ぶとクロークを翻し、ヴォルールのもとへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る